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月に願いを

月が満ちていく。


暗闇から島が浮かび上がってくる。

ある外の一間にて、その満たされた真円の月を見ながら舞を踊る姿があった。

その周りを光が満たしていく。

それらの光は形を生み出す。

そしてそこに、新たな何人かの月の民の姿が産まれていた。


「…ああ、もう少しですわ。後少し、もう少し…」

わらわは最後の月の民。

あれは仮初めの月なれど、

かつての願いは今もまだ募り、想いは重なり、祈りは届き、新たな呪いとなって形を成す。


「かつての願いも、今はもう昔の話…」

本日もまた、仮初めの月に囚われた身ゆえの限られた一日を、とくと、味わう事といたしましょう。

今までであれば、いつものように。

そして、今日はその中でも特別ないち日、ああ、どんなに待ち遠しかったことか。

ああ、妾の孤独を、願いを、祈りを、想いを、呪いを…

「…ともに分かち合うとしましょうか」


竜の背に乗った男が一人、都に、降り立った。

分け身たちの視界を通してその姿を確認する。

ああ、やはり良い、とても、とてもとても良い…


「約束通り、一人できたよ。あとこれは、手土産、と言うか、食べ物。甘いものとか大丈夫? 結構な数を持ってきたから、みんなで食べて」

「ええ、もちろんですわ。 …みなも喜ぶでしょう、こちらに」

まあ、分け身にとっても妾が食べる事と同じですけれど。


ーこの都の中では私は大きすぎる。 …私はここで待っていた方が良いか?ー

小さな都を見下ろしながら竜は言う。

「う〜ん、そうだね、それなら」

「必要ありません。帰っていただいて結構ですわえ。ご苦労様でした」

黄姫はこちらが言う前にそう言った。

「帰っていいって?」

それだと、帰りに困りそうなものだが…


「ふふ、主様ぬしさまはもう妾のモノです。この前の品の返礼として、主様自身をいただきますわ。最上の、極上の宝として…ね」

扇で口元を隠しながらお淑やかに言う。

「それは…」

「この地はかつての月の民の地。ええ、最後の月の民である妾と、主様の二人で、これから本当の最後の時まで一緒にいましょう。永遠の時を、妾と共にここで過ごしましょう」

黄姫の目には熱がこもっている。


ー…全く話を聞きそうにないな…どうするのだ? 無理矢理にでも帰るか?ー

「いや、そう言うわけにも。そうだね…一先ず帰っていいよ。確かに黄姫には大きな恩があるし、それを反故にはできないから。そしてできたら、戻った後に森のエルフにでも伝えてほしい、多分しばらくは帰れそうにないけど、みんなに心配しないようにって。そう頼めるかな?」

ーいいだろう、戻ったら森のエルフにそう伝えておこう。 …しかし、私は次の満月にでも迎えに来れば良いか? 帰してくれるのかはわからんが…ー

ちらりと黄姫を見ると怪しく微笑んでいた。

「…そうだね、それも頼もうかな。 …もし帰れる方法が見つかったら自分で帰るよ。無理ならその時は、まあ…うん」

ー…承知した。それでは、ひと月後に。…達者でなー

「ありがとう、頼むね」

竜の背を見送る。

まさか、見送ることになるとは思わなかった。


「お話は終わりましたか?」

「うん、ひとまずはね」

「それでは、参りましょう。妾たちの都、妾たちがこれから過ごす永遠の地へ…」

「…」

…思っていたより大変なことになったのかもしれないな。

ぴったりと横に着く黄姫に合わせて歩きながら考える。

「…」

遅くなるかもしれない、とは伝えていたけど、まさかここまで遅くなりそうだとはね…それが一ヶ月後だとは誰も思ってもいないだろうな…

「…」

それにしても、なんだかこの前の時より住民がえらく少ない…数える程しか見ていない。


「どうかいたしましたか?」

「人が少ないね。みんな何処かに行っているのかな?」

「ふふ、この地から離れられるモノはおりません。月の民ゆえ、それが月の呪いでありますから」

…月の、呪い?

「…この前はもっと、たくさんいたと思ったけど。黄姫は、寂しくないの?」

「もう数は必要なくなったのです。妾にはもう主様がおりますので。寂しさもなくなりました」

「…そう」

まずは様子を見ようかな。事情も把握していないし。

このまま下手に動いても仕方ない。


月の都 黄姫おうひめの間


何人かの姿は見えた。 …子供も、全くいないわけでもないのか。

その割には親はどこだろう? どこかにいたのだろうか…それとも、黄姫の子供か?

