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海戦

かつて中央大陸があった今は何もない地。

その深海…


「…」

声が聞こえた…

自分を呼んでいる声が…

暗い闇の底から、自分を呼ぶ声が…

少女は自ら海の底へと沈んでいった。

深く、冷たく暗い水底へと、沈んでいった…


凍らされた巨石だいちの前に無色の少女は立っていた。  


少女はもうすでに、器として完成していた。

あとはその巨石いんせきに残る呪いの力を吸収すれば良い。

それによって、虚無は再びその目を覚ます。

「…」

微睡の中、少女は夢を見た。

黒姫たちと過ごした日々を。

勇者たちと過ごした日々を。

少女は目を閉じたまま、目覚めることのないまま、その氷に手を触れた。

氷の魔力は吸収され、ヒビが入り、少しずつ崩れていった。

呪いが少女の元へと還っていった。

わずかに目を覚ました少女は、

その輝きを失った指輪を見た。

「…わたしは…」

なにを? わたしは…いったい…

意識を取り戻した少女は己の危機を察し、呪いから離れようとするも、

その隙間から吹き出した呪いは少女の体を覆い包んでいった。

…ここから…はなれ…な…と…かえら…い…と…

少女の小さな思いは呪いに埋め尽くされて消えていった。


「…」

呪いを全て吸収し終えた少女の姿は、成人した女性の姿へと変化していた。

「……」

「まさかこんなに早く解かれるとはな。あれほどの氷の結界を…して、察するにお前が呪いの(あるじ)で相違ないな?」

海の異変にいち早く気づいた乙姫がその場に到着する。

「…呪いの、(あるじ)? …私の、こと?」

振り返り問う。

「お前の目的は何だ? 呪いの主」

「違う。私は…虚無きょむ…確か、そう…呼ばれていた。 …私の…目的…は…生命(いのち)…ああ、そう…私の目的は、変わらない。ずっと…変わらない? …それは…」

虚無は自問自答を繰り返していた。

「そうか、お前が…かつてこの地の生命を葬ったという、虚無か。言い伝えによって姿が異なっているが、今は人間の姿なのだな。 しかし…それなら、なおのこと、捨ておけんな」

乙姫は身構える。

「…私の目的は…生命を得て、生命と成ること…そのために…あなたのその生命を…頂戴。 …あなたたちの生命を頂戴…そして…それから…ああ、そうだ…あの…人間…あの…勇者の…全てを…頂戴…」

