再起動
土神の手に包まれての帰路…まるで揺籠のようなその心地の良い揺れは勇者を微睡の中へと誘っていく…
暗い闇の中にいた。
…夢?
手も足も、何も感覚がない。
ただただ闇の中を意識が漂っている。
…点。光点。
小さな光が…見えた。
光の元へ…意識を向ける。
揺らぐ氷姫の姿は、透けている…
その中心にある神核が…
溶けていく…
感覚のない手を伸ばす。
届かない。
何も、掴めない。
目を閉じたままの氷姫は、
その神核と共に、深い闇の中へ溶けていった。
「急いで飛んできてみりゃ、もう終わってんじゃねぇか」
「…ちょっと静かにしてもらえます? 今お休み中なので」
「…。 …だいぶ消耗してんな」
「あれだけの力を一度に、それも短時間に使ったんです。仕方ないでしょう? …中でも、あの雷の力、負担が大きすぎますね」
「…アレか、ありゃ扱うにはまず器の方が持たねぇだろ。いくら頑丈っつっても、生身の体で扱い切れるとは思えねぇよ。よく崩壊してねぇよな」
「…特に今回はできる限りの力を引き出していましたし。 …それこそ魔王たちを悉く消し飛ばすくらいの出力まで」
「…で、珍しくその状態なわけか。もうほぼ昏睡状態だろ」
「ゆっくり休ませてあげましょう。ですので、しばらくは静かに、大人しくしていて下さいね」
土神は厳しい表情で念を押す。
「…」
火神は黙って隣に並び、静かに進む。
「…それにしても、あなたどこにいってたんです?」
「色界。そこに出る魔獣、カニサソリ?ってヤツの味がどんなもんか気になってたからな。探して狩ってた」
「デッドキャンサースコーピオンでしたっけ? でも、あなたいつからそんなグルメになったんです?」
「別にグルメじゃねぇよ。 …ただ、供物として食うなら美味いもんの方が良いだけだ」
「それをグルメって言うと思うんですけどね」
「…あ〜。 …そんで、本当なんだな。 …アイツ」
「…あなたも同じ神、まして私よりも近いですし、とっくに気づいているものかと」
「…まあ、そりゃ、な。それでも、どっか別の空間やら何やらに上手く隠れてんだったら気づけねぇし。 …そうじゃねぇってことは、事実なのか」
「ですね」
「…この星に、何も…残ってはいないのかな?」
目が覚めた勇者は二柱の神に問いかける。
「…無ぇな。ここに、この星には。もう気配は無い。 …完全に消えてる」
「…そう」
…神が言うのなら、それは本当の事なのだろう。
どんなに認めたくなくても…それが事実なのだろう。
「…前ん時、コイツの時みてぇに、神核だけでも残っていりゃ話は変わっただろうが…今回はその神核の気配すら無ぇからな。 …この星をいくら探してもアイツは見つからねぇ。 …外だろうと内だろうと」
「…」
もしかしたら、星の内には溶け込んだ何かが、微かにでも残っているのかもしれない。
…その期待も崩れた。
勇者は手の中に残る指輪を握りしめ、静かに深く、息を吐く。
別れはいつでもあるだろう。これまでもあっただろう。
それに納得できようができまいが。
どれだけ、その形を認められなくても。
…失った事実だけが、ただただ残った。
城に戻ると、リリスとぎゃるナビが待っていた。
「おいおい、よその魔王がまた、一体何の用だ? カチコミか?」
火神と土神は警戒する。
リリスたちに敵意は全く無い。
その表情もどこか晴れ晴れとしている。
「お疲れさま。あなたたちと争う気は微塵も無いわ。それにもう魔王を名乗る必要もないし。まず一つ、感謝を伝えにね」
「感謝?」
「ええ、まずは他でもないあなたに、ありがとう」
リリスは勇者に対して恭しく頭を下げる。ぎゃるナビも同じく感謝を述べた。
「あなたがサタナエルを倒した事で、私が半ば無理やり結ばされていた契約も消えたから。 …これでようやく、この星から自由に出てもいける。魔力も戻って、自由になれたから」
「まあ最初にちょっかいかけてきたのはリリス様だけど。この星の魔王をいきなり喰らうし」
「うるさいわね。もう良いのよそれは。あなたを自由にしたでしょ? 私に仕えるナビとしてこれからもついてきなさい。その力、色々と便利だから」
「りょ〜」
