幽霊姫の未練
幽霊姫は、勇者とエルフがしていたという死者蘇生の話を聞いた。
結局、土の神様はその神核を地中に埋めることで蘇ったらしい。
さすがは神様、と言ったところだろうか。
でも、自分たち人間は違う。
自分たちは、死んでしまえばそれまでだ。
それまでのはずだ…
しかし、自分もまた、幽霊として生きている。
…生きている? という言い方は正しくない。
もう随分前に死んでいたのだから。
人々が寝静まった夜中、幽霊姫は休憩中のエルフに声をかけた。
「うん? …死者蘇生の術の話? 勇者についで、君も興味があるのかな…まあ、君の場合はそのまま自分に当てはまるのだから、人ごとではないのだろうけどね」
「ふふ、そうですね。今さら蘇りたいという欲が出たわけではないんですけど…少し、気になったので…」
「ううん、そうだね。勇者に聞かれてからも、いろいろ調べていたんだよ。それで、一つ、気になる話を見つけたんだ。北の大陸で、それぞれの国を反時計回りに廻ることで、何やら反魂の術を行おうとした形跡があった、という話が見つかったんだよ。ただ、それが成功したかどうかまでは記されていなかったんだけどね。記述もかなり曖昧だし、信憑性には欠けるかな」
「…それは、廻る順番などはあるのでしょうか?」
「う〜ん、どうだろう。特に記されていなかったからね。そもそも、国々を廻るって言っても、その国で何をしたら良いのかすら書いてないんだよ…社のようなものがあれば…それに祈るとか、拝んだりすれば良いのかもしれないけど。 …私も一時風の国にいたことがあったけど、そんなものあったかなぁ?」
「…それでも、試してみる価値はある気がします」
幽霊姫は珍しく息巻いていた。
話によると、勇者はこの世界から消えていたかもしれないのだ。
つまりそれは、もういつ消えてもおかしくはないということでもある。
幽霊姫はその事実に焦りのようなものを感じていた。
自分にとって、自分が幽霊として成仏しない理由…
それは紛れもなく勇者の存在でもあった。
おそらくは、勇者がいなくなってしまえば、自分もまた未練がなくなって成仏することになるだろう。
いや、それならばそれで構わない。
自分が成仏することに抵抗があるわけではないのだから。
ただ、今現在勇者は身近にいるわけであって…
急なお別れが訪れるというのなら…
それまでに…私は…
「反魂の術?」
エルフから聞いたことをそのまま勇者に伝えてみる。
「はい、どうやら北の大陸にある言い伝えのようですけど…」
「気になる?」
「…はい。私の、ただのわがままなんです、けど…」
「それなら、一度試してみようか」
「良いんですか?」
「もちろん。自分も正直、すごく気になるしね。とりあえずは姫神子に聞きにいってみよう。術というからには何かしらの行為が必要なのかもしれないし、古い情報も知っていそうだからね」
「はい、ありがとうございます」
勇者は幽霊姫と北の大陸へと向かった。
「反魂の術、ですか? う〜ん、私は聞いたことがありませんね…ただ、それぞれの国には古い社のようなものは確かあるはずです。それぞれ国ごとの神様を昔から祀っていましたからね。場所もその形もまちまちでしょうけれど。探せばきっと見つかると思いますよ」
「反魂の術自体はひとまず後回しにするとして、とりあえずは各国を巡ってその社を探しに行こうか?」
「はい、どの国も初めてなので、楽しみです」
