神々の戦(いくさ)
実のところ、風神はずっと気がかりだった。
神たちの魔力反応以外に、妙に高い魔力反応が四つ固まっている場所がある。
そして特にその一つはとび抜けて高い魔力でもあった。
そしてそれがなぜか不思議と心を揺さぶっていたのだった。
それらの反応は氷の国の東…小国があったとされる場所。
情報によると、小国は魔神を召喚して滅んだということだけど…
それに、草神もそうにはそうだったが、こっちの魔力は殊更妙に懐かしい、
いや、懐かしいとか、そういう話ではない…
「一度、視てみようかな…」
風神は偵察用の光の虫をその地へ向けて一つ飛ばした。
そして…その姿を視た。
…どういうこと?
どこをどう見ても…自身が知る勇者だった。
あの時の、あの頃の勇者の姿だった。
「何で?!」
風神のエルフは柄にもなく大声を出した。
消えたはずではなかったの?
「ど、どうされました?」
本を運んでいた世話係のエルフはその声に驚いていた。
「あ、いや、何でもないよ。気にしないでいい。ちょっとね、見知った顔が見えて…うん。それだけ」
さらに続けて視る。
何やら外の…野菜の畑? だろうか、誰かと親しげに話している。
その手にはじゃがいもとキャベツ、
よくみると勇者もまたその手にはトマトと、人参を持っていた。
親しげに話しているのは人間ではなく、魔神だった。
「何で?! いや、おかしくない?」
風神はまた叫んでいた。
「ひぇっ、こ、今度はどうされましたか?」
「あ、いや、うん。ごめん。ちょっと、見知った人物がちょっと、ね。見知らぬ相手と、いや、うん。なんでもない」
何で魔神と親しげに談笑してるの?
随分と近くない? 野菜のやり取りとか、すごく手慣れている…
いや、そもそもあれって小国を滅ぼしたという悪辣な魔神じゃないの?
どうしてそんな存在と勇者が一緒に、仲睦まじくしているの…さっぱりわからない。
見た目が同じだけで、実は勇者ではない、とか…
確かにあれからどれだけの時が経ったのかと言う話だし…
古い伝承の本から察するに、勇者は消えた、となっていたし…
いや、それにしては似すぎている、魔力だって…やっぱり…
う〜ん、気になりすぎるね…
でも、もしあの頃の勇者本人だったら…
これほどの時がたっていても…私のことを覚えているのだろうか?
…忘れられていたら、まあ、でも、これだけ時が経ったんだし…
それは仕方ないかもしれないけど、やっぱり、少し、嫌かな…
だって、勇者は私の…
そう、
初めて好きになった人だったから…
そして、最後に好きになった人でもあった。
勇者と魔神は家の中へと入っていく。
この家で魔神と暮らしているのだろうか…いや、何で? 一緒に住んでるの?
風神はまた声を出しそうになったがそれは耐えた。
一緒に、一体いつから? どのくらい…そして、どうしてそうなったの?
それはここでいくら考えてもわからないけど…
ドアが開く…誰か出てきた…
さらに小さい魔人と、綺麗な女性の姿をした妙齢の魔人が勇者たちを出迎えていた。
「嘘でしょ! 何で三人も?! 何魔神を侍らしてんの?!」
親子? まさか親子じゃ無いよね?!
