土神錬生と連鎖召喚
土の国は他とは少しだけやり方(召喚術)が異なっていた。
彼らは召喚士ではなく、錬生術師だった。
錬生術師とは、主に土に魔力を込め、人形など様々なアイテムを生み出すものたちのことをさしていた。
彼らは代々物作りに長けていたのである。
そんな彼らの今回の目的は、かつての伝説の巨人、巨神を練生することであった。
よその国たちは神を召喚しようとしている、それならば、我々がそれに対抗するためにはそうするより他にはない、と。
そう考えたのであった。
「さまざまな土地から土や石を集めていたとき、たまたま東の大陸で見つけたとされるこの…凄まじいほどの魔力のカケラがあれば、かつての伝説の巨神を呼び出せることだろう」
それは魔力が漏れ出ないように厳重に保管されていたものでもあった。
「しかし、この禍々しい魔力で、平気なのだろうか? よく無いものが生まれないか?」
「何、練生の過程で大地によって浄化されるさ。そんな心配は無用。それよりもあの、伝説の巨神の姫を、土神様を呼び出そうじゃないか! この手で!!」
「ああ! そうだな!! 我々の、永き日の…夢見た日が…ついに手の届くところまできたのだから!!」
練生術師たちは大地に陣を刻む。
独自の魔力と方法によって大地は脈動をしはじめた。
今までとは違う、明らかに異なるほどの規模で。
「…ふぁ…んぅ? …ちっちゃい人間…ぷぷッ」
その巨神は練生術師たちを見て小さく笑った。
「弱っちくて、小さな人間たちが…私に何か用なの?」
見下ろすように言う。その姿はあまりにも巨大であった。
「おお、間違いない、これぞ伝説の巨神だ! …土神様だ!!」
「おおやったぞ! 我々がやったんだ!!」
「小さいくせにうるさいなぁ…こぉんなに、弱いのに」
土神は大きく息を吸い込んで、吹き出した。
ただそれだけでその場には誰一人いなくなった。
「あははははは、よわぁい。やっぱり、よわぁい。なんなの一体? なんでこんなに弱っちいの? 意味わからな〜い。あはははははは。 …だから、あなたたちは静かにして大人しくしていればいいんですよぉ。隅っこで静かに暮らしていればいいんです。そうすれば、私が守ってあげなくもないですから。あははははは」
弱い弱い人間なんですから、静かに隠れて大人しくしていて下さいね。
土神の大きな笑い声だけがあたりに響いていた。
草の国
気がつくといつの間にか召喚の魔法陣の中に立っていた創世樹の少女。
「あれ! 私どうしてこんなところに? さっきまで料理作っていたのに!! なんで?!」
片手にはフライパン。まだ作りたての暖かい料理が入っている。
「おお、召喚が成功したぞ!! 素晴らしい」
「草神様でおられますか?」
「草神? 私、創世樹ですけど!!」
「おお!! なんと! 草神、草木の神とは、創世樹様のことであったのか!! なるほど!! 確かに!!」
召喚士たちは興奮していた。
「なんです? …あ〜、あなたたちが私を呼んだんでしょうか! どうしてですか!」
「ははぁ。創世樹様、草神様として、ぜひ私たち草の国の民をお導き下さいませ」
「エエェ!! 困ります!! 仕事があるのに!! 宿のおかみさんに怒られちゃいますよ!! 幽霊姫さんや機械姫さんや白姫さん…はともかく、みんなに迷惑がかかっちゃいます!! だから帰ります!!」
「お、お待ちください草神様! どうか、どうか私たちをお見捨てにならないでください!! お願いいたします!! どうか!!」
召喚士と草の民たちは自分たちの草神(創世樹の少女)を必死で引き止めようとする。
「えぇ…どうしましょう!!」
そのあまりの必死な願いに、創世樹の少女兼、草神は迷っていた。
「う〜ん、とりあえず、これ食べます?」
ひとまずフライパンの出来立ての料理を民たちに振る舞うことにした。
