時と光
老人の向けた、その剣先から放たれた光にクロノが気づいた時、視界がとらえた時…
その剣光はすでに胸に到達していた。
動く間も無く、動き出す暇さえ無かった。
しかし仮に、たとえ…その光が接触する前に、自らの力で時を止めたとしても…結果は同じだっただろう。
老人と同様、その放たれた光は今のクロノ自身の持つ力では止めることができなかったのだから。
場外に吹き飛ばされたクロノは立ち上がる。
「…っ」
鈍く痛む胸を手で抑え、傷を確認する。
剣先から伸びた光が触れた、が…切れては、いない。
何も、突き刺さったわけではないようだ。
まあ、貫かれていたらそれで終わりだったが…
老人は悪しきものを断つ光の剣、と言っていた。
つまり自分は、断たれる側ではなかったと言うこと。 …まあ、そりゃそうだ。
漠然とした納得感と安堵感を抱く。
しかし、
「…痛ってぇ」
とは言え、痛い。ものすごく…痛い。
「………」
クロノは胸に受けた光の感触に既視感があった。
その、感触。それも…ついさっき。
経験を反芻する、時の中に残る経験を繰り返し分析した。
一度で十分、後は経験を、自分の中で積み重ねていけばいい。
分析と解析はそれで、事足りる。
「…ああ」
僅かな時間の中で、一度の経験から導き出した答え、
爺さんを殴った時の、拳の…感触。体に触れた時のその感触。
それが爺さんの身に纏う光の力…そのもの。
おそらくはそれが、全ての正体。
「…光の勇者、ね。 …そう考えりゃ、割とそのまんまの名前なんだなぁ」
「ほう? 何か気付いたのかの?」
「光で、覆ってんだろ? 自分の体自体を。膜、みてぇにしてよ」
「…ほほぉ」
「で、それが俺の力を弾いたんだな。 …魔法を通さない障壁、ってところか? どの程度の強度があるかまではわからねぇが。それだと状態異常なんかも無駄っぽそうだな」
まあそれは、どの道自分にはあまり関係ないが。
「わしを取り巻いとる光の粒子…光子が極細の障壁となってあらゆる魔法を弾くんじゃよ、まあ言ってみればバリヤーみたいなもんじゃ、光のバリヤーじゃな。格好いいじゃろ? 光壁」
「子供かよ。で、それが光の加護、ってやつか」
「ほっほっほ。攻守にも長けた応用の効く力じゃよ。お主もその体に受けて、切れんとはいえ、なかなかに効いたじゃろ?」
「…まぁな」
口内には今もまだ鉄の味が広がっている。
先の衝撃によってどこかしら内臓にもダメージを負ったのだろう。
「どうじゃ? 降参、するかの? 経験の差は歴然じゃぞ?」
「…冗談だろ? それに、俺が経験積むのはこれからだ、すぐに追いついて、追い越してやるよ」
血の混じった唾を吐く。
「良き良き。 …じゃが、後手に回らざるをえん状況は変わらん。このままじゃとわしの良いサンドバッグじゃぞ。ま、わしにそんな趣味はないがの」
再び老人は剣先を向けて構える。
「言葉と行動が伴ってねぇよ」
クロノは思考を加速させた。
脳内を、意識を加速し、視界と意識の…
時を跳躍させる。
「そうそう、同じ手は食わねぇ」
光の剣が伸びる前に、動きを加速させ、時を飛んだ。
クロノの姿は一所に留まらない。
「ほほう、高速に動き続けて狙いを絞らせない気かの? しかし何も、直線ばかりではないぞ」
剣先から放たれた光の一部が屈折し、クロノを追随した。
「それから、一本とも限らん」
さらに光が無数に枝分かれる。
しかし…
その全てがクロノには当たらない。
光が向かった先に、もうすでにその姿は無い。
無数の光の剣線であってもクロノの姿は捉えられない。
「ほうっ!!」
…先読みかの? …不規則な光の屈折の先を読んで…いや、違うの。
