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吸血姫

北の果て、古びた城、その中にある広い一室にて


「ねぇ、この前そっちに行ってお茶会した時に、お姉様が言っていたんだけど、負けたって、本当なの? 嘘でしょ? 同席した獣人にも確認したんだけど、本当だって言うし、ねえ? 嘘じゃないの? まあ、お姉様が私に嘘をつくとは思えないんだけどね」

紫の衣装を着飾った赤い眼の少女は尋ねる。背中には蝙蝠の羽が生えている。

「嘘じゃないですね〜、本当の事ですよ〜。私もいましたからぁ」

黒ローブを立てかけると、厚手の衣装を着た夢魔はお茶会の準備を始めた。

厚手であっても体のラインから分かるように、艶かしい体を隠せてはいなかった。


「嘘でしょ、あのお姉様よ? 我最強無敵、とりあえず殴れば万事解決をモットーにしていたあのお姉様よ? と言うより、お姉様に勝てるやつなんているの? この大陸にいたの?」

いくら広いからって、そんな存在がいるとはとても思えない。まあ、強いやつは私が知っている限りでも確かにいるにはいるけど…まだまだ知らない存在がいると言うこと?

「そうですねぇ、今はちょっとおとなしくなったとはいえ、昔はもっとそんな感じでしたからねぇ」

とりあえず殴ればなおる、そんな感じだった。


「…えぇ、じゃあやっぱり本当だったんだ。 …信じらんない。まあ、あなたに聞いてもやっぱりまだ信じらんないんだけどね」

赤い眼の少女はぽかんと口を開ける。

その歯は鋭く、牙があった。

「でもですね〜、妹君いもうとぎみ様、ああ、いえ、吸血姫きゅうけつき様も見ればわかりますよぉ。多分ですけど〜」

「呼び方なんてどっちでもいいわよ。ふぅん、そんなに強いの? そいつ、人間? ああ、お姉様が言うには勇者なんだっけ? それって人間なの?」

「人間、だと思いますぉ。まあだいぶ怪しいといえば怪しいですけど、少なくとも人間ではあると思いますね〜。ただ、たぶんこの大陸で勝てる存在はいないんじゃないですかぁ? 大陸というか、この世界でもきっと、いないんじゃないですかねぇ」

あの子も、自分の複製とは言え、瞬殺されたって言ってましたし。瞬殺って、そうそうできないですよねぇ、と言うことは、つまり、私も瞬殺されちゃうってことですしぃ。魔族のほとんどがそうなっちゃいますからぁ…怖っ。 …でも素敵ですぅ。


「へぇ、お姉様ばかりか、あなたもそこまで言うなんてね。 …余計に気になるじゃない」

「ただ、戦うのはお勧めしませんよぉ? この城の主人でもありますしぃ、もう一人の魔王様、でもある訳ですからね。その御身を大切にしてくださいよ〜」

「勝てないって言うのかしら? 全然? これっぽっちも可能性はない?」

「はい、まず勝てないですね」

「はっきり言うわね。まあ、お姉様が負けたって言うのなら、それはそうなんだけど。 …まあでもなんか、悔しいじゃない」

怪しく眼が光る。


「まあ、様子を見るくらいでしたら吸血姫様なら飛んで行ける距離だと思いますけどぉ、あ、そうそう、とっても美味しそうでしたよ〜」

「何? そいつのこと?」

「はい〜、そうです〜。ああ、ぜひ賞味したい…あの子ばっかり派遣されて狡いですしぃ。今度は私が絶対に行きますぅ。そしてぇ、私だったらぁ、きっともっと満足させてあげられると思うんですよね〜。 …色々とぉ」

自身の体を確認しながら、舌なめずりをする。

「あなたも随分な熱の入れようね…ふぅん、そんなに美味しそうなんだ、そいつの魔力…」

そんなこと言われたら私だって味見してみたくなるじゃない。

そう言って小さな下で唇を舐める。


「はい、準備できましたぁ、始めましょうか」

「…良い香りね」

「魔王様からの差し入れですぅ」

「…さすがお姉様ね」

あの町、か。

しばらくこの城での予定もないし、ちょっと見に行ってみようかしら。

見るだけなら、何も問題ないでしょ。

ま、見るだけですめば良いけどね。

吸血姫は口の中で牙をそっと舌で舐めていた。


町外れの草原 夕暮れ時


「ふぅ」

日も傾いてきたし、このくらいで良いかな。

それにしても、久しぶりに一人で鍛錬できたなぁ。たまには良いね。

(あるじ〜、私と一緒でしょ?)

「ああ、そうだね」

(まあ、忘れるのが当たり前なくらい一緒だから良いんだけどね、でも本当には忘れないでよ〜? 私、泣いちゃうんだからね〜?)

剣って泣けるのだろうか…

「忘れても飛んでこれるだろう?」

(結構疲れるんだよ、重力を反対にするのはさぁ、自分だけだったらそれでもまだ良いんだけどね、とっても疲れるんだよね。私って重くなる方が得意だから。 …飛べなくてごめんね)

「そこまで望んでないよ、それに今のままでも十分だから、今のままでいいよ」

(へへぇ、あるじ大好きっ!)


