巨神(ゴーレム)の姫 と 厄災の兆し
勇者はまず、土の国へと向かうことにした。
土の国では、一体どんな神が召喚されたのか…しかしそれは、国へ辿り着く前にわかった。
まだかなり遠く離れていたにも関わらず、すでにその姿が見えたからである。
「…相当大きいな」
勇者は思わず呟いた。
座っているにも関わらず、その体躯は城よりも大きい。
巨人、神話の時代にかつていたとされる巨人族…その一人なのだろう。
大人しくただ座っているだけのようだが…
勇者は構わず近づいていった。
おそらく自分のことはもう見えているだろう。それとも、小さすぎて気づかないだけなのかもしれない。
土の国は静かだった。
だからと言って、民たちがいないわけではない。
人々の気配はするし、先に何人かの姿も見える。
ただ、静かに暮らしているだけだった。
騒がしくしないで、ひっそりと、静かに暮らしているだけだった。
「…ふぁあぁ…」
あくびをする巨神。
国の入り口に座る土神様の機嫌を損ねないよう、民たちは注意深く、静かに暮らしていたのだ。
…それは確かに平和でもあった。
そして、静かにひっそりと過ごす暮らし方は、普段の日常とさほど変わらないものでもあった。
むしろ、土神によって外敵が来る心配をしなくていいぶん、昔よりも余程平和だったのだ。
肝心の土神は退屈そうではあったが…確かに言う通り民たちを守っていたのだ。
…偶に騒がしい民を時々その息吹で吹き飛ばす以外は実に平和だった。
勇者はその巨神のすぐそばまで歩く。
「…外部からの人間。何ですか? まあ、ずっと見えてはいましたけど。それで、この国に何か用でも?」
座りながら巨神は勇者を見下ろしている。その視線は鋭い。
「こんにちは。少し、挨拶に来ただけなんだ。何でも今、この大陸が騒がしいことになっているみたいだから。ちょっと様子を見に、ね」
勇者は頭を下げて挨拶をする。見上げる形になるのは仕方のないことだ。
「ふぅん…よわっちい人間がわざわざ他の国の心配を? それはそれはご苦労様ですね。でも無駄足ですよ。ここには何も無いです。それに、土神である巨神がいますし。ここの人間たちは弱いよわ〜い人間しかいないので、ほんと、雑魚ばっかりなので。だからあなたはさっさと消えてくれます?」
「君は、そうやってこの国を守っているんだね」
勇者はただただ感心していた。
「はぁ? 聞いてました? 私はただここにいるだけですけど? なんで私が守らないといけないんですか? 意味わかりませ〜ん。変なこと言わないでください。怒りますよ?」
土神は少しだけ勇者に迫る。
「そう? 君は、すごく優しいんだね。自分の力が強すぎることを知っているから、そうやって必要以上に民たちを遠ざけている。違うかな?」
勇者は全く気にしないでそう言う。
「…わかったような口を聞きますね。イライラします。私のこと何も知らないでしょう? 生意気ですよ、あなた。弱くて小さい人間のくせに」
「悪く言うつもりなんてないよ。争いを避けたいから、それで各国の様子を実際にこの目で見たかっただけなんだ。でも、気を悪くしたならごめん」
頭を下げる勇者。
「…素直ですね。ふぅん、それにしても、何で全然驚かないんです? 普通、私の圧で少しくらいは恐怖してもおかしく無いんですけど。この国の人たちみたいに、あなたは怖がらないんですねぇ」
意地悪そうに笑い、また少し迫る。
「特に、怖がる理由がないからね」
気にすることもなく少し笑ってあっけなく言う勇者。
「へぇ…あ、もしかして、私のこと、舐めてます?」
土神の表情が俄かに変化した。
「そんなことは全くないよ」
「…いえ、舐めてますね? 何もしないと思っているんでしょう? ざ〜んねん。私、弱い人嫌いなので、すべからく嫌いなので。だから、小さくて弱い人間はさっさと消えた方が身のためですよ?」
目を細めて見下すように言い放つ。
「…そうだね、でも、安心した。召喚されたのが君のような神様なら、きっと悪いようにはならないだろうから。神様全部が全部、争い事を望んだらと心配していたけど。必ずしも、そうではないみたいだね。少し安心できてよかったよ」
「…やっぱり私のこと舐めてますね? どうして私があなたにとって安全だと言えるんです? …いいでしょう。その身を持って知りなさい。私の、土神の恐ろしさを」
土神は立ち上がった。そしてそのさまはまさに巨神であった。 立ち上がり様に…その手が大地を乱暴に抉る。
「…これを投げられでもしたらあなたはすぐに粉々ですよ?」
「…そうかもしれないね」
「これで、私の恐ろしさがわかりましたか?」
意地悪く笑う土神。
「…どちらかというと、その優しさが際立った、かな」
投げるそぶりをして、全く投げてこない。勇者は土神のその行為が少し可愛らしく思えていた。
「!! 何なんです! 怖がって逃げなさい! あなたは、どうして私を怖がらないんですか!」
