魔人三姉妹
魔人三姉妹の次女はいち早く東の大陸へとついていた。
「ヒヒ、人間はぁ…いるいる…たぁくさん、楽しめそう…」
火の里へと降りていく。
「そ、空から人が降りて来た…あんた一体…妖か?」
驚きながら様子を伺う里の人間。
「あやかし? キヒヒ、私はぁ、魔人。 …それじゃあ、楽しもうかなぁ」
魔人は手を伸ばす。
「離れなさい!」
異変に気付いた巫女がその間を遮るように立った。
「んん? おやぁ、へぇ…ただの人間じゃないねぇ」
「…妖、ではないようですが…何者ですか」
「キヒヒ、まあ誰でもいっかぁ…もう我慢できないしぃ。ヒヒヒ、ああもう、本当にぃ、久しぶりのぉ、血ィ!!」
魔人は両手を大きく開く。その体から渦巻くように魔力が溢れ出る。
「まずは、あなた、それから、後ろの人間。それから、それからぁ…たぁくさん」
魔人の魔力が放たれる。それは無数の矢のように巫女たちに襲いかかろうとしていた。
「! させない!!」
巫女は結界を展開する。しかしその全ては防ぎきれない。何本かの魔力の矢が後方へそれて行く。
「へぇ、頑張るねぇ、がんばれがんばれぇ」
魔人の放たれた魔力の矢はさらに数を増し巫女に向かった。
「うっくっ…」
防ぎきれない魔力に押され時間とともに身体中に傷が増えていった。
「アッハッハ、イッヒヒ。いい、いいわぁ。そう、もっと、もっとぉ! 血を、見せてよぉ!!」
さらに魔力を放出する魔人。
「あ、うぅっ」
巫女の身体のいたるところから血が流れていた。
「キヒひ、ヒひ、へ〜、それでも逃げないんだぁ。それならもっともっとぉ、あなたの血をぉ!!」
爆発した魔力の矢は巫女に着く前に一瞬で霧散した。
「?!」
「傷の手当てをするから動かないで、後ろの人たちももう大丈夫だから、心配しないでいいよ」
「…あ、ありがとう…ございます」
「…」
魔人の前には男がひとり立っていた。
いつの間に?
「お前」
その男に問いかけようとした時、
「場所を変えるよ」
「!!」
突如再び目の前に現れた男の攻撃を受けた。
「ぐぎッ」
何をされたッ?!
剣の腹を打ち付けたのか?!
そのあまりの威力に後方に吹き飛ばされる。
「こ、こいつ」
この、馬鹿力が…
魔人は後方に飛ばされながらも悪態をついていた。
「ここならいいね」
里からかなり離れた場所まで吹き飛ばされていた。
「…お前、何だ? 人間か? その馬鹿力、さっきの速さ、ただの人間じゃないな?」
「西の勇者。君の方こそ、何をしにきたの?」
「…私はこの地に召喚された魔人の一人…この地を殺戮と破壊によって蹂躙するために、きたの」
「…ひとりみたいだけど?」
「他の姉妹はそれぞれ別の大陸にいるわ。姉は北で、妹は西ね」
「…みんな目的は同じ?」
「それはええ、もちろん。まあ、ほかの二人の殺戮衝動は私ほどじゃないけど、まあでも似たようなものね。なにせ同じ魔人だから。私たち三姉妹なの」
「…どうしても、やめるつもりはない?」
「どうして? ここに呼んだのはあなたたち人間よ? あなたたちの望みを、かわりに叶えてあげるだけ。キヒヒ、そう、私たちを呼んだのはあなたたち、人間なの。だから叶えてあげる、人間たちの願いを。殺戮と、破壊と、何よりもその血で…全て覆い尽くしてあげる」
「…魔人って、そういうもの?」
「キヒ、さぁ? …神様じゃなくってざぁんねぇん。でも、ちゃんとその願いは叶えてあげるから。私たち姉妹が」
「…そう、それなら、仕方ないね」
西の勇者は剣を構える。
「そういうことね、だからあなたもさっさと」
パリッと、音が聞こえた。
「悪いけど、すぐ終わりにするよ」
「なっ?!」
深々と剣が胸に突き立てられ、突き刺したその勢いのまま地面へと仰向けに倒される。
魔人がそう気づいた時はもう空を見ていた。
「お、前。いつの、まに」
「やっぱりこれぐらいじゃ倒れないよね」
雷魔法 強(単体)
稲光が突き立てられた剣に落ちる。
「ぐガッ、かハッ…くそ、こんな、剣、私の力で」
抜けない、馬鹿なっ!! 重い…重、すぎるッ!
剣は魔人の胸を大地に串刺しにしたまま微動だにしない。
「…他の姉妹も、ここに呼べる?」
「…お、お、前…」
「できる?」
雷魔法 中(単体)
再び稲光が剣に落ちた。
「ギィヒ、ぐゥッ…」
「気を失わせないように加減するのは面倒だね」
「…お、おま…」
雷魔法 中(単体)
「もう少し強いほうがいいのかな」
「…う、ア…や、め」
雷魔法 強(単体)
「ああああ゛アア゛ア゛ア」
「早く呼んだ方が良いよ」
それからもしばらく稲光が続いていた。
北の大陸
「…どういうこと?」
次女からの連絡が入った。
次女は確か西の大陸に向かっていたはず…次女の速さであれば、西の大陸にはもうとっくについているだろう。
そこで何かあったの? わざわざ私を呼ぶほどの何かがあったというの?
