怠界と肉界
「…」
「…」
すっかり黙るナビの後をついて歩く勇者たち。
「…誰も、いないね」
先ほどから同じような景色の荒野を、ただただ歩き回っている。
…迷ったのではないだろうか? ナビがいるのに。
勇者は懸念を抱いた。
「…どこかで寝ているとは思うんですけど…。仮眠というか、ほぼ仮死状態なので気配も何もかもが、薄いんですよね」
勇者たちは当て所なく荒野を歩く。
「…うぅん。困りました。正直、見つけようと思ったら簡単に見つかると思ってましたけど。テヘ」
ナビは笑顔で誤魔化した。
「…凍らせてしまいましょうか?」
「ひぇッ」
「埋めるのでもいいのでは?」
「ひゅッ」
氷姫と土神の言葉に怯える。
「…でも、このまま探していても見つかりそうにないよね、結構広いし」
「それはもう、広さだけは他の世界と変わりませんし。一つの世界ではありますからね」
「でも、魔物も何もいないけど」
「いるにはいます。今はほとんど生まれなくなっていますけど。でもあなたたちが来たことで、活性化していくと思いますよ」
「魔物が生まれるようになる?」
「ええ、少しずつでしょうけど。あ、ほら、見てください! あそこあそこ! 今にも生まれそうです!!」
ナビの示す方向、土壌から何かが産まれようとしていた。
土は盛り上がり、形を形成していく。
そしてそれは大きな黒い熊と成った。
「グォォオオオーーーッ」
低い唸り声を産声として、熊の魔物が誕生したようだ。
「さっそく狩りましょう! ええ、貴重な栄養ですし、食べ物の匂いに釣られてリリン様もきっと現れてくれるはずですから!」
「…まあ確かに、食べ物は必要か」
勇者は剣を手に、魔物へ向かう。
対峙した瞬間、熊が勇者の姿を見た瞬間、その首は跳ね飛ばされた。
巨体が沈む。
「…とりあえず丸焼きでいいか」
血抜き、皮剥、簡単な処理を済ませ、火の魔法で丸焼きにする。
「なんとまあ手慣れていますね! 早いことこの上ないです!」
各部位を切り離し、丁寧に焼いていく。
「一人旅は慣れているからね。この辺は、そろそろ食べ頃かな。氷姫たちも遠慮しないでどうぞ」
「勇者さまの手料理! 私、感激のあまり溶けてしまいそうです」
「香ばしく焼けていますね。うん、とても美味です。この供物、気に入りました」
氷姫と土神は満足そうに熊肉を頬張る。
「ナビは食べないの?」
「私はまあ、特に食べる必要はないんですけど…せっかくなので少し頂きますね。 …ふむ、確かに、香ばしく上手に焼かれていて美味しいですね」
勇者たちが食事を楽しんでいると、遠方から近づいてくる存在があった。
「…いい匂いがする…そういえばお腹空いた…」
赤毛の熊。
の、着ぐるみ(?)を着ている少女。
「リリン様! なんとまあ、まだそんな幼い姿で」
「…私は生まれたばかりなんだから仕方ない。赤ん坊のようなもの」
リリンは勇者の隣に座り、熊肉をねだる。
「いえいえ、結構経ちますよ? それなのにそのままというのは…本当に何も食べないで、何もしないでずっと寝ていたんですね…」
「もぐもぐ。 いいじゃない。別に私は魔王になりたい訳じゃないし。 …これからもなりたいとは、思っていないし」
「せっかくこの地、この世界を任されたと言うのに」
「それも勝手に決めたことだし。私が決めた訳じゃないから」
「それはまあ、確かにそうでしょうけど。リリス様だってあなたに期待して」
「聞きたくない聞きたくな〜い。お母さんは別に、私に期待なんてしてないから。ただの厄介払いでしょ」
「…そんなことは」
「怠情の力が邪魔だから、私と一緒に放ったんだよ、絶対そうだよ」
一本目を平らげ、二本目の熊肉を頬張る。
お腹が減っているというのは本当らしい。
勇者は次々に焼き、手渡した。
五本目に口をつけた時、おもむろに被っていた熊のフードを取ると、勇者に目を向ける。
「…あなた優しいね。私にこんなにご飯くれるなんて」
「お腹空いてるなら、お腹いっぱい食べたらいいよ」
「…ふふ。ありがと。 …決めた、決めた!!」
五本目を勢いよく、口いっぱいに頬張る。
「ねぇナビ! 私この人に譲るよ!」
「はい? 譲るというのは?」
