ケルビン0
台座の上に据えた指輪を羅針盤に見立て、その光の示す星を目指す。
着実に、近づいてはいる。
…氷姫の原星に。
「このまま順調に行って、アイツの星が見つかったとして、だ。 その前にやらなきゃならねぇことがあるぜ」
「やらなきゃならないこと、とは? その星にいる氷姫さんに会って、連れて帰って、それで終わりではないんですか?」
「アイツは星に還ったんだ。あの時点での神の死、それが意味するのはとどのつまり星への回帰に他ならねぇ。見慣れてたあの人の形なんてもうしてねぇだろうよ。ありゃ呼び出したヤツらの魂を憑代にして生まれたモンだ。まあ今のアタシらもそうだが」
「え? それじゃあ氷姫さんはどんな状態なんです?」
「星の中心にでも還って寝てるんだろうぜ。それもグッスリと、時も忘れてな」
「寝ているって…つまりまず最初にそれを起こさないといけないんですか?」
「まあそうだな。あ〜、その前に、だ。そもそもどうやってアイツに気に入られたんだ? あれだけオマエに熱を上げてたんだ、何かしたんだろ?」
「何か…。 確か出会った最初、火の魔法を放った。 …それを気に入ったんじゃないかな。それからその後会いに来たから」
「火の魔法。ソレがアイツに火をつけたってわけか。笑える。ソレでアイツに灯るはずのない火が灯ったって訳だな。くく。 なあ…今、見せてみろよ。ちょいと見立ててやる。おっと、どっかに放つんじゃねぇぞ、上手いこと維持しろよ」
「…わかった」
ー 火魔法 極大 ー
勇者の魔法によって、極大の炎の塊が空中に浮いた。
全てを焼き尽くしかねない灼熱の塊がその場に留まっていた。
「おわぁ、熱い。何ですか怖いっ。危ないですよこんなところでそんな威力の魔法使ったら」
「壊れることはないですけど、落ちたらこの辺り一面焼き尽くされますね」
「ふむ…まあ…悪くねぇ。確かに悪くはねぇ、が」
「?」
「おそらく足りねぇ、な。ソレじゃ足りねぇだろうぜ」
「えェッ?! この威力で、足りない?! 嘘ですよね…私とか灰も残らないと思うんですけど…」
「オマエと一緒にすんなよ。まあ、今のアタシらみてぇに、召喚された、不完全な状態の神になら、ソレでも良いだろうぜ。 でもな…オマエがこれから相手すんのは他でもないその本体、だぜ? 正真正銘の神、そのものだ。ソレじゃあ星の外殻に届くことすらねぇだろうよ。霧散して終いだな」
「これほどの極大の魔法でもダメと…それならいっそ他の魔法を使ったらどうなんです。ユーシャ様にはあの雷の魔法がありますし。あの極彩の力も相当なものですし。そのどちらかの方が、」
「いや、アイツを呼び覚すんならその二つじゃダメだ。それにあの雷、まだ制御できてねぇだろ? 下手すりゃ星ごと破壊しちまうぞ。極彩の力も、無闇に星を傷つける可能性がある」
「それは確かにダメですね…」
「火の魔法でいけよ。火の。そもそもそれがきっかけなんだろ?」
「それならあなたと共同で放つと言うのは? 確か氷姫さんも、氷魔法に重ねることでその威力を大きく伸ばしてましたよね。それなら威力は大きく伸びるんじゃないです?」
「アタシの火を重ねて放っても…むしろ嫌がりそうだけどな。 …まあそれも手の一つ、か。いや、っつーかアタシはただでさえ移動にも力使ってんだぞ。負担デカすぎんだろ。 …やっぱオマエだけで何とかしろよ。してみせろよ」
「伸び代がないとか言ってたのはあなたですよ? なら協力すべきでは?」
「あ〜うっせぇな、アレはまあ、肉体の話だ。 …オマエの中にある火の力は実際こんなもんじゃねぇ。あの岩戸に隠れてる神、アイツからもっと力を引き出してみせろよ。あの神、火だけじゃねぇ、もっと何か…根本的な何かを持ってるぜ。それにあの暗い氷の神はアイツと似てるから共同できたんだろ、アタシはそんな上手くできねぇ、できる気がしねぇよ」
「極大を超える火の魔法…」
「そのためのやり方ならもうとっくにわかってんじゃねぇか? …ものは試しに、色々やってみろよ。ここで見ててやる、どうせ暇だしな。暇つぶしになりそうなヤツらはみんな戻っちまったし」
少し前に戻ったリリスや姉さんの事を言っているのだろうか?