確かに似ている…

「小さい子もいるんだね。親は出かけているのかな? それとも、黄姫の子供だったりする?」

「半分あたり、と言ったところでしょうか。その子も含めて、ここにいる者たちは主様の身の回りのお世話を致しますゆえ。何をされても心配無用ですから。全て妾に通じておりますれば、ご寵愛くだされば妾も喜びます」

「…自分の世話は自分でできるから大丈夫だよ」


通じているとは…言われてみれば顔立ちは黄姫とそっくりだ。思い返してみれば、全員そうだ。ここにいる民たち、全員がとても良く似ている。

「…分身、みたいなものなのか…だったら今までの民たちは全員。黄姫の魔法か何か?」

「ええ、そう思って下さって結構ですね。この地の民、全て妾でもありましょう」

「…」

何のために? 自身の世話か、それとも…

「かつての民たちとの思い出でありましょうか、あまり記憶にないとはいえ、そんな妾でも孤独の寂しさには時に勝てないこともありましたゆえ、ただの慰みにございますね。それと真似事とでもいえば良いのでしょうか? たとえそれをしたところで、結局は妾ひとりであることに変わりはしませんけれどね」

どこか寂しい笑顔でそう言った。


「この広い地に、今までずっと、一人で?」

「そうですね。ふふ。そのような顔をしないで下さい。妾は元より最後の月の民としてこの地に生まれ落ちた身。孤独には慣れております」

「…この地を離れたことはないの? それとも…できない?」

「できませんし、その必要もありません。ここには全てがありますれば。妾ひとり、であれば、飲食もさほど難しい問題ではありません。まあ結局作るのは妾ですけれどね。ええ、たとえそれが妾と主様の二人分であっても、分け身によって容易くご用意できることでしょう。全て、全て妾にお任せになってよろしいですよ」


「…そういえば、月が満ちていない時は、どうしているの? 海の中、その下…深海にでも行くのかな?」

「深海よりも更に深く、常世の闇にまいります。あるのはただの闇。今は貴重な現世うつしよなれば…明日になればわかりまする」

「別空間に飛ばされる?」

「飛ばされる、というほどではありません。少しズレる、と言ったほうが正しいかも知れません。例え海に潜ろうとも、ここには辿り着けません」

…出れない、と言うことでもあるのだろうか…


その後、食事が運ばれてくる。

魚が多い、各種野菜もある。

確かに不足はないように見える。

ここの都の畑で収穫したのだろうか…

でも、結局畑仕事をするのは黄姫自身なんだろう。自分も手伝おうかな…


「食後に妾の舞など如何でしょう。こちらに」

そう言って部屋から表に連れ出される。

その間からは月がよく見えた。

差し込む月明かりもとても綺麗だった。

そして黄姫は舞を始める。

静かに、恭しく、優雅に。

慣れたように、流れるように舞は続く。

月明かりに照らされて優雅に舞う様はあまりにも美しい。

でも、どこか哀しい…それは、孤独の舞、とでも呼べばいいんだろうか。

ただ、おもわず時を忘れて見惚れてしまう程の舞だった。

「…見事なものだね。とても綺麗だったよ。初めて見た」

「今までは観衆も妾のみであったので、こうして人前で舞うのは、楽しくも心踊るものですね」

「…」

ずっと、孤独だったんだろうか。

そこまで大きくない島であっても、小さな都であっても、ひとりにとっては、とても広い。

そんなこの地で、ずっと。

一体いつからなんだろう。


ここにきて最初の夜が終わろうとしていた。

ただ、朝日を待つこともなく、島は海へと沈んでいく、消えていく。


「この島は朝に沈むわけじゃないんだね。外はまだこんなに暗いのに…」

「朝、と言うものを妾は知りませぬ。暗い闇から暗い闇へと、妾は沈んでいくのみです。ええ、月の明かりであれば、存じております」


沈んでいく様を内側から見る。

…最初はただ沈んでいるだけかと思っていたけど、それにしては間に海の生き物を見ない。

…この結界の膜の外は海ではないのかもしれない。

…暗い闇の膜ようなものに覆われているみたいだった。


「暗闇に囚われているのですよ。遥か空より落ちた月の民である妾は。 …ずっと昔から、遥か昔から…」

黄姫はそう言った。

この外の闇を見ると、何か…確かに魔力のようなものを感じる。

それはただの魔力ではなく、何か、こう…言いようのない気配を纏っている。


それから黄姫と幾日か共に過ごした。

話をして、食事をとり、舞を見る。

間に沐浴などもする。流石にそれはひとりでしたが…

小さい黄姫(分け身)は断った時不満そうにしていた。すぐに本人が来たがそれも断った。結局は同じだった。

ちなみにその日の舞は無かった。 …怒らせてしまったのだろうか?


