神々の交流場
勇者の内部にて。
そこに氷姫の他に、火神の姿もあった。
「ここが勇者の中、ね。 …思ってたより殺風景な場所だな。ほんと、何もありゃしねぇ。このまま広い空間が広がっているだけなのか?」
火神は初めて勇者の内に入り込んでいた。
「静かで落ち着く場所とも言えますね。 …まあそれも騒がしいあなたがいなければですけれど」
「はんっ、そりゃ悪かったな。まあ、同じ世界の神は同じ場所ってか? それぞれに部屋でもないもんかね」
「創りたければ創ればよろしいかと。私たちは神ですし。今までは特にその必要がなかっただけですし」
「まあそりゃそうか。しかし、他の神たちはどこにいるんだ? オマエの言ったようにやっぱりここにゃいねぇのか?」
「今まででしたら、他の神々とは交流はできなかったものですけど…少し事情が変わったのかもしれませんね」
「どう言う意味だ?」
「あちらをご覧ください」
そう言って氷姫がさし示した方向に、扉と思われるものが見えていた。
「…ありゃ扉、だな」
「今まであの扉のようなものがあったことはありませんでした。どこへ繋がっているのかは行ってみるまで分かりませんが…」
「そりゃ、まあ、扉があるなら行くしかねぇだろ。 …他の神たちにも会ってみたいところだったしな」
「まあ、あなたならばそう言うと思っていましたけれど」
「オマエは気にならないのか? まあ、それでもアタシは行くぜ」
扉を開け、中へと入っていく火神。氷姫もまたその後に続いた。
「…さっきと特に変わったようには思えねぇが…ん?」
「また、扉がありますね。ですが…先ほどよりもだいぶ」
「派手だな。いや、すげぇ派手だな。なんだあの扉…」
その扉はありとあらゆる装飾と美品とで飾られていた。とてつもないほどに。
「…これ、アレじゃねぇか? あの時出てきた神の部屋だろこれ。すげぇ派手だしよ。飾りでゴッテゴテだしな。顕示欲の塊みてぇな扉だぜ…」
「あの時の…確か、雷の神、でしょうか?」
「多分な。雷の神というか、なんかそれだけでもない気がするぜアレは…なんかそう思うとあんま気が進まねぇんだよな…」
「珍しいですね、あなたが選り好みをするなんて。見境のないただの悪食だとばかり」
「勝手に言ってろ。オマエだって見ただろ? あの力、同じ神とも思えねぇぐらいの。そもそもの質量が違っていたぜ」
「あなたは強いモノが好きなのではなかったのですか?」
「あ〜、そりゃ強い人間な。人間の話だぜ。まあ、そうでなくてもありゃ選外だけどな。 …なんとなくな」
「随分と勝手な判断ですね、それこそ自分本位で我儘な神らしい振る舞いです。あ、そういえばそうでしたね」
「…それでどうするよ。入るか? いや、やっぱりやめて戻るか…」
火神は扉の前に立って逡巡し考えたが…扉の方から勝手に開いた。
「…こんな形して勝手に開くのかよ」
「随分と斬新ですね」
ありとあらゆる装飾に飾られた重々しい扉は自動ドアだった。
「来訪者とは珍しいわ。それも異邦の神。ええ、どうぞ。私は歓迎しましょう。あらゆる神であろうと、神でなかろうと、それがどんなものであろうと、来るものは拒みません。私は美しいものが好きですので。さあ、どうぞ遠慮なく」
派手な玉座に悠々に鎮座していたのは金髪碧眼の神。その佇まいは優雅を超えて唯我独尊、天上天下の頂点に立つ姿に相応しいものであった。
「…やっぱりあの時の神だったな」
「あちらから歓迎して下さるのであれば、私たちには断る理由もありません」
「それで異邦の神たち、私に何か? それとも、ただの謁見ですか? 私を見たいと思うことは、人であれ神であれなんであれ、至極当然で、仕方のないことですからね」
まさに自画自賛を体現したような態度だった。
「そういえば…どうしてアタシたちはここに来れたんだ? 今までは無理だったみてぇだけど」
「縁ができたからでしょう。私が喚び声に応えたことで、かの地に縁ができ、それはあなたたちその地の神であっても、同じこと。まあ確かに、珍しいことかもしれませんね。ええ、でも、それはそれで、楽しめるのなら楽しみましょうか。さあ、せっかくですし、私たちも神の交流を楽しみましょう。何でもご遠慮なく」
「そういや、あの勇者との関係は、どうしてその加護を与えようと思ったんだ?」
