人と妖の宴
呪いがひと段落ついたことで、火巫女の里で宴会を開くことになった。
もちろん、呪い払いに協力してくれた鬼たちと狐たち、狸たちも一緒に。
「わっはっは、さすが儂じゃろ? 細切れに細切り! どうじゃ! これでもう儂は立派な一人前じゃな!! お前たちもなぁんも心配いらんぞ!!」
「さすが姫ですぜ。俺たち鬼も鼻が高ぇってもんですよ。後俺は微塵切りですぜ」
「しかし考えましたなぁ、呪いを集めて一退治たぁ、俺らの姫さまは考えることがデケェぜ。それと俺は骨砕きですぞ」
「ガッハッハ、そうだったか? まあ良い。もっともっと儂を褒めるがよい!! ええい食うぞ、飲むぞ! お前たちも、バクバク食って飲んで構わんからな!!」
鬼姫はいたく上機嫌であった。すでに大分飲んでもいた。
「相変わらず鬼さんたちの宴会は豪快でありんすなぁ」
「…姫、疲れた…山に帰りたい…寝たい…」
「勝利の美酒くらいは味わってもバチは当たりんせん。むしろないがしろにした方が当たるかもしれんせんよ?」
「あわわ、そうかも…よぉし、姫も今日はたくさん飲んじゃうぞぉ。勝利のお祝いだぁ。 …寝たらよろしくね?」
「はぁ、仕方ありんせんね。わっちの子狐たちにその辺の山に運ばせるでありんす。ところで、他の狸たちはどこにいきんした?」
「ああ、うん、きっと勇者さんのところだと思う」
「なんでまた勇者はんのところへ?」
「ええっと、前に勇者さんに貰った(あげてない)布が結構な高価な品だったみたい(予想通り)で、それがみんなに知れ渡っちゃってぇ、なんでもいいからおねだりにいってるんだと思う…」
正直私も行きたい。おねだりしたい。でも、勇者さんの中には…でもあれ、もしかして勇者さんに嫁げば姫ってすごいことにならない? うわぁ…いいかも…
「何かロクでもないことを考えている狸顔でありんすな」
「…そんなことないよぅ。後狸顔は元からだよぅ。 …ぐびぐび」
狸は一升瓶を手に飲み始めた。酒の力でも借りるつもりだろうか。
勇者は火巫女と巫女たちに囲まれて座っていた。
「うん、どれも美味しいね。ああ、お酒はあんまり飲まないんだよね」
…どれだけ飲んでも酔わないし。多分状態異常回復の影響だと思うけど。
巫女たちの中にはまだ拝んでいる者もいた。
話を聞いた里の人たちの中にもいた。
「「「ありがたい、ありがたいことです」」」「ありがたやありがたや…」
「…みんなも一緒に食べよう、はい、大勢で食べたほうがきっと楽しいから」
拝んでいる人たちにも用意された食事を進める。
自分が作ったわけではないが、中には涙を流しながら受け取る人たちもいた。何だこれ。
…話は後で聞いてある程度は知っているが、そんなに大層な存在が召ばれたんだろうか…
自分の内部に声をかけてみるも、返事はなかった。
「おう勇者の兄さん! ウチの姫が世話んなったな!! 飲んでいるかい!」
見たことのない鬼が近くにきて豪快に挨拶をしてきた。他の鬼たちと比べてもひと回り以上大きい。
「ああ、うん、楽しんでいるよ」
「なんでい、ちっとも飲んでねぇじゃねぇか。ほらほら、コイツをやってみな。飛ぶぜ?」
「随分と強いお酒だね、辛いし熱い」
「がっはっは、その名も鬼ぶっ殺しよぉ。まあ死なねぇけど。なんつっても酒は俺たちの大好物の一つでな! あとは肉だな肉!! 魚もか!! がっはっは」
「なんでも好きなんだね」
「そりゃそうよオメェ、世の中のもんは食えるか食えないかでしかねぇからなぁ! 食えるもんなら俺たちは大好物ってもんよ」
何とも豪快な鬼だった。
「父さま、母さ…なんじゃ、勇者と話をしておったのか」
「おうよ、オメェの言う勇者ってのが気になってな。見てみたら確かにコイツぁ良いじゃねぇか。オメェの旦那にしてぇくれだぜ」
「おお、いいなそれは。儂も賛成じゃ。第一家来から儂の旦那さまにしてやるぞ!」
「はは、もう一杯もらおうかな」
酒を飲んでごまかしておいた。
「それにしても腕っ節ばかりか酒も強ぇじゃねぇか」
「一応そう言う体質…になるのかな?」
「ほう、そいつぁ聞き捨てならねぇな。酒に強ぇっていったら俺たち鬼だ。よし一丁飲み比べといこうや!」
「父さまも勇者も負けるでないぞ!」
「鬼姫、それだとずっと飲み続けることになるよ」
「おうおう、いいねぇ、その意気やよし! ほらほらまずはやってくんな」
お互いに酒を注ぎ合いながら飲み続けることになった。