幾日か、とは言ったが、正しい日数の感覚は次第になくなっていく。

時間の感覚もまたなくなってきていた。

都にしても、部屋にしても、灯り自体はついている。

…淡い光ではあったけれど。

ただ、空、と言っていいのかわからないけど、それがとても真っ暗なので、

一日中ずっと夜が続いているかのような気持ちになる。

今日で何日経ったのか、などは、食事から判断するしかない。

それも時間を測るにはひどく曖昧なものではあった。


それからまた更に幾日かたった。


外へ出て、何度目かの真っ暗な空を見上げる。

「ここから出ようとは、しないのですね」

そういって黄姫はすぐ隣に立つ。

「…」

「主様であれば、主様の力であれば、この結界を壊すことなど容易いでしょうに」

「…そんな乱暴なことをしたくはないからね」

最終手段ではあるのかもしれないけれども。

「妾に何もしないのもそうなのでしょうか?」

「…それは…まあ…似たようなものかな」

言葉を濁らせる。

「随分と、いけずな主様でありますね。 …どんなに妾が望んでも」

しなだれてくる黄姫を軽く支えながら、聞いてみる。


「…黄姫は、ここから出たくはならないの? 外に出て、ほかの町へ行って見たりとか、いろいろなところへ行って、様々な景色を見たいとは思わない? 例えば、そう、朝日とか…綺麗なものだよ?」

「…妾もかつては、そのようなことを思った時があったのかもしれませんね。あるいは、願ったのかもしれません。でも、もとより妾はこの地に、あの仮初めの月に囚われている身ゆえ、その願いが叶うことは決してありません。それがかつての月の民たちの残した願いであって、そして祈りでもあったのでしょう。 …今ではまるで呪いのようでもありますが。それも妾を守るためのことでありましょう」

目を細めて小さく笑う。

「色々と、聞いてもいいかな?」

「…何なりと」

「月の呪いというのは、あの空に浮かんでいる月のことであってる?」

「ええ、あれはかつての月の仮初めの姿。月の民が生み出した想いの形、願いの形、祈りの形、魔力の塊でありますれば。今は空という水面に映る仮初めの月でありましょう」

「…あれって魔力だったのか…それはまた、随分と大きな…塊だね」

それは気づかなかった…


「ええ、そしてこの地はかつての本来の月の地ゆえ。残された最後の月の地にして、月の民である妾を縛り付ける、黒き呪いの地でもありまする」

「ここが、本来の月ということは、昔は空に浮かんでいた…でもどうしてここに?」

「落ちたのです。落とされた、と言っても良いかもしれません。かつてあった、大きないくさで」

「月が落ちるほどの戦か…それは一体どんな争いだったの?」

「強大な力を持った何か、としか妾にはわかりません。不死の闇、とも、永遠の穴、とも。それの呼び方は様々なれど、結局は決して倒せない何かであって、何度でも蘇ってはあらゆるものを喰らい尽くして言った、とされておりまする」

「…何度でも蘇って、あらゆるものを喰らい尽くす闇、か…」

なぜかそれを聞くと胸がざわついた…しかしその理由はわからなかった。


「それは唐突に地上に現れ、消えたかと思うと、ここ、月にも現れ、何度倒しても蘇り続けたとされております。それが現れた地上において、月の戦士たちも協力を惜しまなかった、とも伝えられております。その戦で月の民の大半が死に絶え、全滅を免れないと悟ったその時代の黄姫は、ある幼子を、自身と、残された月の民たち全てのいのちをつかって生み出した強力な結界とともにこの地に封じ隠した、と。それゆえその幼子は全滅より逃れおうせたというのです。それが結果、この地に縛り付けられる呪いを得ることになるとは、その時代の黄姫の意図していたことなのかどうか…」

「その幼子は、今の黄姫のことなんだね」

「…はい。まだこの地があの空の遥か彼方に、浮かんでいた頃のかすかな記憶がありますれば。 …母上様、他の月の民たちの顔はもう、誰ひとり覚えてはおりません…」

「結局その全てを喰らい尽くす闇…不死の闇はどうなったの?」

「…その後、その不死の闇は打ち倒されたのです。ただ、そのために地上は一度死んだとされております。その影響によって、月も落ちた、と。そして月が落ちた後の世に、月の民たちの願い、祈り、想いが形となって今のあの魔力の月を生み出した、とされております」