「うわぁっ、な、何ですか?」
風神のあまりの大声に世話のエルフはひっくり返っていた。
「…いやおかしいね。おかしい。絶対…何か事情があるに違いないよ。きっとそうだ…うん」
風神はぶつぶつ言っている。その目は少し怖かった。
「風神様?」
世話のエルフは恐る恐る声をかけた。
「うん、決めた。少し出向いてくるよ。 …帰りは…うん、遅くなるかもしれないけど…何も、何も心配しないでいいからね」
風神はそう言うと部屋を飛び出して行った。
「か、風神様! …行ってしまわれた…」
世話のエルフは途方にくれるも、とりあえずは散らかった部屋を片付けることにした。
火の国
「だいぶ力が戻ってきたか…ああ、いいね。これならもう…力を抑える必要もねぇな。それから…オマエらなんだろ? アタシを呼んだ時に音を奏でてたのは?」
「ひぅ、は、はいぃ、姫たちですぅ」
狸はビビっていた。
「おう、なかなかいい音だったぜ? まあそれだけじゃ来る気もねぇけど、あの灯と、それから舞いか? なかなか見事なもんだった。褒めてやるよ」
「…それはありがとうございます」
火巫女は畏って言う。
召喚士たちの手当てや、それに対してのお礼などもあって、なんだかんだと帰る機会を失っていた四人は、火神に呼ばれて部屋へ通されていたのだった。
「さて、それじゃあ少し…出てくるか。このままここにい続けても、体がなまってしょうがねぇ。せっかくあったまってきたしな」
ニヤリと笑う火神。
「どこに向かうのでありんすか? また…勇者はんのところへ?」
「…そうだなぁ、それもいい。 …いや、それより少し、趣を変えてみるか」
「趣、とはどう言う意味です?」
火巫女は訝しがる。
「アタシが召ばれたのは…確かこの大陸を治めるためなんだろ? だったら、他の国の奴らにも、そろそろ挨拶しとかねぇとな」
「他国へ行かれるのですか? 一体どこの国に?」
「アタシは強い奴が好きだ。だからアタシに近い力を持ってる奴のところに…氷神のヤツがいれば迷うことなくそこに行ったんだが、ま、いねぇもんは仕方ねぇ。だったら、次行くとしたら土のとこだろ?」
「巨神の姫…土神のところですか…」
「くく、ああ。何でもアタシと変わらねぇぐらいの魔力だしな。ようやく戻った力を出す相手にとって不足は全くねぇ。勇者の前に、デケェ勝利を挙げてやるとするか!!」
爆発的な魔力と共に姿を消す火神。
向かった先は、土の国。
自身に匹敵する魔力を持つ、土神の元へ。
「…火神と土神、どっちが強いのじゃ?」
「…わっちらでは推し量れんせん。どちらも神そのものでありんしょう」
「…怖いよぅ」
狸はさっきからずっと震えていた。
「よしよし…大丈夫。神と神の争いになるのでしょうか? ……勇者さん」
火巫女は震える緑狸姫を慣れた手つきで慰めながら、呟いていた。
魔神三姉妹の家
「じゃあ、全然? これっぽっちも? 本当に? 何も私のことを覚えていないのかい?」
風神は出会い頭に勇者に詰め寄っていた。
魔神三人はその様子を周りで興味深そうに見ていた。
「…うん、でも…その姿、西の大陸で会った西の森の魔女に似ているね、親戚?」
「いや、まあ、それに近いとは思うし、君の言うそのエルフはきっと私の生まれ変わりとでも呼べるものなのだろうと考えてはいるよ…この体には、私自身、とても馴染んでいるし、自分でも少し驚いているくらいに」
「どう言うこと?」
勇者の顔が険しくなる。
「ああ、そうか。君は何も知らないか…そうだね。その君の言うエルフは私を召ぶための秘術を成功させるために、風の国のエルフたちによって依代にされたんだ、と思う」
「…どうして西の森のエルフを依代に? 彼女はそれを、自分が依代になることを了承したの?」
「そう怖い顔をされると、私も…うん。でも、エルフはそれを事前に了承していたと聞くよ。 …西の大陸にある、エルフの国を守るために、だろうけども」
「…そう言われたら、エルフはきっと断れないし、断らない」
勇者の表情はますます険しくなっていった。
「うん、私もそう思う」
勇者のその自身にも向けられた険しい表情を見ると、チクリと、胸が痛んだ。
「…エルフの体は、元には戻らない? もうその体は、完全に君のものなの?」
「…それは…」
実際のところ、そこまで詳しくは調べてはいない。
「今はまだ、なんとも言えないんだよ。でも、もしそうだったら、君は…」
「…わからない。どうすればいいのか。その正解は…君を…いや、風の国のエルフたちをどうこうして、それでどうにかなるのなら…そうするよ」
勇者は複雑な表情をしていた。迷っているんだね…。
「…私はね。かつて、君と冒険をしたことがあるんだ。君は、覚えてないと言うけど…。でも、きっと君だと思う。私にはあの時の君が、今の君と違う人物だとは、やはり思えない。実際に会って、改めて、そう思う」
「…それは…」
勇者は返答に困っている。
「私は君をおいて先に死んでしまったんだよ。君に自分の力を託して…ね」
君には、本当は伝えたいことがあったんだ。あの時の私には…言えなかったんだけど…。
私にとって、共に冒険をした君は…初恋の相手だった。だから…
「私は、君を悲しませたくはない。そのつもりもないんだ …だから、約束する。あらゆる秘術を使って、この体を、元の、君の知る、エルフの体に戻すって、そう約束する。君がそう望んでいるのなら、私自身も協力を惜しまない。風の国のエルフたちの考えは知らないけどね。私は全面的に君に協力するよ。私の依代に使われたエルフが、私に完全に上書きされたとは思っていない。きっと元のエルフも、今は眠っている状態なのだと思うよ。そのエルフに声をかけることができて、目を覚まさせることができるなら、きっと戻ることも可能だと思うんだ」
…だから、でも、せめてそれまでは…ん?
