遠雷
火神の放つ熱線は無数の直線を描き土神へ…
しかしその光は土神へは届かなかった。
土神と火神の間に、無数の極大の稲妻が落ちた。
ー 雷魔法 極大 ー
「!!」「!!」
火神の放った無数の光を全て上から掻き消した荒々しい雷は地上に大きな穴を空けた。
火神はその相手を見る。
「クク、あはははは! そうかよ!! わざわざ、オマエの方から来るなんてなぁ!」
「…なんで…」
土神は戸惑うも、構わずに背を向けて立つ勇者。その体からはまだ紫電の光が発せられていた。
「間に合ってよかった…協力するって約束したから。それに、火神とは再戦の約束をしてたから…だからそれも、果たしにきた」
「バ、バカなんですか? ち、小さい人間のくせに! …なんでわざわざ来るんです? よ、弱っちい人間の、くせに…」
土神はそんな勇者の姿に、理解できない感情を揺さぶられていた。
「くく、神の喧嘩に横槍するとはな…ちゃんと、その覚悟はできてんだろうな?」
火神は白い炎を纏う。その視線は打って変わって冷たく鋭い。
それでも勇者はその視線を真正面から受け止める。
「最近、すごく調子が良いから…最初から、全力で行くよ」
勇者は少し笑う。そして…
勇者を中心に、先ほど放たれた稲妻と同じ規模の雷光が放射される。
ー雷魔法 極大(纏い)ー
「…準備も覚悟もできてる」
そしてそのまま、火神に向かい、構えをとる。
「おいおいその雷…正気かよ? 死ぬ気か? あはは、いいなぁおい!! クク、あっはっは。 …ああ、だったら、アタシもこたえてやるよ。全力でなぁ!! これからは神と人間の…」
火神の白い火がさらに輝きを増す、そして手に炎の剣を生み出すと、同じように構えた。
「戦だ!!」
瞬間、互いの姿が消えた。
火神は直線の光へと、勇者は歪な光の線へと変わる。
その屈折する直線の光と歪な光の線が交差する。
線がぶつかるたびに大気は震え、大地が振動する。
稲光の振動と轟音が辺りを支配していた。
幾度も幾度も、その光は交差する。
地上で、空で、その光同士はぶつかり合った。
「ははは! 馬鹿だなオマエ! そんな馬鹿げた雷の力で! 無事ですむわけがねぇ!!」
「我慢くらべは、得意なんだよ」
剣と剣が、幾度もぶつかり合う。
「あはははは!! 最っ高だなぁオマエ! ああ、そのくらいでなけりゃなぁ! 神と喧嘩なんてできねぇよなぁ!!」
「…」
火神と勇者は交差する。
互いに光となって交差する。
刹那の時を、重ねていく。
大地を揺らし、空を揺らし、全てを揺らしながら重ねていく。
「…ちっ」
火神は勇者の剣筋に違和感を感じ始めていた。
読めない。その動きが。先が読めない。
人間の剣技、癖、それを見極めさえすれば、人間などを相手にするのは容易いはずだった。
しかし勇者の剣技は、その剣線は常に変化していた。
急に加速したかと思えば、信じられないほどの重さを感じさせる一撃を振るう。
火神である自分がわずかでも体勢を崩させられるほどの重さ…
これを人の手で出せるのか? ありえねぇほどの馬鹿力?
それとも…その手に持つ剣の力? …あるいはこれが勇者の剣の技量?
「…面白れぇ人間だぜ…」
勇者は幾度となく剣線を変える。
時にやわらかく、時に激しく。
重なり合う時は限りなく重く。
振る時は限りなく軽く、そして疾く。
それはこの剣だから出来たことだった。
勇者と、この剣だからできたことだった。
(より重く)(さらに軽く)
剣は勇者の考えを汲む。
勇者は剣に思いを伝える。
それは互いが今まで長い歳月をともにした結果でもあった。
「オマエのその剣、ただの剣じゃねぇな?」
「長年連れ添ってる、他にはない相棒だからね」
(♡)
剣にとっては、今が全て。今、勇者と共にいることがその全てであった。
過去も未来も、モノである自身には関係のないことだった。
ただ、今、現在、勇者が手にし、ふるう。
今、共にあることが最重要だったのだ。
だから今の勇者のその思いを汲む。
ぶつかり合う時は限りなく重く、振る時はより軽く、そして疾く。
そして時には剣自身がフェイクを重ねる。
勇者はそれに対応できる。
火神はそれに今はまだ対応できていない。
その無数のうちの一振りが、ついに火神に隙を生む。
「!!」
勇者の一撃は火神の脇腹をとらえた。
「っ!!」
火神は地上へ向けて叩き落とされていく。
「このぐらいで!! アタシが!」
すぐさま体制を整えて地上に立とうとする、
ー雷魔法 極大(単)ー
火神が地上にたどり着く前に、極太の稲妻がその身を飲み込んだ。
「ぐっ! く! この! アタシが!!」
光の中で火神は呻く。
「…」
ー雷魔法 極大(単)ー
ー雷魔法 極大(単)ー
ー雷魔法 極大(単)ー
…
その稲光は幾度となく大地に降り注いだ。
大地に底が見えないほどの深い穴を空けていた。
暗い穴の底から赤い灯りが一つ見える。
「…ああ、イッテェな。クソがよっ。なんだよオマエの雷は。くっそイッテェじゃねかぁ!!」
赤い灯は次第に大きくなる。
「…オマエ、こんな痛みのまま戦ってたのか? 狂ってんなぁオマエ」
