風神の偵察日誌
始祖のエルフ、または金色のエルフこと風神は今日も自室にこもっていた。
その周りには本が丁寧に山積みになっている。
読み終わった本を棚に置き、また新しい本を手に取る。
その繰り返し、それだけでもう何日も過ぎていた。
その本もまた多種多様で、魔道書ばかりではなく、さまざまな種類があった。
今まで何があったか、歴史書も多く読み込んでいた。
「風神様、新しい書物を持ってまいりました」
エルフたちはたくさんの本を抱えて入ってくる。
「うん、そこに並べて置いておいていいよ。それから、この棚はもう全て読み終わったから、全て片付けてもらっても構わない、できたら入れ替えておいて」
風神はエルフたちを一瞥するとまた本へと目線を戻した。
「え? もうですか? これだけの量を?」
エルフたちは驚いていた。このやりとりが最近の日常でもあった。
「知識はどれだけあっても足りないと言うことはないからね、それにしても、色々と便利な秘術も増えたんだねぇ。ただ、各魔法の威力、という観点のみで言えば…結構弱体化したものが多いね」
「そうなのでしょうか?」
「うん、私のいた頃よりだいぶ、ね。でもそれは何も悲観することではないのかもしれないね。それだけ、平和だったのだろうから。魔王が西の大陸を和平したとか、私の時代じゃとても考えられなかったし」
また本を一冊読み終える。
「さて、そろそろ私も少しは動こうかな」
背伸びをしながら立ち上がると、
自身の周りに五つほどの光の点が現れていた。
それには小さな羽と、目のようなモノがあった。
「風神様、その光は…生き物ですか?」
「まずは偵察だね。君たちからも話は聞いているけど、実際に見てみたいからね、他の国の様子を。これはそのための虫。視るだけだし、敵意がないから余程鋭くない限りは気づかれないと思うよ」
「そんな便利な術があったんですね、知りませんでした」
「前に試しに作ってみたらうまくいったんだよ。あとは微調整を重ねて、今の形に落ち着いたかな。声も聞けるようにしたいけど、あまりくっつけると気付かれそうだからねぇ」
「それは…流石ですね」
「なぁに、経験さえ積めば、誰だってできることだよ」
と、言っても自分もこの境地に辿り着いたのはかなり後半だったけれども。
ずっと戦い続けていて、自分がどれだけ強くなったかなんて当時はそこまでわからなかったからね。
比較対象が勇者だったし…結局、最後の最後まで追いつくことはできなかったなぁ…
あれからのことは、書物によれば…勇者はあの虚無と相打ちのような形だったらしい。
虚無も消えたが、勇者もまた、消えた、と。
詳細はわからないけど…少なくとも、勇者は負けなかったんだ、諦めなかったんだね…
「しばらくまた座って視ているから、その間に、また空いた棚に新しい本と、それから悪いけど、周囲の片付けをお願いね?」
「はい、わかりました。私たちにとって、風神様のお力になれることは喜びです、お気遣いは無用です」
「ありがとう。さて、それじゃあ始めようかな」
まずは、そうだね、安全そうなところから…順に視ていくとしようかな。
となると、火は近いけど最後、だね。
偵察 氷の国
…ふむ。情報通り、全て、何もかもが凍っているね。
それにしても、見事なものだ。
これだけの範囲をここまでの氷で覆い尽くすなんてね…今の私でもとても無理だね。
あるがままに、まるで時そのものまでもが凍結させられたとも言えるほど…
瀕死の民たちももしかしたら生きているのかもしれない…
かといって、これだけのモノを戻すのは…無理だろうなぁ…
…まあ、この魔法の規模からもこの力を放ったモノが只者ではないことは確かだね…
はっきり言えば化け物だけど、話によれば氷神と呼ばれているみたいだ…
でも、どこにもその姿は見えないし。
それも聞いたように、いなくなったのかな…でも、どうしていなくなったんだろう?
これだけの力を持っていたのなら、そう簡単に消えるとも思えないけどね…どこかに隠れているのかな?
まあ、今は考えても仕方のないことだね。
偵察 水の国
あの姿は…蛇…いや、龍かな?
