緑狸山(ろくりやま)の緑狸姫(ろくりひめ)
あれから鬼姫とともに、旅を続けていた。
「わぁ〜、でっけぇ蝶がいるぞ! おお、あっちにはイモリじゃ!! 捕まえて食うか?」
「今はお腹空いていないから良いよ」
「そうか? 焼くとうまいんじゃぞ? 今度お主にも食わしてやるからの!」
「…楽しみにしてる」
全くもって落ち着きがない。これだけ自由に動き回るとなると、世話をしていた鬼たちはさぞ大変なことだったろう。
でもまあ、このぐらいの子供ならそれは当然のことでもあるのか。
人間と同じ齢であればの話だけど。
「そろそろ山の麓につきそうだ…でも、すぐ近くにまだ山が見えるね。どれもみんな大きい山だね」
「ふふん、この辺りで一番大きいのは儂たちの山じゃぞ。でもまあ、彼奴等の山もなかなかのものではあるな」
「知り合い?」
「まあの。みな知らん仲ではないな。そうだ! せっかくじゃし、儂の友達を紹介しようではないか! どうだ?」
「友達、か。うん、そうだね。この地で知り合いが増えるのは頼もしいから…でも先に人里に行ったほうが」
「人里は逃げんぞ! せっかくじゃから、な? な?」
「そこまで言うならその友達に会いに行こうか」
「儂に任せるが良いのじゃ! ふっふっふ、儂の新しい家来を自慢してやるぞ。ええっと、あっちの山じゃな!」
「山を降りたと思ったらまた山に登るのか。まあ、行くといったからには行くとしようか」
「それじゃあ出発じゃ〜!」
…それにしても元気だな。さすがは鬼、と言ったところなんだろうか。
「この山も随分と大きいなぁ…緑がたくさんあるし…山菜や木ノ実、キノコなんかもたくさん生えている。豊かな山だね」
「うむ、腹が減った時はこっちの山に来た方がいいのじゃ! もう一個の方はうるさくての」
「うるさい?」
「うむ、そうなのじゃ、あっちは色々細かくての。だからまずはここの…お、噂をすればじゃな。あれを見るがいい」
「…ん〜、何だろう、あれ、誰か倒れているね…」
女性? らしき姿の人間が道半ばで倒れている。
「きっと寝ているんじゃろ。ほら行くぞ」
「あんな道のど真ん中で堂々と眠る? 大丈夫なのかな」
確かに道の真ん中で一人の女性らしき人物が寝ている。
「…ぐぅ…すぴぃ…」
「…本当に寝ているね。しかし、この子がその知り合い?」
「そうじゃ。おい! 起きろ!!」
「…んぅ…んぁ?! あれ?! 寝入りの練習してたのに、姫本当に寝てた? 嘘!? やだ、無防備」
慌てて起きだす自称姫と言う女性。
「全く、相変わらずじゃな。まだうまくできんのか? 狸寝入り」
「えへへ。あれ、鬼姫ちゃんじゃない。他の鬼さんは一緒じゃないの? 珍しいねぇ。そっちのお兄さんは? …鬼じゃないよね。人間?」
そう言うその女性の姿は人間に見えていても、頭には狸の耳、後ろには尻尾も見えていた。
「多分人間じゃ。そして儂の一番家来でもあるぞ」
「えぇ、鬼姫ちゃん人間を一番の家来にしたの? うっそぉ。確かあれ、切り裂きだかなんかのあだ名の鬼さんじゃなかったっけ?」
「細切れじゃ。彼奴はわんらんく降格したのじゃ。そして今は此奴が一番なのじゃ」
「…へぇ…でも、そうするとそこのお兄さんはあの細切れさんよりも強いってコト? えぇ、信じられない、腕も体だって細切れさんたちの方が倍ぐらいはあるのに…」
「うむ、それは間違いないのう。儂の精鋭二人を相手取って難なく撃退するくらいには強いのじゃぞ」
「ひぇえぇ。怖い。食べられちゃう。あ、もしかしてそのために二人でここに? やだぁ…」
「なんでじゃよ?! お前なんぞ食うわけなかろう!!」
「う、うっそだぁ。姫、知ってるんだから。人間は狸を鍋にして食べるって」
「…本当かの?」
「どうだろう、自分は食べたことはないけど…美味しいのかな?」
