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ジウ 対 勇者

勇者は自身を中心に、光を散らした。

光は粒子となり、極小の点となって無数に広がっていく。

目に見えないほどの、小さな光が二人のいる空間を包み、覆う。

その光の点を繋ぎながらの、光速移動。

勇者は瞬く間もなくジウの後ろにまわり込み、その背に向けて剣の腹を打ち下す、

が、当たる直前、交わされる。

「直線的な動きでは、いくら速くても当たらないぞ」

振り向く視線と交差する。

同時にジウの拳が勇者の腹部を捉えた。

ジウの拳から放たれるその一撃は…重い。

その衝撃は咄嗟に受け止めた剣を超えて、体に、腹に響く。

「っ!!」

腹部に鈍い衝撃と、内臓に重い圧迫。

口の中に鉄の味がひろがる。

これは…一撃でも、まともに受けたら。

間合いをとり、腹部をさすりながら構える。

「剣で受け、かつ受ける直前に後方に飛んだか。 …良い判断だ」

「その拳、まともには受けられませんね」

回復を施してもまだ少し鈍く痛む。

…想像以上にダメージが大きい。

…当たっていないのに、だ。

「…むっ」

勇者は光の点を結びながら左右に動き、おぼろな分身を造ってジウの視線を惑わす。

「…速いな」

まるで複数にも見える勇者からのその斬撃を交わしながら、わずかに生じる隙を窺い、狙う。

二人の攻防は時と共に、更に速度と激しさを増していった。

邪魔立てできるものは、今、この世界にはいない。


「…」

その様子を上空から用心深く覗き見ていた妖姫妃は言葉を失った。

なぜなら手駒にした道士と、それを相手にしている人物、

今目にしているその二人は…明らかに自分よりも、強い。

実に…空恐ろしいことだった。

確かに事前に…道士のことを相当な手練れだと思ってはいたが、

それもまさか…ここまでとは思っていない。

道士から漲る、あの溢れるほどの…太極の力。

太一にして、太極に至る、仙人の極意に迫るどころか…

あの道士はもはやもう、すでにそれを会得しているのではないのか?

道士の想像以上の実力。

それが嬉しい誤算なのか、妖姫妃は計りかねていた。

今は手駒になってはいるが…

いや、それに…互角に渡り合っているあの人間もだ。

体から放たれているのは雷の力、なのだろう。

しかしそれは自然のモノではない。

あの雷から放たれている力を見ると…身震いが止まらない。

…畏れを、抱いている。

あの人間は一体何者なのか。

…どちらも異常。

「……化け物ね」

妖姫妃は勘付かれないよう離れた上空にいる。

結界が消えたと言うのにも関わらずその場を動けないでいた。

…そう、妖姫妃はあろうことか、恐怖に怯えていた。

「…上、か」

集中力を高めた勇者は、遥か上空からのその視線に気づいた。

…が、それよりもまず、目の前の相手からの気を逸らせない。

少しでも気を散らせば、体のどこかが吹き飛ぶだろう。

実際に今のジウの一撃には、それだけの威力がある。

しかしそれでいながらジウもまた、縦横無尽に光速に、衰える事なく動き続ける勇者を捉えきれずにいた。

光を結びながら動く勇者の動き、

そこから繰り出される直線的な一撃はかろうじて交わせるものの、

どういう理屈かそれも、次第に速度が増している。

動きそのものに対しては、さすがに完全にはついていけない。

…スタミナが切れるのを待つしかない。

お互いに決定機も生まれないまま、

無尽蔵の持久力を持つ二人にとっての戦いは、終わる気配をまだ見せない。


「…」

さっきから、上空からずっと覗いている気配、

…おそらくはそれが、今回の首謀者。

勇者は間合いを離し、動きを止めた。

「…どうした? さすがに疲れたか?」

どちらも肩で息すらしていない。

「いえ…このままだと、キリがないですね」

「ふ…確かに。今のままではな。お互い、決定打には欠けるかもしれない。私の攻撃も、その速さで動き続けられたら流石に当たらないからな。 …しかしそれも、当たってくれたら話は変わるぞ?」

