雪娘たちの里
あれからの勇者は、東大陸の北へと向かって歩いていた。
山をいくつか越え、山を越えるたびに次第にあたりには雪が深く積もっていった。
もう、火の里からはだいぶ歩いただろう、そろそろ着いてもいい頃だ。
「…ふぅ」
吐く息はもうすっかり白くなっていた。
何個めかの山の中腹から、遠くに灯りがいくつか見えた。
…きっとあれが雪娘たちのいる里なのだろう。
勇者は足早にその灯りを目指して歩いた。
北の大陸 小国跡に建てられた小屋
魔人の末っ子は疑問だった。
自分が見たわけでは無いが、姉たちの様子からしても、確かに、あの西の勇者を名乗る男は中姉さまを倒したのだろう。
中姉さまは、今ではすっかり雷に怯えるほどに雷がトラウマになっていたのだから…。
…でも、戦いには相性というものがある。
どちらかというと中姉さまは近、中距離を得意とするタイプだ。
遠距離からも問題なく攻撃可能な…私だったら、もしかしたら…いや、きっと。
油断をつけば、あるいは奇襲さえできたら、あの勇者だって倒せたのでは無いだろうか?
魔人の末っ子はそう思っていた。
上姉さまはあの勇者のことを警戒しすぎている。何を言ってもダメだと言われる。
それに、これからこの地の人間には手出し無用、と。
上姉さまはそう言った。信じられない。魔人だよ? 私たち。
あんな人間の言うことをどうしてそんなに気にするの? 聞かなければならないの?
魔人である私が、私たちが。
勇者って言っても、人間なんだから。
私の力で…
あ〜あ、退屈だ。人間で遊べないなんて。退屈で仕方がない。久しぶりの顕界だったのに。
あれ? でも…それなら、人間じゃなければ?
魔人の末っ子は良いことを思いついた。
「ここにいても退屈なんだもん。 …それに」
破壊衝動がだいぶ溜まってきた。
中姉さまの殺戮衝動のように…上姉さまは支配欲だからなんとか我慢できるのかもしれないけど…
ああ、壊したい。壊したいなぁ。あぁ、全部壊したい。
…壊したいなぁ…人間がダメなら…別の…うん…別のモノを…
…そのついでにあの勇者も…
うん。そうしよう。そう決めた。
じゃあまずは…その前のお遊びに…
魔人の末っ子はひとり、再び東の大陸へと飛んだ。
雪娘たちの里
「わぁ、空を人が飛んでるべ」
「あれ人か? ついこの間来た人とはだいぶ違ってねぇだか?」
「この間来たっつーのは南から歩いて来た人間のことだべな?」
「んだんだ、いくつも山をこえてここまで歩いて来るなんて大した人間だべな、何でも火の国から来たっつってたべ?」
「そりゃすげぇべ、おらたちとてもそんなところまで歩いていけねぇべ。本当に人間だか?」
「それに何だべ? 飛んでるってことはありゃあ…魔族とか言うやつか? おらたち妖っぽくねぇべ」
雪娘たちが物見に集まってきていた。
魔人はその様子を見て嬉しそうに笑った。
「こんにちは。私は魔人。あなたたちと…遊びに来たの」
魔人は怪しく笑いながら空から降りてくる。
「遊ぶ? おらたちとか? そりゃ面白そうだな、何するべ? 雪遊びだべか?」
「…お人形さん遊びかなぁ」
魔人はそう言うと自身の魔力で器用に小さな人形を手から生み出していた。
「おお、すげぇべ。どうやったんだ? 随分かわいいべな」
見た目は愛くるしい何かの動物だろうか? それとも自身が考えたマスコットだろうか?
何にしろその愛玩人形は人懐っこく笑っている。
「ふふ、はい、どうぞ」
魔人は人形を雪娘たちに向けて飛ばした。
「おお、おらもおらも」
「たくさん、たぁくさん、作ってあげるから」
雪娘の一人がその人形に触れた時、
ードガァンッ!!ー
爆音とともに人形は爆発した。
「アッハッハハハ、キャハハ」
魔人はそれを見て楽しそうに笑っていた。
「いたた…な、何だべ…爆発?」
爆発の近くにいた雪娘たちは体に軽い火傷をおっていた。
もっとも近くにいた雪娘は、その場から動けないでいた。その傷は重症だった。
「…うぅ…」
「へぇ、まだ形を保ってるなんてぇ…人間よりも頑丈なんだぁ…さすが妖、だっけ? ふぅん。でも、もっとも〜っと、楽しめそう」
魔人は嬉しそうに言った。
「お、おめぇ何すんだ! こんな危ねぇことして! 怪我したべ!!」
怪我をした雪娘に仲間たちが集まってくる。
「…うう…」
「大丈夫だか? 大変だ!! 急いで治療しねぇと!!」
「ふふふ、もっと、もぉっと、たぁくさん、遊んであげるね?」
魔人は両手を広げ、さらに人形を生み出していく。
一つ、二つ、三つ…さらに、さらに生み出していく。
「あ、ああ…」
雪娘たちはその人形たちを見て恐れ慄いていた。
「誰にしようかなぁ…決〜めた」
火傷を負って一歩も動けない雪娘を見て笑った。
「や、やめて…くんろ…」
人形たちが一斉にその雪娘をめがけて飛んでいく。
「ああ、危ねぇ!!!」
「ほらどか〜ん…あれ?」
魔人は嬉しそうに言ったつもりが、爆発する気配がなかった。
その人形たちは氷の塊となって地に落ちていた。
…雪娘たちのちから? いや、それならこんなに恐れる必要はなかったはず…
それに、私の爆発を、私の魔力を抑えるほどの氷? …何よそれ。
「大丈夫?」
勇者は傷を負って動けない雪娘の傍にたっていた。
「あ……」
「傷の手当てをするね。それから…あれか、こんなことをしたのは」
雪娘を気遣いながら視線を魔人へと向ける。
「…ひっ」
魔人はその男の殺気を身に受けた途端に思わず声が漏れていた。
「君は確か…あの時の魔人の…妹、だったかな?」
「…そ、そうよ。私は魔人三姉妹の末っ子」
魔人は自身の震えを認めずに、気を張って言い返した。
「どうしてこんなことを?」
勇者の視線は鋭さを増していく。
「そ、そんなの。えと、その、あ、あなたには関係ないじゃない。私はただ、えっと、人間と遊べなくなった変わりに、そこの妖たちと遊んでいただけなんだから!」
「…そう」
「ひっ。な、何よ、文句あるの? わ、私は、中姉さまのようには、いかないんだから!!」
魔人は勇者と少しでも距離をとるために上空へと飛び、巨大な魔力を展開する。
今までとは比べ物にならないほど大きな人形を作った。
「お前なんか、私の力で、吹っ飛んじゃえばいいんだ!!」
「…氷魔法…」
勇者が何事か呟くと、その人形が爆発することはなかった。
いつの間にか人形は氷漬けになっていた。
「お姉さんを呼んでくれる?」
勇者はその場から魔人に向けて言う。
「え? な、何を」
氷魔法 大(単体)
巨大な氷の塊が魔人を閉じ込めた。
(な、何?! …一瞬で…? 私を閉じ込めたの?)