「黄姫自身にある呪いというのは具体的に?」

「実のところ、妾自身にもその詳細はよくわかっておりません…ただ、確かなことは、あの月が満ちた時、現世に現れることができるという、今まで幾年繰り返された事実のみです。 …そして、この地から離れることができないということ。それら全て、あまりにも強力すぎた結界の代償、のようなものなのかもしれません」

「この島から出ようとすると何か起こるのかな?」

「引き戻されます。黒き手のような何かに。 …この地にいるうちは安全でありますれば、何も起こりません」

「ここの周りに張られている結界は、その時の強力な結界とはまた異なったものなのかな? それとも弱まっただけ?」

「ええ、それは時とともに次第に弱まりました。外の結界はもう必要は無くなったということなのでしょう。妾が定期的に舞によって張りなおすほどには、弱まっておりますね。主様でも難なく打ち破れることでしょう。あの竜のように。ただ、内側の結界と、あの幻の月の力は衰えているとは思いません」

「あの空の月をなんとかできたら、そして、この地の内側の力をなんとかできたら、黄姫は外に出られるかもしれない?」

問題はそれをどうなんとかすることなのだけれども。


「…そのようなことが可能なれば、あるいは。ただ、あの月は、仮初めなれど、その魔力は途方も無いものでありましょう。人の身でどうにかできるものでも無いでしょう。いくら主様でも…」

「…あれだけの大きさで、きっとその質も、確かにどれをとっても強大だろうけど、あれが魔力の塊であるのなら、同じ魔力でどうにかできるはず。そしてそれは、君をここに縛り付けている呪いにも当てはまると思う。数多くの強い願いや祈り、想いではあっても、その出所が魔力であるのだから、同じ魔力でどうにかできる、と思う」

「…理屈の上では、そうかもしれません」

「…試す価値はあると思う。黄姫は、ここから出たい? 出てみたいと思う?」

「…可能なれば、そう…でも、妾は…」

見てみたい、か、どうかと問われれば、妾は…

それが、母上様、かつての月の民たちの、思いを反故にするようなことになるのだとしても…

「主様と、話に聞くその様々な景色を…朝日というものを、ともに見てみたくもなりまする」

己の心に、正直に、そう答えた。


「…それなら、試してみよう」

「ですがそれは…」

「いくつか、考えがあるんだ。もっと詰めなきゃいけないところもあるけど。まずはできそうなことから、時間はまだある。それと、結界のことで黄姫の協力も必要になるかな。 …また再び、月が満ちた時、竜が訪れた時にもその時ちゃんと相談しないといけないけどね」