…せっかくこの地の他の国に向かおうとしていたのに…
魔人の長女は訝しみながらも西へと飛ぶ。
「あれ〜、え〜、どうして〜?」
中姉様から連絡があった。
よく聞こえなかったけど、今すぐ東に来てって…
あと少しで西の大陸が見えてくるのにぃ〜。
…でも、行かないと怒られても嫌だし。
仕方ないなぁ、向かお〜っと。
魔人の妹もまた、不思議がりながらも次女のいる東の大陸へと飛ぶ方向を変えた。
西の大陸
長女の魔人はその場についても尚その目を疑っていた。
「…これは、一体」
「君はこの魔人のお姉さん、でいいのかな? 見た目で言ったけど、それであってる?」
その男はそう静かに言った。
「…そうですが」
そう言った男のすぐ側には仰向けに倒れている次女の魔人の姿。
そしてその胸には剣が突き立てられていた。 …かろうじて生きてはいるようだ。
「…あなたは」
「三姉妹ってことは、もうひとりくるまで待とうか」
男はまた静かにそう言った。
「…じきにきます。それより、一体どうやって……」
魔人の長女は戸惑っていた。
次女は決して弱くはない。魔人としての強さで言えば、自身に次ぐ。
魔力を除いた単純な戦闘能力は私とほとんど変わらないほどだった。
それをこの短時間で、それも目の前の男はまるで疲弊していない。今もどこか余裕すら感じさせる。
そして、全くと言っていいほど隙がない。 …目の前にいる私に対しても、すでに倒れている次女に対しても…
すぐにでも次の行動に移れる、そういった気配をだしていた。
…この人間は…あまりにも脅威だ。
「…っ」
魔人は自身の額に汗が浮かんでいることに気づいた。
「あ、上姉さま〜…あれ〜、えっ?! えっ?!」
魔人の妹もまたその様子を見て混乱した。 …無理もない。
全てにおいて自身の上である次女がこうもたやすく敗れていたのだから。
それも、人間一人に。
「あ、あの、上姉さま? …中姉さまは…」
「目の前にいるあの男に、敗れたようですね。ええ」
「…人間なんです?」
「…そのようですが…」
対峙する時間が伸びるほどに冷や汗が流れ出てくる…
「これでみんな揃ったみたいだね」
男は表情一つ崩すことなくそう言った。
「君たちはこの世界に呼ばれた魔人の、三姉妹なんだよね? 今一度聞くけど、君たちの目的もこの魔人と同じ?」
「それは…」
答えを間違ったら、死。
魔人の長女は悟った。
目の前の男の目がそう語っていることに気付いた。
「そんなのとうぜ。もがもご」
妹の口を慌ててふさぐ。そして、
「…観光です」
魔人の長女は慣れない引きつり気味の笑顔でそう言った。
「…」
勇者はただ静かに聞いていた。
「えっ?」
妹の魔人は目を丸くして長女を見上げている。
「上姉さま今な」
再び妹の口をふさぐ。
「私たちの、目的は、観光です。その子も、ええと、久しぶりに顕界できたあまりのはしゃぎぶりに浮かれて色々と間違って迷惑をかけてしまったようです。本当に申し訳ございませんでしたお詫びとして長女である私が謝罪します」
魔人は早口でそう言って頭を下げた。汗が止まらなかった。
「か、上姉さま」
妹の頭も下げさせた。妹はその姉の力の強さになすすべもなかった。
「…」
勇者の目はまっすぐに魔人を捉えていた。
「…それなら、これからは悪さをしないってこと?」
「…はい。観光ですので。観光ですので、現地の方達にはできるだけ迷惑はかけないよう気をつけますし、気を付けさせます」
「そう約束できる?」
「はい、もちろんです。この身に誓って。ええ、この地の神にも誓いましょう」
「…えぇ…」
妹は姉のそんな有様に終始驚き戸惑っていた。
「妹たちには私からよく言って聞かせますので…はい。 …それでいかがでしょうか?」
魔人は恐る恐るそう勇者に尋ねた。
「…そうだね。それなら」
勇者は突き立てられていた剣をとった。
「…うっ。ぐっ…うゥ…」
「…妹が、ご迷惑をおかけしました」
長女は再び頭を下げた。
そして二人の姉妹を連れて飛んで帰っていった。
「…上姉さま…」
「…ええ、これが最善です。そうでなければ、私も、あなたも、次女と同じようになっていたことでしょうから…」
「…」
肯定も否定もしない、物言わぬ次女はまさに虫の息だった。
「これから、どうするの?」
魔人の妹は恐る恐る尋ねる。
「そうですね…この世界の…」
「世界の?」
「観光でもしますか…」
長女は遠い目をしていた。
「…うん」
妹は次女を気遣いつつ、
そんな二人の姉の姿を見ながらこれからのことを思うと、
少しばかり憂鬱になった。




