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神への御礼

虚無の脅威がさったことで、世界には平和が訪れた。

人々は喜び、あるものは歌い騒いだ。

当人である虚無は少女の姿になってまだ生きているのだが、かつての力はないと言ってもいいだろう。

勇者もまた、平和な日常を過ごしていた。


「信じられねぇ、オマエ、アタシに礼をしないまま消えようとしたのか?」

火巫女の里を守ってくれていた火神に礼を伝えに訪れていた。

「まあ、うん。結果的にそうなりそうだった…かな」

「いい度胸だぜ…神ってのはそれはもう、嫉妬深いんだぜ? オマエだってもう知ってるだろうが。その中にあの氷神を飼ってんだからよ、肩のその小せぇ土神と一緒に…いや、何でそんなモンを肩に乗せてんだよオマエは」

「飼っているわけじゃないけどね」「飼われているわけじゃありませんけど」

勇者と土神は同時に答えた。

「私は、それでも一向に構いません。勇者様と、共に在れるのであれば…ふふふ」

勇者の中から静かに現れた氷姫は妖しく微笑んでいる。

「オマエ、随分余裕あるじゃねぇか?」

その態度を見て火神は言う。

「たとえ勇者様がこの世界を後にすることになっても、私は共にありますので…それができることはもう証明されておりますので…そう、勇者様の中におられる他の神々(かたたち)と変わりありません」

氷姫は安心して過ごしていた。

「ふむ、なるほどな…でも、そうだとしてもアレじゃねぇか? 今のように自由に出入りできるのはその神のいた世界なんじゃねぇの? となると、オマエもそうなるんじゃねぇか? 今みたいに簡単には出てこれねぇと思うぜ…まあ、オマエがそれでも構わないならいいけどな」

「…勇者様、今しばらくは、この地に留まりましょうね? 私、勇者様と一緒にしてみたいことが、まだまだたくさんありますので」

氷姫は駄々をこねた。

「とりあえずあれから消えるような気配は無くなったけど…でも火神の言う通りかもしれない、となると、別世界に行ったらこの世界のこともあやふやな記憶になってしまうのかもね…」

勇者はそう想像する。少し寂しいが、それは仕方のないことなのかもしれない。

「…いっそ余生はこの地で過ごしてもよろしいのでは無いでしょうか? ええ、私と共に。何不自由なく暮らしましょう、そういたしましょう。他の世界を訪れる必要はもうありません、勇者様と私…静かにしっとり、おとなしく共に暮らしましょう? 永遠とわに…」

氷姫は勇者に寄り添いながら真面目に言った。

「見ろよ、この嫉妬深さと執念深さ。神ってのはそんなもんだぜ。しかし、そうなるとオマエの中にいる他の神だって似たようなモノなんじゃねぇか? この間の神はエグかったな…ありゃ何だ? アタシですらバケモンだと思ったぜ。まあ今はいいか。オマエのとこの…特に、氷の神とか、どんなヤツなんだ?」

「私のことでしょうか?」

「いや、何でだよ。何でわざわざオマエのことをコイツに改めて聞かなくちゃなんねぇんだよ、興味も関心もまるでねぇよ。アタシが言ってるのは、別の氷の神の事だ。いるんだろ? オマエ、火と雷、氷が使えたよな? だったら、その加護を与えてる神が」

「確かに力を借りている感覚はあるね。でも…思い出せないんだよね…」

「…絶対に嫉妬してるぜソイツ。見てみろよここにいるヤツを。 …氷の神ってのはただでさえ碌な奴がいねぇからな。アタシたちカラッとした火とは違って、じっとりジメジメしたような奴が多いハズだ、ソコにいるソイツみてぇに」

「氷の神に対する偏見と侮辱はやめて頂けますか? どうやらその頭の中も自らの火で燃やし尽くしてしまったようですね。飛び火しないうちに氷の墓標をたててあげましょう」

「オウなんだと、喧嘩なら買うぞコラ」

「…ふぁあ…野蛮な神たちですね」

氷姫と火神は睨み合い戯れあっている。土神は欠伸混じりにそれを見ていた。

「…氷の神、か」

勇者は自身の胸に手を当ててみるも、そこからは当然返事は無い。

「そうそう、オマエ、東の大陸の北にある雪娘の里にデケェ氷を創っただろ? アレがオマエの氷の魔力の元だとすると、何つーか、コイツとは違った質を持った氷だったな。より暗いと言うか、まるで死後の…冥界の氷みてぇなモンか。ソレに何か心当たりはねぇか?」

「…どうだろう…冥界って言っても…」

どこかで死んだ時にでも会ったのだろうか? いや、死んだ記憶はないけど…ああ、でもこの世界でも自分は一度は死んだんだった…そうなると、死んでも生き返れるのだろうか…流石にそれを試す気にはならないけど。

