ゴブリンの町
ゴブリンの町にたどり着いた一行を待っていたのは魔王マモナス本人による歓待だった。
「これはこれはようこそ。魔王…グリ様。同じ魔王として、あなたの訪問を歓迎いたします」
その側にはナビの姿も見える。
マモナス本人の姿を見てゴブ子の動きは緊張で固まっていた。
マモナスはその姿を一目見ると、
「おやそちらの…確か薬師の…両親がいたく心配しておりましたよ。無事を知らせに早く戻ってあげなさい」
「は、はいなのです! …また、後で…会えますか?」
ゴブ子は小さな声で控えめにそう言う。
「戻る前には一度寄るよ」
その言葉を聞いて安心したのか、マモナスに頭を下げると急いでゴブ子は駆けて行った。
「さて、それでは改めまして、ようこそ私たちゴブリンの住まう町へ。ええ、知らせはそちらのナビより聞いて、そして視てもおりましたので…あなたたちが着く頃合いに、マモナス様とこの正門で待っていたのです。先ほどマモナス様も述べました通り…どうぞごゆるりと、気の済むまま、この町でお過ごしください」
ナビの姿はこちらと相違ないが、レンズを、その大きな目に掛けていた。
「おやぁ、あなた、前はそんなモノしてましたっけ?」
マモナスのナビの姿を見たナビは首を傾げるかのように傾く。
「…ふふ、ええ、最近のマイブームなんですよこれ。これをつけていると知識の抽出効率が上がる気がします」
「へぇ…そういう…特殊なアイテムか何かで? 視力の矯正は別に必要ないのでしょう?」
「ええもちろん、視力は何も、問題ありませんよ。そうですね…ファッション、というモノです」
「…まるでリリス様のところのナビみたいなことを言いますね」
「ははは、あのギャルナビと私が似ている? いえいえそんなことはありません。ただ、この町で過ごしていると、いろいろな知識や情報が日々更新されていきますから…物と知識に溢れた町ゆえ、多様な変化もうまれます。 …郷に入っては郷に従っているだけのことです」
「…ふぅん」
別に郷に従う必要なんてないでしょうに…従うべきはただお一方なのですし。
ナビは少し訝しんだが…
確かに根底は揺らがないとしても、今現在使えている相手や環境に影響を受けると言うことも…
少なからずあるかもしれない…と、自身もまた感じてはいた。
ナビたちのやりとりを終え、マモナス自らが町を案内する。
「…どうでしょうか? われわれどもの町は。あなたの、気兼ねない感想をぜひ聞きたいモノです」
「想像以上に大きいですね。 …それに栄えてもいます。規模で言えば、国や都市と呼んでもいいんじゃないかと思います。活気もありますし」
「ふふふ、それは嬉しいです。 …この町も最初はただの小さな村、でしたから。 …それを私たちゴブリンが少しずつ、大きくしていったんですよ。 …数も増やしながら」
大勢の大人と子供のゴブリンも見えた。時折赤子を抱く親の姿も確認できた。
「…ゴブリンたちは大地から生まれる訳ではないんですか?」
「ええ、私たちは繁殖によって個体を増やせますので。 …だからこそ、より強い伴侶を求めるのです」
そう言ったマモナスは意味深な笑みを見せた。
「見たところ、あの薬師の娘はあなたの事を大層気に入ったようですね。 …何、優秀な娘です」
「ゴブ子の事ですよね? 彼女は万能薬の材料である花を探している最中、熊の魔獣に襲われていたんです。その時に」
「ええ、あなたに助けられたご様子。 …ゴブリンの、同胞の命を助けて頂いて、感謝いたします」
マモナスは頭を下げた。
「いえ、そんな」
魔王である身に関わらずこう簡単に頭を下げられると少し気がひける。
「…一つ。提案がございます。まもなくわれわれの城に着きますので。 …まずはそこで」
ゴブリンの城も、町に建てられた様々な建造物と同じく、立派な建物だった。
建築技術に長けたゴブリンたちが長い歳月をかけて作った自慢の城、とのことだ。
内装も、その装飾も凝っている。
かといって派手すぎということはなく、技巧を凝らしている、と表現した方が良いだろう。
ゴブリンたちは手先が器用、というのも頷ける。
匠の手による煌びやかな城内を通り、落ち着いた部屋に通された。
「単刀直入に申しますと、あなたと同盟を結びたく思います。 …守って欲しいとまでは求めません、ただ、不戦の誓いを立てていただきたく。何、私たちゴブリンは、この見た目の通り戦闘はあまり得意としておりません。だからこそ、町に攻め込まれるのだけは避けたいのです。 ええ…肉界での事はすでに存じておりますので。 …それは何としても避けたいのです」
「…」
肉界でのこと…アグニの事を警戒しているのだろう。
…確かに、本人の気分次第ではここを訪れる可能性もあった。