ジウの拳は今も撓みながら歪んでいる。

掠めるだけでも臓腑に響く。

本当に、悍ましいほどの力を纏っている。

武術として完全に完成されたモノだろう。

オキタの剣術がそうであるように、ジウの武術はすでに頂にある。

「…流石に自分から、当たる気はないですね。 …それよりも、ずっと上から見てる観覧者がいるんですけど、気付いてますよね? …それが今回の黒幕ですか?」

「…さぁな、知らん。それを知ってどうする?」

「…まあ黒幕なら。それを倒せば、終わるんじゃないかと」

勇者の注意は上空へ向く。

「…そう言う訳にもいかんな」

ジウは大地を踏み、自身を中心に円状の結界を生み出した。

すっぽりと二人を包み込み、上空の観覧者はその結界の外に。

「私をどうにかしないと、出ることは叶わないぞ」

「…と、言う事は、やっぱり正しいって事ですね」

上空にいる観覧者、その見物人が、今回の黒幕。

それなら、

「少々手荒く、いきます」

突如変化した勇者の雰囲気にジウは警戒し、構えた。

(…何をするつもりだ?)

「あまり動かない方がいいですよ」

手加減と言うより加減も何もかも、まだ上手くはできない。

「何をするつもりなのかは知らんが…そう簡単にさせる気はない!」

動きを止めた勇者に向かうも、

勇者の体から膨大な、莫大な雷光が広がり散らばった。

「ぐっ…」

そのあまりの光と雷に離され、近寄れない。

「…木と寺、和尚さんたちは…」

勇者は娘娘と桃姫、和尚の位置を確認し、放電しながら魔力を限りなく高めていく…

身の内から、莫大に膨れ上がっていく雷の魔力が、さらに周辺に発生した雷と重なる。

…内と、外から…

そして遥か上空を包み込むかのように…

空全体を、全てを覆うように…光が広がっていった…


極大を超えた、雷の魔法が放たれた。


ー 雷霆(ケラウノス) ー


凄まじい轟音と光の振動が音を、空気を、破壊した。

空を漂っていた全てのモノを巻き込みながら。


ジウは空を覆った眩い光に、閉じていた目を開ける。

自分が立っている場所、勇者が立っている場所、そして古寺周辺を除いた場所、それ以外が、

無くなっていた。

何もかも、先ほどまでは確かにあった山の、そのほとんど全てが、

消し飛んだ。


「……加減コントロールできないな。 さすがにかなり、やり過ぎた…でも、」

上空を漂っていた気配は何も感じない。

完全に消えていた。


妖姫妃は最後に、光を見た。

上空にいた自分よりも更に高く、天から降り注いだそれは完全で、完璧な光だった。

…それはまるで、天帝の…輝き…のようで…

しかしそれに対して、妖姫妃は恍惚な表情を見せる前に消えた。

雷霆(ケラウノス)の直撃を受けた妖姫妃は、

塵芥ちりあくた、灰の一欠片ひとかけら残す事なく、

仮に魂と呼べるものがその身にあったのなら、それごと…

完全に消滅した。


妖姫妃が消えたことで、ジウはその影響から解放される。

しかし、自分の置かれている状況がまるで理解できず戸惑っていた。

目の前に立つ白黒勇者がどこか、申し訳なさそうにしている理由もわからない。

「ジウさん、操られていたみたいですけど、その辺りの事は覚えてますか?」

「…ああ、だとすると、あの城、か。あそこで…歓待を受けた時…だな。そうか…しかし、この様子だと、随分と迷惑をかけたみたいだ。 …すまない」

「いえ、元に戻れたのなら一安心です」

「…しかし…この状況は? これも私がやったのか? いくらなんでもそれは無いと思うんだが…」

「あ、いえ、これは自分ですね、はい」

「ここは東山とうさん…でいいんだよな?」

「…そうですね」

「山のほとんどが無くなっているんだが…」

「……そうですね」

「私たち道士にとっての聖地、この山には確か、仙人が棲んでいるとの事でもあるが」

「はい、今はあそこの、古寺にいます。 …これから一緒にいきましょう。今までの事を説明します。といっても、全てわかっているわけでもないんですけどね」

「…ああ、ひとまずは何があったのか、聞いておきたい。操られていた私が何をしていたのかわからないが、きっと…謝らなければならないだろうしな」

「行きましょう」

むしろ謝らなければならないのはジウさんではなく、自分の方なのではないのだろうか?

