氷神降臨
それは北の大陸でも氷を信仰する氷の民たちが暮らす国で起こった。
北の大陸には六つの国が存在している。
それぞれが火、水、氷、風、土、草(木)を信仰している民たちのいる国でもあった。
信託の神子によるお告げによって、近々大いなる災厄が訪れるとされ、それを信じた各国は、その脅威になんとか対抗するべく、各々が召喚を急いでいたのだった。それぞれの神を召喚するためである。
氷の国
「噂では、今は亡き例の小国が魔人を召んだと言う。それが事実であるなら、我々ならさらに強力なモノを
召べるはずだ」
「しかし、あまりにも危険ではないか? 例の小国のようにとても神とは呼べないものを召んでしまうかもしれないのだろう?」
「…だが、悠長にはしていられない。神子のお告げのこともある、我々がやらなくても、他の国はもうその準備はおろか実際に召ぶところまで取り掛かっていると聞く。おそらくは…はじめに神を召べた国がこの大陸を…いや、この世界を支配することになるのだろう。仮にその大いなる災厄が訪れなかったとしても、だ…結局はその国がこの世を統治することになるのだからな」
「…それは…確かにそうかもしれんな」
召喚士たちは準備をすすめていった。
自分たちの国のためにも。人の為の神を造ることになっても…それがたとえ偽神であっても…召ばなければならないのだ。 …この世界のためにも。
ある日、準備を終えた召喚士たちは、氷の民たちを総動員した。
老人から子供、赤子までも。
信仰の力を、神を迎える為の、神迎の力へと変えるために。
祈り、願い、その、全てを捧げる。
東の大陸の人々が火の神を信仰していたように、
北の大陸では氷の神を信仰していた氷の民が、最も古い種族でもあった。
…その民、全てを贄にしてでも…
この地の召喚士たちはもはや狂っていたのだ。
この国の人々のために神を召ぶのではなく、ただ、その神を見たいが為に、その神の威光に触れたいが為に…
自分たちの知識を、その知恵を、その力を全て使った。
ただ、それでも、神を召ぶことなど叶わなかっただろう。
しかし、幾重にも偶然(奇跡)が重なった結果…
「あ、ああ…」
「…あれは…この力は…」
氷神がついにその姿を顕現した。
「…」
それは美しい女性の身姿をしていた。
肌は雪のように白く、その目は閉じている。
微笑みをたやさないその佇まいは穏やかであったが、
ただ、その纏う冷気の魔力は少し見るだけでも凍えてしまうほどであった。
「神よ…我々は、我々はやり遂げました…」
「何卒、我々に…救いを…」
「…」
氷神が微笑を湛えて目を開いた。
氷の国の全ては凍りついた。
その異変にいち早く気づいたのは比較的離れていないところで畑を耕していた魔人たちだった。
「…上姉さま…この力」
次女は労働の汗を流しながら次第にその汗の出る理由が変わっていることに気づいた。
「…ええ、私たちですら圧倒されるほどのこの魔力…」
長女は麦わら帽子を脱いで氷の国がある方向を見つめる。
「ありえないです、こんな力…こんな魔力…なんでこんなところに…」
末っ子は今とったばかりの人参を手に兎のように震えていた。
「…こっちにも、来るかな?」
「…どうすることもできませんね…せっかく作ったこの畑も、野菜たちも…」
「ねえ、あの勇者なら?」
「…わかりません、どちらも私の推しはかれる範疇を超えていますからね…」
「…逃げる?」
「…そうですね、でも…魔人として、あまりにも逃げ続けるのも癪ですからね。それに、神は私たち魔人にとっては仇敵でもありますからね」
たとえ今逃げたところで…そういう考えがないといえば嘘になる。でも…
「最後くらいは、全力で暴れてみますか」
