勇者の呪い
エルフは勇者に詰め寄っていた。
「…それじゃあ、何も覚えていないのかい?」
「うん、そうだね…エルフの言うことは…懐かしい、気もする…ような? …ごめん、やっぱり、思い出せない」
「…そう。まあでも、言って見ればあの時のエルフは、厳密には今の私じゃないんだろうけど…でも、あの洞窟でその記憶に触れた時、その記憶の中の勇者は君にそっくりだったんだよね。本当に、瓜二つだったから…他人にしては、あまりにも似過ぎているし…」
「…う〜ん、そうだったのかもしれないけど、でも、思い出せないんだよね…自分の記憶では、空の宿屋で目覚めたことが最初だったから」
「…そういえば、宿って言えば、君、随分と魔族と懇意にしているらしいね?」
エルフの態度が少し変わった。ジト目でさらに詰め寄ってくる。
「懇意というか、まあ、頼みごとをされたり、こちらからも頼みごとをすることがあったくらいで…」
「あの夢魔と、随分と、それはもう随分と親しげじゃないかな? …一緒に寝たとか? 本当かい?」
「…少し語弊がある気がするけど、夢の中に入ってもらうことを頼んだんだよ」
「ああ、寝たって、本当にそのままの意味だったのかい…早合点してしまうところだったよ。あいつ、ワザと言ったね…まあいい、でも覚えておいてよ? 魔女って…嫉妬深くて執念深いんだからね? それでなくても、勘違いして騒ぎ立てるような子が君の身近には結構いると思うから、紛らわしいことは控えたほうがいいよ?」
「…うん、覚えておくよ」
「それで、君の夢、結局何か見つかったのかい?」
「いや、結局は…ぐっすり眠れはしたけど、特には、ね」
「ふぅん…それにしても、何か体に不調でも感じるのかい? そもそもそんなことを頼むということは、何か違和感があったのだろう?」
「違和感というほどでもないし、それこそ特に問題はないんだけど。 …まあ、記憶が曖昧なのもそうだけど、この世界にきた理由を考えて見たり、改めて自分のことを考えてみて、ね」
「確かに君は不思議だらけなところがあるからねぇ。そもそもその膨大な魔力もそうだし。明らかに個人の量じゃないんだよね。君が数多くの戦いを重ねて、世界を渡り歩いたのだとしても。だって年数でいえば私の方が長く生きていると思えるんだけどね、それでも君のその魔力量には及びもつかないからね。もしかして君って実はものすごい長い時を生きていたりするのかな?」
「いや、それはどうだろう…でも魔力に関しては特に何も考えなかったなぁ」
「一度体を詳しく調べた方がいいんじゃないかな?」
「…詳しく、ね。でも…アナライズか何かの魔法を使ってもらうくらいしか思いつかないけど」
「それこそちゃんとした設備で、詳しくアナライズしてみたらどう? 何もしないよりはいいと思うけど」
「エルフはできる?」
「アナライズ自体はできるけど、より詳細に、となったら場所を変えた方がいいね。そうだね、この前は行きそびれたから、エルフの国で、設備を借りてみるのはどうかな?」
「…そうだね、そうしてみようか」
「決まりだね。それじゃあ、早速出発しよう…今回は直行で行こうか」
「わかった」
エルフの国
「ずっと森にこもっていて呼んでもこようとしなかったというのに…」
見知らぬ異性を連れてやってきた懐かしい妹の姿を確認する。
…隣の男性は誰だろうか? …尋常ならざる魔力を感じるが…人間だろうか?
