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虚無と二人の勇者

呪いの空は晴れた。

エルフは偵察用の光のむしの数を更に増やし、虚無の捜索にあたる。

一方、勇者と黒白姫は北の大陸から西の大陸へと戻る。

…最初に訪れた町の平原へと向かった。

それは勇者の漠然とした予感。

かつての無色の少女と初めて出会った場所を訪れようとしていた。

勇者はどうして彼女がそこにいると思ったのか、

また、どうして虚無は再びそこを訪れたのか、それはまた、ただの偶然だったのかもしれない。

虚無にとって、その場所は少女の姿で勇者に会った最初の地…それ以外の意味はなかったのだから。


「ここにいたんだね。 …偶然、かな」

勇者はそこに立つ女性に声をかける。

「…勇者(あなた)がここに、来る気がした…それだけ」

「来なかったら、ここでずっと待つつもりだった?」

「…わからない。でも、きっと、他の誰かが見つけていた…」

そう言って静かに指を刺す方向にエルフの放った光の(むし)が見えた。

振り返る女性はもう、あの頃の少女の姿ではなかったが…確かにその面影はあった。

少女が成長したら、きっと今のような女性になっていたことだろう。

「突然大人になったから、驚いたよ。 …でも、どうしてこんなことを」

「…こんなこと?」

「…呪いでこの星を覆ったり、土神のことを…」

勇者は懐の神核を気に掛けた。

「…私は、私の力を取り戻したかっただけ…それから、私は…ずっと…私は…」

ずっと考えていた。

虚無となってからは、あの時のことを。

勇者と、数限りない戦いを繰り返した時を何度も、何度も…

あの時に、私は何回も何回も死を経験した。

私はただ…生命いのちになりたかった。

ずっと、なりたかった。

生命を取り込んでいけば、いつかはなれると思っていたから…

かつての勇者との戦いでの、勇者の纏ったその凄まじいまでの魔力…あの極彩色の力は、

私にとって、初めて本当の死を感じさせたモノだった。

ホンモノの死を感じたあの時、

私は確かに…そう、私はあの時だけはきっと、生命になれたんだ。

…だから、私は、再び、それを…

…いや、違う。

私に生命を教えてくれた、存在を…

私は、勇者を手に入れる。

…私は、勇者を手に入れたい。

それが、私の出した結論。

「…私は、勇者あなたを手に入れる。初めて私に死を見せた勇者あなた。初めから得体の知れない私に力を与えてくれた勇者あなた…私は、勇者あなたを手に入れたい。私は…勇者あなたが欲しい…勇者(あなた)を手に入れたら…きっと、その時私は…きっと本当の生命いのちになれるから…ねぇ、だから、私の元へ来て…くれる?」

虚無は目を細め、その手を伸ばす。

「…それは…」

勇者が答える前に、黒白姫は言う。

「勇者に抱く好意はわかったよ、でも、そのやり方は間違っている。だからボクはそれを止める。この世界のもう一人の勇者として…ボクたちが止めてみせる。 …そのために、来たんだから」

「…そう…それなら…今の私の力、見せてあげる」

虚無は極彩色の魔力を纏い、その手のひらを勇者たちに向けた。

「…まずは我慢比べ、かな」

勇者もまた、極彩色の魔力を纏った。

互いの手から極彩の線が放たれた。

ぶつかり合う線と線は、その交点に時空の歪みすら生んだ。

現時点でのその力は五分と五分。

「黒姫…黒白姫」

「ボクがメインなんだから、黒姫でいいよ」

(わたくしもいますけど!)

「ここからは、ボクの番」

黒白姫はその内部の魔力を解放した。

それは黒の魔力。

全てを塗り潰す程の黒の輝き。

その根本は天地万物、宇宙の魔力だった。

遥か彼方まで、今も広がり続ける空間の広がり、その物質とエネルギーの空間から力を借りる。


「これがボクたちの力だよ!!」


極黒色の宇宙あんこく


放たれたその黒い魔力は、虚無に黒い極点を見せる。

「!」

すぐさま虚無はその力を吸収しようとするも、

「…吸収…できない? …違う…間に合わない?」

自身の力が上書きされていく…

全てを飲み込むほどの許容を誇る虚無の器を埋めていく。

膨らみ増減し続けるその黒の魔力は、虚無を飲み込んでいった。

自身の器の許容を超えて、更にその穴の無い底無しですら埋め尽くしていく宇宙あんこくの黒。

虚無の持つ力はついに黒に塗りつぶされ、そして次第にその力に飲みこまれていった…

「…私…私が…このぐらいで…」

虚無は抗い更に集中するも、

黒の魔力は二乗に増え、それは更に増え続け膨張していき、まるで追いつく気配すらなかった。

「…私は…」

黒に塗りつぶされていく。

暗黒の宇宙に…

まるで…かつての自分…

…懐かしい感覚…

…また、還るの?

