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赤狐山(しゃっこやま)の赤狐姫(しゃっこひめ)

勇者の隣を、鬼姫は静かにおとなしく歩いていた。

「…ん、もう少しじゃぞ…」

先ほどまでとはうって変わって大人しく、その足元はふらふらと覚束なくなっていく。

うん、これは間違いない。

「…眠い?」

「…ん。お腹一杯になったから眠いのじゃ…」

目をこすりながらそれでも器用に歩いている。


「おんぶと抱っこ、どっちにする?」

「…ん、抱っこ」

眠すぎるのか妙に素直になっていた。そんな鬼姫を抱きかかえながら歩く。

「…ぐぅ…」

鬼姫はよく寝ていた。よく食べ、よく寝る、実に素直だ。 …しかし時にはそれが難しい。

それにしても、一日に山を三つも登ることになるとは思わなかった。

そろそろ日も傾き始めていた。

…暗くなる前に人里につきたい気もあったが、まあ、それはそれ。

ひとまずはこの山にいる鬼姫の友達に会うことを優先しよう。


その様子を遠くから伺う妖がひとり。

静かに勇者と鬼姫を観察していた。

(人の子が、こんなところまで…一体なんの用でありんしょう)

ん? あちらは鬼さんのところの姫さんやね…それを抱きかかえているのは人間に見えるけども…

もしや誘拐? …ふぅむ、面倒ごとは御免被りたいところ…かと言って、見過ごす訳にもいきんせん…

少し牽制してみることにしんしょうか。


複数ある尻尾の一つが火を帯び、発火する。

それはこの地で狐火、と呼ばれるものだった。


「…ん?」

何やら森の空気が変わった。

…霧? いや…これは…煙?

「いらっしゃいまし」

目の前には小さなお茶屋と店の者と思える女性が一人。 …最初からいた? いや…

「…ぐぅ…すぴ〜」

鬼姫はぐっすり眠っている。

突然現れた店だが…休憩はできそうだ…。

「ようこそおいでなんし。お飲物などはいかがでありんしょうか? お団子などもありんすよ」

「…両方、頂こうかな。よいしょっと」

鬼姫を傍らにそっと寝かせる。まるで起きる気配がない。


「あらまあ随分と、ぐっすり眠っているご様子…それにしても無防備でありんすなぁ…」

「はは、全然起きる気配がないね。とりあえずは一人分を頼めるかな? 起きたらまた頼むと思うから、その時はまた注文よろしくね」

「かしこまりました、少々お待ちを」

…ふぅむ、誘拐、にしては妙でありんすな。しからば…


お茶とお団子を持ってくる。その佇まいはどことなく優雅さを感じさせるものがあった。

「ふぅ、一息ついた…いい香りだし、この団子の甘さ、長く山道を歩いてきた疲れがとれるね」

差し出されたものをためらいもなく飲んで食べる勇者。

その様子を少し訝しんだ目で見ている店の女性。

「…少々不用心ではありんせん?」

「どうして?」

「このような得体の知れない店、そしてわっちのような得体の知れない相手に対して、そのように。まあ自分で言っても仕方ありんせんが」

「この子の知り合いは君のことだろうから。こんなに安心して眠っているし。だったら、信じられるからいいよ」

「…ふぅむ、少々思い違いしていたのかもしれんせんね。貴方のことを聞いてもよろしい?」

女性は何やら頷くと、目を見てまっすぐに問いかける。


「西の大陸からきた勇者…まあ、自分でそう名乗っているだけだけどね」

「…西の勇者はん、ね。それでまたどうしてこの地へ? 西からここへくる人たちはもうだいぶ減ったと思いんすけど」

「呪いについて調べたくて、ああ、そのきっかけは自分にかかっている呪いなんだけどね」

「呪い…まあ確かに、この地は呪いに縁深いところでありんすからねぇ。 …勇者はんの呪い、わっちにとっても少し興味深いでありんすな。少々見てもよろしい?」

「いいよ。それで、君は?」

「ああ、失礼いたしんした。わっちはこの山、赤狐山しゃっこやまの主であり姫でもある赤狐姫しゃっこひめと申します、御察しの通り、そこでぐっすり寝ている鬼姫はんとは顔見知りでありんす。どうぞよろしゅう」