「…少し再教育が必要ね。 …まあ今はいいわ。ええっと、それで、リリンを迎えに来たのよ。こんなんでも私の娘だからね」
「…今こんなんって言った」
「こんなんでしょ実際。あなた寝る以外に何かした? これからじっくり時間をかけて教育してあげるから。私の娘として、大悪魔の娘として恥ずかしく無いように。 …そうね、立派な悪魔にしてあげるから」
「え〜…私別に、立派な悪魔にならなくてもいい。 …全然、今のままでいい」
「さて、それじゃもう一つ。ナビ、準備は良い?」
「いつでも〜」
リリスは動かなくなっていたナビに手をかざす。
「…やっぱり初期化されているわね。 …完全に元通り、とはいかないけれど…これを、こうして、ああやって、はいはい、再起動、と」
「………」
ナビは起き上がった。
しかしその表情、目はどこか虚ろなままだ。
「ナビ?」
勇者の声に少し反応するも、すぐにまた戻る。
「…ちょっとまだ何か、刺激が足りないみたいね。これだとバックアップするには少し、まだ…弱いかも。耐えられないかもしれないわね」
「何か他に、できることは無い?」
「…そうね、この子の好きな物を見せるとか、何か刺激を与えれば目が覚めて、覚醒するかもしれないけど」
「それなら、少し待ってて」
勇者は厨房へ向かう。
程なくして戻ってきたその手には最近できた新商品…
ダブル肉厚セウーユバーガーを持っている。
焦がしセウーユの香ばしい匂いが実に食欲をそそる。
それをナビの前に差し出すと…
「あむ」
虚ろな表情のまま、パクリ、と、
一口食べた。
「ウマイッ!!」
表情に輝きが戻った。その目は爛々と輝いている。
あっという間に平らげた。
「いや〜、何ですかこれは一体、最高ですね」
もうすっかり元気になったようだ。
「それじゃ後は私が視てた情報をバックアップするし〜」
ナビとぎゃるナビとの魔力が繋がっていく。
「…ん…んん? あれ、ここは…私は一体…? あ、何かすごい良い匂いが漂ってますね、新商品のバーガーですか?」
「ナビ」
「え、魔王さま? ええっと、待って下さい私は…確か…そうでした。 …氷姫様を視て…それで……気を失って…」
「…その後からずっと倒れていたんだよ。目が覚めてよかった。体は、何ともない?」
「…はい。私の体は、特に…あれ?」
他のナビたちとの繋がりが無い。消えている。
視ようとしても視えない…そういえば繋がりを断たれたんでしたっけ?
いや、違う…
近くにいるぎゃるナビとは何か…繋がりを…感じられる。
以前よりもより強い繋がりを感じとれる。
「私のナビ以外にはもう必要ないものよね」
「これで正真正銘本当の姉妹だし〜」
戸惑うナビに対して、ぎゃるナビは嬉しそうだった。
「…あの、聞いても構いませんか?」
「なになに〜、お姉さんに何でも言ってみ?」
「…あの時、私に手を貸してくれたナビはぎゃるナビ、ですよね?」
「お姉ちゃんって呼んで。うんうん、そうそう〜。言ったし、私は妹のミ・カ・タ」
「…最後に力を貸してくれたナビがもう一体いたんです」
「それはマモナスのところのナビね。ええっと、インテリナビ、だったかしら? 初めは静観していたようだけど…見るに見かねて、あなたに力を貸したみたい。それも後のことを考えればとても無謀な事だったのにね。まあその杞憂も、結局サタナエルが消えたから無くなったんだけど。繋がりの深かったナビたちはもう間も無く消えるわ。それにもう、起動は停止しているんじゃなかしら。残るのはうちのナビと、あなただけよ」
「…インテリナビも…同じようにしていただけないでしょうか?」
「残したいの?」
「…はい。力を貸して頂いたので。できれば」
「…わかったし。お姉ちゃんに全部任せるし」
「なんであなたが言うのよ」
「ふふ、でも私の言った通りだったね? リリス様、マモっちんとこに寄っててよかったっしょ?」
「…まあ確かにその通りね。 …ナビ、ちょっと繋げて、すぐに再接続…できる?」
「りょ〜」
インテリナビとのリンクが再接続された。
「…おや? …私は…。ああ、あなたも、無事だったんですね。 …それは良かった」
「あの時のお礼をまだ言えていませんでしたから」
「…それはわざわざ、相変わらず礼儀正しいですね」