…私は…また…結局、私は…

どう足掻いても…生命いのちには…なれない…の?

虚無の輪郭が揺れた。

成長した女性の姿は、かつての少女の姿とブレて重なった。

もはや自身の姿を維持する力さえ無い…

「…私は…わたしは…」

その、大きな穴へ…

…戻される…その、底無しの虚無へ…

ああ、やっぱり…

…生命には…なれなかった…私は…

私には…私じゃ…なれないんだ…あの…生命の…輝きには…

「…っ」

虚無の少女は、その目を閉じた。

その手はもうどこへも伸ばさない。

ただ、力なく項垂れる…

…ああ…消える。きっと、私は…

黒に飲まれて…消えていく…

「…?」


消えなかった。

それどころか体に温もりを感じた。

虚無の少女が目を開けると、

極彩色の魔力を纏った勇者が、自身を包み込んでいた。

…どうして?

「…どうして、また…あなたの力をくれるの?」

勇者はただ、虚無の少女を優しく抱擁し続けた。

自身の魔力を与えながら。

「…」

虚無の少女は気づいた。

…ああ。

そうだったんだ。

私が欲しかったものは…

私が本当に欲しかったモノは…

「…」

ただ静かに勇者の顔を見た。

穏やかで優しく、自分を見つめていた。

虚無(わたし)が求めていたものは…愛だったんだ。

さまざまな生命を取り込み、

さまざまな形をとっても、満たされることがなかった、

そんな虚無(わたし)が本当に求めていたものは…純粋な愛情だったんだ…

虚無は生まれてからずっと、愛に飢えていたのだった。

「…ああ…あぁ…」

虚無の少女はようやく気づいた。

自分が求めていたモノ。欲しかったモノ。

どうして勇者を手に入れたくなったのか。

どうして今の形をとって勇者の前に現れたのか。

それはひとえに、勇者の愛を、求めたからだった。

「…」

虚無の少女は大人しく、そのまま勇者の魔力を受け入れた。

飲み込むわけでもなく、ただ、ただ純粋に、大人しく受け入れていた。

虚無の少女はその時初めて、ひとつの生命に成れたのだった。


「…きっと、これでもう、大丈夫」

勇者は静かに眠る少女の姿を見てそう思った。

その時、体がわずかに輝き出した。

今までは起こらなかった異変に、勇者は気づく。

「…そうか…これで…」

ようやく、この世界が、救われたことになったんだ…

「…体が光っているけど…それって」

黒白姫もまた気づく。

「…うん。どうやら、その時が来たみたいだね」

「え! い、嫌だよ!! 離れ離れになるなんて!! 君はボクの騎士なんだよ? だから…騎士が姫を放ってなんて、行かないよね?」

「…楽しかったよ。ここに来てから、ずっと。未練が無いって言ったら、嘘になるくらいに」

「何、それ…嫌だ!! 嫌だから!! 絶対に離れない!!!」

黒白姫は勇者に抱きついた。

「…」

「嫌だ!! 未練があるなら残ってよ!! ボクだってまだ!!」

「…ごめんね」

勇者の光が強くなる。そして…

(謝るくらいならやめてくださいまし…ここでわたくしの出番ですわね!)

白姫が黒姫の中から飛び出してくる。


極白色の新生かがやき


その白い光はあらゆる魔力を還していく。

それはどんな魔法ですら無秩序に無効化してしまうものだった。


勇者の体を包んでいた光は消えた。


「…」

「…」

「…どうやら、うまくいったようですわね。なんでも、とりあえずは試してみるものですわね?」


「…いや…どうなったんだろうこれ…」

勇者は戸惑った。多分今まででも初めての流れだった。

「…やった! やったぁ!!」

黒姫は喜んで勇者に抱きついていた。

「ふふ、さすがわたくし…自分の才能が我ながらに恐ろしいですわね。やはりどう足掻いても天才…ということですわ…ふふふ」

白姫はひとり得意げに笑っていた。

「…ぐぅ…」

虚無の少女は静かな寝息をたてていた。


勇者の転移は無効化(キャンセル)された。

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