虚ろなる無の起源
その起りは生命ではなく、生命になろうとした何かだった。
その始まりは宇宙。
無が輪郭をえた時に、目が覚めた。
ソレは、自身からは限りになく遠い果てにある、命に至ろうとしたのだった。
星の生命を飲み込み、星の爆発によってまた他の星へ向かう、それを永遠と繰り返し。
生命を取り込み続けることで…自らもまた、生命になろうとしていたのだった。
ソレはテクノロジーの発達した星に隕石とともに到来する。
衝突の爆発によりもっとも発展していた中央の大陸は沈んだ。
そしてソレは目覚め、この星の生命を貪っていった。
その地の人類の、ただ一人を除いて、すべての生命を貪っていった。
最後の一人となったその星の博士は、
自身の最高傑作であったロボを宇宙船に乗せて逃すと…
「科学は消えない。死なない…決して終わらない…終わらせてなるものか。 …終わりなどはないのだから!」
博士は最後の最後まで、ソレに一人で抗った。
自身の研究の結晶、この星に残されたさまざまな生命の種をカプセルに収め、
それを隔絶された虚数の中へと隠した。
その中には、この地の今までの生命データ、あるいは、それを組み替えたデータも、種として入れた。
…いつか、遥か未来に、きっと芽吹く時が来ると信じて。
希望を、未来に託した。
そして博士はただ一人、おとなしく終わるつもりはなかった。
この星を破壊しかねない程の爆発を起こしてでも…自らと共に、ソレを葬り去ろうとした。
爆発はソレを飲み込んだ。
その莫大なエネルギーによって、一時、ソレはかき消えた。
この星の最後の一人、博士と共に。
しかし、ソレの残滓は残っていた。その到来した隕石の奥深くに。
地上から生命がいなくなり、飲み込む対象が失われると、回復することもままならなかった。
…ソレは長い眠りにつくことにした。その到来した隕石の中でゆっくりと時間をかけて…
それから遥か時は流れる。
この星で、一つの種から初代創世樹が芽吹いた。
創世樹は大地にさまざまな生命を芽吹かせた。
そしてさまざまな種族が誕生した。
生命は再び栄え始めたのだった。
しかし、その豊かな生命に反応したソレが、再び目覚めることとなった…
ソレは生命を取り込むたびに失われた力を取り戻していった。
そしてソレはいつしか虚無と名付けられていた。
勇者と相打ちとなった虚無は、また、長い眠りについた。
さらに時は流れる。
勇者は再び目覚めた。
虚無にもまた、再び目覚めが訪れようとしていた…
東の大陸
「ふぅ。この地へ来てから随分と、かなりの数の呪いを倒したけど…これって、結構キリがないよね?」
黒姫は言う。
「はい…昔からそうなんですけど。確かに、キリはないですね」
ついてきた巫女の一人はそう頷く。
「本体のようなものが、どこかにあれば話は別なのでしょうけど。見当もつきませんし。とりあえずはここで休むとしましょうか。明日、そろそろ火巫女さんの里へ戻りましょう。もう戻ってきているかも知れませんし」
「そうだね、そろそろ戻ろう」
「………」
無色の少女は二人の会話をぼーっと聞いていた。
「大丈夫? 最近ずっと働きっぱなしだったし、疲れた?」
黒姫は心ここに在らずな少女を気にかけて言う。
「…だいじょうぶ」
「無理はいけませんよ。まして、妾たちにとって、得体の知れない呪いを幾度となく吸収していたのですし」
「そうそう、やっぱりあんまり良さそうじゃないよね、あれ。かといって、治療ってなると、任せっきりになっちゃうし」
「ううん、だいじょうぶ。おなかもぜんぜんすかないし…からだはむしろ、ぜっこうちょう」
「でも、何か口にした方がよろしいですよ? 食べないと言うのも、体に良くないと思いますし」
「…うん」
無色の少女は指輪を見る。
微かに輝くそれは、今はもう勇者の力を全く吸収してはいない。
勇者の負担はなくなったのだ。
それを知った最初、少女はそう言って、喜んでいた。
少女は食べ物を少しだけ口に運び、他の三人と一緒に眠りについた。
夜が明けた時、そこに少女の姿はなかった。
水の国
乙姫は勇者たちから別れた後、約束を果たすために水の国を訪れていた。
「うむ、わえの使いである龍が世話になったな。ふむ、それにしても良い国だな。わえも気に入ったぞ」
水の国の民たちへそう挨拶をする。
龍から乙姫のことを聞いていた民たちはその来訪を喜んだ。
それを祝い、お祭りを開いた程だ。もともと祭りは今までもずっと続いていたが。
ー乙姫様、この地を訪れていただき、感謝いたしますー
「何、気にするでない。これが勇者との約束でもあったしな。だが、使いのものから聞いとるだろうが、わえはこの地にずっとはおれんぞ?」
ーええ、それでも十分かと。民たちの喜びようを見ていると…訪れて頂けただけでも十分ですよー
「その民たちも、今はずっと踊っとるがの」
ー…はい。それがこの地での喜びのあらわしかたなのですー
民たちは興奮した。
なにしろ、水神として祭っていた龍の主であるという、海龍の王が訪れてくれたのだから。
その喜びはひと塩だった。
水の国の民たちはそれはもう更に輪をかけて踊り狂っていた。
「わっしょいわっしょい」
「海龍王さまの御成だぁ〜」
「しかもとんでもない美人ときてらぁ! わっしょいわっしょい!!」
「ギザ歯が可愛すぎらぁ!! 噛んで欲しい!!」
「飲まずにはいられねぇ!! 歌わずにはいられねぇよ!!」
「…随分と騒がしいの」
ー…はい…ー
龍と乙姫はたいそうな歓待を受けていた。
乙姫は気づく。
海の違和感に。
「…ん? …何だ?」
ー乙姫様?ー
「少し待て」
乙姫は力を集中させる。
…この力…中央…勇者たちの行った封印、あの氷が溶けたか? この短期間で?