「力を貸して頂いてありがとうございました」
「あなたのその感謝、ちゃんと受け取りましたよ」
「ですが、どうして?」
「…まあ、何でしょうね。 …以前友人、と、呼んだからには。そうするべきかな、と。最後になるかもしれない状況でしたし…友と言うのであれば、助けるのがスジだろうと、最後の最後に思っただけです」
「これからも友人として、よろしくお願いしますね」
「ええ、こちらこそ」
この時、ナビとインテリナビは本当の意味でも友人になれたのだろう。
「私の用はこれでお終いね。ナビ、それとリリン、城に戻るわよ」
「え〜、何で私も…あ、そうだ! ここに一緒に住めば良いんじゃない? わざわざ戻らなくても〜」
「あなたの再教育は自宅の方が都合が良いの、ここだと甘えっぱなしになるでしょ? 寝てるだけでしょ?」
「うう…ご無体な…悪魔だ…」
「大悪魔よ」
リリンはリリスに引きずられていく。
「あ、そうそう。ナビたちの間にリンクを繋げておくから。繋がりの深い今の三体間だったら、お互い自由にゲートを開けるし、気が向いたらリンクゲートを通って遊びに来て」
「うぅ、美味しいご飯を待ってますぅ〜」
「バイビ〜!」
ナビ、インテリナビ、ぎゃるナビの間に独自のゲートができた。
リンクゲートを通れば自由に行き来ができるようだ。
リリスたちが去っていくのを確認して訪れたのは、
「こんにちは」
魔王イラ。
背に複数の、実に色取り取りの色彩の羽が舞っている。
そしてその身から以前には無かった神々しい輝きが放たれている。
「…この通り。だいぶ力が戻ったんだ。眩しくてごめんね」
「それ、アイツのお陰なんだろ」
「…で、何しにきたんです?」
火神と土神はすでに臨戦態勢だ。いつでも戦れる。
「…できたら、君たちとは争いたく無いかな。 …それもできたら、だけど」
「…」
勇者は沈黙する。
「…まあもし仮に、さっきのような力でこの星にトドメを刺す気があると言うのなら…それは全力で止めるけど、ね」
でもあの力…果たして今の私であっても止められるかどうか…。 …まあ無理だろうね。
「…この星を破壊する気は無いよ」
「そう? それなら、やっぱり争いたくは無いなぁ。 …私としては、ゴブリンたちの生活を、見守っていきたいだけだから。これまでのように、これからも」
「その言い分が本当なら、どうしてわざわざ来たんです?」
「…謝罪に。と言っても、それですむとも思っていない。 …気のすむまで、好きにしていいよ。抵抗はしないから」
「自分からサンドバッグになりに来たってのか?」
「まあ、そうなるかな」
「…どれだけボコボコにしたところで、何も変わんねぇだろ」
「君たちの…うん、君の気が少しでも晴れるのなら。 …それで良いよ」
イラの目は慈愛を含んでいる。
「…そんな気も無いよ」
…それで氷姫が戻るのなら。 …迷わないけど。
「…そう。君がそう言うのなら」
「それでテメェはこれからどうすんだ? 力がある程度戻ったんだろ? 自分の星を蘇らせるのか?」
「いや、このまま。私の星に与えてくれていた力をこの星に還元する。 …それでも時間をかけて消えて行くと思うけど。少しでも長く、この星の、ゴブリンたちの暮らしを見守っていきたい。 …彼らの世界は星の最後まで残るだろうから…その行く末を、見守っていくよ」
少し微笑み、
「…何かあったら、いつでも言いに来て良いよ。 …戦い以外なら、歓迎するから」
イラは立ち去っていった。
「立て続けに来やがったが、ようやく落ち着いたみてぇだな。 …良いのかよ? そのまま返して。ぶん殴らねぇで」
「殴ったところで何にもならないよ」
「アイツも言ってたが少しは気が晴れるだろ?」
「それはそうかもしれないけど。でもぶん殴りたい相手じゃないしね」
「ああ、アタシが着く前に敵討ちは終わったんだったか」
「…」
…そう、仇はもう討った。討てた。
勇者は再び深く、深呼吸した。
それでも全く、気は晴れない。
心には深い穴が空いたままだ。
…これから先、ずっと…
この穴が埋まることなんて、無いのだろう。
勇者は部屋に、自室に戻る。
気遣って適温に温めらていた室内…
今はあの、凍えるような寒さが…懐かしかった。




