光の勇者と大賢者
現在の勇者闘技場の警備は以前の襲撃事件から大幅に強化されることとなった。
差し当たって特に魔に対しての警戒網をより厳重なものに、
それがたとえどのような小さな変化であっても、決して見逃すことのないよう、
より強固な監視が求められた。
あらゆる状況にも即座に対応できる優秀な人材を確保するため、
一線から長く退いていた者たちにも再び声がかけられることになる。
初代の大賢者、アルマもその一人であった。
「…おばあちゃん」
闘技場にある一室を訪れたアルマを出迎えたのは、丸いメガネをかけた少女。
少女は申し訳なさそうに顔を伏せた。
「アルミナ、顔をあげなさい。今はあなたが大賢者。私があなたを選んだのです。その選択を後悔したことはありません。もちろんそれは今であっても、ね」
老婆は優しく穏やかな表情と声で、伏せた少女の頭を優しく撫でた。
「…うん」
久しぶりに会う老婆のその優しさに触れて、少女は今にも泣き出してしまいそうだった。
アルミナと呼ばれたその少女が、現在の大賢者である。
万物の全てを知る、とまで言われた大賢者の後釜に選ばれ、その重責は今もその小柄な体に重くのしかかっている。
「おやまあ、まだそんな顔をして」
表情から自信が欠けているようにも見えた。
だいぶ前にあった頃よりも。
それだけの事があった、という事なのだろう。
「相当、こたえたみたいねぇ」
「闘技場の結界、破られちゃった。 …せっかく、今まで大事に守ってきたのに。私が精一杯強化しても、それでもまた、破られちゃって…ごめんなさい」
「何も、あなただけのせいでは無いのでしょう?」
「ううん、単純に…私の力不足だよ。 …大賢者の信用も、私のせいで…落としちゃったし。それも、おばあちゃんが培った、大切なものだったのに」
「それこそ気にしなくてもいいのよ。 …それにしてもねぇ、あの結界を破るなんて。さあさあ、その時の状況を今一度、一緒によく確認しましょうね」
二人は記録し残されていた映像を確認する。
一度目は力尽くで、魔法によって貫通。
そして襲撃の際は、
「おやまあ…魔法の無効化、無力化ね。随分とまあ、特殊な力だこと…これは結界が魔法である限り、どんなに強化しようとも防げそうにないわねぇ。魔法を無力化してしまうなんてね。うぅん…見たところでは分解、かしら? まだまだ精査する必要がありそうねぇ。やはり一概にあなたの力不足が原因という話でも無いのだから、そんなに、気を落とさないで」
「…でも最初。最初は普通に、力押しで破られちゃったから…」
「全属性の魔法、のように見えるけれど…それもねぇ、そうそうあるものじゃ無いけどもねぇ。ええと、その当事者…白黒の勇者さん、ね。随分と大きな力を持っているみたいだねぇ」
「…うん、規格外の魔力だった。 …たぶん、今の私よりも全然…ちょっとおかしいくらい、非常識な魔力」
大賢者よりも魔力を持っている存在って、何なんだろう…。
「まあ言っても、勇者と呼ばれるような人は多かれ少なかれみんな、常識からは外れているからね。私たちの頭で考えても計り知れないところもあるから…それこそうちの人だってそう。 …昔からね」
「…おじいちゃん? 一緒に来たの?」
「一緒に呼ばれて来たんだけどねぇ。着いたら警備の方に呼ばれて、今はそちらに向かいましたよ。当の本人はえらくやる気になっててねぇ、今頃闘技場内を色々、見て回っているんじゃないかしら」
「復帰、するのかな? それとも警備につくのかな?」
「それは本人に聞いてみないとね。 …あるいは両方兼ねるかもしれないわねぇ、あの人のことだと。まあ私の方もそうなりそうだけどね」
「もうだいぶ前から隠居してたんだよね? 急に動いたりして、大丈夫なのかな…二人とも、あんまり無理はしないで。 …呼び出しておいて言えた事じゃないけど…」