何せ山を吹き飛ばしてしまったのだから。

…怒られるかもしれない。


「無事で何よりです。ええ、道士も、操られていたとは…なるほど。確かに納得できますね。しかし、あなたほどの道士を操ってしまうとは…一体何者だったのでしょうね」

「治療、感謝する。気配は完全に消えたようだ。…今となっては、知る由もないな」

「やっぱり捕まえた方が良かった?」

「いいえ、消えたのなら、それはそれで良いでしょう。 …ついでにこの山もほとんど消えてしまいましたが」

「…私たちのお家しかないね? …でもそれもすぐに倒れそう」

「ふむ、ワシらもこれから…山が無くなって古寺だけ残ってものう。御神木が無事なのはまだ良かったが」

「流石にその辺りは全力で注意したので…みんながいた古寺周りには落ちないように」

まあその結果他がおざなりになってしまった訳でもあるのだが。

「町に、私たちの家に来るのはどうだろうか? こうなった責任は当然私にもある」

「良いのですか?」

「もちろんだ。爺さんたちも反対はしない。何しろ道士にとって、その開祖の仙人たちなのだから。むしろ喜ぶ者の方が多いだろう。三人増えたところで大して変わらない」

「そうですね。よろしければ…ですが、御神木も古寺も、こうして形だけとはいえ残っている訳ですし。 ああ、それならついでに古寺と、御神木も一緒に…そちらに移動させてしまいましょうか」

「そうですな。それだと住む場所の広さの心配もなくなるしのう。ワシらは今までのように、古寺で暮らせば良いわけじゃからな」

「ここからお引越しする? お山消えたから?」

「うっ」

その言葉は勇者の胸に少し刺さった。

「ええ、そうしましょう。それに、無くなってしまったものは仕方ありません。肝心の御神木は、こうして残った訳ですしね。一緒にまとめて…そちらの近くに住まわせてもらうことに、いたしましょう」

「あなたたちがそれで良いと言うのなら、私からこれ以上言う事はないな。町の、町長たちにも私から説明しておくよ。操られていたとはいえ私自身の経緯も説明しないとならないだろうし、ひと足さきに戻る。君はどうする?」

「残って引っ越しの手伝いをします。色々と、運ぶものもありますから。こうなってしまった責任を果たさないといけませんし」

結構な力仕事になりそうだ。

話はまとまり、和尚さんと自分とで古寺と御神木を町まで運ぶ事になった。

それなりに距離はあるが、まあ問題ないだろう。

…それより、一度は闘技場にも戻らないと。

懐から取り出した飛翔石は、少しだけひび割れていた。

…ジウさんの拳が掠めた時だろうか?

