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創世樹の父親 と 農業の魔人

創世樹の少女は今日もいつものように宿の一階にある食堂を切り盛りしていた。

今現在、食堂での料理の担当は主に自分と黒姫、そして機械姫だった。

注文は幽霊姫と黄姫の分け身たちが主に担当をしている。最近は無色の少女も行うようになっていた。

前と比べると宿そのものもかなり拡張され、その一階にある食堂も大きくなって更なる賑わいを見せていた。

当然、昔ながらの従業員もいたし、今となっては人気で有名な食堂なだけあって働きたいという新人も数多く入ってくるので(動機はさまざまだが)、人手不足という事もなく、彼女たちの休みの都合は割と自由だった。

創世樹の少女は、自分はこの世界のみんなの母だと自認していたので、料理にこめる愛情がそれだけ大きくなるというのもあったのかもしれない。

あくまで自認ではあったが、客の中にはそんな少女の姿勢に母親を見出す者も少なくはなかった。

ただ、少女は最近、勇者に対してはそれが少し異なっていた。

その傾向が顕著になりだしたのは勇者が記憶を取り戻したあたりからだろうか…

前もその気配はあったが、妙に勇者に対しては甘えたくなるのである。

自分でも何故かはわからないが、最近特に…本人もまた、そのことが気になるようでもあった。


「勇者さん! ちょっと聞いてもいいですか?」

仕事が休みの日、勇者の姿を見つけると元気よく声をかける。

「何かな?」

いつもの元気な少女に対し、いつもの調子で答える勇者。

「勇者さんはこの世界で一度、その…消えたんですか?」

「消えたというか、昔の虚無と相打ちになって…まあ、簡単に言えばその時は死んだんだろうね」

「簡単に言えることでもない気がしますが、なるほど! で、その時のことなんですけど、私の先代にあたる…創世樹と面識があるのですよね?」

「確かに、面識はあるね。エルフもそうだけど…あの頃、自分たちが冒険をしていた時は、確かに今とは違う、先代の創世樹だったよ。その頃の創世樹は、今の君のように、人の形にはならなかったけどね」

