邂逅(デート)
今、勇者と氷姫はゴブリンの町を訪れていた。
少し前…
町から戻った時、手土産にとぬいぐるみを用意していた勇者は、
それぞれに好きなぬいぐるみを選んでもらうつもりでいた。
「まあ可愛らしい。モデルはこの星の魔獣たちなのでしょうか?」
「私たちへのお土産です? ふぅん…その配慮は認めてあげましょう」
最初は好反応を示していた氷姫たちだったが…
「なんと、この可愛らしいぬいぐるみは魔王たちを模ったもの、なのですか?」
ナビからその説明を受けてから少し変化した。
「…他でもない魔王さまからの贈り物…そのお心遣いも嬉しいです…けれど、私は魔王、グリ様にのみ、仕える神…たとえ形は違えども…他の魔王を可愛がるわけには…やはりまいりません」
「そんなに難しく考える事ですかこれ?」
ナビは並べられたぬいぐるみたちを見ながら、素直な疑問を口にした。
「いえいえ、私たち神にとっては重大ですね。それに形を模したものであるのなら、その偶像を崇拝するということにもつながりますし、そしてそれは信仰にも変わると言うもの…あまつさえ、あなた以外の魔王を可愛がる状況になる訳ですよ。あなただってそれは好ましくないでしょう? 言ってみれば異なる神のぬいぐるみをあなたが可愛がるようなものですからね! 許せませんね!!」
「…」
いや、別に。とは言えない雰囲気を醸し出している。
「でもそうなると、お土産にあたるものが何も無くなりますけど…あなたたちはそれで構わないんですか?」
ナビは神々に恐る恐る訊ねる。
実のところ帰りの道中でも、自身のリングに向ける氷姫の視線を度々感じていた。
少し凍てついたあの視線は…決して気のせいではないだろう。
目だけあって、視線には敏感なのだから。
実際のところ、神はとても嫉妬深く、そして執念深い。
笑顔の奥に垣間見える凍てついた視線は、それだけでしばしばナビを凍らせたものだ。
「それなら…今度一緒に買いに行く?」
沈黙を破った勇者の一言が場を和ませる。暖かくなった気さえする。
「!! よろしいのですか?!」
「すぐに、とはいかないけど、お互いに、時間の空いた時にでも」
「ええ、ええ! かしこまりました。すぐにでも調整いたします」
氷姫はスケジュール帳を取り出し何やら念入りに書き込んでいる。
「私は…そうですね、しばらくは頂いた種を使って生産に励みますので。 …それが落ち着く頃までに、考えておきます。まあ無理な事は言いませんのでご安心を」
結局ぬいぐるみたちは全てリリンの部屋に行くことになった。
「なんか魔王たちを従えてる気分になる、いいかも〜」
本人は満足気なので構わないだろう。
ちなみに火神はぬいぐるみ? いらねぇ、美味いもんくれたらそれでいい、との事だった。
そして現在、ゴブリンの町の中を勇者、氷姫、ナビが歩いている。
「知り合いのところに少し寄ってもいい?」
「ええ、もちろん構いません」
完全に二人きり、とはいかないまでも、他でもない勇者との二人だけのデートである。
氷姫は浮かれていた。
訪れたのは薬屋。
「いらっしゃいませ〜、あ! ど、どうも。こ、こんにちは」
その姿に気づいたゴブ美はしきりに前髪をいじっている。
(うう、こんな事ならもっとちゃんと、きめておくんだった)
「近くまで来たから。 …一人?」
「は、はい。両親は薬の調合を、お姉ちゃ、姉は素材の調達に、弟と出ています。あ、調達といっても近くですので、前みたいに危なくないです」
「みんな仕事中なんだね」
並べられた商品を見る。
薬草から毒治し、麻痺治し、風邪薬、強壮剤、などなど種類は豊富だ。
「この傷治し、うちの土兵たちにも効果あるかな?」
「あると思いますよ。城に戻れば全て回復できますし、各々簡単な魔法でしたら扱えますので…でも、確かにいざという時の備えという意味でも、アイテムは持っていた方がいいですね」
「買っていこうか?」
「それでしたら、後で兵たちに。その方が大量に購入できますし、品物の運搬も定期便に任せましょう」
「それもそうだね」
「お任せください。この町にいる土兵に伝えておきます」
二人のやりとりを眺めるゴブ美。
その目線は初めは交互に、そして今は氷姫を見ていた。
「…」
綺麗な人…
それにとっても、親しそう…
恋人…かな?