勇者と幽霊姫はまず火の国へと足を運んだ。
火神が勇者の内へ入ったため、そこに神の姿はもうない。
厄災の心配もなくなったことで、民たちも落ち着きを取り戻していた。
火の国の城下町は賑わっていた。
「おう、兄さんたち、観光かい? 火の国の名物は鳥の丸焼きだぜ? 食べていきなよ」
「あらあら、お二人さん、仲良く旅行かしら? それなら、お土産はどうですか? 彼女さんにこれなんてどう? …あれ、彼女さん透けてますね…個性的な彼女さんですね」
二人で社を探すついでに見てまわる。
かつて火神がいた近くに社のようなものが見つかった。
二人でお祈りをして、次の国へ向かうことにした。
「さあさあ、いらっしゃいいらっしゃい。今日の料理は草神様のチャーハンを再現したものだよ!」
草神とは創世樹の少女のことだろう。
今はもう西の大陸、いつもの宿へ戻ってそこで料理を奮っているのだが、
草の国に滞在していた時にさまざまな料理を民に振る舞っていたらしい。
そのレシピは草神の手料理として、今なお民たちに愛されているようだった。
「これは…ホットケーキだね。香ばしい甘い匂いが食欲をそそる。オムライスも…装飾も凝っているね」
「創世樹ちゃんはすごく料理が得意なんですよ。機械姫さんと黒姫さんと一緒に、おかみさんからの信頼もとてもあつくて。お客さんたちからも、お袋の味としてとても好評なんです」
「お袋の味…確かに、今のこの星の母親みたいなものだからね」
「はい、それから、最近は白姫さんも月に何度か、料理を振る舞っているんです」
「…へぇ…大丈夫なのかな?」
「獣人さんたちからすごく好評なんですよ。なんでも、エネルギーに満ち溢れた味とその溢れだす野生臭がたまらない、とかで」
白姫も働いているというのは初耳だった。働く日は気まぐれのようだったが。
草神の社を参拝し、次いで向かった先は土の国。
「あ〜、土神様だ〜」
「ほんとだ〜、久しぶりだねぇ」
「…あなたたちも変わらず元気そうですね」
勇者の肩に乗っている土神は素っ気なく答えるも、その様子はどこか嬉しそうでもあった。
「今度は僕たちが土神様を守ってあげるよ」
「うんうん、俺、土人形作れるようになったんだ。今はまだ小さいけど…」
「へぇ…でも、私はあなたたちに守られなければならないほど弱くはありませんので。今も神ですので。あなたたちは自由に勝手に生きたらいいですよ」
「そっか〜、勇者のお兄ちゃんがいるもんね」
「勇者さんが側にいるなら安心だよね〜」
「それは特に関係ないですけど」
「土神さんは子供たちと仲が良いんですね。土の国の民たちも、優しい人が多いです」
「物作りに長けているみたいだからね、きっとこれからも発展していくよ」
前に来た時より土人形の数も種類も増えていた。
子供達に社を聞き、静かに拝む。
次は…氷の国。
今もまだ、凍てつく氷に閉ざされていた。
「すごい氷ですね…どこもかしこも、みる限り氷です」
「氷姫がこれをやったんだよね?」
「…お恥ずかしながら…私の、若気のいたりでもありますね…」
氷姫は少し恥ずかしそうにそう言った。
…そういう問題だろうか?
「社、見つかるでしょうか?」
「…これだけ氷に覆われているとね」
「それでしたら、私が氷の塔を建てましょう。氷の神である私が建てたのであれば、それはもう社と呼んでも差し支えないものだと思います」
…そういう問題だろうか?