土神は声を荒げる。その大きな音はそれだけで大抵の人間を畏怖させたことだろう。
「怖くないよ。全然。君はただ大きいだけで、優しい子だから」
「っ〜!! ッ!!」
何かを言い返したくても、何も言えなくなる土神。
「ひとまずは安心したから、もう帰るね…それから、何か困ったことがあったら協力するよ。氷の国の南東にある、外れの広場の畑がある家にいるから。魔人たちにも伝えておくよ」
勇者は無防備にも背を向けて歩き出した。
「ちょっと、何で…もぅ…」
土神はそう言って歩き出す勇者のその背を見るだけだった。
「!! 何なんですか…バカみたい」
それは勇者の行動に対してなのか、ずっと何もしないでいた自分に向けてだったのか。
土神はイライラしながらもまた静かに座り直した。
そして…勇者の姿が見えなくなるまでその背をずっと見ていた。
(体が大きいだけの、優しい子…)
「…バカみたい…」
勇者の言葉を思い出して、
また、小さく呟いていた。
魔神三姉妹の家
「土の国はひとまず安心だね」
「どこが? 巨神のどこに安心する要素が? あの魔力、氷神やこの前の火神にも引けを取らないと思うけど?」
「うん、でも、姿も魔力も、大きいだけで優しい子だから。それと、ここに来るかもしれないから、いない時に来たら丁寧にもてなしてやってね」
「どこで? この家にはとても入らないし、気をつけないと畑の野菜がえらいことになるわよ? …ねぇ、私にとって安心できる根拠が何もないんだけど…」
「はは、大丈夫だよ」
「何が?」
次女は勇者の話を聞いても理解できなかった。
「さてと、次はどこの国に行こうかな…近いところか…いや、あえて遠くてもいいかもしれない…それに、一度姫神子にも会っておきたいな…となると、この大陸の中央か…う〜ん、どうしようかな…」
勇者は地図を眺めながら思案し始めた。
「ねぇ? 聞いてる? 私の話?」
次女はそんな勇者を覗き込みながら訴えていた。
東の大陸 火巫女の里 近辺
「なるほどな、これが北にいく前に火巫女たちが言っていた呪いってやつか」
ハンマーを手に応酬しながら言う黒姫と、
「…随分と小さく弱いですが、確かに、普通の魔物たちとはどこか異なりますね」
分け身を出し器用に援護と攻撃を分担しながらそれに続く黄姫。
「はい、そうです、今でこそ数も力も減りましたけど…前はもっと強力な呪いも姿を現していたんです。今です、無色ちゃん!」
里の巫女は弱った呪いを確認して無色の少女にとどめの合図の声をかける。
「…まかせて」
無色の少女は呪いを吸収していく。
しばらくともに戦っていたこともあって、慣れた連携だった。
「ま、このくらいの相手だったら、ボクたちでも何の問題もないね」
「確かにそうですね、火巫女さんたちが戻ってくるまで、妾たちだけでもなんとかなりそうですね」
黒姫と黄姫は互いに頷きあう。
「それにしてもすごいですね、私たちがこんなに順調に呪いに対応できるのは、三人のおかげです。無色ちゃんは呪いを吸収できるようですし、本当に助かっています。でも、そんなモノ(呪い)を吸収して、大丈夫なんですか?」
最初の頃は無色さんと呼んでいたのだが、本人の希望もあってちゃん付するようになっていた。
「へいき…むしろ、げんきになる…おなか、まえよりすかない」
少女は腰に手を当てて得意気に言う。
指輪によって勇者から吸収していた魔力も、それによって減っていっていることを感じていた。
つまり、これは勇者のためにもなっている。その負担を減らせているのだ。
しばらく会っていなく、離れていても…少しでも勇者の力になれている。
無色の少女はそれが嬉しかった。
「でもさすがボクの騎士だね、そんなに大きい呪いを浄化したんだもん」
「ええ、さすが妾の主様です。ああ、一体いま、どちらにいらっしゃるのでしょうか」
二人は得意げに言っていた。
「…わたしも、もっともっと…がんばる!」
無色の少女は輝く指輪を見ながらそう誓っていた。
その頃の勇者
「…」
勇者は指輪を見ていた。
「…」
勇者もまた、自身が指輪から吸い取られる力が減ってきていることを感じていた。
今はそれが良いことなのか悪いことなのか判断はできなかった。
前もエルフと勉強していたようだし、少女が自分の力をそれだけ制御できるようになったのかもしれない。
それだったら喜ばしいことだ。
それとも、何か別の方法で力を吸収しているのかもしれない。
できることなら、それが少女にとって、良いものであればいいのだけど…
勇者はそう思いながら、静かに指に輝く指輪を眺めていた。
「どうかしましたか? 悩み事ですか? それとも、体調がすぐれないのですか?」
魔神の長女は勇者の様子を気にかけて声をかける。
「体の調子は、すこぶる良いよ。むしろ絶好調なくらいだね」
勇者は朗らかにそう答えた。