「…わかりました。全て主様にお任せします」

…準備は念入りに。

決行は次の満月。


次の日、都の広間にて。

「それじゃあ、ひとまずいろいろ試してみるから」

まず、魔力の確認だ。

今、自分の中には、火、氷、雷の力がある。

まずはそれらを体の中で合わせてみるところから、なんだけど。

異なる魔力は交わらない、やっぱり同時に、となると面倒だ。

反発し合う、というわけでもないが、どうにもうまく混ざり合わない。

…それを強引にでも合わせる。

大切なのは、イメージ、想像…混ざり合う、絡み合う…結びつく…

「っ!」

激痛とともに体の内部で拒否反応が起きる。

何かが起こった。

確かに何かが起こっている。

そのまま続けると体の内部がその暴走して暴れまわる魔力によって傷つけられる、痛みが全身を駆け抜ける。

それでもさらに続ける。

鼻血、それから多分、目からも同じように出ている。

「主様っ! 血が出ています」

「…いや、大丈夫だよ。そこまでダメージがあるわけじゃ無いから」

「目からも、耳からも血が、出ておりますれば!」

「見た目ほど大げさなものでも無いから、大丈夫」

「…そうなの、ですか?」

「うん、だからもう少しだけ、ね」

…できなくは、無い。

でも、多分これは不完全な何かだ。

本来これを完全なものにするにはきっと足りていない。何もかもが。

でも、それでもこれは並の魔力では無いことだけは確かだ。 …その手応えはある。

…この力をあの月に向けて放つ…

そして、その次はこのかつての月の地。この島。

それであるなら、通常の魔法でも大丈夫なはず。

あの、白の城を落とした時の力でもきっと。

そして問題はその後になるだろうな…

その時にこの地に残った魔力が消えていればいいけど…そんな簡単にはいかないだろうな…

後は竜に乗って上手く逃げ切るしか無い、か。

凌ぎきれるかどうか、結構な我慢比べになりそうだ…


そして再び月は満ちた。


簡単に作戦を話し合う。

ー…正気か?ー

「うん」

ー…正気であって本気のようだな…ー

「頼むね」

「妾からも頼みまする」

ー…いいだろう。私も興味が湧いてきた。本当にそのようなことができるのかどうか、やってみせるが良いー

「ありがとう」


真円の月。

魔力の塊。月の民たちの、その想いの、願いの、祈りの塊。

「…始めるよ、黄姫はすぐ傍に」

「…はい」

自身の中にある魔力を合わせる。

火、氷、雷。

混ざり合わない力を高めながらあわせる。

そのどれもが極大の魔力を帯びていく。

混ざり合い、体の内側から弾けそうな波動を生む。

その波動は、大気を、大地を振動させる。

鼻、耳、目、口から血が出てくる。

体に起こる激痛を気に留めず、さらに魔力を高めていく。

限りなく、限りなく…

混ざらない魔力は螺旋状に絡み合い、結びついていく。


ー…これは…ー

古の竜は心の底から驚愕する。感心とも言えた。

これほどの所業を…そしてこの魔力…


そしてそれは不完全ながらも美しい魔力の帯を解き放っていく。

「…あぁ…」

それを間近で見る黄姫もまた、驚きを隠せなかった。

ここ数日、幾度か見たとはいえ、その時はまだ、ここまでの完成度ではなかった。


「…」

狙いはあの月、

今は不完全な魔法であっても、あれもまた仮初めの月、それならば、きっと。

月に手を向ける。

「…届くはず」


それはかつて世界を滅ぼした光、かつて月を破壊した光、

そして新たな世界を生み出すことになった創世の光。

今は落ちた月の地から空の仮初めの月へ、まるで橋のように不完全な虹が架かっていく。

「…届け!」

光が今、放たれた。


極彩色の光(不完全)