「ひぇえぇ。それを姫に聞いてくるあたり、やっぱり人間は怖いっ! わぁ…」
「泣くでないっ!! 全く、お主もお主じゃぞ」
「…ごめん、なんか可愛くて」
「ふぇっ?! そ、そんな…いくらその通りでも、可愛いなんて…もう…姫…そんなこと言われちゃうと…」
「チョロすぎじゃろ、まあ今はそんな話をしに来たわけではないのじゃ」
「ああ、友達に会いに来たんだったね。それで、その友達には会えたわけだけど、ええっと、君は」
「はい、姫はこの緑狸山に住む狸たちの姫で、緑狸姫って言います。えっと」
「此奴は西の大陸から来た勇者じゃな」
「よろしくね、緑狸姫」
「は、はい。よ、よろしくお願いしますね。そ、そのぉ、それで、いったいこの山に何のご用があるんです?」
「腹が減ったのでの。人里に向かう前に腹ごしらえにきたのじゃ」
「ひ、ひぇえぇ…やっぱりぃ…姫、食べられちゃうんだぁ…わぁ…」
泣いてしまった。もちろん嘘泣きである。
「はい、木の実とキノコのフルコースです。大丈夫、毒は無いですからね。ええ、安心安全。パクパク食べちゃって大丈夫ですよ」
「儂は多少あっても構わんぞ、うむ、うまいうまい。やっぱりこの山の幸は美味いのじゃ!!」
「へぇ、美味しいものだ。山菜もキノコもみずみずしいし…どれも西では見たことがないけどね」
「…大丈夫ですかぁ?」
「何がじゃ? うまいうまい、もっとくれ」
鬼姫はかまわずバクバク食べている。遠慮というものがまるでない喰いっぷりだった。
「本当にどれも西の大陸では見たことないな…でも美味しいね。ありがとう緑理姫」
勇者もまた普通に食べていた。
「…は、あはは。はいぃ。姫も喜んでもらえて嬉しいです…」
これだから鬼は…耐毒持ちは…まあ、多少痺れる程度ですけども。
狸の姫はそれなりに古狸だった。
「それで二人はこれから人里へ行くの?」
「そうじゃの、まあ、その前に、もう一個の山にも行っておくかの」
「えぇ、あそこに行くのぉ。やめたほうがいいよぉ。化かされて食べられちゃうよ?」
「誰が! それに此奴にも紹介しておいた方がいいじゃろ」
「そうかなぁ? 会わなくってもいいと姫は思うなぁ。可愛さも姫で十分じゃない?」
「もう一つの山にはどんな人物がいるの?」
「えぇ、ううん、嫌味ったらしくてぇ、細かくてぇ、変化が得意でちょっと美人だからって鼻持ちならない妖かなぁ。あとケチ、基本的にすごいケチでぇ、やっぱり色々細かくってぇ、煩い感じのぉ」
「割とボロクソに言うのう。古い知り合いじゃろうが」
「緑狸姫とは仲があまり良くないの?」
「いや、そんなことはないのう。仲良しではないじゃろうが」
「いやいや、良い訳ないよぉ。いっつも姫のことバカにしてくるんだから。この前だってうまく人間に化けられなかったことを指摘されたし。それに最近はすごくピリピリしてて、いつも怖いんだもん」
「指摘されたって、その耳と尻尾のこと?」
「ふぇっ! あれ!! 出てた!! てへへ、また失敗しちゃってた」
「…変化の甘さを指摘してくれてるだけじゃろ」
「むむむ、でも言い方ってあると思うな、姫。まあ、見てて、すぐ完璧な変化を見せてあげるから」
手に取った葉っぱを頭にのせ、後ろに向けて宙返り…
「ぶべッ」
顔面から地面に落ちていた。
「…なぜできないのにしようとするんじゃ? 普通に変化すれば良いじゃろ」
「…だって、こうやった方がかっこいいんだもん」
「…はい、これで鼻血を拭いたらいいよ」
道具袋に入っていた布を渡す。
「…トクンッ」
「…何を口走ってるんじゃ此奴は…」
「勇者さん、ありがとう。後で、ちゃんと洗って返すね…」
古狸はその高そうな布をそっと懐へしまった。
「それじゃあ、もう一個の山、赤狐山へ向かうとしようかの」
「…姫はこの山で待ってる。また、きてね? お土産、待ってるね?」
「…」
いざ、赤狐山へ。