そんなことを思いながら、再び目線は勇者に戻る。
…やっぱり素敵だな。 お姉ちゃんの言う通り…
「では後ほど私たちのところの土兵が伺いますので、あの、もし?」
「はい? あ、はい。し、失礼しました。商品のご注文ですね」
ぼーっとして油断していた。
「疲れてる? 良かったら少し店番を変わろうか?」
覗き込む姿勢、近づく顔、
「え! いえいえ! 大丈夫です。全然、元気ですので!」
紅潮し、熱くなっていく頬。止められない鼓動。
「そう? ならいいけど…熱があるんじゃない? 顔、少し赤いよ。風邪とか」
「えぅ?! いえその! これは風邪じゃなくて、その、とにかく平気ですので。風邪なんてひいたこともないですから」
「魔王さま、これはきっと乙女の病、不治の病ですので。つける薬などは…無いかと。あえて薬を、と言うのであれば、それは魔王さま自身ですね」
「っ?!」
氷姫の鋭い言にゴブ美は顔を赤らめて俯いた。
「今は静かに、心を落ち着かせてあげましょう。それでは、また後ほど。土兵が伺いますので」
「はい、かしこまりました」
氷姫にただされ、表へ。
「私たちのデート(買い物)は、始まったばかりです。 次はどちらに向かいます?」
氷姫は笑顔だった。
しかしナビは気づいていた。
その笑顔が嫉妬を孕んでいることに。
それがデート(買い物)初っ端からいきなり知らない女性の元を訪れたからなのか、
それともゴブ美に対してなのか、あるいはその両方か…
まあそうは言っても最近その視線の中には常に何か凍て凍てしいモノを孕んでいた事だ。
自分が付いていくと言った時もそうだった。
考えるだけ無駄なのかもしれない。
考えたところでわかるものではない、神のことなんて。
仮に視たところで氷、としかわからないのだから。
…怖っ。
肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
「へいらっしゃい、と、これはこれは、魔王様じゃないすか。お忍びってやつですかい? 珍しい。お連れさんまで…もしかして、」
「はい、デートです」
氷姫は食い気味に言った。
「なんとまあ、そりゃあ、一本どうです? こうやって肉を気軽に売れるようになったのも、あなた方のおかげだ。是非食べて行ってくんな」
「それなら三本…いや、二本貰おうかな」
氷姫は遠慮したので二本にする。
一本はナビに。
炭火で丁寧に焼かれた熊肉が実にジューシーだ。
「本当にいらないの?」
隣に座る氷姫に訊ねる。
「はい、私は」
「美味しいですよ? まあ私も何度も食べて知ってますが。炭火で焼くと格別良い香りになりますよね。この、外で食べる、という状況も何か…一つのスパイスの気さえしてきます」
あっという間に平らげていく。
「一本だと私には多いので遠慮いたします」
「はは、いやいやそんなことは無いでしょう? ひっ」
言いかけたナビを凍てつく視線が黙らせた。
「それなら一緒に食べる?」
手にした串焼きを差し出す。
「まあ! よろしいのですか?」
それを待っていた、と言うばかりの勢いで氷姫は目を輝かせている。
チラチラと見ていたでしょうに…と、ナビは気づいていたが指摘するのは辞めた。後が怖いので。
「一つはもう食べちゃったけど。良ければ」
一本に肉の塊は三つある。
「はい、それでは喜んで頂きます」
その場で手を出さず、口を控えめに開ける。
手渡そうとしても、頑なに手を上げない。
「…」
口の前まで差し出された串焼きを恥ずかしそうに頬張った。
「あむ。とても美味しゅうございますね。 …このようにその手から頂けると言うのも…また格別なものですね」
「…」
それは本当だろうか? と、ナビは訝しんだ。
「…ナビも食べる?」
その視線に気づいた勇者はナビにも同じように差し出す。
「頂いてもいいんですか?」
「いいよ」
「では、失礼して」
すでに一本平らげていたナビだったが、遠慮することなく肉に齧り付く。
「…ふむ…特には、何も、変わりなく」
味わって咀嚼するも、違いは理解できなかった。
「まあ普通に美味しいですね、ひっ」
氷姫の凍てつく視線に気づいた。
少し黒いオーラを纏っているようにも見えた。
たぶんきっと気のせいだろう。
冷や汗を流しながらゆっくり肉を飲み込む。
「つ、次はどこのお店に向かいましょうか? 武器屋なんかどうです? 案内しますね」