「魔王、ここの魔王の…権利? まあそういうの全部。私魔王とか、絶対向いてないし。それに、強い者が魔王になるんなら、何も問題ないよね!」
「えぇ?! …でもまあ、確かに…譲渡自体は可能、ですけど。ただ、倒されて食べられる訳では無いので…そのあたりはなんとも言えませんねぇ。 …そうなるとリリン様はこの方の下につくことになるんですけど。 …それで良いんですか?」
「全然良いよッ!! むしろドンとこいだし!!」
リリンはとびきりの笑顔を見せた。
「まあ、それなら…はい。 …でも確かに、ふむ…その方がこの地が繁栄しそうではありますね。よほど活性化しそうです」
「いや、魔王になる気はないけど」
「えぇ?! なんで?!」
リリンは驚いている。
「いや、なんで驚かれるのかわからない。それに向いてないと言ったら自分の方がよほど向いていないよ。勇者だし」
「ユーシャ? って、何?」
リリンは首を傾げる。
「あ〜、まあそうですね、魔王とは対極にある存在…という知が情報としてはありますね。でもまあ、それも問題は無いかと。勇者だろうと神だろうとなんだろうと、この星では強い者が全て、すべての存在が魔王となりえますから、ええ…はい」
…ナビは何かを隠している、と、勇者は感じた。
「…いや、それでも」
「お願いお願いお願い〜。私のかわりに魔王になってよ。私魔王なんかなりたくない、そんな責任おいたくない、仕事したくない。私はお腹いっぱい食べてぐっすり寝たいだけ。これからもご飯ちょうだい」
リリンは半泣きで勇者に縋りついた。後半はただの願望だ。
まとわりつくリリンを氷姫は冷たい目で見ている。
「あまりにも不躾な、礼儀というものを教えなければいけないようですね」
「氷姫、その冷気しまって。本人が言うには、まだ生まれたばかりらしいから」
まあ確かに、こんな子供に押し付けるというのも…気が引ける。
しかし魔王…か。肩書はどうなるんだろう、魔王勇者? 勇者魔王? …まあそれはどうでもいいか。
「代理みたいなものでもいい? この星にいる間、ということにして」
「それならいいの?!」
「…あくまでも、君の、リリンの代理、だからね」
「うん!! それでもいいよ!! やったー、じゃあ私は自由なんだ〜」
リリンは喜びはしゃいだ。
「これでまた、心置きなく眠れるよ〜。もう何も、気にする必要ないし」
着ぐるみを深く被り直し、横になった。
すぐに寝息が聞こえてきた。
「早っ、もう寝たんですか? …まあリリン様がそれで良いのでしたら、私は別にもう、何も言いませんよ。 …リリス様がどう考えるかまでは知りませんけどね」
「そのリリスと言うのは? リリンの母親みたいだけど」
「ああ、はい、色界を統べておられます、魔王の一人です。 …ここの支配権を奪った後に、リリン様を置いてお戻りになられましたが」
「奪った、と言うのは?」
「ここはもともと赤熊の魔獣、魔王レッドベアー様が治めていたんです。リリン様が被っている毛皮がそれなんですけどね」
「へぇ…なんか物騒というか、生々しいね」
「弱肉強食はこの星の常です。魔王たちですら、そのほとんどが元はこの大地から生まれてきた魔物なんですよ。それぞれがより強い力を喰らい得て、今の魔王となるまで、成長したんですから。 …だから基本的には、みんな強者の血肉を求めているんです。 …リリン様が少し異常なだけで、基本的にはそのはずなんですよ」
「…ここで食べれば食べるだけ成長する、魔王にも近づく、と言うこと?」
「はい、そうですね。強く、より強大になります」
「…」
そうなると、この星の魔獣を食べるのは控えた方がいいのだろうか…。
魔王になりたいとは思わない。
「あ、でも魔物に変わるとかはないですよ。あなたの場合は、まあ、そのお腹を満たす以外には効果は無いんじゃないですか? …視たところ回復、空腹が満たされる以外、体には何も、特に変化はないようですし」
「…そう」
ナビの言葉をどこまで信用したものか。
今の勇者には判断しかねていた。
「勇者さま、ご心配なく。何かあるようでしたら、この星ごと凍らせてしまいますから」
「いやそれは…」
