追伸 バカになった吸血姫たち
魔王城の一室にて
魔王はもう一度確認をする。
「病に伏せっている、だと? …我の妹である吸血姫が?」
黒いローブを着た魔王の側近のひとりである夢魔は答える。
「はい〜。吸血姫様の侍女でもある吸血鬼からの連絡です〜。どうも、ある時を境に、寝室でずっと伏せっているようですねぇ。それから顔は紅潮しているとか、小刻みに震える時もあるとか、じたばたしたりとかぁ…とにかく、随分と様子がおかしいとのことですね〜」
「…我が今すぐにでも見舞い、確認に行きたいところだが…」
「魔王様はまだ仕事がたくさん残っていますから、私が行ってきますよ〜。それでも構いませんかぁ?」
…ついでに寄りたいところもありますしぃ。
「…うむ、そうだな、頼んだぞ。我にできることがありそうならすぐに教えてくれ」
「お任せください〜」
夢魔は嬉々として小竜にまたがり、吸血姫のいる城へ向かう、
かと思いきや、とある町に舵をきっていた。
「ようやく、ようやくですぅ」
あれ以来の、久しぶりの逢瀬、(ではない)にその胸は高鳴っていた。
報告からすると、この時間はおそらく…
夢魔は町から少し離れた草原に向かった。
町外れ 草原
最近の日課となっていた素振りを終え、一汗かく姿が見えた。
「こんにちは〜、お元気でしたかぁ?」
小竜が大地に立つ。恭しく頭を下げて挨拶をする。
「確か魔王の側近の一人、だったよね? 確か夢魔だったかな」
「はい〜、覚えていてくれて嬉しいですぅ。私もとっても会いたかったんですよ〜? あれから私の方は忙しくなって、あの子ばっかりずるいですぅ」
「元気そうだね、魔王たちも元気でいるのかな?」
「はい〜。魔王様たちは元気ですよぉ。ただ、ちょっと心配事もありまして〜…できたら協力してもらいたいんですけどぉ。お時間大丈夫ですか〜?」
チラチラと遠慮がちに目配せをする。
「ああ、うん、時間なら大丈夫。丁度日課も終わったし、あとは宿に戻るだけだったからね」
「それは何よりです〜」
ここ最近の日々の報告、情報通りです〜。
「それで、どんな要件があるのか聞かせてもらっていいかな」
「はいぃ、私と一緒にあるところへ行ってもらいたいんですけど〜。場所はですねぇ、ちょぉっと、遠いかもですけれど、この小竜に二人で乗っていけばすぐですから〜、吸血姫様のお城なんですけどぉ」
「吸血姫というと、確か魔王の妹だったよね」
「そうですそうです〜。実はですね〜、吸血姫様が病に倒れたみたいで〜。お見舞いに行こうとしていたんですよぉ。それで、あなたもご一緒にどうかな〜って」
小首をかしげる仕草を可愛らしく加える。
「へぇ、病…吸血姫、というか、魔族でも病気になったりするんだね」
「基本的にはなりませんね〜。特殊な祈り、まあそれが私たちにとっては呪いになるんですけどぉ、それで不調をきたしたりすることはありますけどぉ、いわゆる人間たちで言う病気、みたいなものはまずかからないです〜結構頑丈なのでぇ」
「それであるのに、病に伏せっているのか…それは確かに、魔王も心配しているだろうね」
「はい〜、なのでなので、一緒に行きましょう〜?」
「そう、だね。でも今、少しだけど汗をかいたから、水でも浴びてきてからに」
「そのままがいいですぅ、あ、いえ、そのままで構いません〜、さあさあ、どうぞどうぞ、遠慮せずにぃ、私につかまってください〜」
そういうと夢魔は強引に勇者の手を引き、自身の前に座らせた。そして自身の体を密着させる。
「後ろの方がいいんじゃないかな? これだと、小竜を操り難くない?」
「何も問題ないですぅ〜。すんすん。それでは、参りましょ〜」
夢魔は勇者に密接しながら器用に小竜を操り、飛び立つ。
小竜にしては以前と比べても飛ぶ速さがゆっくりしているような…個体差があるのかもしれない…
小竜は夢魔にうまく操られていた(空気を読まされていた)だけでもあった。
北の果て 吸血姫の城
「吸血姫様、お身体の具合はいかがでしょうか?」
