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ゴブリン(小鬼)

ゴブ子の両親が経営している薬屋に着くと、

待ちわびていたかのように一家揃っての歓待を受けることになった。

「話は娘から全て聞いております。うちの娘の命を助けてくださり、本当に、本当に感謝しております」

「出かけると聞いて、てっきり近場に行くものとばかり…まさかそんな遠方に、それも一人で向かうとは、自分も家内もつゆにも思いませんでした」

ゴブ子の両親、ゴブ江とゴブ蔵は話をしている最中もしきりに頭を下げていた。

「お城での歓待のような豪勢なおもてなしとはなりませんが、精一杯用意しましたので。是非とも、食べていってください」

案内された部屋の卓上にはすでに様々な料理が並べられていて、

「お姉ちゃんを助けてくれてありがとう!」

「ありがとう!」

「どうかたくさん食べていってくださいなのです!」

ゴブ子と一緒に、それほど歳の離れていないという妹のゴブ美と、その姉妹二人とは歳の離れているであろう弟のゴブ太郎が、せっせと料理を運んで来た。

あっという間に大きな卓上に収まり切らないほどの料理が並んだ。

この町で肉は貴重品であり、とても高価な品物で、一般的な家庭にとっては少々手に入れづらいものなのだろうが、それでも大切な客人のために何品かが振るまわれた。

色とりどりの生野菜を茹で、細かく刻んでさらにそれを濾したスープから始まって、形そのままに焼き目をつけて塩をふった焼き物や発酵させた乳製品と絡めあわせたものなど、料理は主に野菜がメインだった。

主に見慣れた野菜とはいっても、どうやら調味料と香辛料は豊富にあるようで、それらを混ぜ合わせたソースが実に多様、多岐にわたり、同じ野菜でもソースを変えることによって様々に変化するその風味に感動を覚えた。

「このソースは全部手作り?」

「そうなのです。全部調味料と香辛料を調合して作っているのです!」

調合、というあたりに薬師としての生業が身に染みて伺えた。

ゴブ子は手作りの発酵調味料を持ち出してくると、

「これは豆を発酵させて作るのです。名前はオミーソなのです! こっちも同じ豆を発酵させたもので、工程が少し変わるのです! これはセウーユと言うのです! 野菜だけでなく、お肉にもとっても合うのです!!」

「個体と液体、同じ豆を発酵させるのは同じでも、味も香りも色も、こんなに変わるんだね」

「ぜひこれもお試し下さい。生野菜につけて、食べてみて下さい」

今度はゴブ美が粘り気のある白いソースを手に持ってきた。

縦長に、棒状にカットされた野菜につけて差し出してくれる。

「!」

実に美味しい。

野菜と絶妙に、合う。

「マヨーネって言います。お酢に卵黄と塩を入れて、それからよくかき混ぜて、」

一生懸命説明してくれる。

「こっちもたべて〜」

今度はゴブ太郎が赤いソースを手にしていた。スパイシーな匂いがして、そっちは何だか辛そうだ。

それからも様々なソースを披露してくれた。

ゴブリンたちの食文化はかなり発展しているように思える。

そのいくつかは勇者の闘技場の中にある料理にも使われていた気がする。

それとなくナビに、ゴブリンの食文化について訊ねると、

「知識は日々、抽出されてますからね。あのインテリナビによって」

「…抽出?」

「ええ、ゴブリンたちの遺伝的要素からその知識や知恵を読み取っているんですよ。まあインテリ・サーチ、と言ったところでしょうかね、言い方は違うかもしれませんが。たとえ本人の意識上には浮かんでいない、ええと、つまり覚えていない事柄であっても、遺伝的には受け継がれているものなんでしょう」

「へぇ…それはナビもできるの?」

「ん〜、まあできなくはないですけど、あんまり得意では無い、ですね。魔力も時間もかかってしまうかと。誰でもいいわけじゃ無いですしね。抽出するゴブリンも選別しないといけませんし、より強い遺伝的要素を持ったゴブリンを見つけないとですし。ようは当たりをひけるかどうかと言うのも大事でして。これだけいるゴブリンたちの、一人一人がそれぞれ、多様な潜在知識を持っているわけですからね」

「そう聞くと、サーチも簡単では無いんだね」

「まあここにはマモナス様がいますし。最も長生きをしているゴブリンであるマモナス様が一番そういった遺伝的要素、知識や知恵を色濃くお持ちですからね。今でもマモナス様からは定期的に抽出しているのでは無いかと」

遠慮気味にゴブ蔵が声をかけてきた。

「それにしても、道中うちの娘が無礼を働かなかったでしょうか? 聞けばあなた様は魔王様でもあると…ゴブ子がいつもの調子で何か、余計なことをしでかしていないかと心配でして…もちろん、自慢の娘ではあるのですが、時たま考えなしで、無鉄砲なところがありますので。 …今回のように」

ゴブ蔵はゴブ子を見る。その視線は少し厳しくも優しい。

…家族の視線だった。

「無礼な事なんて何もありませんでしたよ。それに、友好を結んだことですし、みなさんゴブリンの方達とはこれからも仲良くしていきたいです。あまり遠慮はしてもらいたく無いですし、気兼ねなくいきましょう」