「ふふ、大丈夫。色々楽しみながら調べていたみたいだし、それにいまだに方々を旅して回っていたからね、あの人。 …さて、それじゃあ結界周りの強化と、それとあとは広範囲警戒魔法の精度の見直し、ね。とりあえずは悪に対する察知を高めておきましょうかね。私はそのために、呼ばれたんだものね?」
「うん。あ…いえ、はい。ご助力とご協力、お願いします」
「ふふ。腕がなるわねぇ」
老賢者は小さいメガネを取り出して掛けた。
老人が闘技場を散歩していた。
まあそれだけ見れば特に珍しいことでもない、観覧者には高齢な人物も多いのだから。
しかし見るものが見ればすぐに気づくだろう、その一挙手一投足に滲む洗練さと、鋭い視線に垣間見える慧眼さに…
老人は一階から順繰りに見て回る。
(…勇者の数は、以前と比べるとだいぶ多くなったのう。ほほ、まだひよっこもひよっこ。生まれたばかりのような者もおるじゃないか。期待と不安が入り混じった表情…懐古過ぎて涙がでてくるわい)
階を重ねるごとに、そんな勇者たちの顔つきも変化していく。
(…ほほう、なかなかにいい表情をしとるな。戦を経験した顔じゃ。ふむふむ。まさに勇ある者、しかしまだまだ)
その足は止まることなく最上階へ。
最上階ともなると、勇者たちの顔つきは精悍そのものだった。
(ふむふむ、ここまで来た、来れたとなると…その誰もが世界を救った事のある勇者なんじゃな。 …ほほほ、やはり顔つきが一味も二味も違うのう。 …より強さを求める顔、貪欲に。 …しかしどうやら、そればかりでもなさそうじゃな)
誰も彼も、力はある。
で、あるにもかかわらず、以前襲撃で遅れをとったと聞いた。
悪しき者に遅れをとったと言う。
「…ふむ」
老人は立ち並ぶ店を眺め、それを楽しんでいる勇者たちの姿を見る。
まあそれも…わからんでもないの。
何も単純に、今ここにいる全員が全員敗れた、と言うわけでは無いじゃろう。
当時はおらんかった者もおるのじゃろうしな。
老人は活気あふれる闘技場の試合を観戦しに向かった。
見応えのある試合も当然あるにはあった。
しかしそれでも…今は以前よりもお祭りの側面がより色濃く見える。
笑顔の勝利、あるいは敗北。
負けを認める、と言うことも。時には必要だ。
しかし悪に対してそれは許されない。
勇者であるのなら、なおのこと。
何も、生命が尽きるまで喰らいつけ、とまでは言わないが…
しかし、のう…
少しばかり、
「情け無い、気もするのう」
老人はポツリと、誰に言うでもなく漠然と呟いた。
たまたま近くにいた青年は老人のその言葉を耳にした。
ただの老人の、何て事はない小さな呟きだ。
気にする必要なんてない。
しかし、それが老人から放たれた紛れもない本音だったからだろうか、その青年の耳にはよく届いた。
よく届いて、そして、それがまるで自分の事を言っているかのようにも聞こえた。
「…誰が情けねェって? 爺さん」
目つきも口も悪い、細身の青年が老人の前に立つ。
「いや何、お主の事じゃあないぞ。 …いや、違うかの。お主だけの事じゃあないと言う奴じゃな」
老人はそう言い直す。
「…」
そりゃ結局、自分の事も入ってんじゃねぇか。
そう思った青年は眉間に皺をよせる。
「で、俺たちの何が情け無いってんだ?」
厳しい眼差しで老人に喰らいついた。
「情け無い、というよりは…ふむ。そうじゃ、緊張感に欠ける、と言った方が良いのかもしれんな。ここは闘技場、戦いの場。ましてここはその最上階、であるにもかかわらず…何、随分と緩い雰囲気が蔓延っておったのでな。店なんかもだいぶ増えたしの。ちょいと弛んどる気がしたんじゃよ。 …ここは勇者が更なる成長と、高みを目指すための場。それがそもそもの根本にあったんじゃがの。今は娯楽の要素の方が強いようじゃ。観客を楽しませることばかり考えとる。実際それで襲撃にあって右往左往したんじゃろ? ああ、そうじゃ。わかったわい、勇者であるのに、魔に遅れをとったと言うのが情けない、と言いたかったんじゃな、わしは」