「…やり方…」
…極大を超えるやり方…
それなら…雷の魔法、か。
雷霆を放つ時のように。 …あるいは極彩色の光を使う時のように。
…火を、熱を…融合させたらいい。
ー 火魔法 極大 ー
さらに重ねる。
ー 火魔法 極大 ー
二つの力を…融合させる。
意識する…
その獄炎の内にある、微細な魔力の素。
その源流を、起源を。
獄炎の色が…変化した。
「おっ」
火神は次第に変化していく炎を、興味深く観察する。
燃え盛る炎は赤、から、橙、黄へ…そして、白へと。
その色が、変化していった。
「っ」
勇者の額には汗が滲む。
集中、そして制御…
気を抜けば溢れ、暴れ出ようとするその白い炎たちを、球体の中へと押し留める。
そして…ついに白色の輝きを持つ球体が生まれた。
「おお、やるじゃねぇか」
「…っ」
維持するだけでも、相当な魔力を消費する。
白色の炎が光り輝いていた。
「これ以上は、流石にここが危険になるかと。 …下手をすると蒸発しかねません」
その土神の言葉を受け、注意深く集中を解く。
白い球体は消えた。
「…ふぅ…」
「…そいつをもっとちゃんと扱えるようにしとけよ」
「体は大丈夫なんです? 少し失礼しますね」
ナビは勇者の体を視た。
魔力の消費が激しい。
あれだけあった魔力がごっそりと消費されている。
勇者にその旨を伝え、今は体を休めるように進言した。
「完成させてぶっ放してやれ。 …ソレぐらいでないと、アイツの目は覚めねぇだろうよ」
勇者はそれからも、火の魔力の制御に時間を費やした。
極大を超える火の魔法を完成させるために。
その星は、全てが凍りついた星だった。
あらゆるものを閉ざし、あるいは閉じ込め、永遠に凍らせる。
全ての動きを止める、永久の凍結…
その星に入ることは死を、そして完全な停止を意味した。
「…星の中に入るのは自殺行為ですね。少しの間であるなら持つでしょうが、それでもすぐに凍り付きます。内部から燃やし続けたとしても…まあ時間の問題でしょうね」
「アタシも大体同じ意見だな。近づきすぎても危ねぇぜ。アタシの熱である程度は耐えられるだろうけどな、出力が違いすぎる」
「でも、かといってこんなに外から撃つよりは、少しでも近づいてからの方がいいのではないですか?」
「…少しの間でいいけど、ここから外に出られる? できるだけ、全力で放ちたい」
「ふむ…私たちに気遣い無用に、と言うことですよね。それなら、さらに小さな星を、ここから射出します。あなたはそれに乗って、そこから放って下さい。それなら私たちを気にせず思いっきり放てますし。 …回収するまで、時間はあんまり無いですよ?」
「ありがとう。頼むね」
小土星から、小さな星が飛ぶ。
その小さな星の中には、勇者が一人で入っていた。
『一時的にですが穴が開きます。 …そこから狙って下さい』
土神のその言葉通り、星に穴が開く。
空いたその穴から、巨大な氷の星が見えた。
凍てついた氷の星。
「本人が言ったんだ。まず好きなようにやらせてみろよ。準備は散々してきたんだ」
火神の言葉を聞き、ナビも土神も固唾を飲んで静観する。
「…ふぅ」
軽く息を吐き、それから深呼吸を深く、深くする。
勇者は、火の魔力を纏った。
身の内にある火の力を意識し、魔力を限界まで…高めていく。
極大の炎に、さらに極大の炎を、
炎は重なり…
火の、熱の核が…
融合した。
勇者の前に、白い炎。
それが集まり、形を造る。
ー 炎天 ー
その球体が放つあまねく白き光の熱が、凍てつき氷った星を照らす。
宇宙に浮かんだその球体はまるで、新生した太陽。
その小さな太陽が星へと放たれる。
白き太陽はそのまま星に、飲み込まれていく。
その熱は、失われずに。
星の内部、奥深くその深層へ…
そしてそれは星の中心、核に届く。
「……暖かい…いいえ、いいえ…なんて…熱い…熱い…火…炎…熱い、熱………」
星の内部で眠っていた氷の神に、届いた。
熱を帯びた視線が、熱のその先を、探す。
それは、星の外から…
小さな星の中にいた、勇者の姿を…見つけた。
「ああなんて…今の私の体でさえ…こんなに…こんなにも…熱くさせる、なんて…あぁ…ああっ!!」
あまりの喜びに声をあげた。
その表情は恍惚と、冷めやらない熱が浮かんでいる。
「…私の、勇者さま…」
無数の氷の柱が、星から伸びた。
氷柱が瞬く間に勇者の星を捉え、包み…
「ええっ?! ちょっとちょっと?! 早く」
様子を見て焦るナビ、そして土神が回収するよりも早く、氷の柱が勇者を自らの星の中へと飲み込んだ。
「飲み込まれちゃいましたけどっ?!」
「あ〜…これで中まで行くのは、流石に無理、だよな?」
「…入ったら間も無くして凍りますね。 …今の私たちも、まあ似たようなものです。それでもあなたは私より少しは長く粘れそうですけど」
「…で、どうすんだ? 回収」
「…どうしましょうね」
火神と土神は顔を見合わせる。
ナビはダメもとで氷の星を視た。
熱と呼べるものが…全く無い。
セルシウス度の値はマイナス…273…
自分なんか入った瞬間に凍りついてしまうだろう。
そして一度凍ったら戻らないし…戻れない。
星に囚われる限りはとても戻れないことだろう。
「ユーシャ様…」
ナビは絶望しながら、静かに呟いた。