「そういう訳にもいかないだろうよ。目覚めて早々に悪いが、また、眠ってもらうことにしようぞ」

「…私の…邪魔をするなら……容赦、しない」

虚無は指先を乙姫に向けた。

その先から魔力の線が飛ぶ。

それは乙姫の肩を何なく貫いた。

「…っ。 …ふむ。なるほどな。ただならぬ脅威であることは間違いない。ならばわえも…」

そう言う乙姫の姿が巨大な龍へと変化していく。

本来の姿、海を統べる、海龍の王の姿へと。

「…的が、大きくなった、ね…」

虚無は冷静にその変化を見ていた。


「勇者さま、私たちの凍結した、深海の結界が破られました」

氷姫は勇者の中から出てくるなりそう言った。

「いきなり出てきてなんですの? いえ、そもそもあなた誰ですの?」

白姫たちは勇者の中から女性が出てきたことにまず驚いていた。

「ああ、私、氷姫こおりひめと申します。氷を司る神として、勇者さまの中でご厄介にならせて頂いております。みなさまも、どうぞよろしくお願いいたします」

「…ああ、また姫ですのね」

「それで…結界が? しかし、あれを破るとなると…一体」

「はい。私たち二人の結界ですし、そう簡単に破れるものとは思えません。神か、少なくともそれに近しい存在ではないかと思われます」

「…乙姫も気づいたかな、今、おそらく、その中央のあたりに向かっている」

「…様子を見にいったのかもしれませんね、危険かもしれませんけれど」

「何だかひどく厄介なことになっているみたいだね」

「…そうだね、何が起こるかわからない。できれば、他の人たちにも伝えたいんだけど…何か手はあるかな?」

「連絡手段ならある。私がやろう」

エルフは自身の周りに光のむしを生み出していった。

今度は羽と目だけではなく、耳、口もつけ加えて。

「これを各地へ飛ばせばお互いに連絡は可能だよ。維持するのはそれなりに大変だけど、まあ、それはうまいこと交互にやるよ」

エルフは片目を閉じながらそう言った。

「ひとまず、各地、全ては無理だとしても、主要なところへ飛ばしておくね」

虫たちは各大陸、各地へと飛んでいった。

「黒姫たちにも」

「わかった、各地につながり次第、私が中継するから、何かあったらその都度、対応を」

エルフはひとまず集中するためにその場に座って目を閉じた。


「ああ、よかった。無色の少女が消えたんだ、どこを探しても見当たらない。東の大陸にはいないと思う。西に、帰ってはいないよね?」

無色の少女が消えてから、黄姫の分け身を増やして捜索にあたったものの、全く見つかる気配がなかった黒姫たちは焦っていた。

「こっちには戻っていないね…。君たちも、一度戻ってこれるかな? ああ、迎えに竜を出すから、目立つ場所、そうだね、巫女のいる里で待っていて」

「…わかった。勇者はいる?」

「今一緒にいる。黒姫たちが戻ってくるのを待ってるよ」

「うん、ごめん。いなくなる前、様子が少しおかしかったんだ…」

「ひとまず着いてからにしよう。一応、周囲には気をつけて」

「…うん」

責任を感じているのだろう、黒姫の声には少し元気がなかった。


龍となった乙姫は満身創痍になっていた。

「…この力…なんだ? …あの魔力…どの属性でもない…いや、全ての属性? しかし…」

乙姫はもはや龍としての形を維持できなくなっていた。

「く…くち惜しいが…今はこのぐらいが、精一杯か…」

「…元に、戻った…」

虚無はどこまでも冷静で、静かだった。

「お前のその力…ただの魔力ではないな。龍となったわえの防御をこうもいとも容易く打ち破るとは」

「…私も、ちゃんと、強くなってるから…」

薄く笑った。

「だから、これでお終いにするね?」

虚無の指先が乙姫を捉える。

放射される魔力の線が乙姫を捉えようとした時…

ー危ねぇ危ねぇ。乙姫さま、無理しちゃいけねぇよ。今までだって散々力をお使いになってたってのに!ー

ーそうですぜ! 本調子からは程遠いんだから、今は俺たちがいます。乙姫さま、今のうちです。お早く!ー

ーあなたを失うわけにゃいかねぇんです!! だから今はどうか…地上にでも!!ー

あらゆる海の生き物たちが間に立った。

「お前たち…すまぬ!」

乙姫は地上へと向かった。

ーへへ、これからは俺たちが相手をするぜ? お嬢ちゃんー

ー魚だからって、舐めないでもらいたい。海中は、俺たちのテリトリーだ!ー

さまざまな海の生き物たちが虚無と相対する。

「…もう、お腹はそんなに空いてない。だから、あんまり食べなくてもいい」

虚無はそういうと、自身から呪いの魔力を放出した。

ーこいつは! やべぇ、触れると蝕まれるぞ!ー

ー理性を保てよ!! 気を確かにな!! じゃねぇと、狂っちまうぞ!!ー

海の生き物たちは呪いの渦に飲まれていった。


「すまぬな…」

乙姫は勇者の元を訪れていた。

「ひどい怪我ですわ、今、治療いたします」

「ああ、すまぬ…わえとしたことが…不覚であった…」

「…一体、何があったんだ?」

竜に乗って到着していた黒姫たちもその様子を心配そうに見守っていた。

「これだけの怪我となると…相手は?」

勇者も治療を手伝いながら、乙姫に経緯を尋ねた。

「うむ、説明せねばな…」

虚無の再来。

その脅威は、エルフにとっては身に染みて理解していることであった。

当然、記憶を取り戻した勇者もまたそれは同じであった。

「…まずいね。仮に今、相対した場合…まともに対抗できるのは…勇者、それから…北の大陸で召喚された神…火神(ひのかみ)土神つちがみなら…でも、草神くさかみは創世樹の少女のことだし、水の国に今いる水神すいじんと、私が代理をしている風神(かぜかみ)は戦力的には乙姫よりも劣るからね。それに、東の大陸に現れたら…」

「…火巫女たちだけでは対抗できないと思う。 …火神(ひのかみ)に、東の大陸へ行ってもらえないかな? 元々火を信仰している大陸だから、相性はいいと思う。 …火の国の人たちには悪いけど」

「…わかった。 そう伝えてみるよ」

「あぁ? アタシが? 東の大陸? …ちゃんと理由(わけ)を言えよ」

簡単に経緯を説明する。

「へぇ…そんなバケモンが? ま、いいぜ。退屈してたしな。それに、アイツらはアタシを呼んだ縁もあるしな。いいぜ、その里へ行ってやるよ」

快く了承してくれた。

「これで少なくとも遅れによる大陸の全滅は免れるといいけどね。ああ、君が一時暮らしてた魔人たちもここに呼んだよ。空の移動手段としては竜とさほど変わらない便利さだからね。君がいると言ったら割とすんなり了承したよ」

「まさか魔人まで…もしかして姫ですの?」

白姫の目線が心なしか冷たかった。

「いや、違うと思う。でも、それは助かるよ」

「後は魔王たちだけど…ひとまず側近の夢魔には伝えておいたから。 …後は魔王たちの出方次第だね。まだ魔界から戻って来てはいないみたいだし。吸血姫は魔王たちについていったようだから、残った吸血鬼たちは魔王城にいってもらったよ。この地での戦力の分散はできるだけ避けたいからね。魔王たちとも合流したいけど…向こうは向こうで、その数は多いから…」


各地への連絡手段と移動手段が配備されていく。

かつての虚無と同じであるのなら、出遅れが致命的なことにもなりかねない。


エルフはひとまず回復した乙姫との会話を重ね、疑問を感じていた。

「うむ。わえと相対した時はな。何やら面妖な魔力を使いおったが。かつての話のように、生命を貪ろうとするようなそぶりはなかったように思えたぞ。何か、目的はあるようだったが」

「…昔とは違うのか、それとも、そう見せかけているだけなのか…」

「それはわからんな。生命いのちを求めているとは言っておったし。魔力、力の吸収自体は確かにできるようだったからな」

「かつてのように手当たり次第に生命を貪らないとしても…俄然、脅威であることに変わりはないだろうからね。次、どこに現れるのか…今は、できる限り警戒を怠らないようにしないと」

エルフはできる限りの光のむしを飛ばし、全ての時間を各地への通信と警戒に費やした。

魔力の乱れ、あるいは生命の乱れの異変を察し、出来るだけ早く虚無を発見するためにも…

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