「…言うじゃねェか」
「とは言え、娯楽施設として娯楽を求めにきとるモンにまで文句をつける気はない。 …ただ、戦いにはもっと緊張感があった方がの。それに実際、そのほうが俄然、面白くもあるじゃろ? 見る方にとってもな」
「…まあそれは否定しねェよ。緊張感のある戦いなんてそうそうあるもんじゃねぇけどな」
「ほほう、常勝無敗のクロノ君は言うことが違うのう」
「…無敗じゃねェ。 …一度、負けてる」
「お、そうじゃったか? すまんすまん。じゃが、それからはずっと連戦連勝、この闘技場での連勝記録を再び塗り替えようとしとるのじゃろ? …あと一勝、じゃったか?」
「…よく知ってるじゃねぇか」
「こう見えてお主のファンの一人じゃからの。配信も幾度か見とったぞ」
「…本当かそれ? 信じられねぇけど」
「ほほ。 …それでなんじゃが、わしと一戦やってみんか?」
「は? 爺さんと俺が? 何でだよ、どこからそんな話になった?」
「いや何…ただ、この闘技場の最上階最上層に位置する勇者と一戦交えてみたくなってのう」
老人は老獪な笑顔を見せた。
「…まるで戦闘狂みてぇな事言うんだな」
「お主を間近で見たら血が騒いだ、と言うヤツじゃな」
「ホントに戦闘狂じゃねぇかよ。 …爺さん、アンタが只者じゃねぇくらいは俺にだってわかるぜ? いやまず、その前にここで試合できんのかよ?」
「それは大丈夫じゃよ。何も心配いらん。さっきわしとおばあさんの警備の登録ついでに再登録しておいたからの。 …まあ面倒なんで履歴やら何やら細かい事は省略させてもらったが。わしも勇者じゃ。まあごく最近まで元勇者、だったわけじゃが。それもついさっき完全に復帰したからの。 …で、どうなんじゃ? ファンからの挑戦を受ける勇気があるかの? 時の勇者、クロノ君?」
「そのどことなく小馬鹿にしたような言い方やめろよ。クロノでいい。そこまで言うなら受けてやる」
「ほほ、嬉しいのう。警備だけじゃと物足りんからな。せっかくのご馳走を前にお預けされとる気分じゃったし、現在の勇者の力がどんなものか、楽しみじゃよ。では、後ほどな!」
登録名 光の勇者 レックス からの挑戦を受けますか?
クロノは約束通り了承する。
勇者、レックス。
それがあの爺さんの名前。
どこかで聞いた、目にした、どころの話ではなく。
…伝説の、勇者の名前。
試合当日。
クロノが控え室に向かうと、中にはすでにオキタの姿があった。
「今日勝てば、連勝記録の更新だね」
「…ああ、まあな。それよりオキタ、お前何でここにいんだ?」
「その割にあんまり嬉しそうじゃないね? せっかくの記録更新なのに。そういうの気にしないタイプだった?」
「いや、別に全く気にならないわけでもねぇ。と言うか、聞けよ、何でお前がここにいんだよ。ここは俺の控室だろが」
「試合前にも応援しようと思ってさ。本当は、二人で来たかったんだけどね」
「アイツ、まだ戻ってきてねぇのかよ。今回はだいぶ長ぇな。まさかどっかでのたれ死んでんじゃねぇだろうな」
「クロノも心配? わかるよ」
「いやまあ、別にそう言うんじゃねぇよ。それに考えてみたらあの野郎がそう簡単に死ぬとは思えねぇ。っつーか、俺はこれから試合なんだよ。出てけよ、集中してぇんだけど」
「僕に構わずどうぞ」
「テメェがいると集中し辛ぇって言ってんの。これ以上ストレスかけないでもらえますぅ?」