「…いいね、うん。まして相手が神なんて、勝って魔神に昇格するかもだしね」
次女は空元気で言い放つ。その足は少し震えていた。
「…上姉さま、中姉さま…うん、私だって!!」
魔人たちはこの地に留まって戦うことを決めた。
東の大陸 北の果て
勇者は一人、海を見ていた。
ここがこの大陸の北の果て…と、いう事は、
この先へ行けば北の大陸か。でも泳いでは行けないだろうなぁ…全然見えない。
「一度は行ってみたいんだけどなぁ」
ー北の地へ行きたいのですか?ー
「?」
懐から声が聞こえた。
あの、いつかの蛇だった。
ー驚かせてごめんなさいー
「君、話せたの?」
ーええ、私は、龍神の使いです。あの池であなたに助けられてから、だいぶ、力が戻ったんですー
「そうか、それは良かったね。でもそれなら、一度池に戻ったほうがいいかな?」
ーいいえ、大丈夫です。もう自分で帰れる程になりましたから。 …でも、その前に、あなたに恩返しがしたいのです。北の大陸までお連れいたしましょう。私の背に乗ってくださいー
そういうと蛇の姿は大きな龍へと変化した。
「…水、冷たくない? 平気?」
ーふふ、大丈夫ですよ。水神の使いでもありますから。さあ、どうぞ背にー
「それなら、頼もうかな」
勇者は龍の背に乗った。
龍は北の大陸へ向けて進み始めた。
北の大陸 氷の国の外れ
「…」
物言わぬ氷神は浮遊しながら進行する。
それを遮るものは何もない。
静かに、ただ、静かに歩みを進める。
瞳を閉じて進み続ける。
その跡と先の全てを凍らせていった。
「…神さまともあろうモノが、まるで私たち魔人みたいじゃない」
「ほんと、この世界全てを凍らせる気ですか?」
「…この冷気…まるであの時の…」
あの時の勇者の魔法みたい。
「さて、それじゃあ私からいかせてもらうよ!!」
魔人の次女は数百を超える魔力の矢を生み出し、それを束ねて放つ。
続いて末の魔女は巨大な人形を周りに展開する。
長女の魔人は自身の上に強大な魔力の球を作り出す。
「これでも喰らいなさい!!」
魔人たちの攻撃が一斉に氷神へと向かう。
「…」
氷神は目を開けた。それだけだった。
「「「!!」」」
魔人たちのその攻撃は全て凍りついていた。
「クッソ、これほど?!」
「二人とも、距離を取りなさい」
「爆発、できない! だったら!!」
小さい人形を無数に作り出し、小規模の爆発を無数に生みした。それは小規模なフレアを引き起こす。
「…」
氷神は静かに目線を動かす。
「こっちに…くる」
末っ子は距離を取ろうとするも、氷神の目線が魔人の末っ子を捉える。
「!!」
気づけば左半身が凍りついていた。
「うぅっ」
「お前の相手はこっちよ!!」
魔人の次女は隙だらけの氷神へ魔力の矢を放つ。
長女はすぐさま末っ子を庇い、回復を施す。
「…これは」
想像以上に傷の治りが遅い。この凍気はあまりにも危険すぎる。
「距離を! 近づいてはダメ!」
長女は次女に叫ぶ、
「わかってる! くそ、あんまり効いてない!」
次女は焦る。距離を取りながらは、どうしても決定打に欠ける。
少しでも、効果を。
「…」
氷神は突然動きを止めた。
「?」
魔人たちは不思議がる。
氷神は両の手を開いた。
「避けてっ!!」
長女は次女に叫んだ。
氷神の凍の魔力が爆発した。
その余りの魔力に魔人の次女は動けないでいた。
…ああ、これを受けたら…ダメだな…
「…こんなところで」
私は、終わりか…くそ…
魔人の次女は諦めて目を閉じた。
火魔法 極大
始原の火が放たれた。
それは原初の火。天上から降り注ぐ始まりの火だった。
「…この、炎…この魔力は…」
「もっと距離を! すぐ次をうつ!!」
次女は勇者の姿を見た。