「あぁ、せっかく勇者さんにお近づきになる機会なのに、鬼さんたちと酒盛りをしてるのは邪魔できないし…邪魔なんてしたら怖いし…」
出遅れた狸たちは料理を手に、手を拱いて見守っていた。
「ゆうしゃさん、すごぉい飲んでましゅねぇ、ひめもぉ、こんなにたゃくしゃん、飲んらんでふよぉ〜。褒めてくれまふ〜?」
ふらふらの緑狸姫が乱入してきた。
「おうおう、誰かと思ったら狸の姫さんか、随分とべろんべろんじゃねぇか」
「少し介抱した方が良さそうだね、少し席を外すよ?」
「仕方ねぇな、おう、また後でな!!」
「緑狸姫、少し向こうへ行こうか」
「ふぅぁい…ひめぇ…ゆうしゃしゃんにぃ…たべられちゃいまふぅ?」
「食べないから。とりあえず少し休んだ方がいいよ」
「ゆうしゃしゃんにならぁ…たべられてもぉ…ぐぅ」
寝てしまった。どうやら狸寝入りではないようだ。普通に寝ている。
その様子を見た他の狸たちも勇者の元へ集まってきていた。
みなそれぞれ手に食べ物を持って勇者の世話をするつもりだ。
「お疲れ様でした勇者さん、どうぞ、これを」「お水もあります。どうぞ」「汗を拭きます、御召し物を…」
こんなにぐでんぐでんになってる自分たちの姫はほっておいてもいいのだろうか…これが狸社会か。
しばらくして、宴会も一息ついた頃、
「少し、聞いてもいいかな?」
完全に狸に戻った緑狸姫を膝に置いて撫でながら、ひとり静かに飲んでいた赤狐姫に気になったことを尋ねてみる。
「何なりと」
「鬼姫の父親の姿は見えるけど、母親の姿が見えないよね、だから少し気になってね」
「…ふむ…そうでありんすなぁ。前に呪いの話をした時に、わっちらにとっての力でもあり、過ぎれば毒ともなると言いんしたね」
「じゃあ、呪いで…」
「そうでありんす。大分強い呪いを受けたようでありんす。鬼だけあってそれだけで死にはせんしょうけどね、それでもかなり弱ったんでありんすよ。当時はわっちとそこのただの狸も見舞いに行ったんでありんすが…その時のわっちには何もしてやれんせんでした」
「…そうだったんだ。もし今回、あの場にいたらその呪いは解けていたのかな?」
「その可能性はありんすね。でも、今は外に出かけることもままならないと聞きんした。部屋から出ることも、下手に触れれば呪いが感染りんしょうし、あの呪いが癒える事はありんせんしね」
「…そうか…ならあの時呪いを受けた巫女も…あの場にいて光を受けたから治っただけで、自分の回復魔法はその場凌ぎでしかなかったのかもしれないな…」
「その一時的な回復も、今となってはもう追いつきんせんでしょう」
「…何か、方法はないものかな? もう一度召ぶ、とか」
「どうでありんしょうね。個人のためだけにあれほどの力の存在を召べるとは思いんせんけど…」
「…」
「どうしても呪いを解きたいでありんすか?」
「それは、できる事なら、ね。鬼姫にはここにきてから色々と世話になったし…力になれる事は、力になりたいよ」
「お世話をしているの間違いではありんせん? …まあそうでありんすなぁ…まだ方法はあるかもしれんせんが…」
「例えば?」
「今回の呪いの、あのわっちの山にあった要石。その場所は覚えていんしょう?」
「呪いを封じていた祠、イザナイの祠のことだよね」
「アレはただ、呪いを封じるだけではありんせん。あの先がまだありんす」
「要石のあった場所の先、洞窟か何かに繋がっているの?」
「そうでありんす。そしてその先にあるもの、それはまた別の呪いの力でありんす」
「別の呪い?」
「…かつて封じられた妖の一部、その妖力でありんすな」
「なるほど、要石は二重に呪いを封じていたんだね」
「そうでもありんしょう。で、その呪いの力を取りに、わっちといきんせんか?」
「…封じられた自分の力を取り戻せるってことだね」
「ふふ、そうでありんす。こう見えて、わっちはかなり古株の妖なんし。そこな狸はともかく、当代の火巫女は言わずとも、鬼姫よりもずっと永く生きているでありんすよ?」
「…要石を壊させたのは力を戻したかったからというのもあったの?」
「それはどうでありんしょうね?」
赤狐姫は妖しく微笑んだ。
「…宴会が落ち着いたら行ってみよう。鬼姫の母親の詳しい容体は知らないけど、きっと、早い方がいいと思う」
「そのことに関しては賛成でありんす。それでは、参りんしょうか」
再び、イザナイの祠へ。
そして、その先の洞窟へ、
赤狐姫と二人で向かうことにした。