とても間に合うとは思えん。
これだけの精度での移動…実際に視えて、いるんじゃな。
…未来が視えとる。
「…未来視か」
クロノは自らの視界と意識を時間の先へ跳躍させることで未来の映像を視ていた。
意識上の未来視を実現していた。
さらに体はそれとは別の時間を跳躍している。
意識と肉体で別々に、力を使い分けている。
「…器用なものじゃ、己の能力を、よく扱えとるな」
…しかし、長くもつとは思えん。
それだけの力を、ましてや連続使用…集中力と負担は、少なくなかろうて。
老人の考え、それは事実だった。
次第にその体への負担が現実なものとなって、クロノの身に現れ出した。
跳躍し続けるクロノの目は充血し、額には脂汗が、滲みでている。
その力を自在に扱うには、練度も経験も、まだまだ不足していた。
意識と視界、そして体。別々に高精度の力を発動させ続けなくてはならない。
激しく動きながらの能力の使用はクロノの魔力を、その力を確実に削いでいく…
「いつまで続けられるかのう」
無数の光が枝分かれし、四方八方からクロノを狙う。
たとえ先が見えていたとしても対応するのが困難なほどに、光撃がより細かく、広く、そして激化した。
…しかし、それでも。
その光の網目を縫うように、クロノは全てを掻い潜る。
体への負担は並大抵ではない、それは額から流れる汗と充血して赤く染まった目が物語っている。
「…ハッ」
しかしクロノは不敵な笑みを見せた。
今までないほどの、力の連続使用であるにもかかわらず、体への負担を感じながらも、
自らの持つ力の…時の持つ可能性に触れることの喜びの方が勝った。
己の能力のさらなる成長の兆しをその身に感じ、クロノは昂ぶり、飛ぶ。
老人の光撃を掻い潜った先にある、自身の好機を、掴むために。
飛び続けた。
たどり着いたその先は…
クロノの間合い。
「掻い潜ってなおかつ、ここまで来るとはの」
「…攻撃してばかりじゃ、退屈だろ?」
「いや何、ずっとわしの光撃で構わんぞ」
老人はすぐさま光の速度で回避、離脱するもその先にはすでに…
クロノが待ち、そして…構えていた。
「ぶちかますぜ」
光の障壁にクロノの拳が突き刺さる。
「むぅ!」
拳の衝撃によってその身を浮かせるも、その表情は全く変わらない。
苦悶の表情は全く見えず、光の障壁は破れない。
クロノは己を加速する。
「…ここから先は、ゴリ押しだ!」
加速。
拳を繰り出す速度を加速した。
自身の時を、過去と未来に、重ねて飛ばす。
一秒よりもはるかに短い、その時の中を…クロノは飛び続けた。
一撃、二、三四五…
人間の反応速度、認識時間を遥か彼方に置き去って、猛烈な拳が舞う。
陽炎となったクロノの周囲には嵐が、巻き起こる。
「むぉっ?!」
身を浮かせたその僅かな時間…その刹那の時の間に、
拳の衝撃が一点に集中して重なり乗算した。
クロノの拳が時を飛ぶ、
同じ時に同じ場所に同じ一撃、数限りなく放たれた無限の拳の嵐が、
刹那の時に積み重ねられた拳の一撃がついには物理を、物の道理を、
飛び、超えた。
「らぁッ!!」
乾燥した爆発音とクロノの雄叫び、それと同時に老人の姿が遥か上空へと吹き飛んだ。
攻撃の動きを止め、吹き飛んでいく老人の姿を肩で息をしながらクロノは眺める。
「…手応え、あったぜ」
ダラダラと流れる額の汗、真っ赤に染まった瞳。
それでも、疲労を感じさせないほどに明快な笑顔で、そう言った。
「…がっはァ」
老人の口から赤い飛沫が見える。
刹那の拳が、老人の、その生身に届いた。
口元を血で濡らしながら、地上に降り立つ。
袖口で口元を拭い、一呼吸おく。
「…いやはや。これだけの痛手を負うのは久しいの。 …年寄りを労わらんかい」
