西の大陸 と 龍宮城
西の大陸
魔王の側近、夢魔は手に魔力の籠った石を携えていた。
「こんにちはぁ、誰かいますか〜?」
とある宿の部屋をたたく。
その部屋でいつも留守番をしている白姫は慣れたように迎え入れ、その魔石を受け取った。
「ありがとうございます。わざわざいつもご苦労様ですわ」
「いえいえ、勇者さまの頼みでもありますしぃ。それよりも、まだ帰ってこないのですかぁ?」
「そうですわね。東の大陸へ行ったと思ったら、今度は北の大陸へ向かったと聞きますし。でも今頃どこかの姫でも誑かしておられるのではないでしょうか」
「そんなことありませってぇ。でも、あなたたちも今は大変なのでしょう? あの創世樹の少女も一時消えちゃったんですよねぇ?」
「ええ、それも料理の最中に消えたみたいですわね。あの時は幽霊姫さんと機械姫さん、それからおかみさんもだいぶ焦っておられましたし。でも、後に本体からの連絡を受けた森のエルフさんから、北の大陸にいると伝えられましたので、とりあえずはまあ、安心? ですわね。今は当のエルフさんも北の大陸へ行ってしまいましたけれど…」
「黒姫さんたちもまだ戻っていないのですかぁ?」
「ええ、黒姫さんも黄姫さんも無色さんもまだ東の大陸ですわね。何やらその地の巫女たちと呪い? の処理を手伝っているとか聞きましたわ。でも、大変なのはあなたたちもそうなのではなくって?」
「はい〜、確かにそうですねぇ。魔王様は武闘派の方を連れて魔界にまだ籠っていますしぃ…そのおかげで私たちのような…知識派は忙しいんですよぉ、魔王様の決定ですし、仕方のないことなんですけどぉ」
例の魔神たちの魔力、そればかりか北の大陸でもみられたさらに大きな魔力…まあ、魔王様たち武闘派の方たちが発奮する気持ちはわかりますけどねぇ。武闘派じゃない残された身にもなってもらいたいですぅ〜。
「その魔王の修行は順調ですの?」
「どうなんでしょうねぇ…魔界に赴いた誰一人全然戻ってこないのは、いいのか悪いのかわかりませんねぇ。とと、私もあまり長居できないんでしたぁ〜、それでは、また足りなくなるようなら教えてください〜」
「ええ、わかりましたわ。わざわざありがとうございました」
電気の魔力が込められたその魔石を慣れたようにいつもの置き場へと片付ける。
…どうも美味しさは勇者さんの雷には遠く及ばないそうですけれど、雷の美味しさってなんですの?
…まあ、選り好みしている場合ではありませんわね。
「ただいマ」
「今日も大繁盛でした〜。疲れました〜 …肉体の無い幽霊なんですけどね」
機械姫と幽霊姫が仕事から戻ってきた。
「おかえりなさいませ。ああ、機械姫さん、ええと、確か、電池でしたかしら? いつもの魔石が届きましたわ。これだけあれば、またしばらくは大丈夫でしょう」
機械姫は積み上げられた魔石をみて喜んでいた。
「おお、助かル。味はともカク、元気にはナル。スリープすル心配がなくなル」
「贅沢は言っていられませんわ。それにしても、出会った頃と比べると、だいぶ言葉が流暢になりましたわね」
「お客さんたちと接することも多くなりましたからね〜、機械姫さんは料理も接客も、本当に万能ですから。すごいんですよ」
「まかせテ、ワタシは自己進化タイプ、色々覚えル。機能モだいぶ、回復してきタ。ビームくらいなら撃てル。その気にナレバ、一帯を焼キ払えル」
「おやめください。またエネルギー不足になりますわよ」
「冗談ダ、でも…ここの人たちは優しいナ。なんだか、すごク、懐かしイ。昔を、ハカセたちを思い出ス…」
「そんな昔のことでも、しっかりと記憶にあるのですか?」
「少しぼんやりシテル。メモリーの調子ガ…でも、消えたわけではナイから。ここに、きっと、アル」
機械姫はそういうと胸に手を当てた。
「メモリーは頭ではなくて胸にあるんですの?」
「あ、そういえば知らなイ。適当にイッタだケ」
「…」
本当に万能なんですの?