「ストレス、か…順調すぎて逆に不満とかあるんじゃない? 歯応えがないとか、さ。 …でもそれって、贅沢な悩みだよね。クロノの、時の力があってこそだしさ。時を操るとか、ほんと贅沢な力だよね。まあ実際ほとんどあっという間に終わってたし、満足できないのもわかるけど」
「…別に今まで、それが普通だったんだよ。 …あの白黒やしゃかの野郎が異常なだけだ」
白黒は内にいる神の力、だとかぬかすし、しゃかにいたっては普通に効きやしねぇ。何で効かねぇんだと聞いても、永劫の時はすでに一度通過した身ゆえ…。 とか意味わかんねぇ事言いやがるし。
「待って」
「あん? 何だよ?」
「しゃかちゃんは野郎じゃないんじゃない?」
「いやそれは別にどうでもいいだろが。 …それに結局、お前ともまともな再戦できてねぇしなぁ。満足してなさそうに見えんならそれもあんだよ」
「え? 負けたよね僕?」
「…またテメェの不戦敗でな。 …だからまともに試合した事ねぇっつったんだよ」
「普通に試合しても僕の負けだと思うよ。リメスだって結局、君に普通に負けてたしさ」
「あの野郎は一度ちゃんと負けを経験した方が良い、負けなしってことでさんざ俺のこと煽ってきやがったからな…いい気味だぜ。あん時はぶっ飛ばせてスッキリした」
「はは、まあ時間を止められたらどうしようもないよ」
「普通はな。普通はそうだ」
「それで、今度の相手は普通そう?」
「…。 印象、会った雰囲気で言えば、しゃかの野郎に近ぇかもな」
「へぇ、あのしゃかちゃんに近いなんて、珍しい。そんな人、あんまりいないんじゃない?」
「あんなヤツが他にそうそういてたまるかってんだ。 …まあ、あいつ並ってのは言い過ぎたかもしれねぇが…ただ、油断できねぇのは間違いねぇよ。勇者、レックス。お前も聞いたことぐらいあんだろ?」
「?」
「嘘だろ…伝説の勇者だぞ?」
「僕のところはそういうの、なかったからなぁ」
「お伽話やら何やらで耳にしたことくらいあるだろ? 光の勇者と大賢者の冒険譚、星を喰らう化け物を退けた話とか、他にも有名な話、絵本なんかも多くあるじゃねぇかよ」
「絵本読んだことないよ僕」
「お前子供の頃とか何してたんだよ。暇な時とかあんだろ」
「木刀振ってたかな。まあそれは今もだけどね」
「…そうかよ」
「でも伝説の勇者なんてすごいね! 今度の試合、面白くなりそう」
「他人の事だからって、楽しそうだなぁオイ」
「完全に他人事だからね!」
「チッ。テメェはテメェで自分の試合の事でも考えてろ」
「僕はしばらく試合の予定ないから。 …それにしても、早く帰ってこないかなぁ」
「アイツの部屋から知らねぇ顔が出てきちゃガッカリして戻っていくの、今までも何度か見たぜ」
「本当にね。僕も何回か、その度に別の人に会ったよ。でも今回は特に、いつにも増して遅いんだよねぇ…本当に、何かあったのかなぁ」
「そんなに心配なら行ってみりゃいいだろ、あの女の勇者の…その地元、だったか? そいつの部屋から通じてんじゃねぇの?」
「ええ? 流石に迷惑だよ。勝手に部屋に入るのだって」
「確かにな。まあ勝手に控え室にいんのも迷惑なんですけどねぇ?」
「あ、ごめんそうだった? それなら早くそう言ってくれたら良いのに」
「さんざん言ってたんですけどねぇ?! …それじゃあそろそろ出ていってくれますゥ? 試合に向けて集中したいんでェ」
「うん。じゃあ試合、頑張ってね! 応援してるから」
「テメェに言われるまでもねぇ」
「残念会は、また三人揃ったら行こう!」
「負けねぇよッ!!」
「さあさぁあああああ! 本日目玉の試合がやってきたぜぇええええ!! 今日勝てば、連勝記録の更新、そしてぇええ、いよいよ新記録だぁあああ!! 連戦連勝、向かうところ敵なし、時の勇者、クロォォノォォォオオオ!!」
老若男女分け隔て無い声援が響いた。
それからもわかる通り、クロノのファンの幅は年齢種族性別共に多種多様、もちろんついているスポンサーも多種多様。