自分にかつてないトラウマを植え付けたあの恐ろしい勇者の後ろ姿を見た。
しかしなぜだろうか、今はその姿があまりにも頼もしく思えていた。
火魔法 極大(単体)
勇者は氷神に向けて巨大な焔の塊をぶつける。
その塊は煉獄。全てを焼き尽くす焔の極。
「…」
氷神は後退する。
取り巻いていたその凍気は霧散していた。
その輪郭がわずかに揺らぐ。
「これでもダメか。手応えはあるけど…これでも倒しきれないとなると、厄介だね」
「…あ、その、ありがとう」
次女は思わず礼を言っていた。言った後に自分でも少し驚いていた。
「ああ、いいよ。それにアレを食い止めてたように見えたから。それで、アレは何?」
勇者は揺らいでいる存在を注意深く観察しながら聞く。
「そんなの、私たちも知らないよ、場所からして氷の国のやつらが召んだんだとは思うけど」
「ええ、そうでしょうね。小国の人間たちが私たち魔人を召んだように…今度は氷の神とも呼び得る存在を…でも、きっと氷の国はもう全て凍っていますよ」
それに、あれほどの存在を召ぶのだとしたら、その犠牲は計り知れないものがある。
「…いたた…」
魔人の末っ子の凍傷はまだ癒えないでいた。
「怪我? 回復するよ」
勇者は末っ子に回復魔法を施す。
「回復魔法の効果が…面倒な攻撃だね。まあ、時間をかければ回復可能なだけ良いか」
回復魔力を高める。末っ子の凍傷は回復していた。
「あ、ありがとう…です…」
末っ子の魔人もまたなぜ思わずお礼などを言ったのか、自身でもわからないでいた。
「…」
突然氷神の気配が消えた。
「あれ? いきなりいなくなったけど…消えた? 召喚が不安定だったのかな」
「ただ、これで完全に消えたとは思えません。おそらくは、力を戻すために隠れただけかと」
「またそのうち出てくるってことか、めんどくさいやつだ。さすがは神だな。めんどくせ〜」
「上姉さまたち、私たちはこれからどうするの?」
「そうですね、ひとまずは戻りましょうか…勇者、さんもご一緒にどうですか?」
「一緒に行っていいの?」
「…ええ、正直、またあの氷の神に、氷神とでも呼びましょうか。アレに出てこられたら、私たちだけではどうしようもありませんから。今回、あなたに助けられたことですし、あなたが魔人の家でよければ、ですけど」
「それならそうさせてもらうよ。よろしくね」
「まあ、姉さまがいうんだから仕方ないな、うん」
「そ、そうだよね。うん」
魔人二人は満更でもなくなっていた。
魔人たちはひとまず自分たちの家へ戻ることにした。
勇者も一緒に。
魔人三姉妹の家
「へぇ、野菜作ったんだ。寒い土地なのに、結構できてる。すごいね」
家の周りには畑が広がっていた。
「何しろこの畑は私が支配していますので、ここの野菜たちはそうそうダメになったりはしません。強い子たちです」
長女はジャガイモを手にとって誇らしげに言った。
「私が害虫を殺しまくってんだよ」
殺戮衝動で。
「耕したのは私、このあたりの土壌を一度破壊したの」
破壊衝動で。
「上手くいっているみたいだね」
「私たちが本気を出せばこのくらいは簡単です。私たち、魔人ですから」
「魔人の手作り野菜か」
…なんだかそれだけでもすごそうだった。
「はい、どうぞ。人参とかぼちゃのスープです。温まりますよ」
「…美味しいね。人参とかぼちゃの自然の甘み…それに野菜本来の香り…どれをとっても本当に美味しい。それにすごくあったまるよ」
「ただ焼くだけでも美味いからな。ほら」
次女はジャガイモを焼いてくれていた。
「うん、ホクホクしてていいね」
「こっちも食べてみて」
末っ子はサツマイモを焼いてくれていた。
勇者は魔人の家で野菜のフルコースをご馳走になった。




