魔の星
「!? うわぁ、びっくりした。一体どこから現れたんですか、あなたッ」
勇者は声に振り返る。
後ろ上空に、大きな目玉の何かが浮いていた。
目玉(頭?)の両端には小さな羽が…それをパタつかせて飛んでいた。
「……目玉の魔物?」
「ちょっとちょっと、出会い頭に魔物? って、何ですかあなた失礼ですね。まあ実際魔物なんですけれど。ちゃんと名前ありますから。ナビって言うれっきとした名前がですね、まあナビちゃんで良いですよ」
目玉の魔物は自らをナビと名乗った。
「ナビ…それでここはどこ? 全然知らない景色、それに空気も…どこか少し…澱んでいるというか、何だろう? …少し変だな」
「当たり前のように自然に呼び捨て…気安いですね。まあ全然良いんですけど。 ここがどこかって? と言うより、澱んでいるって何ですか一体、失礼な。あなただってこの星から生まれ…いや、急に現れましたよね。 ん? むむむ、あなたから感じる気配…すごく…ものすご〜く大きな力を…感じるんですけど。 …あなた、ここの生まれじゃないとすると…ほぉん…ちょっとばかり、いえ、もっとじっくりと視させてもらってもいいですか? いいですよね?」
大きな目玉はより一層、大きくなって勇者に迫ってくる。
「見るぐらいは構わないよ。別に許可をとらなくても」
「いえいえ、私は許可なく勝手に視たりはしませんから。礼儀を知らない他の瞳とは違って。礼儀正しいんです私は、私はね。 …はい、それじゃあ失礼して。サーチ、アイッ◎!」
…中心にある大きな瞳孔が白く見開いて少し怖い。
「おわぁなんだこれ! なんだそれは!! 怖っ。えぇ?! 怖ぁッ!! バカみたいな力が有る! アホみたいな力が在る!! 怖い、化け物! あなた化け物だぇ!!」
「…君の方こそ、少し失礼じゃない?」
「ああいえ、すいません。少々取り乱しました。 …だって、あなたの中に信じられないぐらいの…あ、はい…少しばかり深呼吸して…ちょっと瞳を潤しますね…しばらくの間ご容赦ください…」
ナビは大きな瞳を潤わせている。
…そして、こっそりと思案していた。
(…ふむ)
目の前の存在…おそらく、人間は、
恐ろしいほどの力を、持っている。
それも一つや二つでは、ない。
いくつもある。
そしてその中には…とても信じ難いほどの巨大なエネルギーを持つ存在も、いた。
…実際にそれを垣間視た今であっても…思い返してもまだ信じられないほどの、莫大なエネルギー。
それは論外、にするとしても…
これはもしかすると、チャンスなのでは?
もうすっかり諦めて、静観に徹しようと考えていたが…
これはもしや、貢献度トップに躍り出る、チャンスなのでは?!
「…ええっと…それで、充分潤った?」
ずっと黙ったまま小刻みに震えている目玉を気遣い、声をかける勇者。
「え? ああ! ええ、はい。もう大丈夫です。ええっと、それで、ですねぇ。へへへ…私、実はお願いがありまして。 …その、少しばかりあなたのお力を、お借りしたいと思うのですけれども…そこのところ、どうでしょうか、ねぇ?」
急に謙った態度になるナビを見て訝しがる。
「…何に貸すのかにもよるけど」
「それは…ですねぇ。 …ええっとぉ。 …まあ。 …この場所、見たところとても、荒れ果てていますでしょう?」
「確かに、見渡す限りの荒野だね」
「そうなんです。と言うのもですね、この地を任されている人物の…やる気がですね、実はもう、本当に全然、微塵も無くてですね、それでこうなっちゃってるわけなんです。そんなわけで、使えている私もすっかりもう諦めていた訳なんですね。 でも、あなたのその力を借りることができれば、今のこの状況を…一気に変えられると思うんですよ」
「…状況を、変える?」
「ああ、まあ胡散臭いですよね。ははは、わかりますわかります」
「胡散臭いというより…結局何をするのかまるでわからないからね。まずそもそもここがどこで何なのか、まだ全くわからない訳だし」
「…ああ、はい。そう言ってましたね。 …となると、ふむ。まずはこの世界の説明が必要とおっしゃる訳ですね?」
「まあそうだね」
「わかりました。簡潔にわかりやすく説明しましょう! ここは魔の星。この地には七つの世界があります。それぞれの界に一人ずつ、魔王がいます。そして競い合い、時に命をかけて争いながら…真の魔王様を生み出そうとしているんです」
「真の魔王を…生み出す?」
「はい、それが私たちの最終目標なんですね。この星で生まれた魔王たちにとっても、それは同じことで…彼ら彼女たちはそのために在るわけなんですよ。この星、この大地から産まれ出る魔物たちもそうです。 当然この地、怠界にいる魔王もそうなんですけど…まあ彼女はやる気がなくてもうずっと寝ちゃってますが」
「…それはそれでいいの?」