「聞こえるよね? どっちでもいいからお姉さんを呼んでくれる? それとも…」
(…クッソ。人間!! 私が!! 魔人である私が!! このくらいで負けるわけ、ないでしょうがぁ!!)
魔人が全力で魔力を解放すると氷に亀裂がはいった。
そして氷は次第に割れていく。
「はぁ、はぁ、はぁ、こんなくらいで、魔人である私が」
氷魔法 大(単体)
魔人は再び氷に閉じ込められた。
(なっ!? え?!)
「我慢比べ? それならそれでもいいよ。 …君の気が変わるまでね」
勇者は顔色一つ変えずにそう冷たく言い放った。
「ひっ」
魔人はそのあまりにも冷たい視線に今まで感じたことのない恐怖を覚えた。
「…あの、バカぁ…何で…」
長女は絶望していた。
(上姉さま…東の地へ…きて…勇者が…)
絶望しながら急いで東の地へ飛んだ。
これからのことを思い、少し涙目になっていた。
長女が目にしたのは巨大な氷塊と、その中でおとなしくしている末っ子の姿だった。
魔力をだいぶ失っているようだった。
(た…すけ…)
かろうじて声が聞こえて来た。
「その…」
魔人の長女は震えていた。
「君のところの、末っ子だよね?」
「は、はい」
「ここの里を襲おうとしててね、大きな怪我をした子もいるんだよ」
「は、はい…」
「悪いことをしないって言ったのは、何も人間に対してだけじゃないよ。こっちはそのつもりで言ったんだけど、違ったのかな?」
「は、はい…わ、私も、そのつもりです」
「反省しないようなら、このままずっと閉じ込めるけど」
「そ、それは」
(…ふんだっ…何よ、力が…戻ったら、すぐにまた壊して…)
「…」
氷魔法 極大(単体)(すごく手加減)
氷漬けの魔人の隣に現れたものは、さらに完成されたさらに巨大な氷塊だった。
それは完璧で完全なる極大の氷塊。
そしてそれは永久凍土をさらに超え、永久凍結と呼ばれるほどのもの。
あらゆるモノを凍結させるそれは、その時間ですら例外ではないことだろう。
「あ、ああ…」
(あ…ああぁ…)
魔人たちはそれを見て絶望した。
「す、すごいべ…」
「なんて美しい氷だべ…か、完璧だべ…」
「…か、神様だべ…ありがたやありがたや…」
雪娘たちはその氷を見て驚嘆しながらも涙を流して拝んでいた。
「はい、この度はまた再び私の妹がご迷惑をおかけしてしまったことを深くお詫び申し上げます」
「…ごめんなさいです、グスッ」
「金輪際この地の方々、すべての存在に対して、私たち魔人姉妹はご迷惑をおかけしないようつとめてまいりますことを此度、今一度、妹共々に誓いさせていただきたく思います、それでどうかご勘弁をお願いできないでしょうか?」
「……だって、退屈だったんだもん…やることないんだもん…」
「こ、こらっ、めっ!」
「…ごめんなさい…ぐすっ」
魔人たちは大地に頭を擦り付けて謝罪した。
「…やることがないなら…そうだね、自分たちで何かを作って育ててみたら? 畑とか、野菜とか…そうすれば退屈でもなくなるんじゃないかな」
「…はい、帰ってから検討いたします」
魔人たちは再び北へと帰って行った。末っ子は泣いていた。
「すごいべ、おらこんな氷はじめてみるべな。今のおらたちにはとても作れねぇべなぁ。なんちゅうとんでもねぇ代物だぁ。美しすぎるべよ」
「あんたやっぱり神様の使いかなんかだべか? 拝ませてくんろ」
「だべな、こりゃあもう祀らなきゃ気がすまねぇべ。おらたちを助けてくれたし、感謝の気持ちを込めておらたち雪娘も、そのぷらいどをかけて、いっちょやってやるべさ!!」
そして雪娘たちの里には勇者の氷像が建った。
そしてさらにその後、雪娘たちがこさえた小さな勇者の氷像が、東の大陸で一大ムーブメントを引き起こすこととなるが、勇者はそのことをまだ知らない。