氷姫ならやりそうだな…。と、勇者は思った。
「それにしても、良い土。それで、しばらくはここにいるんです?」
「そうだね、そうなりそうかな」
懐から飛翔石を取り出す。
やはりひび割れている。
「…使えるかわからないからね」
「その石ですか? 少し貸してもらっても良いですか?」
土神は手に取る。
「損傷は…時間はかかりますけど、治りますよ?」
「本当?」
「まあ私は土神、鉱石や鉱物にも縁がありますので。ただ先ほど言った通り、時間はかかりそうですけど…その間、借りても良いです?」
「もちろん、治るならそれに越したことはないよ。それに、治ったら元の世界に戻れるし」
「わかりました、元通りになったらその時は教えますね。それと、せっかくです。家を建てましょう」
土神は大地に手をつける。
巨大な光が円を描く。
大地が隆起し、巨大な建物を形成していった。
「とりあえずはこんなものでしょうか」
大きな家、むしろ小さな城が建った。
「それとついでに」
小さな隆起が無数に広がる。
人の形をした土人形。
その手には剣、弓、槍、それぞれに武器を持っている。
「兵たちも、門番として用意しておきましょう」
あっという間に小さな城と、兵たち。
ナビは驚きながらも、
「す、素晴らしいです! これで心置きなく、この地で魔王を名乗れますよ! ええ! 最高です!!」
「何から何まで、すごいね」
「ふふん、これでも私、神様なので」
土神は得意げにそりかえる。
「ありがとう。すごく助かるよ」
勇者は土神に笑顔で感謝を述べた。
土神に向けられた勇者の笑顔を見て、氷姫は嫉妬した。
ギリリッ、と、小さな歯噛みと心には軋みの音が響く。
(私も褒められたい…私にもその笑顔を向けてほしい…私にも)
ポイントを稼ぐために何ができるか、頭を働かせていた。
火神は一つの境界を越えた。
…ふぅん、今のが…それぞれの世界を隔てているのか?
別に侵入を防ぐわけでもないんだな。
出入りは自由、て訳か。
…ここが、ここからが肉界…だったか?
血生臭い匂いが蔓延っていた。
大地には至る所に争いの形跡が残っている。
まだ新しいものもある。
べっとりと大量の血が残っていた。
「…へぇ」
なんとも血生臭ぇ、
アタシ好みの世界じゃねぇか。
何かいる。
…二足の…豚か?
「よう」
「…何だ貴様?」
二足の豚は何かを口にしている。
…脚だ。
それも豚の。
「食事中だったか? そりゃ悪いことしたな」
「…ふん、気にするな。この辺りじゃ見たことのない姿…どこの世界から来た?」
「それを言ったらどこでもねぇ、この星じゃねぇからな」
「…ほう」
豚は食べるのを辞めた。
「通りで、未知の匂いがする訳だ。 …だが、とても、美味そうな匂い」
「はは、そりゃ褒めてんのか? 用があるのはポギーってヤツだ」
「…ポギー様に?」
「ここの魔王なんだろ?」
「…ああ。しかし、その前に…こんな美味そうなご馳走を前に…」
豚は背から斧を取り出し、構える。
「待ったはできない」
その口からは涎が溢れ出ている。
「このアタシと、戦ろうってのか?」
「今すぐにでも、喰らいたい、その腕、その足! その…顔!!」
手にした斧を振り下ろす。
後少しで頭に、
瞬間、火神は笑う。
いつの間にか手にした斧で迎え撃つ。
「グォアアアアッ!」
豚の魔獣の手にした斧は、その腕ごと弾け飛んだ。
「グふゥぅぅ…フゥぅ」
弾け飛んだ腕を押さえ、うずくまる。
「獣風情が、身の程を知れよ」
火神の振り下ろした斧の一撃で、豚は跡形もなく焼失した。
「…さて、肝心のポギーって奴はどこにいんのか」
手にした斧を消し、再び高く飛ぶ。
…それにしても、結構広いな。
今みたいなやつも、そこかしこにいやがる。
その中でも、大きな気配は…漠然としかわからねぇな。
城か何かでもあれば、わかりやすいんだが。
それらしき大きな建物は見当たらねぇ。
火神が見渡す限り、ただただ森が広がっている。
かなり広大な森…おそらくはこの世界の半分以上は森なのだろう。
…適当に暴れていりゃ、向こうから出てくるか。
火神は大小様々な気配がはびこる森の中へと向かった…