「…その言葉を聞いて、安心しました。何しろ魔王ともなる、なったお人だ。マモナス様のように、その遺伝強度たるや底知れぬ期待ができようものです。 …ゴブ子、そしてゴブ美のこと、どうかよろしく頼みます。これからもぜひ、親しいお付き合いをしていければ。 …それから、もしよろしければゴブ太郎も、あなたのような方にいずれ雇っていただけると…喜ばしい事、この上ないです」

ゴブ蔵の目は少し怪しく輝き、

ふと見ればゴブ江も同じ目の輝きをしながら微笑んでいる。

気づくとゴブ子とゴブ美も期待の眼差しを向けていた。

ゴブリンたちは貪欲だった。

ゴブ太郎はお肉を貪っていた。


ここにいるゴブリンたちの見た目は人間たちと比べてもそう大きな違いはなく、

異なっている点はその耳の端が尖っていることと、後は体が少し小さいくらいなものだろう。

その生活風景も人間たちとなんら遜色はない。

生態系も…体の作り自体も。

「そういえば結局、万能薬の花は見つからなかったんですよね」

変な空気で満たされる前に少し話題を変えることにした。

「ええ、そう簡単には見つからないものです。あれは虹の花、透明の花とも呼ばれていて、いつどこに生えるのか…予測は不可能、いまだにわかりかねます。遠方で見たという話は、根も歯もない、ただの噂でしかなかったのでしょう。今までその花がこの町の中で生えたことはありません…生えるとしたらやはり町の外なのでしょうが…この町を離れたら、それだけでもう危険が伴いますからね。 …私の足が良ければ、ゴブ子と一緒に行けたのかもしれませんが…いえ、やっぱりそれでも危険な事には変わりないですね。近場であれば比較的安全ですが、そうそう貴重なものは採れませんし」

「その足はどうされたんですか?」

「昔、遠方に赴いた際に魔獣にやられまして。その魔獣の毒を、受けてしまいました。当時は腕っぷしにも自信があったんですけどね。それが良くなかったのか、遠出した時に…。 この通り傷は癒えても、痛みと痺れが残ったんです。歩くことならできますが…走るのは少しばかり難しくなってしまって…何、それでもこうして、薬の調合はできますからね。幸い腕は両方とも無事でしたから。 …小さい店ながら、なんとかゴブ江とやっていけています。家族五人、贅沢にとはいきませんが、貧しくも幸せに過ごせています。 …ただ、この足の事を気遣ってか、ゴブ子には無茶なことをさせてしまったようで」

毒の影響…それをゴブ子は万能薬を作って治そうとしたのか。

それから昔話などもほどほどに、たくさんのお土産(野菜や調味料、香辛料)を用意してくれた。

ひどく名残惜しそうなゴブ子の表情は気になったものの、またの再会を約束して別れることに。

帰る頃には幼いゴブ太郎は勇者の事をお兄ちゃんと呼ぶように、

両親は流石にそれは魔王様に対して失礼だと止めたが、当人である勇者が許可したこともあってそのまま呼ぶようになった。


ゴブ子一家を出て、ゴブリンの町を離れる前、

「…そういえば、あの神さまたちに何か、手土産は買っていかないんですか?」

ナビはそう提案してきた。

「私はこうしてアクセサリーを頂いたので、むしろこれを見て彼女たちが何か言いません?」

「…言うかな?」

火神アグニさんはともかく、氷姫エウロさんは絶対に何か言いそうですけど…いえ、直接不満をあなたには言わないでしょうけど、その視線はおそらく、私に向けられる気が…たぶん、土神イデアさんも同じようなものだと…」

ナビは少し身震いを覚えた。

「…お土産、探そうか」

「はい、それが良いかと」

ナビと共に、雑貨屋へ。

可愛らしいぬいぐるみがちょうど三つあったので、それを買う事にした。

くま、ぶた、さそりのような、かににも見える何か、のぬいぐるみ。

リリンにも何か…色違いのぬいぐるみをいくつか買うことにした。

…これで安心して町を離れ、帰ることができる。

道中、

「ファンシーなものも売っているんだね」

「この三つはあれですね、各界の魔王を模したもの、ですよ」

「魔王たちを? …なるほど。このくまはレッドベアー。見たことはないけど、確かに赤毛だ。となると色違いの黒や白は、熊の魔獣たちのものなんだね」

「ええそうですね、怠界の魔獣たちではないかと。当然だいぶ、というかかなり可愛くされていますけどね。この一際大きい豚はポギー様ですし」

「このさそりというか、かにみたいなのは?」

「色界にいたリリス様の前の魔王ですね。ええっと、名前は、デッドキャンサースコーピオン様」

「名前長いね。結局さそり? それともかに?」

「その両方、ですかね。色界の魔獣はさそりの強力な毒を持っていながらも、その身は詰まっていて、ものすごく美味しかったと、茹でたり、鍋なんかにすると特に美味しいみたいです」

「…かに、だね」

それからは特に魔獣と出会うこともなく、物界の境まで辿り着く。

「ここから先はもう怠界です。帰ってきましたね。何事もなく順調に…今回は特に叫び声が響くなんてことも無く、」

そう言って怠界へと踏み入れた瞬間、上空から凄まじい速度で接近してくる何かがあった。


「あらこんにちは〜。ふふ、こぉんな所で会うなんて、なんとも偶然、ねぇ。それとも、う・ん・め・い?」


蒼炎を纏った青い髪の女性が降り立った。

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