「草神様自らの手料理とは! なんとありがたいありがたい…ウマイッ!!」
民たちは大興奮した。
水の国
「お、おお!! なんと見事な龍であろうか!! これぞまさに、水神様だ!!」
ー…ー
龍は戸惑った。勇者を北の大陸へと送り届けた後、自分は確か池でゆっくりのんびりとしていたはず…
「ありがたいことだ。私たちの声に応えて下さったのだ。これで私たち水の民も安泰というもの」
「そうだ、何も恐れることはない。他の国も、大いなる厄災も、何もかも!」
「ああ、これでやっと安心して過ごせるぞ、水神様! どうか私たち水の民に御告げを!」
ー…ー
龍は戸惑った。
しかし状況はおおよそ把握した。
この人間たちは北の大陸の民で、ここは水の国。そして水の神を召喚しようとしていたのだろう。
水の神、水神、龍神、それに近い自分が召ばれたのだ。
…しかし困った。自分は確かにそれらに近しい存在ではある、が。
この地の民たちをどうこう、北の大陸をどうこうするつもりは全くない。
ー…ー
「水神様は今はお疲れのご様子」
「ああ、せっかく来て下さったんだ、まずは私たちがおもてなしをしようじゃないか」
「そうだそうだ、盛大にな!」
水の民たちは張り切っていた。
ー…ー
その様子を見た龍はさらに困っていた。
…池に戻りたい…
龍は静かに目を閉じてそう思っていた。
魔人三姉妹の家
「…各地で巨大な魔力反応…大きいよ。まあ、大小はあれど、神の階級なのもいるし…う〜ん、ここにきて突然、どうしたんだろ…」
「どうやらそれぞれの国が召喚に成功し始めているみたいね。あの火神みたいなやつだったら困るなぁ…あと残るのは風? こうなってくるとそれも時間の問題かもしれないわね」
「最初は氷の国の氷神、そしてこの前の火の国の火神…二柱の神が召ばれたことで…それが呼び水となって連鎖召喚のような形になったのかもしれません」
「どの国がどういう行動に出るのか、今はまだわからないよね」
「そうですね。召喚に成功した国が隣国へ侵攻、その可能性もあります。ただ、両国が成功している場合、神同士の争いとなると…それはもうかつての神話となんら変わりません。その規模は計り知れないものになります」
「新たな、神話時代、か…それが争いばかりであって欲しくは無いけど」
「それこそ、その地の神と、人間…民たち次第になるのかもしれません。神は人の話は聞かなくても、その思いや願いには応えようとするものでしょうし。まあ、それも自分のやり方で、でしょうけどね」
「…こっちからも、話に行くよ。ここから近いのは、どの国になるかな?」
「そうですね」
勇者は今後の方針を固めるために魔人たちと思案をする。
…神々の争いを防ぐためにも。
新たな神話が、争いに塗れたものにならないためにも…
一方、風の国に西の森のエルフが訪れようとしていた。
少し前 西の大陸 西の森の魔女の家
「ええ、ですから、あなたにぜひ、来てもらいたいのです」
フードを目深に被っているものの、その容姿はエルフであることを示していた。
「…そうは言ってもね、私はここを守るという使命もあるし」
西の森のエルフはそんな相手たちに対して、そっけなく答える。
「それはべつの者をたてます。あなたのその心配はいりません」
「…それでも断ったら?」
「…あなたの国、確か、あなたの姉が治めているエルフの国に、変わりに迷惑がかかることでしょう」
「それって脅し?」
「いいえ、事実です。私たち北の大陸のエルフにとって…あなたたち西のエルフに頼るほどの事態が今、起きていると考えてください。それほどの事態になっているのだと」
「まあ、お互いに不干渉を貫いてきたんだものね。それを破ってまで北の秘術師であるあなた(エルフ)たちがここに来たということは、確かに異常事態だよ」
「北の大陸も含めて、それでもあなたが、エルフとしては最も優れているのです。私たちにとっては口惜しい事実ですが…その自覚はおありですか?」