地上へと再び立つ火神。その服はボロボロになっているも、その目の光は失われていない。
「…クク、良いねぇ。ホント、オマエ、気に入ったぜ? だからこれで、終わりなんかじゃねぇよなぁ。まだまだ、これから」
「いいえ、あなたはここで終わりです」
勇者の中から現れた光から声が聞こえた。
「私が今、終わらせましょう」
氷姫は自身の凍気を解放する。
それは瞬く間に火神の下半分を凍らせた。
「テメェ! ここで出てくるか?! ずっと姿も見せなかったくせによ!!」
火神は睨みつけるも、なかなかその氷を溶かせないでいた。
「ええ、絶好の機会ですし。何より、私の勇者さまがくださったこの好機を逃す手はありません」
「オマエの? 勇者? 何言ってやがる。オマエ、狂ったのか」
「愛に狂ったと、言えるかもしれませんね。ねえ? 勇者さま? 私、お役に立てたでしょうか? ずっと勇者さまの中で力を蓄えておりましたので、準備は万端でございます」
「…うん、えっと、ありがとう?」
「ふふ、ふふふ。いえいえ。私は勇者さまの、勇者さまだけの氷姫ですので…二人でなら、たとえ神ですら打ち倒せることでしょう」
「オマエは一人じゃねぇだろが、一柱だろが、人間の真似ごとなんざ、むぐっ」
いつの間にか氷が口元まで覆っていた。
「ふふふ、勇者さまと私、初めての、共同作業ですね? ああ、なんて素敵な響きでしょうか…」
「…!! …!!」
(バカか? オマエ! 何が共同作業だ!! 笑わせんなよ!!)
火神は何も言えなくなっていた。それでも何か叫んでいた。そして聞こえていた。
「声に出さずとも聞こえてしまうことが今はとても煩わしいですね。いかがいたしましょう? このまま完全に凍らせてしまいましょうか? それとも、そうですね、ああ、そうです! 私たちの永久凍結の中に封印してしまいましょうか!」
(クソっ! ああ、負けだよ!! アタシの負けだ!! 納得いかねぇとこもあるが、負けは負けだ!! 好きにしろ!!)
「…これからはあんまり無茶しないのなら、そこまではしないよ」
(あっ? 神に情けか? 舐めんじゃねぇ、と、言いたいところだが。まあ、そうだな。敗者は勝者の言い分を聞いてやる。ああ、いいぜ。少なくとも、ぶっ殺したりはしねぇよ? 多分な)
「今すぐ凍らせてしまいましょう」
(あ〜わかったよ!! 約束してやるよ!)
「氷姫」
「はい、かしこまりました、勇者さま」
火神の氷は溶けていった。
「ふぅ、やっと話せるぜ。ああ、約束は約束だ。しばらくは大人しくしといてやるぜ。っつっても、火の国の奴らがどう出るのかはしらねぇし、興味もねぇ。ま、アタシは今までのように自由にやるぜ」
「あまり周りの国に迷惑を掛けないで」
「わ〜ったよ。妙な真似はしねぇよ。それから、オマエ、そいつの加護受けてんだろ? だったらどうして氷の魔法使わなかったんだ?」
「あ〜、言われてみれば確かに。まあ、神様相手に力勝負を挑んでみたかったから…かな」
勇者は笑った。それをみて火神もつられるように笑った。
「…オマエ、面白い奴だな。本当に気に入ったぜ? アタシも少しだけ加護をくれてやるよ。少しだけな」
火神はそう言って近づくと勇者の頬に口付けをした。
「…これが加護?」
「ああ、神の口付け、貴重なもんだ、貰っとけ。じゃあな!」
火神はそういうとすぐさま飛び去っていった。
勇者の後ろで氷姫がドス黒いほどの凍てつく魔力を放っていたからだった。
「勇者さま? 神の前で神に浮気でしょうか? まして相手があの火神となると、私、嫉妬の炎で身を焦がしてしまいそうなのですけれど…」
「あ〜、うん、いや、違うから」
勇者は少し涙目の氷姫を見て言葉を濁した。
「本当ですか? あの火神に対して、何も思うところはないのでしょうか?」
「ないから」
「それを聞いて安心しました。それでは、私はまた勇者さまの中へ戻ります」
氷姫はそういうと光となって勇者の胸元へと戻っていった。
「…随分と、神にモテるのですね、あなたは」
その様子を上から見ていた土神は少し呆れたような目でそう言った。
「腕、大丈夫?」
「ああ、これですか。はい、この通り。回復できる時間さえあれば、この大地さえあれば、何も問題はありません」
土神の失った右腕はすっかり元通りになった。
「ですので、わざわざ来ていただかなくても、大丈夫だった、というわけです」
「そうだったんだ…それならよかった」
勇者は戻った土神の腕を見て安心していた。
「話、聞いてます?」
「そろそろ戻るよ、急いで来たから。そのうちまた来るね、今度は、もっとゆっくり、土の国のことも、土神のことも、もっと良く知りたいし」
「…勝手にすれば良いです。 …それと、一応、お礼は言っておきます。一応ですけど」
「うん、それじゃあ、また」
勇者は魔神の家へと帰っていった。
「…ありがとう…」
土神はその遠ざかる勇者の背に向けて、そう小さく呟いていた。
まあ大きな体から発せられたその声は普通に勇者にも土の国の民たちにも聞こえていたのだが…