結局、どこを探しても氷しかないので、氷姫が建てた見事な塔を拝むことでヨシ、とした。
次いで訪れたのは水の国。
今はちょうど乙姫が訪れている日でもあるようだった。
水の国の民たちは狂ったように踊り、歌い、飲みながらお祭りを開いていた。
…訪れる度にお祭りを開いているのだろうか? いや、そもそもずっと開いている気もするが…
「ふぃ〜、ここの空気は心地よいな。わえの神気も心なしか早く回復していくような気がするぞ」
乙姫の周りでは民たちがもてなしの踊りを踊っている。
神への敬愛と祈りを込めて。
それが神にとっては何よりの回復なのかもしれない。
「違うと思いますけど」
土神は冷静にそう言った。
踊り狂った人に社を訊ね、静かに拝んで最後の国へ向かうことにする。
風の国。
風の神としていたエルフはもう西の大陸へと戻っていたので、
この地のエルフたちも今は自分たちそれぞれの研究に没頭しているようだった。
北の大陸のエルフと西の大陸のエルフは基本的にお互いに不可侵を謳っていたようだったが、
風の神として西の大陸のエルフがしばらく統治していたこともあり、
今はそれなりには交流をしているようだ。
と言っても、見た目で北か西、どちらのエルフかどうかは自分には見分けがつかなかったが。
「エルフさんは本当にずっと本を読んでいるんですよ。 私は眠る必要が無いので構わないんですけど、一体いつ寝ているんでしょう…」
「片目を瞑っていたら、きっと半分は眠っているんだと思うよ」
「ええ、そうだったんですか? 確かに、よく片目を瞑っている時も…それは…随分と器用なんですね。エルフさんって」
「まあ、かなり特殊だと思うけどね」
「私の話相手になってくれたりもするんですよ。夜中は結構退屈だったりしますから」
「ああ、確かに、眠らないで良いとなると、夜は結構長いよね」
「そうなんですよね。色々な浮遊姿勢を試したりしても、すぐ飽きちゃいますし」
幽霊ならではの暇つぶしなのだろうか。
火の国へと戻ってくる。
「一周しましたね」
「そうだね、歩いてだったから、結構かかったね」
「はい、勇者さんは疲れてはいないですか?」
「まあ、このくらいは、昔からよく歩いてはいたから」
「私も、疲れは全然ないです。元々幽霊ですし。そうでなくても」
勇者さんと一緒だったので。
「反魂の術は結局わかりませんでしたね」
「そうだね。姫神子が知らない時点でその可能性が高かったんだけど、やっぱり誰も知らなかったね」
「生き返りたいんですか?」
土神は徐に訊ねた。
「え? …いえ、そういうわけでは、ないんですけどね」
生き返りたい訳ではないと思う。
いや…でも、
もしも、生き返れるのなら、生き返りたいと思ったかもしれない。
肉体を得て、みんなと同じようにまた生きてみたいと。
そう思ったのかもしれない。
「未練が無いといえば嘘なんですけどね。でも、今はもう十分です。勇者さんと一緒に、こうして冒険できましたし」
多分、もう未練は無い。と思う。
「…でも、できたら、やっぱり。一度でいいから。勇者さんに」
触れてみたかったな。
「…」
勇者へ手を伸ばす、しかしその手は通り抜けた。
「一度、触れたかったな…」
触れて欲しかったな…
「…」
土神は勇者の肩を降りて、地面に立つ。
「今の私にはこのぐらいしかできませんが」
土神は大地から土人形を生み出した。
「中身は空っぽにしておきました。ただの土人形です。あなたなら、入れるんじゃないですか? まあ嫌なら別にいいですけど」
幽霊姫は土人形と重なり、土人形に乗り移る(取り憑く)。
「…あ…私…」
土人形が動く。
「見た目はただの土人形ですが、感覚は多少あるでしょう? なにしろ、神製品ですので」
土神は得意げにそう言った。
「はい、確かに…」
土人形は勇者に手を伸ばす。
勇者もその手を握り返した。
「確かに…わかります。勇者さんの、手の温もりが…わかります…」
「うん。 …わかるね」
土神は再び勇者の肩へと戻る。
「これが…勇者さんの…」
幽霊姫の表情は変化しない為に読み取れないが、
その全身の震えから、その喜び様が伝わった。
幽霊になっても、人間の欲に果ては無い、ということなのだろう。
…まあ、人間は人間らしく、正直にわがままに生きればいいんですよ。
どう足掻いても、それは限りある生命なんですから。
「…本当に、ありがとうございました」
幽霊姫は後に心からの感謝を土神へ伝えた。
力が戻ったら次はもう少し凝った土人形にしてあげましょうか…
土神はそんなことを思っていた。