「怠界と言うだけあって、怠情を司っている以上、その影響は免れませんしね。 …それも仕方のないところがあるのですが。でも私としては、ここを任されたからにはもっと、貢献したいんです。 私なりに」
「…それで、力を借りたい、と」
「ええ! そうです!! あなたのその力を…借りることができたら、状況は一変どころか二変三変、もう本当に、一気に加速しそうですからね! その暁には…私の評価も鰻登り!! 褒めて欲しい!! 褒められたい!!」
「…それで、実際具体的には何をすればいいの?」
「はい。ひとまずはそのまま、少しそのまま立っていてください。あとは私が上手くやりますので」
「立っているだけでいい? …本当にそれだけ?」
「全部私にお任せを。それじゃあ行きますよ〜。ゲート、アイッ●!」
漆黒の瞳孔が大きく広がり、勇者の胸を凝視する。
ねっとりと、じっくりと、まるで穴が開くほどに、覗き見る。
勇者の胸から…光が溢れた。
「? 何だ一体、いきなり。 …どこだここ?」
「…見知らぬ大地の匂いがしますね、どうやら現世かと」
「まあ! 勇者さま! これは何という暁光。ああ本当に、あまりの久しさに、私、喜びで目眩がいたします」
火神、土神、もたれかかる氷姫の三柱が姿を現した。
「…ふぅ…想像以上に疲れましたね…もう私には…これが限界です。 …でも、なんと素晴らしい力を、それも三つもです。 上出来です、表彰モノですよ!」
ナビは目玉を赤く充血させながら興奮して自画自賛していた。
「…コイツが、アタシをここに?」
「はい、そうです! 私が頑張りました。だからみなさん私に協力してくださいね」
「は? 何で?」
火神の有無も言わさぬ鋭い視線が目玉を容赦無く貫く。
「ひっ…ええっとぉ…それはぁ…」
恐怖に怯え、潤んだ瞳から今にも涙が溢れそうだ。
「まあ別に…話くらいは、聞いてもいいのでは?」
土神は体のサイズを調整し、勇者の隣に並んで立つ。
「そうですね。こうしてまた勇者さまと触れあえる機会を与えてくれたわけですし、話くらいは聞きましょう」
氷姫は勇者の側にピッタリとくっつき、離れない。
「…チッ。まあ、オマエたちは好きにしろよ。 それにしても…面白ぇ気配、それもでかい力を持った奴らが、いたるところに。中で近いのは…なぁおい、目玉、あっちには誰がいる?」
火神は乱暴に指を差す。
「えっと、向こう、ですか? 大きな力というと…おそらくは、ポギー様じゃないかと」
「そのポギーってのはどんな奴だ?」
「肉界を統べておられます。魔王の一人ですね」
「魔王、ポギー、ね。 ………面白そうだ」
舌で唇をなぞり、笑う。
「その魔王ってのは他にもいるんだろ?」
「はい、全部で七。と言っても、ここにいる魔王は省いてもいいと思いますけど…」
「ここにもいんのか? …その割にゃ強い気配は何もしねぇけどな」
「…ぐっすり寝ているんじゃないかと」
「ふぅん。ま、ソイツはどうでもいい。 …とりあえずはそのポギーってのを、見てくるぜ」
「えっ?! 今から行くつもりですか?!」
「ああ、せっかくの現世…それに、アタシもたまには暴れたいんだよ。面白い奴がいるなら尚のこと、なッ!」
火神はそう言うがはやいか、炎を纏い飛び去っていった。
「……飛んで行っちゃいましたね。 …それに、速い。あの速度なら、肉界までそんなにかからなそうです」
「火神、大丈夫だろうか。ろくに話もせずに勝手に行ってしまったけど。 戻ってこないようなら…後で迎えに行かないと」
「大丈夫ですよ。子供ではないのですし、ろくに話も聞かない者のことなどは放っておくとして…私たちはゆっくり、じっくりと…今を、楽しみましょう?」
氷姫は腕を絡めながらしっとりと囁く。
「それにしてもここの土…魔力が凄く濃い、ですね」
土神は大地に手をつけ、
「と、言うよりも…この星自体、異常なほどの魔力を孕んでますね」
目を閉じ、さらに深く、注視する。
「…まるで星、そのものが…胎動、しているみたい」
「…」
ナビは土神の言葉を黙って聞いていた。
…さすがは神、と言ったところ。
エネルギーとしては上級も上級。この上ないほどに極上級で、申し分のないシロモノ。
…上手く扱えるかどうかは、これから次第。
火神のように、ただ言う事を聞く存在では無いだろう。
今までの全てが台無しになる可能性も孕んでいる。
確かにリスクも大きい…が、
それを補って余りあるほどのリターンが、ある。
「そうです、これから一度会いに行きませんか? …一応は、この地、怠界を統べている魔王でもある。 …リリン様に」
「リリン…それがサボっているっていう魔王の名前なんだ」
「はい、きっと寝てますね。でもせっかくですし、私と一緒に。私共々、一応は、ここの管轄を任されていますからね! とりあえず挨拶ぐらいはしておきましょう!」
仕えていると言う割には、随分な言い草だ。
と、勇者は思ったが、氷姫と土神、二柱の神を連れて魔王リリンに会いに行くことにした。