「そうでしたか、私とは完全に異なっていたんでしょうか?」

「雰囲気は…君の本体と似ていたかな。穏やかで、優しくて包み込むような…でも、結局、守れなかったんだけどね」

勇者はそう言った時、胸の内がひりつくような感覚を覚えた。

守れなかったという、その言葉は、何故かもっと…深い意味がある気がして…

「いえ、私がいると言うことは、きっと守れたんだと思います! それで、その時のことをちょっと知りたくなったんです! 先代の事も…」

その不安は元気な少女の声でかき消されていた。

「あの時の…それなら多分、見たほうが早いと思うよ」

少女の言う、先代の創世樹の姿も確認できることだろう。

「見れるんですか?」

「乙姫のところに、記憶を見る水鏡があるから、一緒に行って、見てみる? まあ、結構断片的になるかもしれないけどね」

「はい! ぜひともお願いします!」

創世樹の少女は勇者と共に乙姫の龍宮城へと向かった。


「ほほう、また過去を見たいのか? まあ良い。わえに気にせず、好きに使っていいぞ。世界を救ってくれた褒美だと思えば良い」

勇者と創世樹の少女は水鏡の前に立つ。

勇者はあの時のことを思い出しながら水鏡を見た。

虚無を討ち、

自身が消えていく時、

霞んでいく視界の端から…種が芽吹く様が見えた。

「あれが、私なんですね!」

「そうだね、あの時は…自分の中に、創世樹から受け取ったその種を入れて、最後の時、自分の最後の力を注いだんだ」

「…」

凄まじい速さで成長していく創世樹と、消えていく視界。

そしてその視点は変わる。

「ここからはきっと、最初の私の記憶なんですね」

「そうだね。自分はもう消えちゃっているからね」

「…私は、勇者さんから生まれたんですね」

「まあ、そう言えなくもないのかな」

「…ああ、やっぱり。やっぱりそうだった」

「?」

「この気持ち、私、勇者さんの母親ではなかったんですね! 勇者さんが…私の父親だったんです!!」

「…そう、なるのかな?」

「そうです!! だからこんなに…勇者さんには甘えたくなるんですね! ようやくわかりました!! 納得いきましたよ!! …これからも勇者さんに甘えてもいいですか?」

「…まあ、それは構わないよ」

「ありがとうございます!! …だから、勝手にいなくなったりしないでくださいね!!」

「……できるだけは」

何しろ、それは自分の意思とは異なっていて、

あの時も白姫がいなかったら、自分はもうすでにここにはいなかったのだから…

「ダメです!! 子供を放ってどこかに行ったらダメですよ!! 絶対ですから!!」

創世樹の少女は全力で抱きついている。

「…」

その小さな頭を優しく撫でながら、

…見た目は子供とは言っても、きっと自分よりも遥かに長い時を生きているのだろう。

父親…母親…自分にもいたはずだけど、記憶にはない。

親代わりは、育ての師匠である時の魔導師と…

その前は…その前? 自分は、確か…孤児院…孤児院?

どこの、どんな孤児院で…そこには誰がいて…誰と暮らして…

ひりつく心と、少しの不安…

「約束ですからね!!」

「…そうだね」

その不安をかき消す元気な少女の声が響いていた。


魔人たちは今日も野菜作りに精を出していた。

「それじゃあ、いっくよ〜」

末っ子の魔人は無数の極小の人形たちを平原へと放つと、それらを均等の位置へと並び立たせる。

合図とともに極小の爆発を起こしながら、大地を耕していく。

そしてことさらふかふかになった土に、

「よし、次は私に任せて」

次女の魔神が無数の魔力の矢を、その先端に種を付けて落とす。

そしてその魔力の矢自体には、水の属性と、独自に創作した栄養もふんだんに入れていた。

「ええ、ご苦労様。 …今回も完璧ですね」

長女の魔神は総体的な管理をしている。

そして実質、この畑を支配してもいた。

季節を問うことなく、次々に新しい野菜が実をつける。

魔人たちは満足そうに瑞々しい野菜や果物たちを眺めていた。


「考えてみたら、私たち、別に食べる必要ないよね?」

魔人の次女は呟いた。

「…食べたら、美味しいは美味しい…よね?」

末っ子も疑問まじりに呟いた。

「よく勇者が採りにきますし。多分、私の想定予定…いえ、予想では今日あたり来る頃ではないかと。それに、各国へ販売して少なくない利益も出ていますし。悪いことは何もないですよ」

長女は勇者の予定を管理していたわけではないが、その行動をできる範囲で予測、予想をしていた。 勇者を支配することなどは決して叶わないが…

魔人たちは会話をしながらできた野菜の収穫をしていた。

「そういえば、結局風の神はこの地には現れなかったんだよね?」

「そうらしいですね。まあ、今となってはその必要も無くなったのでしょうけど」

「あ、そうだ。せっかくだし、私たちで呼んでみない?」

「私たちで、ですか?」

「うん、ここにあった小国の魔法陣を見つけたの。 …これを流用すれば、できるかもしれないよね?」

「やる必要あるかぁ?」

「風の神を喚んだら、勇者も喜ぶんじゃないかな?」

「…喜ぶでしょうか? まあ…驚きはするかもしれませんけど」

「驚かせる…か。うん、それなら、驚かせてみるか! 勇者の奴、私たちが魔人だって絶対忘れてるしね」

もしかしたら自分たちも時々忘れていたかもしれないけど…

「上姉さまも、いいよね?」

「まあ、そうですね。試すだけ試してみましょうか」

魔人三姉妹は小国の魔法陣を元に、

神を喚ぶための魔法陣を展開した。

荒れ狂う暴風と共に、獣の姿をした風の魔神が召喚されたのである。

「…そっか、私ら魔人だもんね。神を喚べる訳なかったわ」

「ああ、それは確かにそうですね。 …どうしましょう」

「アレって魔神、だよね? …それも私たちより格上の」

「どうしましょうか」「「どうしよう」」


間も無くして野菜を分けて貰いに勇者がやって来た。

魔人三姉妹は見たこともない獣と戦っていた。

「取り込み中だったかな…」

それとも…野菜を奪いにでもきた魔物だろうか?

かなり苦戦している様子だったので、

勇者は野菜を貰うついでに討伐し、荒れた畑を整える手伝いと、軽い談笑をした後、帰っていった。

魔人たちは勇者に感謝と畏怖を捧げた。

「もうかなりえらいことになってるな、勇者の力」

「…また強くなってる…」

「さて、それじゃあ農作業の続きをしましょうか」

魔人の長女はもう勇者になら支配されても構わないとさえ思っていたのだが、己のアイデンティティーに関わるセンシティブな話題なので他の姉妹には黙っていることにした。

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