「…すまぬの、龍。わえは急用ができた。もう戻るぞ」
ーそのご様子だと、何かただならない事態ですか?ー
「わからん…が、そうなる可能性はある。だからこそ、すぐ確認せねばな。お前はこの地へ残れ、そしてこの地の民を守れ」
ー…御意。乙姫様も、お気をつけてー
「うむ」
乙姫は中央の深海へと急いだ。
一方雷鬼のパンツを復元した勇者たちはその後、一度西の大陸へと戻り、今は西の森のエルフの家にいた。
「うん、やはりゆかりのある地の方がアンチディスペルの効果が良いみたいだね」
エルフはかつてのエルフの姿をしていた。といっても、違うのはその瞳の色くらいだったが…
「自由に戻ったりできるのは、便利なのかどうなのか、わからないね」
エルフはかつての自分の家へ戻り、色々と自身に試していたのだった。
「そうだね、まあ、過去のエルフの方が戦力的に君のためになると思うよ? …私としては、ちょっと悔しいけどね。事実は事実だし。君もその方が良いんじゃないかな?」
「…それが全てじゃないから。どっちが良いとか、そう言う話にはならないよ」
「うん。嫌な聞き方をしてごめんね。 …それなら、こう言うのはどう?」
左右の目の色が違っていた。
「どうなっているの? それ」
「半分私、半分は過去のエルフ。魂の結びつきが強いからなのか、慣れたらこんなこともできちゃったんだよね」
「それって…慣れるようなものなの?」
「はは、長い時を生きたエルフを舐めないでもらいたいな」
「いや、でもそれ結局…どっちなの?」
勇者は戸惑っている。
「両方だよ両方。ああ、そうだ、それなら君にわかりやすいように片目瞑ろうか? これなら君としてもどっちかわかりやすいよね?」
「…えぇ」
勇者は珍しく戸惑っていた。
「はは、君の困り顔は貴重だね。しっかり覚えておくよ。さて、せっかくここまで来たんだし、たまには宿にも顔を見せたら?」
「そうだね。確か、白姫たちが残っているんだよね?」
「うん、残っているのは白姫、幽霊姫、機械姫だね」
懐かしの宿にて、
「あらまあ、おかえりなさいませ。 …随分と、お久しぶりですわね? それで、今まで何人の姫を誑かしていたんですの?」
白姫の冷たい視線と、
「わあ、本当に久しぶりですね! 勇者さんも、元気そうで何よりですよ」
幽霊姫の暖かい眼差しを受ける。
「お帰りなさイ。雷、下さイ」
機械姫はおねだりしてきた。だいぶ流暢になっていた。
「ああ、うん。ずっと留守にしてごめんね」
「魔王サンたちがわけてくれたノデ、大丈夫でしタヨ。でも…ふぃ〜、これデスこれデス…やっぱりトテモ美味しイ…」
機械姫は勇者の雷を喜んで吸収。
「それにしても、エルフさんの…ご様子が少し変わりましたか?」
「はは、鋭いね。まあ、変わったのは半分だね」
「?? 半分? ですの?」
「スキャニングを開始しまス…エネルギーパラメータに変更アリ。大幅な伸びを確認しましタ。前より大分、強くなってマスね。でも、安定してまセン。個体識別モ…二人…不思議?」
白姫と機械姫は戸惑っていた。
「スキャニングのついデに発見しましタ。雷のエネルギーを感じまス。それは何ですカ?」
機械姫は勇者の懐を指差した。
「ああ、これのことかな」
勇者は懐から先日復元した雷鬼のパンツを取り出した。
「鑑識結果、婦人用の下着、雷属性、特殊加護あり。特殊識別…神気…カミ?」
「えぇ…ご婦人の下着ですの…しかも神様のって、なんなんですの?」
「わぁ…勇者さん…どうして懐にそんなものを」
三人は懐から神様の下着を取り出した勇者に戸惑っていた。