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乙姫

勇者は姫神子を背負って海岸線まで来ていた。

きっと、ここでこの法螺貝を吹けばいいのだろう。

「これから、法螺貝を吹くね」

勇者は懐から法螺貝を取り出すと、勢いよく吹いた。

ブォォ〜と言う独特の音が響く。

「法螺貝とは随分と独特の音色なのですね。初めて聞きました」

「うん、自分も初めて吹いたよ」


何やら海の方から近づいてくる生き物がいた。

ーおいらを呼んだのはおまえか? 久しぶりに聞いたな、その音ー

姿を現したのは大きならっこだった。

「君が乙姫様のところまで連れて行ってくれるの?」

ーふぅん、乙姫様に…でも、おいらには場所がわからないぞ、わかるのか?ー

「うん、場所は大丈夫だけど」

このらっこのどこに乗れば良いのだろう?

ーよし、それならおいらの腹に捕まりな。連れてってやるよー

「…うん」

姫神子を背負いながら海に入ってそのらっこの胴体によじ登る。

「離れないようにしっかりつかまっていて」

「はい」

姫神子は離さないよう一生懸命つかまる。

「ふぅ…とりあえずはこれで大丈夫かな。それから…場所、わかる?」

「はい、お待ちください…」

姫神子は器用にお祈りを始めた。

「…東…向こう側、ですね」

ーよしきた、それじゃあ東に向かうぜ。おいらから離れんなよな!ー

らっこは勢いよく背泳ぎを始めた。

思ったよりも結構早いな…これなら…


「次は…北ですね…」

姫神子の指示通りに順調に進む。

ーしかし人間を乗せるなんておいら初めてだぜ。貝食うか?ー

「貝はいりません。私、らっこさんに乗るのは初めてです。海に来るのも初めてですけれど」

ーおいおい、嘘だろ? 海に入ったことがないのか? 嘘だろ? どうやって生きてるんだ? 貝食えないだろ?ー

「陸で生きているから心配ないよ。それにしても、自分も長いこと旅をしているけど、たぶんらっこに乗ったのは初めてだね。今は貝はいらないかな」

「まあ、勇者様もそうなのですね? 同じですね」

「うん…きっと、らっこのお腹に乗ったことがある人間はあんまりいないと思うよ」


「近いです…ね。でも、下です。 …ここらから、だいぶ深いと思います…」

ーあ〜、そうか、おいら、あんまり深海はなぁ…なぁ、もう一回吹いてみなよ、きっと他のやつが来てくれるから。おいらちょっと貝食うなー

「わかった」

ブォォ〜…

法螺貝を吹く隣でらっこは器用に貝をわっていた。

ー相変わらず良い音色だぜ…おいらその音好きなんだ…貝うめぇな…お、来た来たー

ー懐かしい音が聞こえたと思ったら…なんだらっこじゃないか…いや、そっちは人間か?ー

ーおいらが連れてきたんだ、ちょうどよかった。深海まで連れてってやってくれよ。この下に乙姫様もいるみたいだしー

ー…ま、いいぜ。あっしに乗りなよー

大きなくらげだった。

どこを掴めば良いのかわからないな…

ーおいおい、そんなところ掴めないぜ? よし、この触手を掴むといい。刺さないから安心しなー

「それならそうさせてもらうね」

「初めてくらげさんにつかまります」

「まあ…そうだよね」

ーそれじゃあ気をつけてな! また何かあったらおいらが力を貸してやるぞー

「ありがとう、らっこも元気で」

「ありがとうございました、らっこさん」

差し出された触手につかまり、姫神子を支えながら深海へと向かう。


ーそれで、一体乙姫様に何の用があるんだ? 乙姫様は忙しいんだぜ? …もうだいぶお疲れのはずなのにさ…ー

龍の鱗の効果だろうか、全然苦しくない。それに、水の中でもその声までしっかりと聞こえる。

くらげの声? …深く考えないようにしよう。

「一緒に陸まで来てもらいたいんだけどね」

ーそれはちょっと難しいと思うぜ? さっきも言ったが、乙姫様、ここ最近ずっと忙しいからなぁー

「乙姫様は何をなされているのでしょうか?」

ーそれは…まあ、ここまで来たら実際に聞いてみた方が早いな。ほら、見えてきたぜー

くらげが器用に触手で指し示す方向に人影が見えた。

…乗っているのは大きな亀だった。

水中なのにも関わらず、乙姫は器用に垂直に立っていた。


「くらげ、わえに何かようか?」

ーいえ、用があるのはあっしじゃないです。こっちの人間たちですぜー

「人間がこんな深海まで? …ふむ、その力…龍の使いの力か。ほう、珍しいこともあるな。それはわえが授けた龍の玉か。となるとあの龍のお使いか?」

「乙姫様に用事が、頼み事があったので」

「ほう、わえに? まあまずは言ってみよ。それから乙姫で良いぞ? わえはざっくばらんが好みでな」

美しい笑い顔と、開いた口にギザギザの歯が見えた。随分と気安い神様のようだった。


「…それなら、陸まで…龍のいる水の国まで一緒に来てもらえないかな?」

「ほほう、それはまたなぜ?」

簡単にこれまでの事情を説明する。

「…ふむ、なるほど。龍の使いはそんなことになっているのか。元気そうなのは何より、少々災難だな。しかし、わえは今この地、海を離れるわけにはいかないのでな、その願い、今はちと難しいな」