竜とは異なった龍か…水を司るというと、龍神の類かもしれないな。
でもなんだろう? 民たちのこの騒ぎようは…
「わっしょいわっしょい」
「どっこいしょぉ、どっこいしょぉ」
「踊れや歌え! 水神様のお力に!」
「恥ずかしがるこたぁねぇ、なぁんも、全部、水に流しちまいまさぁ」
水の民たちは龍の周りで歌ったり踊ったりしていた。
盛大なおもてなしは今もまだ続いていたのである。
ー…ー
肝心の水神はそれをただ静かに見守っていた。
龍の周りを水の民たちが踊っているね…
肝心の龍は戸惑っているようにも見えるけど、その場を動こうともしないということは、
受け入れているのかな?
それからもしばらく観察を続けたが、
相変わらず民たちは踊り狂っていた。
ああ、お祭りだね、これは。
…うん、次に行こうかな。
偵察 草の国
…あれは…少女?
でも少女にしてはその力はかなり大きい。
その魔力はどこか懐かしいというか、親しみを覚えるというか…
創世樹の力かも? でもそれにしては…
「争いなんてダメです!! みんな私の大切な子ですからね!!」
「し、しかし草神さま、他の国もまたそれぞれ神を召喚していると聞き及んでいます。攻められでもしたら」
「ダメなものはダメです!! ほらほら、戦うなんてことを考えないで、それなら私の料理を食べていてください! たくさんた〜くさん、作りますから!!」
「は、はい、いただきます。ウマイッ!!」
それからも少女の料理を喜んで食べている民たちの姿がしばらく続いた。
民に料理を振る舞っているだけだね…
…ここも、なんか大丈夫そうだね。
偵察 土の国
…大きいね。
かなり大きい。
姿も、魔力も。かなり大きなものだ…
改めて土神の姿を視る。
動きはないね。ずっと、ただ座っているだけ。
時折退屈そうにあくびをするぐらいか…
おや、土の民が出てきた…出かけようとしているのか…
一瞥するだけで特に何もしないんだね…意思疎通はできているみたいだ…
ん? 今度はなんだろう?
大きく息を吸って…
あ、さっきとは別の民を吹き飛ばした。
攻撃? いや、それにしては…
ただ吹き飛ばしただけか。
…特に危険はなさそうだけど…
「わっ!!」
魔力の虫はその音にかき消されて視えなくなっていた。
…気付かれた?
だとしたら見た目によらず相当繊細だね…油断はできない。
もしかしたら、危険かもしれない…
次に行こう。
偵察 火の国
…問題はここだね。
明らかに魔力が大きい…土もまあ似たようなものだけど。
それと、話によるとかなり好戦的な神様のようだし。
…注意深く視にいこうかな。
火神は特に何もない部屋でただ座っていた。
…? 瞑想をしているのかもしれない…力を蓄えてでもいるのだろうか?
「…神を覗き視るとは、その覚悟はあんのか?」
火神は目を開けてこちらを視る。
虫ごしに目が合った。
「…どこの魔術師だ? ったく。悪趣味だぜ、無料見はさせねぇよ」
業火に焼かれ、そしてあっという間に視えなくなった。
それどころか、
「風神様、新しい本を…ど、どうされました?! 血、血が…」
左目から血が流れていた。
「いや、ちょっとね…神なりの、お仕置きかな」
魔力の虫を貫通してこちらに攻撃を? そんなことが? …神というだけはあって滅茶苦茶だ…理解できない。
「お仕置き? それよりも早く手当を」
風の国のエルフたちは慌てている。
「うん、まあ、このくらいの傷の手当てなら自分でできるからいいよ」
左目から流れる血を拭いながら回復魔法をかける。あれ以上視ていたら多分もっと…
「危険だね。あまりにも危険だ。火の国は。火の国の神。確か…火神だよね?」
「は、はい、私どももそう聞いております」
「それから、土神も。危険かもしれないね。この二柱の神は、これからも要警戒しておいて」
「…わかりました」
「同じくらい危険だと思える氷の神は姿が見えないからひとまずはいいとして…草と水は今は特に争う気はないように思えたね。それでも動向には気をつけないといけないけど。ひとまずはそんなところかな。それじゃあ、読書を再開しようっと」
新しい本に手を伸ばす。
新たな情報を、知識を得るために。
勇者が自らを犠牲にして救ったこの世界を…守るためにも。