「もちろんタダとは言いません。できる限りの情報、知識、それから商品も提供いたします。何でもナビによれば種子が入用のご様子。 …こちらに、いくつか用意したものがあります」
各種野菜の種と思えるものがすでに用意されていた。
「こちらは友好の証としてお受け取りください。同盟とは言いましたが、私個人としてはあなたと交友関係を築けたら嬉しいのです。実りある友人はいくらいても損になりません。 …私どもは争い事をできるだけ避けて生きてきました、これが私どもの生き方なのですよ」
「それなら他の魔王たちともこういった事を?」
「ええ、それぞれ形は違えど、当然交流はあります。リリス様はたまにこの町まで買い物にいらっしゃいますし、イラ様もよく顔を見せてくれます。ポギー様には武器を提供しておりますね。レヴィ様やサティ様は来られることはまず無いのですが…それでも、この町に対しての不可侵条約、のようなものは結んで頂いておりますので…この町にいる間であれば、魔王間の争い事も無縁になりましょう」
「それなら魔獣が町に入ることも無い?」
「はい。ポギー様のところの豚の魔獣が町を襲うことはありません」
「…熊の魔獣は?」
「今のところ深刻な被害はありませんが、リリス様に鞍替えした後、まだ魔獣たちはここまで来れておりませんのでなんとも…。ただ、これからはわかりませんね。レッドベアー様の管理から外れてしまった以上、力をつけた熊の魔獣が生まれたとしたら」
「…この町を襲う可能性も?」
「あるかもしれません。ですが、事前に把握できれば、準備さえしていればそうそう遅れをとることもありません。そのご心配はなさらずに。あなたは熊の魔獣たちと直接的な関係は無いのでしょうからね」
…そうは言ってくれたが、今の担当場所的にその責任の所在はこちらにも、仮にも魔王を名乗っている自分にもあるだろう。
…う〜ん…熊の魔獣たちを、何とかできないものだろうか。
縄張り宣言でもすれば良いのか?
豚の魔獣を支配している魔王ポギーに聞けばわかるのだろうか…。
「同盟、友好の話はこちらとしても歓迎します。ただ、それでもこれだけの物をタダで貰うというのは」
「いえいえ、私としても、これは先行投資なのです。考え無しに慈善で行っている訳では決して無いのです。価値あるものに投資は惜しまない主義でして…友人として、お得意様として、これから町で金銭を落として頂ければ、それで良いのですから」
「そういえば、お金といえば今の自分は全くの文無しなんですが、物々交換でも良いんでしょうか?」
「ああ、それならその心配はいらないかと。確か熊の魔獣の肉をお持ちですよね?」
「ええ、あります」
「町の精肉店へ行けば高く買い取ってくれますよ。われわれにとっても、熊肉は貴重なタンパク源、ですからね。それも今は中々手に入らなくなった高級な肉です」
「そうだったんですね。それなら豚肉も?」
「もちろんです。ああ、ポギー様たちと不戦の関係にあるとは言いましたが、それは町の中の話で、一度町から出てしまえば他と変わりません、お互いに喰う喰われての世界、ですから」
「精肉店の場所はこちらのナビと同期したので把握してます。私が案内できますよ〜」
「勝手に情報同期すれば良いのに、わざわざ直接許可を貰うなんて、本当、変わっていますよ」
そう言うマモナスのナビは今度は色の付いた大きなレンズを掛けている。
「どうでしょう? 先ほどとはまた違って良いでしょうこれも。まあ、視界が少し暗くなるのが難点なんですけども」
「それ、私たち目にとっては何の利点も無いんじゃないですか? 見え難くしてどうするんですか…」
「おしゃれって、そういうモノなんですよ。それに…視線を隠せるというアドバンテージがあります」
「…そもそもあなたのようなインテリナビにおしゃれなんていらないでしょ」
「万物を欲するのがこの物界…ええ、それは全てを欲すると同義。 やはり私も…どうやらこの界に長くいて、その影響を強く受けているようですね。万物を欲するように…」
どこを見ているかわからない、インテリナビの視線を少し感じる。
「…ふむ。しかしあなたは興味深い。実に興味深い…人間ですね。 …そして、ゴブリンたちともとても近い。生殖繁栄…その内に含まれる知識の量も…ははぁ…なるほどなるほど…」
今度はまざまざと、その視線を感じる。
「ちょっとあなたねぇ、勝手にうちの魔王様をサーチしないで下さいよ。しかも使えている私の前でするとか…その許可もなく、無礼すぎません?」
「私は知識に貪欲なんです。許可とか別に必要ないです。必要なのは知識とサーチの、質、ですから」
「礼儀知らずのこのナビは放っておいて、もう行きましょう」
ナビに急かされ、挨拶もほどほどに城を後に、再び町へと戻ることにした。
まず精肉店で手持ちの熊肉を売り、ある程度の資金を確保する。