ナビは凍てつく視線を背に感じながら二人を案内する。
その道中、
「この町、武器も豊富にあるよね」
「今は私たちの兵にもいくつか、その質は高いですね」
「ゴブリンたちは火の扱いに長けてますから。土を燃やし、それを精製して加工して…昔からその技術は彼らだけのモノですよ。実は肉界のポギー様の扱う武器もゴブリン製ですからね。魔王も認める質なんですよ」
「手先が器用なのは見ていてもわかるね」
「それにしても…ここは私たちのいる界とは少し異なっていますね。 …土神風に言うのであれば、大地の魔力が薄い、でしょうか。でもここの土は精製するには良いようですし。 …それからこちらの界に入ってからは魔力が吸われることが全くないですね」
「ここだけですよ。 …肉界、色界、私たちのいる怠界、傲界、嫉界、怒界の大地は多少差はあれ同じようなものですし。 …違うのはここ、物界だけです」
「その理由は?」
「…まあ、何て言いましょうか。ゴブリンたちが弱いから、もあるでしょう。彼らから魔力吸っても仕方ないですからね。彼らは彼らの繁栄の為に、独自のあり方で生きているだけですし」
「何か、それ以上言えない理由でもあるのですか?」
「…別に言えない、と言う訳では決して。 …ゴブリンたちのいるこの界はある意味特別ですから。この地は最も古い土地なんですよ、ええと…この星が生まれ変わる前からあった、とでも言いましょうか…」
「少々話しすぎでは無いですか?」
ナビの言葉を遮ったのはもう一人のナビ、この地にいるインテリナビだった。
「…私は聞かれるままに答えているだけです。それも義務ですので」
「…義務、ですか。それは今の立場を、そこにいる魔王グリに使えていることを言っているのでしょうが、本分を見失ってもらっては困りますね」
大きな眼鏡がきらりと光った。
「…別に見失ってはいませんが」
「そうですか? だいぶ絆されているようにも伺えますが」
「…そんなことはありません。 …で、あなたは何の用なんです?」
「挨拶に来ただけです。マモナス様の変わりに。親交のある方々ですからね。 …それと、注意を。 …これはあなたの友人として、ですが」
「…一応は聞いておきますよ。 …ありがとうございます」
大きな目で目配せをするとインテリナビは早々に立ち去っていった。
どうやら本当に簡単な挨拶をしに来ただけのようだ。
それと、注意を。
「この町の深掘りに関してはまた今度にしましょうか。アクセサリーショップに向かいましょう。本来の目的地ですからね」
リング、イヤリング、首飾り、髪飾り、などなど。
アクセサリーは多種多様に揃っている。
ひとしきり眺めた後、決めたのは指輪、それもペアリングだった。
「お揃いですね。とても、ああ、とても…嬉しいです」
氷姫はその左手に輝く指輪を眺めてうっとりとしている。
「指輪から繋がりを感じます…。 …ああいえ、たとえ指輪がなくとも繋がりはもちろんあるのですけど」
氷姫の喜びはひと塩のようだった。
ここになってようやくその視線から凍てつきが消えたようにも思う。
ナビはそれにほっと安心した。
「…へぇ、今度は指輪なんだね」
気づけば上空からイラが降りてきた。
相変わらず気配が薄い。
「それもまた綺麗だね。羨ましい限りだ」
イラは氷姫の指先に目をやる。
「…あなたは?」
「ああ、君は会うのは初めてかな? 私はイラ。これでも魔王の一人だよ。氷の神」
「それはそれは、ですが、私にとっての魔王さまはこちらにおられるグリさまだけですので」
「ふぅん、面白いね、君。神なだけはある。私を前にして、全く怯むことも、傅く気配も無い。まあそれはそっちの彼もそうなんだけど」
「前にもこの町で会ったけど、本当によく来るんだね」
「うん、当然。言った通り、私はゴブリンたちを好いているからね。もちろんこの地もそう。彼らの祈りは心地良いんだよ。とても懐かしいしね」
「ゴブリンたちの祈り?」
「姿形は変われども、火を扱う様は変わらない。ずっと、ずっと昔から…私も、彼らがいる限りはまだ残る。どんなに小さな光でも、輝きには違いない、と言うことだね」
「…魔王というよりは、神にも近いですね、あなた」