「どの口が言ってんだ」
「わしの持つ光を、威力でもって強引にぶち抜くとはの。 …考えたところで実際にそれをできる者はそうおらん。今となっては、益々おらんかったものじゃが。ま、それは昔も今も大して変わらんがのう。天晴れと言っておこうかの」
「…爺さん。今でも全然現役だろ、その強さ」
「まあ、今でもちょいちょい冒険にはでとるでな。やることはあるのでの。何せ、この世から魔が消えることは無い、今のところ」
「…今も討伐してんのかよ。元気な爺さんだ」
「そりゃ、根っからの勇者じゃしな、わし。魔を見つけると打ち滅ぼしたくなる性分なんじゃよ。勇者としての本能じゃな」
「…物騒な爺さんだぜ」
「心外じゃのう。お主らとて、勇者はそうであろう? まさか、悪しき者に肩入れでもしとるのか? それは流石に目溢しできんぞ? わしとしては」
「…ねぇよ。肩入れなんざ別にしてねぇよ」
「うむ、それならヨシ。立派な勇者違反じゃからな、それ」
「何だそれ、聞いたこともねぇ」
「だから勇者としての本分と言っておろうが。これだから若いモンは…」
「…年寄り臭ぇ」
「まあこの見たままに年寄りじゃからな。 …さて、それじゃ続きと、」
突然老人の懐から警報音が鳴る。
「何じゃ?」
続いて音声が鳴った。
ー 魔を感知しました。早急に対応にあたってください ー
「魔?」
クロノが初めて聞く警報を訝しがっていると、観客席から老人のもとへ、老婆が降りてくる。
「…おじいさん。お仕事ですよ。警備担当としての、ね」
杖を手にしたその老婆からも同じ警報と音声が聞こえてきた。
「ふむ、直接、わしらにか。となるとこの警報はそう言うことじゃな? で、場所はわかっとるのか?」
「当然ですよ。すぐ向かいましょう」
「と、言うわけじゃ、すまんの。警備の仕事が入ったわ。まず何よりも、取り急ぎ侵入した魔を討たねばならないのでな。場合によっては避難も考えんとならんし。まあそれは他の警備に任せて良いか」
ぞろぞろと、少し遅れて他の警備員たちも集まってくる。
「ええ、私たちにお任せください。レックス様たちは迅速な対応をお願いいたします」
警備兵の一人が老人に言い、他の警備兵たちは審判や観客たちに指示を出しに向かった。
「すぐ、飛べるかの?」
「ええ」
阿吽の呼吸で二人は飛んだ。
「…行っちまいやがった」
「クロノ様、申し訳ありませんが試合は中止です」
「またここに、侵入したヤツがいんのか? どんなやつだ?」
「いえ、私どもはまだ…ですが、場所だけはわかっています」
「どこだ?」
「白黒勇者様のお部屋です」
「あん?」
クロノは耳を疑って再び問いかけた。
「白黒勇者様のお部屋の中に、魔を感知した模様です」
「…それって、アイツの仲間じゃねぇの? 何か、随分と色んな仲間がいるみてぇだったしよ」
「そこまでは私どもも把握しておりませんので…何とも」
「…正式に身内登録されてるアイツの仲間だったらどうすんだ? あの爺さんたち、知ってんのか?」
「それは…どう、でしょうね。身内として登録されているのであれば、問題はないと、思われますが…なにぶん警戒のレベルが随分と引き上げられまして…それと、どうやら本人もお戻りになられれたようですね」
「…本人? アイツ、戻ってきたのか?」
「そのようです。ですが、魔の気配を伴っているようでして…」
「それこそアイツの仲間だろうが。何の問題もねぇだろうよ」
「…ですが、新たに設けられた規則、でして…私どもとしても、何とも…」
曖昧な警備兵の言葉を聞き、クロノはその場を後に、白黒勇者の部屋へと向かうことにした。