白姫は訝しんだ。
機械姫は魔石から電気を補給していた。
「ふィ〜、生き返ル〜…」
深海 龍宮の城
「さて、それではゆっくりとしていってくれ。わえたちが盛大にもてなすでな」
勇者と姫神子は大きな部屋へと案内される。
「そこの姫神子だったか? その隠しをとっても構わないだろう、どのみちここには人間はおらぬよ」
「…それでしたら」
「そうだね、それじゃあ取るよ」
「お願いします」
勇者に目隠しを外され、景色を見る。
龍宮の一室は数多くの珊瑚によって実に色鮮やかなものだった。
「綺麗ですね…とても」
タイやヒラメが舞を見せてくれる。
その洗練された動きは、見るものを魅了する。
「息がぴったりだ、これだけ動きを合わせられるものなんだね」
「本当ですね。思わずため息が出てしまいます」
それからも魚たちの出し物は続いた。
「食べ物も用意した、食べられないものは言ってくれればいい。遠慮などする必要はないぞ」
「ありがとう、すごい見応えのある料理だね、実に華やかだ」
「ここでは、料理までもがこんなにも綺麗なのですね、何もかもが、本当に…」
歌に踊りに食事にと、実に丁寧な労いを受けた。
「さて、それでは本題にうつるとしよう。確か、わえに北の大陸にある水の国へ行ってほしいということだったな?」
「うん、できれば、だけど」
「その地にずっといることはできない、が…必ず顔を見せると約束しよう。とりあえず今はそれで構わんか?」
「十分だよ。それで龍も喜ぶと思う。水の国の人たちもきっと」
「自分たちの祀る神様が訪れてくださるのなら、それはもう喜びもひとしおになることでしょう」
「うむ、ではそうしよう。それで、お前たちはこれからどうするのだ?」
「…そうだね、一度、姫神子を送りに教会へ戻るとして…それから、水の国へ行って、龍神の玉を返しに行かないとかな。流石に借りただけだからね」
「その玉ならわえが預かるぞ。どのみち訪れるわけだからな。いや、その前に、使いの者にわえが訪れる旨を龍へ伝えるついでに返しておくのでも良いな」
「それなら…」
勇者は龍神の玉を乙姫へ渡した。
「その鱗は持っておれば良い。何があるかわからんしな。またここへ、海の中へ来てもらうこともあるやもしれん」
「そうだね、それならそうするよ」
「他には何かあるか? わえで良ければ話を聞くぞ?」
「…特に無い、かな。姫神子は何かある?」
「でしたら…あの、乙姫様。乙姫様は水を司る龍であり、神様でもあるのですよね?」
「まあ、そうなるな」
「この地に、風の神はおられるのでしょうか?」
姫神子は何か決心したかのように思い切って尋ねていた。
「風の神か…ふむ…」
「そういえば、風の国ではエルフが召喚されていたんだよね、でもあの様子だと召喚とはまた少し違うのかもしれないか…」
「はい、火、氷、土、草のそれぞれの国では、確かに神様とも近い存在が召喚されていたのですけれど、水と風の国に関しては、少し異なっていたようでして…でも、乙姫様が訪れてくださるのであれば、水の国もまた他の国と同じようになります…」
姫神子は遠慮がちに言っている。
何か、事情でもあるのだろうか?
「神様がいない、というか、訪れていないのは風の国だけになるのか。でも、それが何か問題でもあるの?」
「…はい。少々…込み入った問題がありますので…それで、風の神様の行方を知りたくもありまして…」
「ふむ…確か…そうだの。風神と呼ばれる神を聞いたことがあるな」
「風神様」
「確か雷を司る神、雷神と姉妹でな。ん〜、どの地だったか…ああ、そうだ、思い出したぞ。東の大陸、鬼の居る山、そこにかつておった風鬼と雷鬼が鬼神となってそう呼ばれるようになったのではなかったかな。なにぶんわえも聞いただけだからな、詳細までは知らぬが」
「鬼の山、というと、鬼姫たちのいる大鬼山だね」
「ああそうだそうだ。しかしそれを聞いたのも、もう今は遥か昔の話になるな」
「その風神様を、呼び出せないものでしょうか?」
「ううむ、どうだろうな…何かそれに纏わるモノでもあるなら…もしかしたら呼ぶことも可能かもしれないが…果たして、今そんなものがあるかどうか…それはもうかなり古い時代の話でもあるからな」
「…それなら大鬼山へ直接行ってみたほうがいいかもね。鬼たちに聞いたほうがいいよ」
「…そうですか…でも、私は流石に教会へ戻らないといけませんから。これ以上他の大陸へ渡るわけにもまいりませんし」
「それなら、自分が行ってくるよ。この後、君を教会へ送り届けたら、特に急いでやることもないからね。もう一度東の大陸へ行ってみるよ」
「よろしいのですか?」
「うん、理由の詳細はわからないけど、その、風神の力が必要なんだよね?」
「はい…ありがとうございます。勇者様」
「話は決まったか? おお、そうだったそうだった。忘れるところであった。 …勇者よ、腕を出すと良い」
「腕?」
「ふむ、わえも加護を与えてやるぞ。これで少なくともわえの場所がわからないということは無くなるだろうしな。お前がわえに会いたくなった時、件の水の国に居るとも限らんのでな。ほら、さっさと腕を出すのだ」