「それで、どうします? 野菜の種子。ひとまず目当ての物は手に入った訳ですし…戻りますか?」
「一度ゴブ子のところに寄ろう」
「ああ、そういえばそんな事言ってましたね」
「それと、何かアクセサリーを買いたいかな。場所を案内できる?」
「アクセサリー? お土産ですか? まあ良いですけど。 ええと、装飾関係のお店は途中にいくつかあるので、寄りながらあのゴブリンの元へ行くことにしましょうか」
何店か見て周り、アクセサリーはリングに決めた。
「はい、ナビ」
「?」
リングを二つ、その小さな両翼に着ける。穴を開けなくてもピッタリとつくタイプで、重さもほとんど無い。
「これくらいなら飛ぶ邪魔にはならないよね?」
「それはまあ、全然なりませんけど…何ですかこれ? これは一体どう言うモノなんですか?」
「…おしゃれ? 付随効果は…聞かなかったけど、特には無いんじゃないかな」
「いや私が聞いたのは……まあ、良いですけど」
微かな重みを羽に感じた。
いや、重さなどは全く感じない。
ただ、何か…このリングを着けられて、感じたものがある。
「ああ、飛ぶのに邪魔になるようなら取っていいから」
「…ええ、それはまあ…そうしますけど」
…手がないので自分では取れないんですけどね。
ナビは道中に、店の壁で反射して映った自分の姿を見た。
両方の羽に可愛らしいリングがついている。
光に反射して、キラキラと輝いていた。
…綺麗ですね。
ナビは漠然と、そう思った。
…いや、綺麗とか、別に必要ないですよね私に。
リリス様のところのナビじゃあるまいし…
何だか…調子が狂いますね。
「…光が反射するとその色が変化するんだ。綺麗だね、そのリング」
透き通るような声が響く。
少年とも少女とも見れる人物が空から降り立った。
「…君は」
空から?
…声をかけられるまでその気配がしなかったのも勇者にとっては驚きだった。
「ふふ、それ、君が選んだの? 良いセンスだね。 …うん、良いなぁ」
優しそうな笑みで、ナビを見ている。
「…イラ様、この町にいらっしゃっていたんですね」
「イラ? 確か、魔王の一人の」
「うん、そうだよ。傲界のイラ。 …傲慢を司ってもいるよ」
「…傲慢」
傲慢、という感じはしない。
しないのだが、その纏っている気配は何か…
得体の知れないモノを感じる。
「イラ様はどうしてこちらの町に?」
「ああ、うん。私は起きている時はよく来るんだ。 …私はこの町が、ゴブリンたちの事も好いているからね。彼らを見ていると、すごく楽しいんだ」
その視線は相変わらず優しい。敵意は微塵もない。
どこか儚さすら感じてしまう。
「君が噂の、サティの言っていた新しい魔王、だね。確か…グリ…だったかな?」
「サティ様、その通りです」
おもむろにイラの衣服の中からナビが飛び出して来た。
そしてすぐその頭に乗る。そこが定位置なのだろうか。
「…サティ様の言った通り、とても大きな力を持ってます。この者自身も、そしてその内にも。 その内に…二つ…いえ、三つ? 異常と言えるほどのエネルギーを確認しました。 …本当に異常ですね。星の力を超えます、今のうちに、」
突如空中に現れた色のついた羽根がナビの目を覆い隠した。
「ああごめんね。勝手に視ちゃって。でもこの子たちはそれが仕事だから…許してあげて欲しいかな」
気付くと羽根はもう消えていた。ナビは大人しくなっている。
「うん…今日は挨拶だけに、しておくね。 …またそのうち、会えると思うから。それじゃあね」
再び空へと、静かに消えていく。
「言うだけ言って帰っていったけど…何だったんだろう。何か用でもあったのかな?」
「本人が言っていた通り、ただ挨拶しに来ただけなのでは?」
「…まあ今は考えても仕方ないか。ゴブ子のところへ行こう」
「…そうですね、そうしましょう」
より詳細にサーチする、
それは何も自分だけに課せられた訳ではない。
それは当然、他のナビにも課せられている事だ。
その機会があれば、チャンスが訪れたのなら、遠慮することなくサーチを行うことだろう。
…サーチにも様々な種類がある。
それぞれが得意としているものも違う。
知識のサーチ。魔力のサーチ。
ゲートを開く、力…
「ナビ?」
あなたの持つその強大な力を、取り出そうとするかもしれない。
…無理矢理にでも。
そして、いずれは何か弱点も見つけ出すかもしれない。
「ナビ?」
「ああ、はい、何でしょうか?」
「いや、少し…何て言うか、難しい顔していたから。何か心配事でも?」
「いえいえ、目ですよ私。そもそも顔とか、ないですし」
「そう? それなら良いんだけど。平気?」
「ただの気のせいですよ。 …行きましょう」
どうしてわかったんです?
…別に心配なんて、何もしていませんけど、ね…。