「なるほど、となるとこの辺りは狐と狸の山だったんだね」

「…あの緑狸姫にもお会いになったご様子、まああのは抜けておりましたでしょう?」

「はは、愛嬌があるとも言えるね。たくさんご馳走になったから、助かったよ」

「あの娘が? それで勇者はんの体は平気でありんすか?」

「特になんとも。まあ、ある程度の毒ならすぐ回復するからあまり問題にはならないよ」

「…それはまた興味深い体でありんすなぁ。鬼や妖でもないでしょうに。それは元からそうなので?」

「そういう体質というよりは、そうなった、と言ったほうが正しいと思う。これでも色々な世界を旅しているから」

「ますます興味深いでありんす。それでは少々失礼して」

赤狐姫は複数あるその尻尾を何本か絡みつけてきた。


「…ふぅん、へぇ…これは…」

実に興味深そうに勇者の体を弄る。

「何かわかる?」

少しばかりくすぐったい。それとなんだろう、花の香りがする。

「確かに、貴方の中には何か気配がありんすね。それも一つではなく、複数の気配がありんす」

「やっぱりそれが呪いの正体なのかな?」

「どうでしょう、確かに呪いと近い性質のモノも…でもこれはどちらかというと、そういったものとは程遠い…加護のようなものの方が多くありんすね…特にわっちが気になるのは火の加護…この力は…もしや勇者はんはヒノカミサマの使いか何かでありんしょうか?」

だとしたら自分は随分無礼なことをしたことになってしまいんす…


「ヒノカミ? いや、違うと思うけど」

「そ、そうでありんすか。でも勇者はんの中の力はそれだけ大きなものでありんす。よく個人の中にそのような力が入りんすね?」

「そんな大層なものが自分の中にいるとは…でもまあ、確かに魔法を使う時に体の内部から魔力を練り出していたから…考えてみれば不思議はないのかも。となると今更ながら力を借りていたんだろうか…大いに感謝しないとね」