「…これでいい?」
乙姫は勇者の腕を噛む。
「お、乙姫様? 一体何をなさっているのでしょうか?」
姫神子はその行動に驚いていた。
「何、ただの加護よ。わえに用事があったらいつでも訪れて良いぞ? ふむ、時間関係などでもな」
「時間?」
「うむ、わえは時を少々扱えるのでな。水に流すともいうだろう? あまり大仰なものはしてやれぬが、まあ、何かあったら遠慮せず尋ねてくるがいいぞ」
「覚えておくよ」
噛み跡が残る腕をさする。
「毒など仕込んどらんから安心するが良い。ただの噛み跡だ、神のな…ううん。いや、何でもないわ」
勇者と姫神子は龍宮城を後に、姫神子の教会へと。
姫神子への教会へ向かう道中。
再び目隠しをして背負われていた姫神子はある決意をした。
「勇者様には、話しておきますね」
「…何かな?」
「私の、私たちの目的です。 …北の大陸、六つの国に神気を降ろすこと。そして、その中心に位置する地、私たちの教会のことですが、そこで神迎の召喚を行うこと、それが私たちの目的であり、目標なのです」
「神仰の召喚って、他の国たちのやっているものとは違うの?」
「同じものです、ただ、その規模が異なっています。六つの国をそれぞれ結び、この大陸に大きな陣を作り、中心であるこの地に、神様を迎えるのですから」
「その神様って、他とは何か違うの?」
「…全ての、創世の神。とされていますが…私にも、その詳細はわかりかねますね。 …何しろ、私たちにとっても、初めてのことですので」
「すごい召喚だということはわかったけど。それだと、その儀式自体、かなり大変なものだよね?」
「…そうですね」
おそらくは、その際、自身の生命すらも使うことになるだろう…その覚悟はあった。
「姫神子自身は大丈夫なの?」
「ふふ、私はそのためにこの地で姫神子として生まれたんですから。むしろ、神様を召べるのであれば、それは大変喜ばしい事ですよ」
「…その時はここにくるよ。何か、手伝えることがあるかもしれないし」
「…ありがとうございます。勇者様がいてくださるのなら、とても力強いです。 …本当に」
ああ、できることなら、もっと、旅をしてみたかった。
勇者様と、様々な地へ…もっと。
姫神子はその想いをそっとしまい込んだ。
勇者は無事、姫神子を教会へと送り届ける。
別れ際、この地に東の大陸から火巫女たちが訪れていることを聞いた。
東の大陸へ行く前に、一度顔を出してみよう。
まず、火の国へと足を運ぶことにした。
火の国
「勇者さ〜ん。お久しぶりです〜。姫、寂しかったですよぉ〜」
緑狸姫は勇者を見るとそう言って抱きついてきた。
「みんなも、元気そうだね」
「いやまあ、確かに元気は元気でありんす」
「お久しぶりですね、勇者さん。お話は聞いています。勇者さんのおかげで、火神様もだいぶ落ち着いたご様子。この国から戦さの気配が薄くなって、本当に良かったですよ」
赤狐姫も火巫女も元気そうだった。
「おお! それにしても流石じゃな!! 聞いたぞ!! まさか本当の神と喧嘩をするとはな!! 相変わらず愉快じゃな!!」
鬼姫も元気いっぱいだった。
「まあ、かなり大変だったけどね。そうそう、みんなは東の大陸に戻らないのかな?」
「と、言いますと? もしかして勇者さんはこれから東の大陸へ?」
「うん、その前に、鬼姫に聞きたいことがあって」
「何じゃ? なんでも言うてみい」
「風神って知ってるかな? なんでも風鬼と呼ばれてもいたとか」
「ああ、もちろん知っておるぞ! 風鬼様じゃな! 雷鬼様の話と一緒に、儂の婆さまから良く昔話を聞かされとったわ!」
「と言うことは、今はいないんだよね?」
「まあな、何せ儂の婆さまの昔話じゃからな」
「鬼姫はんとこのお婆さんというと、わっちが小さい時もお婆さんだったでありんすね…一体どのくらいの齢か想像もつきんせんね」
「わっはっは! 婆さまは婆さまじゃからな! で、風鬼様じゃったな? う〜ん、儂より婆さまに聞いた方が早いぞ」
「それだと鬼姫の大鬼山へ行った方がいいね。みんなは大陸へ行かない?」
「そうですねぇ、戻りたいところですが、定期船はまだ先かと…」
「それなら心配いらないよ。この法螺貝があればね」
勇者は法螺貝の説明をするついでに今までのあらましを簡単に説明することにした。
「なんとまあ、すごいことになっているでありんすね」
「姫神子さんですか、話には聞いていましたが、随分と大変なお方ですね。立場もあるのでしょうけれど…」
「縛りによって力を高めるタイプかの? まあやり方は人それぞれじゃな。何にせよ、儂らがとやかく言うことでもないじゃろ」
「大陸に戻れるの? やった〜。さすが勇者さん〜。姫、一生ついていくよぉ」
「勇者はんはまた方々を旅するでありんすよ? それにとてもついていけんせんね」
「うぅ、そうですけどぉ。まあ、今だけはついていきますぅ」
勇者と四人は挨拶をすませ、火の国を後にする。
法螺貝を吹いて東の大陸へと…。