「…なんともないわよ、大げさね。少し、少しだけ顔が熱くなったり、心臓、(そんなものはない)の鼓動が早まるだけよ。まあ、今もまだ、胸がちょっと、苦しいくらいね、このぐらい、別に大したこと…」
とある顔がちらつくと、吸血姫の顔が少し歪む。
「無理はしないでください、まだ横になっていたほうが良いかと…ああ、そういえば、魔王様側近の夢魔様がみえるそうです。お見舞いにくるとのことでした」
「えっ、それならなおさら横になんてなっていられないじゃない。あんまりお姉様に心配かけたくないし…」
「私たちが出迎えますので、せめて、それまでは横になっていてください」
「…まあ、そうね。今はそうさせてもらうわ。来たら教えてちょうだいね」
「かしこまりました。それでは、失礼します」
吸血鬼の侍女がその場から立ち去る。
「…」
はぁ、でも、一体なんだっていうのかしら。別に…なんてことない。
ただ、あいつのことを考えると…
また鼓動が高まっていく。体温も上昇していく。動機が収まらない。
明らかにこの体は不調をきたしている。今だかつてないほどに。
「…なんだっていうのよ、全くもう…」
ベットに横たわり、枕に顔を埋める。目を閉じると浮かぶのはあの勇者の顔だった。
「はあ、そろそろ着きますねぇ。ふぅ、はぁ。それじゃあ、降りる準備をしましょうか〜」
「…そうだね。ひどい病ではないといいけど」
夢魔は名残惜しそうにようやく勇者から離れる。
「ようこそ、夢魔様。はて、そちらの方は…」
出迎えるために近づいくる侍女の一人。
「ああ、ええ。魔王様の知人であり、魔王様曰く宿敵であり、私の知人でもあり友人でもある、勇者様にも来ていただきました〜。構いませんよねぇ?」
「それはそれは…わざわざありがとうございます。勇者様…も…っ」
侍女は戦慄する。
その存在がもつ魔力に。
それが持つ芳しき芳香に。
「くぅ…あ、いえ、なんでも…ありま…」
「大丈夫ですか〜、もしかして吸血姫様の病がうつったとかですぅ?」
「そ、そのような、ことは…」
「大丈夫かな」
勇者が近づく。
「はぁん」
侍女は悶える。
その様子を心配して勇者はさらに近づく。
「様子がおかしいけど、もしかして体調が優れないんじゃないかな」
「あ、い、いえ、その、んぅ。にゃん、でも」
「顔も紅潮してきているし、熱もあるように見えるけど…」
手を伸ばす勇者。
「ふギィ」
妙な声を出す侍女。
「だ、大丈夫?」
「んぁ。ひゃい。らいじょうぶでひゅ」
その頬は紅潮し目線がおかしい。目の中でピンク色の何かが渦巻いているかのようだった。
「…これ、魅了にかかっちゃってますねぇ。間違いないです〜」
「魅了? しかしどうしてまたそんなことになっているんだ?」
あなたのせいです〜、とはとりあえず言わないでおきましょうかぁ。
「はいはい〜、私が支えて行きますね〜、ひとまずは中に参りましょうかぁ」
魅了に高い耐性のある吸血鬼が魅了にかかってどうするんですかぁ。
「しゅみません…」
侍女の足は千鳥足だった。
扉を開け、城内に。
その中では侍女たちがそれぞれ恭しく待ち構えていた。
「「「夢魔様、いらっしゃいませ」」」
「はい〜、ちょっとこの子、頼みますよ〜。はいはい〜、勇者様も〜」
「あ、ああ。はじめまして、今日は」
挨拶する前に異変が訪れる。
「「「はぁん」」」」
みんな腰が砕けたかのようにその場にへたり込んだ。
「…あらら〜、この子がそうなっちゃったくらいですしぃ、まあ、そうなりますよね〜。気にせず吸血姫様のところへ行きましょうかぁ?」
「…いいのかな? 勝手に行っても」
「大丈夫です〜、私はここによく、来ていますから〜。吸血姫様とも懇意にしていますのでぇ。はい、第二の城、と言っても差し支えないですしぃ…何より構っていても時間がすぎるだけですし、逆効果ですので〜。それでは、行きましょ〜」
「あ、ああ」
へたり込む吸血鬼の侍女たちを置いてこの城の主人である吸血姫の元へ向かう。
「ひとまず勇者様はここで待っていてください〜、私が容体をみてから、それから中から伝えますねぇ」
「うん、わかったよ。とりあえずはここで待っている」