…壊れていないと良いけど。


しばらくして、町へと到着。

勇者も世話になっていた天天たちの自宅兼霊廟のすぐ側に、かなり広い土地が用意され、そしてすでに整備されていた。

その大地に古寺と御神木を降ろし、引っ越しは完了。

今はもう、ジウさんや天天たち、全員揃っての引っ越し祝いの真っ最中。

「はい、ゆえあって伴侶となりました。天仙娘娘と申します。そしてこちらが私たちの娘の、桃姫です」

「桃姫です。よろしくお願いします」

「夫婦ともども、ご近所として、これからよろしくお願いいたしますね」

瞬間的に場が凍りつき、四方から勇者に驚愕と、それからひどく冷たい視線が向けられた。

「現地妻どころか、いつの間に…子供まで拵えたんですの?」

「え? う、嘘だろ、え?! いつの間に?! 何でこんな大きな子供が?!」

混乱する黒姫たち。

「夫婦では無い、ですね」

勇者は娘娘に向かって、静かに否定した。

「なんと! 道中…責任を取る、と。あれは偽りだったのですか?」

「天仙様。それは山を吹き飛ばしてしまった責任、ではないかのう」

和尚さんがフォローしてくれた。

共に運んだことで深い絆が生まれたようだ。

「え! 山吹き飛ばしたのか!」

「わたくしの時のお城みたいに?」

「本当ですか?!」

「…いやまあ、それはそう」

「あれって、私たち道士にとっても大切な山だよね」

シャオはヘイにヒソヒソと訊ねる。

「そうですね、遥か昔からの霊山でもありますね。祀られていたのはそちらの仙女様、天仙娘娘様なのでしょうけれども」

「ああ、だったら。ご本尊がこっちに移ってきたってことは…何も問題ないのか、な?」

「いや、無くは無いでしょ。 おじいちゃん、それを聞いた時に腰抜かしたし。今もまだ寝込んでるしね」

「…ですので、その責任はとってもらいます」

「…」

どの責任のことなのか? しかし勇者は何も言えずに黙っている。

「ええ、伴侶となり、そして、」

「いやそれはまた違うんじゃない?」

勇者の代わりに黒姫が鋭く切り込む。

「お山を消し飛ばしたのはどうかと思いますけど、それはそれ、ですよね!」

「ええ、私もそう思います。そのおかげでジウも、全員こうして無事に戻れた訳ですし」

妖精の勇者とマオも続く。

「しかしジウ、お前を操るほどの相手は誰だったんだ? 今もまだ思い出せないのか?」

「ああ。どうも朧なんだよ。あの城に行って、歓待を受ける為に専用の部屋に案内されて入ったまでは記憶にあるんだが…琵琶の音と、妙な匂いに包まれてからは…な」

「…琵琶、ですか。 …ふむ…」

娘娘は目を閉じ、少し厳しい表情を浮かべる。

「…しかし確認しようもありませんね。 …その城、現在の帝都に赴いてみれば何かわかるやもしれませんが」

「そうかもしれない。帝都で何かあったのは間違いない」

「まあまあ、とりあえず今日はもう良いんじゃない? せっかく歓迎のご馳走も用意したし、ひとまずは無事に戻ってきたんだから」

天天の言葉を合図に、それぞれの議論は平行線のまま小さな宴が開かれた。

黒姫たちの顔色ももうだいぶ戻り、

長い治療(毎日のまずい薬)の甲斐が現れていた。

簡単な食事ならもう食べても大丈夫だろう、とのことだ。

その言葉を聞いた三人は喜びに打ち震えた。特に白姫。

「美味しいですわ、これも、それも、どれも皆、本当に、美味しいですわ。シェフを呼んでくださいまし!」

「ほとんど私とマオ姉ね」

「何とまあ! …あのまずい汁を作った人たちと…同一人物とはとても思えませんわね! 美味いですわ美味いですわ」

「…これを食べ終わったら、まだ、また飲まないといけないんだけどね」

その言葉が耳に入らないほど、半ば咽び泣きながら喜んで食べる白姫の姿は新鮮だった。

後でまた転げ回ることだろう。今日食べた物を吐かなければいいが…。

「…」

闘技場に一度、戻っておこう。

少しひび割れてしまった飛翔石も気になる。

喧騒から少し離れ、外の空気を吸いに、一人で外へ。

懐から飛翔石を取り出し、朱の空にかざしながら改めて観察してみた。

…やはり小さなヒビが入っている。

これくらい小さな傷なら、壊れることはないだろうけど…。

勇者は手に魔力をこめ、試しに飛翔石の力を発動させてみた。

…飛ぶ場所は、闘技場の、自分の部屋。

またすぐにここに戻ってくるつもりだった勇者は、

一度闘技場の部屋に戻るとしか伝えなかった。

当然それを聞いた天天や黒姫たちもそう思っていた。


飛翔石が輝き、勇者は飛んだ。

小さな石、飛翔石から色が散らばる。

その小さな隙間、ひび割れから無数の光が舞い散っていく。

…光は分散し、勇者をあらぬ方向へと導いていった…



「…ここは?」


全く見たこともない、全然知らない大地に立っていた。

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