人気も実力も、限りなくトップレベルである様がよくわかる。
「そして! 挑戦者は何と!! 闘技場設立にも関わりがある、立場的にもすごくエライ人物…どころか、みなさん一度は聞いた事があるでしょう。多くの絵本、お伽話にもなった、あの、伝説の……光の勇者〜、レェェックスゥウウウ!!」
「本人? 本当に本人なのかよ?」
「子供の頃に絵本読んでた。光に導かれての冒険譚は、今も私の宝物です」
「何十年前なんだ? 今一体いくつなんだろう…」
登場したのは小柄な老人だった。
その姿を見た観客たちの中には疑いの眼差しを向ける者もいた。
しかし、誰も実際には見た事がない。
多くの伝説を残した存在に、期待の眼差しと共に期待を込めた声援が、鳴り響く。
「この熱気と覇気…うむ。実際こうして身に浴びると、悪くないのう。 …心地良い」
戦いの緊張感、魔に相対した時とは別の高揚感すら覚える。
両者、舞台に上がる。
「爺さん…勇者、レックス。 ……この闘技場の創設者の一人にその名前があったぜ」
「お、よく勉強しとるの。関心関心」
「…後の大賢者と共に世界を渡り歩いたはじまりの勇者、光の子。導きの勇者。 …伝説の、光の勇者」
「ほっほっほ。ホントによく勉強しとるのぉ。照れるわい」
「勇者の歴史を紐解いていったら、アンタに辿り着く…歴史は大事だからな。積み重なったものを蔑ろにはできねぇ。 …敬意を持って、挑まさせてもらう」
「ほう…ふむ。てっきりもっと、その見た目のままに、その強力な力に驕るだけの人物かと思っとったわ。 …いつの世も、時に人は見かけによらんモンじゃな。実に面白いわい」
「失礼じゃね? 俺の見た目がそういう風だって言ってんじゃねぇか」
目つきと口の悪さは自分でも自覚してるがな。
「いや悪い悪い。元より根が、正直ものでの。だからお主も遠慮はいらん。勇者と勇者、そこに違いは、何もありはしないのでな。それとも老人をいたわる気かの? 負ける理由にはならんぞい」
「…性悪ジジイ。ああ、手加減はしねぇ」
「結構結構。現在の勇者の力がどのようなものか、わしも楽しみなんじゃよ」
「試合〜〜〜、開始ぃいいい!!!」
戦いのゴングがなる。
同時に、クロノの時間停止の力が発動。
今まで通りに、舞台上の時は止まる。
「なるほどのぅ。これがお主の力か。 …こりゃ確かに、普通なら勝てんな。動きを止められてそれで仕舞いじゃな」
老人の動きは微塵も止まらない。
普通に動き、そして会話を続ける。
「その力の素は魔力には違いない。ふむ、であるなら、今のわしには、効果ないの」
ニヤリと、不敵に笑う。
「…テメェ」
「いやはや、実はな。最初は止まるフリでもしてカウンターしてやろうかとも思ったんじゃがの。 …ほら、さっきも言ったがわし、正直者じゃから」
こともな気に言い放ち、背中から剣を取り出して構える。
小柄な老人の、背丈ほどはあるその剣は抜き身になって僅かに発光している。
「わしのこの、光の剣はな。魔を断つ剣じゃ。まあ魔じゃないお主にとっては、当たったところでただ痛いだけじゃろな、たぶん。 …それでも、当たったらかなり痛いからの?」
ピィイイイイン…と、
高音が鳴った。
同時に老人の体から光が溢れ出る。
「わしが光の勇者と呼ばれた所以じゃな。 …実際、目にするとわかりやすいじゃろ?」
「…それが光の加護、ってヤツか」
「お主は時の力、わしは光の力、さてさて、どっちが有利になるかのう」
「…」
もう一度、時間停止を発動。
…やはり効果が見られない。
老人の体を止める事ができない。
その光の加護の力で、無効化されたってのか? …いや、判断するのはまだ早ぇ。
周りの時は止まってる。爺さんの体だけ止まらねぇ。
俺の力が素通りしてんのか? それとも…反射か?
