幾千幾万の星屑の旅
活気溢れるゴブリンたちの生活を見守りながら、魔王イラは今は亡き、友サタナエルとの会話を思い出していた。
「またゴブリンたちのところに…恩知らず共なんて、もう見放したらいい」
「それはできないよ。 …彼らの中にはまだ神仰の火が灯っているからね」
「…それだって元は君が与えた光じゃないか。いっそのこと今全部、返してもらったらいい。そうすれば力が、君の輝きも少しは戻るだろう?」
「それは望まない。彼らに宿った火は、全て彼ら自身の光だから」
「…。 与えたのではなく、貸したことにしてしまえば良い。そもそも、彼らが君への信仰を、感謝を忘れさえしなければ、君は今でも輝けていたはず。星が死に向かうことも無かった。ずっと、輝けていたはずだ。 …恩知らず共が忘れ、あろうことか君以外を信仰する者まで現れた。そればかりか他でもない君のことを…疑う者まで出る始末だった! 火を、光を与えたのは君だと言うのに!」
「…彼らの中には変わらず私を信仰している者もいるよ。その輝きは確かに残っている、消えてはいない」
「少なすぎると言っているんだよ。君が与えた輝きに対して、彼らの心に宿る光など、あまりに微々たるもの、到底、君の輝きには及ばない!」
「彼らにとってそれは受け継がれていくモノだからね。永い目で見れば、その輝きはずっと大きなものになる」
「ならない、ならないよ。いくらどれだけ悠久の時が流れようと、君の輝きには遠く及ばない。 それに…今、この星に残ったゴブリンたちで終わりなんだ。君がその身を賭してまで与えた火は、それで終わってしまう。 …そんなことが、許されて良いはずがない。許されるものか!」
サタナエルの怒りは日毎に増していくばかりだった。
イラはゴブリンたちの、変わらない日常を眺める。
そこかしこで、小さな祈りの火が灯っていた。小さな光が見えた。
それがどんなに小さな灯火でも、光でも、愛おしくて愛くるしい、尊い輝きだった。
結局、最後までサタナエルはそれをわかってはくれなかった。
輝きの大きさに心を奪われてしまったが故の…
しかしその責任は私にもある。
イラはただ静かに、見守り続けた。
神に立てた誓い。
その繋がりを信じている限り、それが消えることはない。
神は執念深く、嫉妬深く…愛情深い。
恩を忘れることはなく、恨みを忘れることもない。
どこまでも永遠に近い存在でありながら、
神は信じる者を、
見離さない、
身離さない、
…決して。
勇者は剣を磨いていた。
丁寧に丁寧に磨いていた。
「… … …」
剣に向けて何かを語りかけているようにも見える。
土兵の一人はそんな姿を不思議そうに眺めていた。
「…魔王様は先程から一体、黙々と何をなさって…」
「あれが気になりますか?」
「土神様。 は、はい」
「ナビに頼んで剣を回収してもらったんです、でもそれまでずっと忘れてたのがバレて、ご機嫌をとっているんですよ」
日課の素振りをする時まで忘れていたみたいですし。
…まあそれだけ動揺していたんでしょうね。表には出していませんけど。
「…剣の…機嫌を?」
「ええ、あの剣、意思がありますからね。私たちには語りかけてきませんけど、相当、かなりいじけてたので」
「それであのように念入りな手入れを」
「物であっても嫉妬するんですよ」
「は、勉強になります」
土兵は自らが携帯していた槍を優しく撫でた。
「あんまり参考にはならないと思いますけど。まあ物を大切にするのは良いことですね」
「…しかし、本当に姐さんは」
「氷姫の事でしたら、事実です」
「…私どもも、大変世話になっていたものですから」
「…まあ教育係でしたしね」
「はい。 …動揺している者たちも多くて」
土兵はそう言いながら控えめに俯いた。
厳しくも美しい教官だった氷姫は土兵たちにも慕われていた。
「飯にしようぜ、飯に。今日はカニサソリ鍋だ」
気をつかってなのかただ自分が食べたいだけなのか火神の元気な声が響きわたる。
念入りな手入れを終えた勇者も食事の席についた。
…一席開いた場所が目にとまる。
「…」
「美味ぇな。うん。 …殻を取るのがめんどくせぇ」
火神は途中から殻ごとバリバリ貪り始めた。
『はい、どうぞ』
勇者には空席からそんな空耳が聞こえてきた。
殻をとって渡してくれる氷姫の姿を空見した。
「…美味しいね。少し手間はかかるけど、はい、ナビ」
殻を剥き、ナビに手渡す。
「美味いっ! この鍋、と言う食べ方は乙なモノですねぇ。この身の甘さと言ったら…それにこのスープに染み出す味の深み、まるで旨味の源泉!」
「その例えは良くわかりませんね。美味しいのはわかりますが」
暖かい鍋を囲み、お腹は満たされていく。
「ご馳走様」
それでも満ち足りない何かが、勇者の表情に暗い影を落としていた。
「…にしても、この星でやることはもうねぇよな?」
「何ですか? 突然に」
「食うモンも食ったし。そろそろ出ようぜ」
「…出る、とは?」
土神は問う。
「ああ、こんなところにいてもしょうがねぇだろ。オマエも最近ずっとツマンネェ顔してるしよ。そんなんじゃ鈍っちまうぜ? ならいっそ、探しに行きゃ良い」
「探すって、何をですか?」