「はは、神に近い、か。流石に神というだけあって鋭いね。でも今の私は間違いなく魔、だよ。仮に機会が訪れても、私は再び魔を選ぶね。 …光を、火を開放したこと、与えたこと。今でも後悔は微塵もない。 …その結果、星が死ぬことになっても…それでも良い、と、」
「いいや、良くはない。全くもって、全然、良くはないよ」
「…サティ」
「君の持つ、持っていたその輝きは永遠であるべき光だ。 …他の何に変えても、私は今までその為に」
サティと呼ばれた人物から放たれる魔力の奔流、それは実に異質で、今まで感じたことのないザラザラとした感触を覚えた。
敵意があるかないかは今のところ不明。
しかしその視線は鋭い。
「…魔王さま」
氷姫はこの場から離れることを提案し、それに頷く。
ナビをつかみ、すぐさま離脱。
「サティが怖い顔で睨むから。 …今回もあんまり話せなかったなぁ。逃げられちゃったけど、いいの?」
「…今はまだいいよ、今はね」
「それにしても珍しいこともあるね、君がここに、この町に来るなんて」
「…出歩くことだってある。レヴィと違って、籠ってばかりいない」
「そのレヴィも、今は何か様子が変わったみたいだけど?」
「力を返した。今は私たちとそう変わらない」
「へぇ…それは力強いね。でも言うこと聞かなくなると思うけど。まあ元々、自由だったか」
「構わない。それに今見てわかった。自分一人でも良い」
「さっきの? 結構強そうだったけど」
「一柱なら、問題ない」
まあ結局問題はどうやって孤立させるか、な訳だが…
表情を僅かに顰めるサティを労い、
「そこまでしなくてもいい、そう私自身が言っても…もう聞かないよね?」
「…君はこのまま消えていい存在じゃない、私がそれを決して認めない」
あれほどの、あれだけの輝きが失われるなど、あって良いはずがない!
その怒りの衝動がサティを今まで突き動かしていた。
サティはかつてのイラの輝きを知っている。
今のイラとして生まれ変わる前の、まだその名が本来の名であった時を知る一人だった。
「…君の輝きは私が絶対に取り戻すよ」
神は三柱いる…欲を言えば全員…
そうは言わないまでも、近いうちに、その一柱だけでも手に入れたい。
「…」
憤怒の色に染まるサティの傍ら、イラはゴブリンたちを見ていた。
かつての自分が火を、光を与えた存在の、その末路…
彼らに向けたその愛情は今も変わらない。
ゴブリンたちもまた、その姿形は変わっても、その信仰、信じる光は失われてはいない。
自分たちが何に祈っているのか、その対象が次第に朧になっていたとしても、細々と、確かにそれはまだ残っていたのだ。
「…力を取り戻したら、この星の彼らはどうなるのかな?」
「……内から君の星が再びその輝きを取り戻せたら、その大きさを戻せたのなら…私が覆ったこの星は逆に内側からとってかわられるだろうね。それでいいよ。それに…そうなれば君を信仰していた人間たちも、その姿のままいずれは蘇るかもしれない…相当な歳月はかかるだろうけどね。元通りになるか、また繰り返されるかは、今は知る由もないけど。私としては、彼らなんかよりも、君の輝きが戻るのならそれでいい。 …それだけでいい」
「…」
イラは何も答えずに黙ってゴブリンたちの生活を眺めていた。
「…」
サティもイラに倣ってゴブリンたちを見る。
…かつては星さえ支配しかねなかった者たちの、成れ果てた姿。
…しぶとくも、辛うじて生き残った者たちの末路が現在の姿だ。
確かに、姿は変わっても、今もその知識はあるのだろう、知恵もまだあるのだろう。
細やかな器用さも、卓越した技術も、完全に消えてはいない。
長い歳月をかけさえすれば、いずれは追いつくのかもしれない。
火に対する信仰も無くなってはいない。
…しかし、彼らの持つ輝きでは圧倒的に足りない。
そんなものではいくら時間をかけたところで…緩やかに穏やかに消えるだけ。
その速さが少し、ほんの少し変わるだけの…ひどく脆弱な、無にも等しい光だ。
この星での生存は許した。 …が、それだけの事。
原初の火を、光を、その輝きさえも分け与えられたと言うのに結局それをいかせなかった。
そのせいで、こんなにも弱々しくなった。
…私の抱いた怒りは消えない。
「…」
サティの目線はイラの横顔に向き、ゴブリンたちを見守る、その優しさと慈愛に満ちた目を見た。
…それでも私にとって、輝く星は君だけで良い。
一つ星の君。