観客席。
かつての大賢者アルマと、現在の大賢者であるアルミナは一仕事終えて試合を観戦していた。
「…あらあら、おじいさん。年甲斐もなく本気になって」
「あれがおじいちゃんの本気なんだ。今まで見たことなかった。 ……すごい光の、力…」
「魔を相手にしてる訳でもないのにねぇ。 …まあそれだけ嬉しいというか、本人も楽しいんでしょうねぇ。まだまだ負けられないと言ったところかしら」
アルマはいたって冷静に、アルミナは若干引き気味に観戦していた。
「…チッ」
やはり何度試そうとも時は止まらない。
素通りか、無効化か反射か。
その方法まではまだ見えてこないが…_
しかしそれは今までもあったことだ。
…あの異常な二人を相手した時にすでに経験済み。
「…なら、直接やり合うしかねぇよな」
クロノは自身を加速する。
「おお、速い速い、時を飛んどるのか」
老人の動きに減速を試すも、
「わしには意味ないぞ」
やはり老人には効果がない。
目の前にいた姿が消えた。
「これでも光の勇者なのでな」
その言葉通りに、速い。
「…どんだけ速ぇんだよ」
その動きはとても目では追えない。
しかも減速が全く効かないときてる。
「チッ」
効かねぇ理屈はまだわからねぇが、こっちだってそう簡単に狙わせるかよ。
「む!」
クロノは断続的に己の時を飛ばし、狙いを絞らせない。
二人のその動きによって舞台上にはそれぞれの分身と残像がいくつも生じた。
「ほほ、やるのう。ここまでついてくるとは」
「そのセリフ、そのまま返してやる」
「まあまだ速くなるんじゃがの」
「?!」
眩く輝いた老人の持つ剣が背を捉えようとした瞬間、
クロノは自身を取り巻く時を急減速、反転、そして時がわずかに、遡る。
時間支配。
無数の連続した時の波の前後から、己の時の流れの好機を掴み、選びとる。
クロノはごくわずかな時間を跳躍した。
先程まで目の前にいたはずのクロノの姿を見失い、捉えていたはずの視線が外れる。
クロノはそのわずかな隙を逃さない。
「一発、喰らっとけ!」
魔力を込め、さらに加速した拳が、老人の腹部を捉えてめり込んだ。
容赦無い高速の拳を腹に受けた老人はそのまま場外まで吹き飛び、
そしてその先の壁に激突…
「ほいっ」
まではしなかった。
壁に叩きつけられる前にくるりと回転し、足をつけ、さらにはその反動で舞台上へと戻った。
「…いやはや、なかなかな一撃じゃったぞ」
そう言うも老人はケロッとしている。
その表情に歪みは微塵もない。
「…」
…爺いの体じゃねぇだろ。
だが、硬ぇってよりは、手応えが無ぇ。
クロノは触れた拳に違和感を覚えた。
そもそも今、体に、ちゃんと腹に当たったか?
違和感と疑問が頭の中に残る。
「ふむふむ。流石に、時止めだけの一芸勇者という訳でもないようじゃな。あまりに強力な力が扱えると、それだけで良しとなりそうなものじゃが、加速に減速、短いとはいえ、時間跳躍…まあ、こうでなくてはのう」
「…思いの外頑丈なんだな」
「何、年の功、というヤツじゃよ」
「違ぇだろ、絶対」
腹部を捉えた。間違いなく一撃を与えた。
それも普通なら、悶絶してもおかしくねぇ程の一撃。
手応えがまるで無ぇ。何でだ?
…普通なら、
「まあそりゃ。 …普通な訳ねぇか」
クロノは自嘲気味に呟く。
「動きは良い。その体の方はどうかの?」
剣先を向け、その先から光が伸びた。
瞬く間に、あっという間に、光はクロノの胸に向かう。
察して動こうとした、時はすでに遅く。
光の剣先がクロノの胸を捉えた。
「っぐ?!」
鈍く重い衝撃に、思わず声が漏れる。
まるで鈍器で胸を強く打ちつけられたかのような胸部への圧迫と共に、クロノは吹き飛ばされた。
「光の速さを止めるのは難しいじゃろ? 見えたところで、時すでに遅いからのう」
老獪な表情を浮かべながら言い放っているであろう老人の声が、良く響いて聞こえた。