「忙しい理由を聞いても?」

「構わんよ。もう少しで見えてくる、このままわえの後を付いてくるがいい」

乙姫は亀に乗って進んでいく。


その先に…何か、いる。少し大きめの…タコ? でも、様子が少しおかしい…

「おお、今回はまだ小物だな。これならばすぐ終わる」

乙姫はそう言うと自身の周りに魔力の渦をうむ。

ー!!ー

渦とその海流に飲み込まれたタコから黒い魔力のようなものが抜けていった。

「逃すか」

乙姫はさらに魔力を高め放つと、その黒い魔力を包み込んでいった。

しばらくして黒い魔力は霧散して消えていった。


「この通り。わえは海に散らばる呪いを祓っているのだよ、最近は妙に活発化していてな…あれに触れると弱いものは死に、力のあるものは凶暴化することもある。海の安寧のため、わえがここを離れるわけにはいかない」

「それは…確かに」

海に蔓延る呪い…

「…どこかに、その呪いの元みたいなものはないのかな?」

「さてな、時折でかい呪いに出会うことはあれど、その大元など、どんなものか想像もできぬな」

「…探せないものかな?」

姫神子に声をかける、龍神の玉で乙姫を探ったように…できないものだろうか。


「…どうでしょうか…何か、それに関わるものでもあれば…もしかしたら…」

「ほう、面白いことを言う。それならばこれはどうだ? 呪いの石だ。海の各地に散らばっていたものの一つ、これだけでかいものは他にはなかったのでな。記念に取っておいた」

「…試してみましょう…」

姫神子は祈り始める…

「………大きな力を感じます…ここより…南東…」

「…ふむ、興味深い。行ってみるとしよう。わえについてまいれ」

ーなんだか怖いですなぁ…ー

そう言うクラゲは少し震えていた。

海に蔓延る呪いの大元…なのかもしれない。

クラゲは震えながらも乙姫の後を追う。

勇者と姫神子も一緒に。


大陸 中央の深海


「この下…です」

姫神子はそう伝える。

「東西南北の大陸の中心か…上には何も大陸はない、が…このような場所に何が…」

乙姫は亀に乗って下へと降りていく。

「かなり深い…ここまで深いと…普通なら来れないだろうね…」

「少し、肌寒くも思えますね…」

龍の鱗があるとはいえ、油断はできない。

これほどの深海となると、加護がないとどうなるか…そう考えるだけでも恐ろしい…


深海には巨大な石があった。

それはもはや大きすぎる塊で、まるで一つの大地そのものにも見える。


「ふむ…呪いの大元、ではないかもしれないが…この大きさ、そしてこの呪いの質量…ただの巨大な石ではないことだけは確かだな」

その石の大地は呪いを吐き続けていた。

「しかし、これだけの大きさとなると…今のわえでは、一度には祓えんな…かといって、祓うそばから噴き出されるとなると…キリがない。面倒と言ったらないな」

「壊すのも…危険かな? 散らばっていく可能性もあるし…中から溜まっている呪いが一気に吹き出すかもしれない…」

「わえもそれを危惧している…ふむ…勇者よ、何か手はあるか?」

「この辺り一体ごと…凍らせてしまうのは?」

「この辺り一体? この地全てをか? 神でもないものにそんなことができるのか?」

「…おそらくは」

勇者は胸に手を当てる。

「力を借りれば…きっと、できると思うよ」

「…よし、それならば任せてみよう。やってみよ」

勇者は姫神子を乙姫に任せると、一人、呪いの地へ降りた。


氷姫こおりひめ、聞こえる?」

(はい、もちろんです。私はいつでも、勇者様の中におりますので)

「二人で、このあたり一帯を、呪いの石ごと凍らせよう。氷姫にも、力を貸してほしい」

(ええ、勇者様の思うままに。私の力も使ってください。そのために、私はあなたのここにいるのですから)

「…ありがとう。それじゃあ、やってみようか」


ー氷魔法 極大(氷姫を添えて)ー


瞬く間に呪いの石とその周りの海は凍った。

そのあまりの凍気は、この海域の時を止めたのだった。

微動だにしない氷の塊だけが残っていた。


「…何という、只者どころではないな。勇者とはいえ…」

乙姫はその様子を驚きと共に見ていた。

「ああ、さすが勇者様…なんというお力でしょう…まさに…その力は…私の信仰する…」

…神、そのもの…。やはり…災厄には…勇者様の力が…そのためにも…私は…

姫神子は勇者たちの放つ神威に少し当てられていた。


「…これでしばらくは持つかな?」

「これだけのものならば、しばらくどころか余程のことがない限りは大丈夫であろうよ。むしろこれを解き放つほどの力となれば…その時はどうすることもできんとも言えるかもしれぬ…それまでにわえも力を戻さねばな…ふむ…」

「でも、これで終わりではないんだよね?」

「しかし、大きな前進であることは確か…ふむ、さすがに何か礼をせねばなるまい。着いてくるが良い。わえの城に案内するぞ。わえの、龍宮の城へな」


乙姫の後を追い、龍宮の城、龍宮城へと向かう。

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