「?! これは…この魔力は…」
風神の表情が警戒へ変わる。魔神たちも異常事態を把握する。
「…すごい魔力反応…土の国に向かってる…これって、火神よね?」
「ええ、神同士の争いは、私たちが思うより早く起こりそうですね」
「土神と、火神…戦ったら、どっちが強いの?」
「わかりません。そのどちらも神と呼ぶに相応しい力を持っていますから」
「…今の話の続きは後で」
勇者は背を向け風神に向かって言った。
「君は…」
「約束があるんだ…両方に。だから行かないと」
「…そう、か。うん。気をつけて。着いていきたいところだけど…」
神同士の争い、只事では済まないだろう…そのどちらも今の私より遥かに格上ときている…。
「…それから、信じるよ、さっきの君の言葉」
勇者はそう言うと土の国へと急いだ。
土の国
「へぇ、なるほどな。こりゃデケェじゃねぇか。図体も、その魔力も、な」
土神を見上げながら火神は言う。
「神が一体、ここに何の用です? あなたが火の国の…火神ですか。火神と言うより、炎神ですね」
それを見下ろして言う土神。
「どっちでも好きに呼べよ。アタシはただ、腕比べ? いや、違うな。そうだな…あれだ、神は世界に一柱いりゃ十分だろ? だから来た」
腕を回しながら纏う火の魔力を高めていく。
「…ふぅん。ま、神同士の喧嘩なら買いますよ? 私も退屈してましたし。何より、あなたのような自分勝手で乱暴者の神は、私、大嫌いですので」
土神は立ち上がると、その両手に巨大な土塊をもった。それはもはや山であった。
「くく、ああ! ああ!! そうだ! それでいいぜ? じゃあ楽しもうぜ…神同士の戦をなぁ!!」
「身の程を知れです!!」
神同士がぶつかり合う、神々の戦が始まる。
火神は高速で移動しながら魔力を纏った拳で土神の死角から隙を狙う。
「はっ、かってぇ! なんだおい!!」
火神の攻撃は全く通らない。
「その程度の攻撃で、私の防御を破れるとは思わないことですね」
土神は魔力を防御に集中させている。
まさにそれは鉄壁の防御。完全なる城壁だった。
「それなら間に合わねぇぐらい攻撃してやるよ!!」
左右、上下、様々に動く。
その速さは次第に増していく。
「…無意味です」
どの位置から、どこに攻撃を受けようと土神の防御は崩れなかった。
「はは!! なるほどな! 防御に関しちゃオマエはアタシ以上、でもな、それ以外は言うほどでもねぇ!!」
火神は土神に幾度となく拳を叩き込む。手応えはない、が、それは土神も同じこと。
土神の攻撃は火神には当たらない。
「ちょこまかと、よく動きますね!」
投げる土塊も、難なくかわされている、お互いに有効打は与えられなかった。
ジリジリと、互いの緊張感だけ増していった。
「その生意気なデカい顔に一発くれてやらぁ!!」
火神は土神の顔へと迫る。
好機、土神は
「アァァアアアッ!!」
爆音の振動波によって火神の動きが一瞬止まる。
「っぐ!!」
「くらえですっ!!」
硬化させた渾身の右アッパーが炸裂した。
ードゴゥッ!!ー
とてつもない衝撃音とともに火神ははるか上空へと飛ばされた。
「く…あはは、くく。いてぇ。いてぇじゃねか! やるじゃねぇかよ!」
はるか上空で止まり、火神は笑う。
明らかなダメージを受けている。それでも、楽しそうに笑っている。
「そうでなくちゃなぁ! こうでなくちゃいけねぇよ!! ああ、アタシもやってやるぜ!!」
火神は魔力を高める、高める…更に…赤い火の魔力は白い光へと変化していく。
「避けられるなら避けてみろ!!」
無数の光の熱線が地上へ放たれた。
光の熱を地上から見る。
「!!」
範囲が広い。
自身だけならば防御は可能…
でも…
土神は後ろの土の国を見た。
…私は…
私はこの国の守り神として呼ばれ、そして、私はそれに応えた。
だったら、やるべきことは、優先することは、一つだ。
空から無数の光が落ちた。
その一つ一つが、途方もないほど高熱の熱線。
土神は自身の魔力で土の国の上へ巨大な壁を創り出し、魔力を注ぎ、鉄壁の防御を固める。
自身の防御は最低限でいい。
土の国を守る!