「別に、私は私の思うままに今まで生きてきただけ。本と知識が好きなだけ」
「そのすべてが今、私たちに必要なのです。あなたの姉、いや、国のためにも、あなたに、協力を要請します」
「はぁ、わかったよ。その変わり、ちゃんとした替えを用意してよね? 特に何をするというわけじゃないけど、変なのに来られても困るから」
「わかっていますよ。それでは、準備が整い次第、参りましょうか」
風の国 現在
「それで、私は何をすればいいの? 秘術やら何やらは、あなたたちの方が詳しいと思うけど」
魔法陣の描かれた一室へと通される。
その部屋には異様な魔力が渦巻いていた。
「ええ…その身がどうしても必要だったのです」
「身…私の体?」
「私たちエルフにとっての始祖。かつての大魔法使い。私たちエルフにとっては、神にも等しいその存在を呼ぶ為には。それに最も近いとされた、あなたの体が」
「…依代にでもする気?」
「ええ、その通りです、おっと、抵抗は無駄です。ここはすでに私たちの術内…」
周囲から複数のエルフたちが出てくる…どれも名うてのエルフの秘術師たちだった。
「…そうみたいだね」
エルフの纏った魔力が霧散していく。 …どうやら嵌められたみたいだ。
「死ぬことはないでしょう、おそらくですが」
「…随分と曖昧だね。信頼できるの?」
「なにぶん私たちにとっても初めての秘術ですので」
「失敗する可能性はどのくらい?」
「半分以下、かと」
「はぁ…失敗しないようにせいぜい祈っているよ。それと、忘れないでよ? お姉…姉さんたちの国には手を出さない約束。 …たとえ、失敗したとしてもね」
「無論です。それは約束しましょう」
エルフは自身を取り巻く魔力が変容していくことに気づいた。
そしてそれが自身の上から新しい形を創っていった。
「…ここは? …ふむ。これは…死者蘇生か? いや、それよりは再現に近いか。どちらにしろ碌な術じゃないね」
姿はエルフに似通っているも、その魔力と、瞳の色が異なっていた。
金色の目をしていた。
「ああ、やりました! 成功です。あなたは始祖様であらせられますか? あの、かつての大魔法使いの…」
「始祖? ああ、なるほど、まあ、大魔法使いであることは確かだね…しかし、エルフの始祖、か。そうなるのか」
金色のエルフは一人で頷いていた。最後の一人、としてならそうも言えるのかもしれない。
「それで、わざわざ死者である私を呼び出した理由は?」
「はい、実は…」
風の国の秘術師たちは事情を説明した。
「なるほどね。神々の召喚…それは大変なことになっているね。 …ん〜、確かに、異常とも言える魔力の反応がある。それも一つ、二つじゃないね。ん? これは…いや…でも、感知し難いな…わざとそうしているのか、それとも私がまだこの体に馴染んでいないからなのか…あるいはその両方か…どちらにしても、知識と情報の更新が求められるかな。そうなると私は風神? 柄じゃないんだけどなぁ…まあ、周りに合わせて時にはそう呼んでもらってもいいか…」
金色のエルフは額に手を当ててまた一人で頷いている。
「始祖様? あ、いえ、風神様?」
「始祖、と呼ばれるのもね…呼びやすい方で構わないけど、そうだね、風神でいいよ。言ってみれば代理みたいなものだけど…それはまあいいか、ひとまずはこの地で、情報を集めつつ、周囲の動向を探ろうかな。当然、君たちも協力してくれるのだろう? できる限りの本や知識、情報の提示を求めるよ。それから…ふむ、この体に馴染むための練習にも付き合ってもらうよ?」
「はい! 光栄です!! 私たち風の国の…風神様の為ならば!!!」
風の国のエルフたちの士気は未だかつてないほどに上がっていた。
そして、北の大陸に六柱の神がまがりなりにも揃ったのだった。