「…そう簡単に人間個人に力を貸す存在とも思えないんすが…本当に不思議な人間でありんすねぇ。勇者とはそういうものでありんすか?」

「どうかな、それにも色々な形があると思うから、一概には言えないと思うよ」

「…そういうものでありんすか。あぁ、呪いの方でありんすけど、確かにわっちら妖に近い存在が貴方の中に確かにおりますね」

「ああ、やっぱりそういった呪いもいるんだね。エルフの言った通りだ」

「ただ本当に呪い、なのかどうかまでは…人里にいる巫女たちに調べてもらったらいいと思いんす。特に当代の巫女は優秀でありんすから」

「うん、どの道これから人里にも向かうつもりだから」

あたりはすっかり暗くなっていた。

「でも今日はやめておこうかな、もうすっかり暗いしね。どこかに休めるところはないかな?」

「でしたらわっちたちの里へ、里と言ってもわっちたち狐のいる小さな所でありんすが」

「ありがとう。助かるよ」

爆睡して起きる気配の全くない鬼姫を抱きかかえる。

「では、こちらに。今日はもう遅いので、みなへの紹介は明日の朝にいたしんしょう」

勇者たちは狐の里へと向かった。


翌朝、里の狐たちのおもてなしを受けていた。

「食べて〜これも食べて〜」「鬼姫さまだ〜、久しぶりだね〜」「鬼姫ちゃん、大きくなったねぇ」

「うむ美味いな! ぐっすり眠って気分がいいのじゃ! たくさん食べるぞっ。どんどん持ってまいれぇ!」

「ありがとう、いただきます」

魚や肉など、たくさんの料理と歓待でおもてなしをしてくれた。


「それで、これからは人里へ?」

「そうじゃ、さすがにそろそろ人里に向かうとしようかの。火巫女ひみこは元気にやっとるじゃろうか」

「はて、最近はとんと顔を見せにもきんせんし…」

「里の人間たちとは交流があるの?」

「前ほどにはなくなりんしたね。今はそれどころではなくなった、と言った方が正しいかもしれんせん」

「人里で何かあったの?」

「最近、急に呪いが活発化し始めたのでありんすよ。わっちらにとって、呪いは力の元にもなりんすが、あまりにも強すぎると毒にもなりんすから」

「呪いの活発化…具体的に何か起こったりするのかな?」

「この辺りでは今のところ瘴気が溢れるくらいでありんしょうか。わっちらにとってはそこまで影響ありんせんが、それでも人間にとってはかなりの毒になるかと思いんす。里の巫女たちもそれで苦労している様子でありんすね。普通の人間も里には多くおりますので。逐一お祓いの儀を行わなければならないとなると、体への負担も相当でありんしょう」


「呪いの瘴気…霧とか煙みたいなもの?」

「それもありんすけど、異形の形をとって里を襲ってきたりもしているようでありんすね。まだ里自体は巫女たちによって何ともないでしょうけど、わっちらはわっちらで呪いを鎮めて対応しておりますけども、実際に戦っている巫女たちは、だいぶ苦労しているように見えるでありんす」

「呪いの魔物みたいなものが襲ってくるってことか」

「ええ。この地そのものが呪いによって成り立っておりますので、ある程度は仕方なしかと。ただ、それにしても最近はあまりにも溢れてきているので…その対策はいずれ必要でありんしょう」

「この地そのものが呪われているの?」

「ええ、この大地の奥底にはかつての戦で敗れ去ったモノの呪いが残されていると言われているでありんす」

「…それが今活発化しているのか。でも、どうして今になって?」

「それはわっちらにも検討がつかないでありんすね。単純にもともとあったものが溢れ出してきているだけかもしれんせん。里の巫女たちでは抑えきれなくなったというだけかもしれんせんね。力不足だとは思いんせんが、それともわっちらが気づかなかっただけで、何かそうなるきっかけでもあったのかもしれんせん」

「そんな状況が続いているのか…」


「いずれ無理が祟りんしょう。特に、当代の姫巫女である火巫女ひみこは今までよりも負担が大きいでありんしょうし。なまじ力があるゆえ、わっちたちにも何も言ってきませんしねぇ。意地っ張りなのは今も昔も変わりんせんね」

「その言い方だと、赤狐姫は人間と協力したくない、というわけではないんだよね?」

「…それはまあ、この地に同じく生きるモノとして、それにわっちらは互いに仲違いをしているわけではありんせんし」

「何じゃ何じゃ、さっきから難しい話をしておるのう! 儂だっていざとなったら力を貸してやるぞ。儂は強いのでなっ! 百人力以上じゃ! がっはっは、その時は緑狸姫の奴も呼ばんとな! 懐かしいのう。儂たち三人が力を貸せば千人力は超えるぞっ!!」


「人里へ行こう。やっぱり一度見ておきたい。その呪いも気になるし」

「ふむ、もとより行くつもりじゃ。腹ごしらえもすんだことだし、いざ、人間たちのいる里、火の巫女たちの里へ向かうとしようぞっ! それにしても火巫女ひみこに会うのは久しぶりじゃのう」

「それじゃあ、赤狐姫、ごちそうさま。みんなも、お世話になったね」

「お気をつけて、当代の火巫女ひみこにもよろしく伝えておくんなんし。 …無理は体に毒だとも。それと、わっち、わっちたちはあの頃と何も変わっていないとも」

狐たちの里を後に、人間たちの里へと向かう。


火の巫女たちのいる、火巫女ひみこの里へ。

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