光は壁を貫けない。
その鉄壁の土壁が、完全に防御していた。
代わりに、土神自身は光を受けた箇所がわずかに削り取られていた。
「これで、いい…」
土神はわずかに気を緩めた。
その時、
「クク、甘ぇんだよ!! ガラ空きだ!!」
火神はその隙を見逃さなかった。
防御が崩れた瞬間。
火神は自身を光熱と化し、塊となって土神に向かう。
「私を舐めるなです!!」
土神は拳を硬化させて迎え撃つ!
しかし、僅かに、足りなかった。
「…はっ! 戦いで何を優先させるのかを見誤ったな! だからそうなる」
「…誤ってなんていないです、全然、全然見誤ってなんてないですね!」
そう強がる土神の右肩から先は何も無くなっていた。
土の国 最近の日常風景
土神はただ座っていた。
今日も座って、土の国の民たちを見ていた。
初めは土の民たちも、土神の大きさ、その強さに恐れてもいたが、次第に慣れていった。
中には、進んで土神と会話をするものたちも現れていた。
「土神様、いつも守ってくれてありがとう。このお花、持ってきました。どうぞ」
幼い少女を連れた母親が、花を持って現れた。最近よく見る母子だった。
「小さいくせに、そんなことしなくていいです。だいたい、私には小さすぎてよく見えませんし」
「とっても綺麗なお花、咲いたの。土神様、どうぞぉ」
少女はその小さな手に、小さな花を持っていた。よく見えなかった。
ただ、その少女の笑顔はよく見えた。花のような笑顔だった。
「だからよく見えないですね…まあ、好きにしたらいいです。そこに置いておいてください」
母親と少女はまた一礼して花をそっと置いていった。
「…意味がわかりませんね。本当に。何なんです? 私はただここに座っているだけです」
次第に訪れる人たちは増えていった。
お供物も増えていった。
今日もまた、近づいてくる少年少女の姿が見えた。
「暇なんですか? 必要ないですから。私には近づかないほうがいいですよ? 潰れちゃいますよ? うっかり潰しちゃうかもしれませんよ」
悪い顔でそう脅すも、
「今日はスッゲェでかい虫が取れたんだ! 土神様! 見て見て!」
「あ、俺の方がでっけぇって!! ねぇ、土神様!」
「私だって負けてないもん!」
少年少女は気にせず取った虫を自慢げに見せていた。
「どれもこれも小っさいです。ぜ〜んぜん見えないくらい小っさいです〜。あなたたちも私にとってはその虫くらい小さいんです〜」
土神は冷たくあしらって言う。
「そっか、土神様からしたら俺たちもみんなおんなじかぁ」
「それなら、土神様が驚くようなでかい虫を捕まえてやらぁ」
「造ってみるのも面白いかも」
「あ、いいな、それ。俺、今度父ちゃんに聞いてみよ〜」
子供達の日常に、土神は触れていた。
そしてそれは、決して、悪くはないものだった。
「…」
この日常を守れるのなら、それでいい。
だから…
「…何が大切か、見誤ってるのは、あなたです」
土神は無くなった右腕を気にもせず、全く臆することなく火神に言い放つ。
「はっ、言うじゃねぇか! そんな形で…その状態で防げるか? 次のアタシの攻撃をよぉっ!!」
火神はまた周囲に光の球を複数展開する。
先ほど上空から撃ったものとおそらく同じだろう。
「神っつっても、神核ごと消されりゃおしまいだ!! オマエはこれで、終わりだ!!」
「…」
避けることはできない、後ろには土の国がある。
私の創った壁が残っているとはいえ、直撃したらあの熱線には耐えられないだろう。
それなら、私も壁になればいい。
そうすれば、少なくとも、後ろの国は…国の人たちは守れる。
「私を…舐めるなです!!」
火神から光が放たれた。