ナビも問う。
「アイツの星。その原星を」
「…正気ですか? どこにあるかもわからないのに?」
「…氷姫の星」
「ああ、どこにあるかなんてわからねぇよ。それでも幾千幾万の星屑のどこかにはあるだろ」
「その一つ一つを探すって、どれだけかかると思ってるんです?」
「待ってください。氷姫さんは私、直接サーチしてます。その時に視た純粋な氷の力。それがとっかかりになるかもしれません」
「ほお、そりゃ面白ぇじゃねぇか。 …で、どうすんだ? これから。オマエが決めろよ」
「…行こう。探しに。 …氷姫の星を、探しに行こう」
勇者の表情に、光が戻った。
それを見た火神は不敵に笑い、土神は少しため息をついたがその口元は緩んでいる。
「…全く、はぁ、仕方ない、ですね。まあ、確かにここでずっと今みたいに燻っているよりは、冒険にでも出かけた方があなたにも良いかと。 良いでしょう。…この星から移動するための船、というか星は私が造ってあげます。ちなみに、言い出しっぺのあなたは推進力になってもらいますからね?」
「はっ、いいぜ。どんな流星よりもかっ飛ばしてやらぁ」
話はまとまり、全員が外へと連れ出される。
「それじゃあ飛び立つみなさんはちゃんと集まってください。私からあまり離れないように」
周囲の土が競り上がり、全員を囲う。
外から見れば、大きな球。
「…ははぁ、すごい…」
凄まじい速度で形成されていく生まれたての星の内部を見て、ナビは驚嘆した。
土の、大地の球、小さな星が出来ていく…
「あなたの体を維持するために必要なものは、ここで賄えるようにします。より確かな小世界を構築しますので、ちょっと魔力を分けてもらえます?」
差し出された土神の手をとり、勇者は自身の魔力を惜しみなく与えた。
「申し分ないですね。ついでにあなたの中に構築していた世界からも色々と少し拝借して…」
水、川、木、空気、自然…が形作られていく。
「はぇ…本当にとんでもない神業ですねぇ…」
「正真正銘神ですので」
小さな土の星、小土星が出来上がった。
「よし、それじゃどこかにつかまる、必要は別にねぇな。 そんじゃ、ぶっ飛ばすぜ」
小土星は小爆発と共に宇宙へと飛び出し…
流星となって宇宙を駆けていった。
「…で、どこに向かえば良いんだ?」
火神は燃え盛りながら勇者、土神、ナビに目を向ける。
「「「…」」」
星から勢いよく飛び立ったは良いものの、具体的な行き先は誰にもわからなかった。
「おい、ナビ。こっから先はオマエがちゃんとナビゲートしろよ。とっかかりだの何だのと言ってたよな」
「ええっと、ちょっとお待ちください。むむ、むむむ…このあたりの宙域に氷の反応はありませんね」
「いやそりゃそうだろ。そんな都合よく近くにあるわけねぇだろが。どこに、アタシは具体的にどっちに向かうかって聞いてんだよ」
「あ〜、はい。それはそうですよね。 …ええと、どっち、でしょう? むむ、むむむ……ふぅ…。ちょっとあまりにも広すぎて…探索が間に合いませんね。今の私の力だけではそこまで広くできないようです」
「ぶっ壊すぞこのポンコツ野郎」
勢いに任せて飛び出したものの、冷静になって考えてみれば宇宙は広い。とんでもなく広いのだった。
当然ながら地図なんてものは、ない。
「つい勇み足がすぎましたね」
星を形成して一仕事終えた土神は腰を落ち着ける。
「そうかも」
確かに希望の光が見えてからは夢中になっていた。
宇宙に出れば何とかなる、とは言わないまでも。その希望もあった。
「力が足りねぇってんなら借りれよ。ちょうど良い奴がいるだろ。魔力なら」
「…確かに」
ナビは魔力を借りに、勇者の元に。
「直接、流し込めば良いんだね?」
「はい、お願いします。それじゃ行きますよ〜、サーチ!」
声と同時に勇者は魔力を流し込んだ。惜しみなく。
「うわぁっ! ヒェえっ!!」
ナビの悲鳴が響いた。
「は、はぁ、はぁ…な、なんという魔力…わ、わかってましたけど。直接流し込まれると、何とまあ恐ろしいほどの力、ですね。ふぅ、ふぅ」
ナビの全身からは汗が滝のように流れている。
「でもそのおかげで、今のサーチで何か、引っかかりました。ふぅ、ふぅ」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です。とても扱いきれないほどの力だったので…こ、これから方角を、案内してきます」
ナビはフラつきながら火神の元へ戻る。
「おう、って、すげぇ汗だなオマエ」
「あまりに恐ろしい力が入ってきたものですから。震えが止まりません。 まあ…そのおかげで目的地は定まりましたけど。 …アレはあんまり、そう何回もやりたくはないですね」
「お、そりゃスゲェじゃねぇか。で、本当に見つかったのか?」
「…かなり大きな力をサーチしました」
「よし、そんじゃその星に向かうとするか」
「それが探している氷の星かどうか、完全な保証はできないんですけど」
「まあ良いだろ、いきなり当たるとも思ってねぇよ。近い力をもつ何かはいるんだろ。案内しろ、向かうぜ」
「はい、わかりました」
ナビのナビゲートのもと、新たな星へと向かう。
それが目的の星であることを願って…