「吸血姫様、私ですぅ。入りますよ〜?」
「…いいわよ」
「…よく来たわね」
「あらら〜、本当に伏せっているんですねぇ。大丈夫ですかぁ?」
「…体は、別に、大したことないわよ」
「ふむふむ〜、ちょっと見てもいいですかぁ?」
「ええ、何も問題なんてないでしょうからね」
「…ふんふん、ほぉ〜、ヘぇ〜、はぁ〜。うん、うんうん」
「…何も問題ないでしょ? 当たり前よ」
「…確かに、体自体には、何もないですねぇ…ただ、やっぱりぃ…」
「何? 何かあるの?」
「魅了状態になっていますねぇ」
「は? なに? 私が魅了? 何バカなこと言っているのよ、私が魅了状態? この私が?」
「はい〜」
「いやいやいや、なんで? いや、ありえないわ。私は魅了する側よ? 他を魅了して当たり前なくらいに。それはあなたも同じなんだから、わかるでしょ?」
「はい〜、そうですねぇ。夢魔である私ももちろんそうですから〜」
「でしょ? それが魅了されてるって、はっ、何の冗談よ」
「でも、冗談ではないんですよねぇ」
「はっ、バカバカしい。いくら私でも、あなたみたいな完全耐性は持っていないけどね、それでも私だって、私たちはかなりの高耐性持ちなのよ? それが魅了されるとか。そんなバカなコトあるはずがないわ!」
「…うぅん」
バカになっちゃってるんですよねぇ。
「まったく、どうかしてるわ、ほんと、どうかしてるったらないわ。私が魅了? はっ。そんなコト。他の子たちはどうしてるの? …随分と静かね。侍女たちは何をしてるのかしら。お茶の用意もしないで」
「…」
みんなバカになっちゃってるんですよねぇ。
「あ、そうでしたぁ。少し、いいですかぁ、吸血姫様?」
「今度は何かしら?」
「あのですね〜、勇者様が今、そのドアの外で待っているんですけどぉ、入ってもらっても構わないですかぁ?」
「ひゅぉッ、え? 何、今勇者がどうとか言った? べ、別にあいつは今、何も関係ないじゃない。な、何よ。きゅ、急に驚かせないでよね」
「…ちゃんと段階をおいてから話しましたけどぉ」
ダメですぅ、思った以上にバカになっていますぅ。
「それならこのまま帰ってもらうしかないですね〜」
「ま、待ちなさいよ。せっかく、その、わざわざ訪れたのに、何もしないで帰したなんて、それは、その。礼儀に反することになるわ。よくないわよ、それは」
「ちゃんと聞こえてはいたんですね〜、それはそれで重症ですぅ。それじゃあ、入ってもらいましょうかぁ、勇者様〜、どうぞ〜」
ドアを開け、勇者が入ってくる。
その姿を見てすぐ、吸血姫は記憶を飛ばした。
帰路につく小竜にて
「…吸血姫と、他の吸血鬼たちは、あれは、大丈夫だったのかな?」
吸血姫は元気なように見えたが、何を言っているのか終始よくわからなかった。混乱でもしていたのだろうか。
「…ええ、そうですねぇ。体には異変は見られませんしぃ、きっと、大丈夫ですよぉ」
「…そうかな」
「今はちょっと熱に浮かされているだけですからぁ、心配しなくてもほおっておけば…いえ、時が経てば、元どおりになりますよぉ」
たぶんですけどぉ。効く薬はないですからぁ。
「…そうだといいけど。他の人たちも会うたびに倒れていっていたから…」
「きっとあの城の全員ですねぇ」
「…何かできることはないかな?」
「ないですかねぇ。むしろ、勇者様は特に何もしないことが、最善だと思いますぅ」
「…そうか。そういうこともあるのかな…」
「はいぃ〜。すんすん。ふぁあん」
夢魔は勇者の芳香を堪能しながらゆっくりと帰った。
魅了に完全耐性を持つとされる夢魔である自分ですらこうなるのだ。
特に魔力が食や色と関係する種にとっては、勇者の魔力はあまりにも魅力的すぎていた。
もはやある程度の耐性などは無に等くもなるだろう。
あるいは、完全耐性と呼ばれる自身のそれでさえ、限りなく完全に近いだけであって、
決して突破されない、というわけではない、その事実を身を以て知ることにもなった。
でも、今日は…
「…最高の一日でしたぁ」
夢魔はそう満足気に、身も心もほくほくしながら魔王城へと帰っていった。