「ああ、あの勇者ですか。そうですね、まあ単純に見た目がそれなりに好みなのもありますが、その生き方もまた、美しいと感じたので、力を貸すことにしました。世界を渡り歩きながら己を磨き続ける姿勢を私は評価しています。 …まあ、私が加護を与えたのは実際はほんのただの気まぐれですが、それでもある程度は扱えるようになったようですし、もう少し見守りたいとは考えていますよ。 …その方が面白そうですしね。あなたたちも私と似たようなものでは?」
「アタシは別に美しさとかじゃねぇけど、面白そうだってのは確かにそうだな」
「…私は勇者様の熱い想いに答えたいと思っていますね。そして私の想いも受け止めてもらいたいと思っています」
「へぇ、それはまた、なかなかに面白いですね。神が人を? まあでも、考えてみたら割とよくあることでした。そうそう、少しばかり力を貸してもらいたいことがあるのです。全く無関係のことでもないので。 …この先に、もう一つ扉があります。その中には貴女とは異なった氷の神が居るのですが、最近すっかり部屋に引きこもってしまって、少し気になっていたんですよね」
「引きこもって? それはどうしてなのでしょうか?」
「拗ねているんですよ。勇者が自分とは違う氷の神を得たことに対して。まあ貴女のことなんですが」
「…拗ねるとか、子供じゃねぇんだから」
「今は特に影響はないみたいですが、後々、氷の加護に、あるいは勇者自身にも影響が出かねないですし、貴女たちでなんとかできないものでしょうか? 先ほども言ったように、全く無関係ということではないですしね」
「なんとかって、その扉を破ればいいのか?」
「う〜ん、いざとなったらそれでも構いませんが…ただ、私にとっては姉に関係した神でもあるので…あまり荒事にはしたくないところです。できれば穏便に、お願いしますね」
「関係者なら自分が行ったほうがいいんじゃねぇか?」
「ああ、それはそれで面倒臭いので。私は基本的に自ら手を下すのはよほどでない限りは自分自身に関したことだけですから。実際何もせず無視しても私としては何も構わないですので。それでは」
有無を言わさずに一方的に退出させられた。
「…有無も言わさずかよ…まあ、仕方ねぇ、とりあえず、行ってみるか」
「そうですね。私と同じ氷属性ですし、話は合うかもしれませんし」
「…そもそもはそのオマエが原因なんだけどな」
扉は凍りついていた。
あまりにも凍りついていた。
どう足掻いてもその全てが分厚い氷によって凍りついていた。
「これ、開かねぇだろ絶対」
「無理ですね」
「ん? 何か貼ってあるな…何だ?」
「何か書いてありますね」
ー柘榴くださいー
「柘榴ってヤツを持ってきてやればいいのか?」
「そう言うことでしょうね」
「ざくろ?」
「ああ、オマエ、ソレ持ってるか?」
「いや、ないけど…」
勇者の体から出て事情を説明する火神と氷姫。
勇者はひとまず、そのざくろというものについての情報をエルフに聞きに行くことにした。
「う〜ん、果物のことだね。はい、これが文献」
「どこかで作っているかな?」
「う〜ん、どうかな…それっぽいものを作るしかないんじゃないかな?」
「…果物…まあ、野菜みたいなものか…」
勇者は次に魔人たちの元へ向かった。
「私たちにこれを作って欲しいの?」
魔人の長女に文献を渡して説明する。
「そう、できたら早めに。まあ、そこまで無理は言わないけどね」
「果物か…でも、何でだ?」
次女は疑問を口にする。
「どうやら神が拗ねているらしくてね、その貢ぎ物にしようと思って」
「…何です?」
末っ子は聞き間違えたかと思ったがそうではないようだった。
「…まあ、とりあえずは作ってみます。そう心配しなくても、この農地は私たち魔人が支配していますので、たいていのものは何不自由なく作れますよ」
魔人たちは柘榴の畑を作っていく。
魔人たちはどうして自分が神の為の貢物を作っているのかを疑問に思わなくもなかった。
しかしそれを考えるとそもそもなんで自分たちが野菜を作っているのかに行き着くので早々に考えるのをやめて農業に勤しんだ。
「…生命って、須く大地から生まれるんですよ。そう、土からです」
「…うん」
魔人たちを手伝う勇者の肩に乗った土神は得意げにそう言った。