「お姉ちゃ、あ、いえ、姉さ、女王様。お久しぶりです。少しここの設備を借りたいのですけど、構いませんか?」
「…構いません。久しぶりに顔を見せてくれて嬉しいです。元気そうですね? それと、今は誰もいませんし、姉で構いませんよ」
「…はい、それでしたら…姉さんも元気そうで何よりです」
「そちらの男性とは、随分と、親しげですね?」
距離が近い。ただの仲間、という雰囲気でもない。
「初めまして、女王陛下。 …えっと、勇者です」
「…へぇ、勇者…噂は聞いています。あの魔王と戦って勝利した、とか…その他にも、それらが本当であれば、その力は脅威なのですが、勇者であれば、心配する必要はありませんよね?」
「姉さん、大丈夫、心配する必要は何もありませんから」
「…あなたがそう言うのであれば、信じましょう。それで、設備を借りたいのですね? 人手はいりますか?」
「そうですね、アナライズの魔法に長けているエルフを、協力者としてお借りできたら助かります」
「…いいでしょう、あとで向かわせます。二人っきりと言うのもどうかと思いますからね」
「…そんな心配はいらないですよ」
「…本当でしょうかね」
それは女王との会話、と言うよりは、姉妹の会話のように思えた。
「じゃあ、早速、始めようかな」
「このまま横になっていればいい?」
「うん、そのままでいいよ」
アナライズの魔法を展開する。
魔法陣によってさらに強化されていく。
勇者の内部を丸裸にしていく…
「…驚いたね、やっぱり魔力量がおかしいよ、多分、いや、もしかすると、この世界にある魔素の量を超えているんじゃないかな? …君が渡り歩いた世界それぞれで、その世界の魔素を吸収していったとでも言うのかな…いや、なるほど、でも…確かにそれなら頷けなくもないけど…でも、吸収だけでここまで貯められるものなのかな…」
「…」
「…ん? この反応…これ、なにかな?」
「魔族の魔力に…近くありませんか?」
「そうだね、魔族、あるいは悪魔…に近いね…でもそれがこんなに深部にどうして?」
「呪いのようなものかも知れません。悪魔に呪われた人物に反応が似ています」
「…呪い、か。でもこれ、解ける?」
「…どうでしょうか…あまりにも深いところですし、これだけ張り巡らされているとなると…かなり高位の聖職者か…あるいは…それに近い者であれば…」
「聖職者、か…今ここにいるかな?」
「…それだけの高位な聖職者となると…ここにはいませんね。あるいは祈祷師あたりでも可能でしょうけれど…どちらにしても私たちの国には今はいませんね」
「…何か見つかった?」
「…君、呪われているね。 …いや、かも知れない、と言った方が今は正しいかな」
「呪い? …そういったものは自動回復で治ると思っていたけど…」
「ああ、君の体に備わっている特殊スキルね。体力と魔力の自動回復だけじゃなくて、状態異常も回復していたのかい?」
「確かそのはずなんだけど…」
「…となると、君がそれを呪いだと思っていない可能性もあるけど、心当たりは何かあるかい?」
「…う〜ん、無い、と思う」
「それだと話は難しくなるね。果たして解いていいものなのかもわからなくなるし…かなり深いところに、それも広範囲に、相当昔からある呪いだよきっと」
「…いつから呪われていたんだろう…思い当たらないなぁ…覚えていないだけなのかも知れないけど」
「実際呪いなんてのはいつどこでもらうかわかったものじゃ無いけどね。ちょっとしたことでも呪われたりするから。装備品とかでも」
「それ以外は特に何もなかったのかな?」
「うん、ひとまずは何も見つからなかったね。君の膨大な魔力量を可視化してその異常具合が改めてわかったくらいかな」
「…そう」
「呪いとはまた別になるけど、君って何か精霊とかに祝福されていたりするのかな? 例えば火とか氷、雷だから光の、ね」
「どうだろう…」
「この世界とは違う世界で、そういった存在に何かしらの力を授かった可能性はありそうだね、そのくらいじゃないと、君の魔力は説明できそうにないから。それくらい異常な質だから」
「…そうなのか…」
「まあ、呪いについて何か調べるなら…そうだねぇ、東の国、になるかな。優れた祈禱師がいると言う話を聞いたことがあるよ」
「…祈祷師」
「うん、確か…優れた巫女としても有名だったような…降霊術なんかもできるって噂がある。まあ、実際に行ってみないことにはわからないけど。どうする?」
「…そうだね、一度、行ってみよう」
優れた祈祷師、巫女のいる東の地へ。