仮初めの月は、跡形もなく消え去った。

大地が脈動する。

かつての月の大地が脈動する。


「…次は」

間をおくことなく、

雷魔法 極大

轟音とともに稲光が大地に降り注いだ。


かつて浮沈の城を落としたその力は、

落ちた月のかけらを、さらに落とした。

その浮かぶ島は…最後の月の地は…光の帯とともに崩れ去っていく。


「…後は。黄姫」

「はい」

ー…いつでも構わないー

黄姫を抱えて竜に飛び乗る。

「高く、速く、とにかく、どこまでも。 …少しでも多くの、時間稼ぎ。頼むね。行こう!」

黄姫は頷き、黙ってその抱きつく腕に力を込める。

滅びていく地を竜が発つ。

高く、速く、高く…


滅び去っていく大地から、黒い手が伸びる。

それはこの地を去るモノを逃さない。

決して。逃そうとはしない。

伸びる、それは黄姫をめがけて、伸びてくる。


ー…速いな、この速さでは、いずれ追いつかれるー

「…わかっている…構わず飛び続けて。 …前だけを見てていいよ」

ー…いいだろう…どこまでも飛んでやろう、どこまでもなー

竜は笑い、空を駆ける。

未だかつて、受けたことのない風をその身に受けながら。


それでもその黒い手は竜に追いつく。

まさにその手が黄姫を掴もうとした時。


極彩の光の膜がそれを防いだ。


「…っは…」

「主様!」

手はさらに掴もうとする、

しかし、その度にその極彩の膜がその手を阻む。


「…これからが、我慢比べ、だからね」

「…っ」


満月の日よりも幾日か遡るある日のこと

「と、まあ、こうやって結界を張ってるわけです」

舞を踊り、目の前に結界を張ってみせる黄姫と、それを観察している勇者の姿があった。

「なるほど、ん〜、やっぱりいきなり結界術はできそうにないなぁ、でも…」

魔法の指向性を変えればいいのかもしれない。

放つ、のではなく、自身の周りに放射する、そういうイメージならできるかもしれない。


不完全ながらもその光は結界の役割を果たしていた。

ただ、それはその魔法を放ち続けるようなものでもあった。

体への負担は、大きく一度放つよりも、積み重なるにつれて大きさを増していく。


ー…あの手、なかなか諦めないものだな。よく粘る…ー

より速く、離しては追いつかれ、それを弾いて離してはまた、追いつかれる。

その繰り返しだった。


「そう、だね…でも、まだ。行ける。まだ…」

それでも勇者は諦めない。

「…ああ」

次第に満身創痍になっていくその姿を見る。

「…もう、もういいです。もうこれ以上…」

その様子を見て黄姫は涙を流していた。

「…まだ、だよ。 …まだ、諦めるのは、勿体無い」

「…私を離してください」

もう、これ以上は、

暗闇の中であっても、初めて世界を見れました。

初めて空を。駆けました。

…もう充分です。

ありがとう。主様。ありがとう。

「主様! どうか!!」


勇者は抱きしめる手に力を込める。

「…主様!」

「…悪いけど。その願いは、叶えられない」

「ですが!」

「それより、ん、と。少し、良いかな? 黄姫の魔力、こっちに流せる? 聞こえてたら…そっちもできる?」

ー全力で飛びながらさらに力をよこせ? …随分と強欲な人間だったのだなー

「できないなら仕方ない、けど、流石にちょっと、後は生命を削っていくしかなさそう、だから、それは最終手段にとっておきたいんだけど…」

ー良いだろう、貸しだ。使ってみせよー

古の竜からその力強い魔力が流れてくる。

「…わかりました。妾も…力の限り、お渡しします」

黄姫の魔力もまた流れてくる。


それからさらにまた何度、防いだことだろうか。

迫り来る黒い手から。

そして、それはついに…


光だった。

「…あれが…太陽の光…ああ…」

黄姫は初めて太陽の光を見た。

光に照らされる世界を見た。

「ああ…ああ…」

それは今まで見た、どんな宝よりも美しかった。

月が満ちてから、どれだけの間逃げ回っていたのだろうか。


黒い手は、太陽に照らされて消滅した。

その時、黄姫は微かな声を聞いた。

『…もう、妾がいなくても、大丈夫、なの?』

「っ!」

覚えては、いない、記憶にも残っていない…それでも、その声は優しい。何よりも、優しい声だった。

「…母上…様…?」

黒い手は黄姫を優しく撫でるように消えていった…

あるいはそれは、ただの空耳だったのかもしれない…


「んっ、こほっ。上手くいった、ね」

黄姫に笑いかける。

「…主様…主様!!」

太陽に照らされたその笑顔を見て、黄姫は力一杯抱きついていた。

そしてそれを、太陽は優しく照らしていた。


竜が大地に降り立つ。

ーどこだ? ここは…全く、私もよくもまあこんなところまで飛んだものだ…戻るのも時間がかかりそうだ…ー

そしてここがどこなのか、それは誰にもわからなかった。


黄姫は降り立った大地から、海と、水平線を見ていた。

太陽に照らされている青い海を見ていた。


ーそれで、平気なのか?ー

「ん、あまり、大丈夫じゃない、かもしれない」

ーふむ、この指輪、もうしばらく私が持っていようー

竜の爪には命のリングがはめてあった。

「…ありがとう、助かる。流石に、それをつけたら今すぐにでも、倒れそうだ…」

ーはは、そんな姿も見てみたいものだなー

「…はは」

笑い合う。

水平線を見て涙する黄姫の姿を、座りながら見守った。


町の宿 いつもの部屋にて


「一ヶ月も帰ってこないで、しかもまた別の姫を連れてくる、もうさすがとしか言えませんね。ええ、もう慣れましたわ」

「まあ、こっちでも色々やろうとしたんだけど、できなかったよ」

「創世樹パワーもあんまり役にたちませんでした! どうしてでしょうか!! 口惜しいです!!」

「…おかえり、待ってた。ずっと寂しかった」

「…ははは、でも、本当、無事で何より、です。みんな心配してましたから…もちろん私も」

「うん、ごめん」

「これからここが妾と主様の都になるのですね…」

「都じゃないぞ、ただの賃貸宿だぞ」

「ええ、楽しみです、とても楽しみです。本当に、これからが、楽しみです…ね、主様?」

「はは、そうだね。ますます…さらに賑やかになるね」

「…これは…話を聞かないタイプと見ましたわ」

「…なんか尊大な感じがちょっとお前と似てる気もするぞ」

「わたくしのどこが尊大なんですの? わたくし、姫ですわよ?」

「そういうところだけどね…後、ボクもだけど、ここにいるのほとんど姫だぞ」


わいわいと、騒がしい朝が訪れる。

…それにしても、部屋、新しく借りないといけないな…

そう思いながら、ひと月ぶりの宿の朝食をとることにした。

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