「思い出せねぇだけか。ま、何にしろ神にはせいぜい気をつけろよな。約束を違えたりしたらどうなるか、わかったもんじゃねぇし。もちろんアタシも含めてだぜ? 忘れんなよ?」

「わかった、気をつけるよ。忠告ありがとう」

「そうそう、アタシも連れてけよ。オマエの中に入ってやるから。ソイツと一緒なのはともかく、オマエといたほうが面白そうだしな。出かける時は忘れずに声をかけろよ? いいな?」

「謹んでご遠慮いたしますね」

氷姫は勇者の代わりにそう答えた。

「…オマエには一言も聞いてねぇよ」


勇者は日課の素振りをしていた。

肩に土神を乗せながら。

「毎日毎日、飽きもせずによくやりますね? もうそれ以上強くなる必要はないんじゃないですか?」

「…ここではそうかもしれないけど。まあ、元々の日課だし。落ち着くんだよね。やらないと落ち着かなくなるとも言うけど」

「鍛えることが落ち着くとか、自分を痛めて喜ぶ人なんですか? まあ、嗜虐的な私とは相性が良さそうですけど」

「そう言うのじゃないよ。 何と言えばいいのかな…強く、そう。強くなりたいんだよね。昔から…ずっと」

「へぇ、それだけ強くなっているのに? ほんと、人間の欲望には果てがありませんね。怖い怖い」

「…そうなのかもね」

でも、いつからだろう? …多分始めから…勇者として、生きることを決めた時から…ずっと。

でも…それはいつからだったろう。昔…自分がまだ幼かった頃…

その時も良く素振りをしていて…

誰かと、一緒に?

誰と?

どこで?

…霞がかかったように、思い出すことができないでいる。

「昔からそんなだったんですか?」

「うん…多分ね」

「剣は自己流なんです?」

「いや、師匠はいたよ。 …魔導師だったけどね」

「剣の師匠なのに?」

「うん、幼い頃、一人でいるところを、拾われて。それからしばらくずっと、一緒だった。育ての恩人でもあるかな」

「…へぇ…」

一人でいた、幼い頃に。

そう言った勇者の表情はどこかもの悲しい雰囲気があった。

「ああ、今は何も気にしていないから。それで師匠に連れられながら剣の修行を始めたんだ…勇者になるためにもね」

「どうして勇者になろうとしたんです?」

「それは…あれ? どうしてだろうね? ただ、強くなって、その時の魔王…あ、いや、確かその時は悪い魔術師だったかな。人心を操る魔術師を倒すために…師匠と旅に出たんだよ」

「二人だったんです?」

「しばらくはそうだったね。と言っても、しばらくは本当に師匠に剣で扱かれていたよ、最低限の強さを身につけるまでは、って言われてね。まだ年もそんなに、まだ全然、幼かったから。成長するまではずっとね」

「その師匠さんのことは覚えているんです?」

「まあ、ある程度は…うん、確か、時の魔導師だったよ。妹がいて、妹は空間の魔導師だった。姉妹揃って、結構変わっていたかなぁ…すごい閉鎖された場所で特訓し続けたし…あの場所、どこだったんだろ…」

「時の魔導師に空間の魔導師、もしかしてあなたの世界間の移動に関係しています?」

「…言われてみれば。でも二人はどこにもいないと思うけど。元々、最初の世界以外で二人に会ったことはないと思うし…まあ、確実に、とは言えないけどね」

「そうですか…でも関係ないとも思えませんけどねぇ。あなたを飛ばそうとした、あるいは今まで飛ばしてきた魔法は、時空間転移の魔法か魔術だったように思えますし」

「…確かに、そう考えると無関係ではないのかもしれないね。自動発動する魔法でも仕込まれたのかも…いや、でも発動条件が曖昧すぎるか…その世界で勇者になったら、とか?」

「この世界にはもう一人勇者がいますしね、それでお役御免になったのでは?」

「…そうかもね」

それを無効化(キャンセル)したのもその白姫ゆうしゃなんだけどね。

自分にとっての勇者とは一体なんだろうか…強く、決して諦めない人物。

守りたいものを守りぬく…

守りたいもの?

自分にとっては、今はこの地で過ごす仲間たちがそうだけど…

一番最初に…

自分が一番初めにそう思ったのは…誰で…それは、いつ、だったんだろうか。

自分は…その相手を…守れたんだろうか。

漠然とした、強くなりたい、と言う思いがまた強くなる。

「大丈夫ですか? いくら強くなりたいからって、無理はしないほうがいいですよ」

「そうだね。今日はこのぐらいにして、そろそろ切り上げようかな」

昼の光と熱は容赦なく照りつけてきている。

熱せられた大地から土と草の匂いが漂ってきた。

今日は一段と、暑くなりそうだった。

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