遥か上空からそれを見る影が一つ。


「ふぅん、あいつ、か」

なるほどね〜、確かに、強そうっちゃあ強そうだし、魔力も他と違う感じがするわね。ううん、もっと近づかないとわからないか。それと何? 剣と話ししてんの? 大丈夫なやつなのかしら…ん〜、もう少しで暗くなるし、ちょっと挨拶だけしようかしら。

夜になったら私の時間だし。

特別に挨拶してあげようかしら。


「…ご機嫌よう」

上空から滑空してふわりと優雅に着地を決めて挨拶をする。

こう言うのは、最初が肝心だ。


「こんにちは、随分高いところから見ていたようだけど、何か面白いものでもあったのかな?」

「へぇ、あの距離でも気付くんだ。ふぅん、面白っ。ええ、そうね。面白いものなら見つけたわ」

「空を飛べるのは便利で良いね」

「まあね、一人くらいなら運べるわよ? 今度運んであげましょうか?」

「機会があれば、頼もうかな」

「遥か上空で手が滑らないとも限らないけれども」

「それは困るね。そう何回も空から落ちたくはないし」

「…あなた、お姉様、ああ、ええッと。魔王様に勝ったんだって?」

「ああ、なるほど。魔王たちの仲間だったのか。その節はありがとう。そうだね、戦ったこともあったね」

「ふぅん、勝ったことを否定しないのね。 …まあ、確かにとっても強そうだし。何よりその魔力、あの子の言っていた通り…とっても、とっても美味しそうね?」

小さな牙がのぞく。


「美味しそう?」

「ああ、失礼、私、吸血姫なの。ここからずっと北に行ったところに結構大きな城があるのよ。それから、まあもう気づいているだろうけど、魔王様は私のお姉様。お姉様共々、どうぞこれからもよろしくお願いいたしますわ」

再び優雅に挨拶をする。

「へぇ、魔王に妹がいたんだね。似ているといえば、似ているかな」

「それは光栄なことよ、ありがとう」

「それで、何か用事でもあったのかな?」

「そうね、ほんとは見ているだけのつもりだったんだけど…あなたを見ていると、気が変わってくるわ。困っちゃうわね」

「何かあるのかな?」

「味見、してみたくなっちゃったじゃない。お姉様の気持ち、今ならよく分かっちゃうわ。ええ。本当、私も宵闇の魔王として、ね。勇者って、本当にいたのね」

辺りはすっかり暗くなっていた。それは夜の暗さだけではない。


「…夜は私の時間。空の闇は、私のテリトリーよ」

怪しいオーラをその身に纏う。

「ううん、魔王の妹だったら余計に怪我させたくないんだけどな…それにそろそろ夕飯時だろうし…みんなを待たせたくはないな…」

「遠慮は無用。私だってそれなりに強いのよ? 今、それを見せてあげる」

地面を蹴り、上空に飛ぶ。


「宵闇の空で、この私を、捉えられるかしらね!」


雷魔法 中

雷鳴と共に光が直撃する。


「んぎぃっ!」

間の抜けた声を出して落ちてくる。しまった、中にしては少し強かったかもしれない。

落ちてくる吸血姫を抱きとめる。

「んはぁっ!」

吸血姫は悶えた。

「大丈夫だった?」

「くっ、触っただけで私を。何なのあなたの魔力…はぁん…」

すぐさま手を離れて少しだけ距離を取る。頬は紅潮している。


足が震えてうまく立てない。雷のせいだけではない。

膝が笑っていた。動悸もする。

「くっ」

なんなのこれ? なに? た、立てないじゃない。

それに、あの流れてきた魔力、あんなの、あんなの直接吸ったら私がおかしくなっちゃうじゃない!


「…な、なるほど、流石にやるようね。ええ、やるじゃない、ええ、でも私の力はこれからよ」

強がるも足元はおぼつかない。

「魔法以外は特になにもしてないけどね、本当に大丈夫なの?」

そして目の前で再び倒れそうになるその姿を腕で支える。

「あぁん! …っく!!」

また慌てて距離を取る。

「…くっ」

なんてこと、触られるだけでこんなになっちゃうなんて、心臓が、ないはずの心臓が飛び出ちゃいそうっ!!

なんて、なんて恐ろしい人間。

なんて恐ろしい魔力。これが、これが勇者の力、とでも言うの?

…お姉様が負けたというのも頷ける、納得するしかない。


「きょ、今日のところはこれで勘弁してあげるわ。そ、それと今日のことは特別に許してあげる。でも、お、覚えてなさいよね!!」

そう言うと吸血姫はフラフラと北へ飛んで行った。


「あんなにフラフラして、大丈夫かな…それと、何しに来たんだろう…」

(ただの挨拶じゃない?)

本当に挨拶しに来ただけだったのだろうか。

まあ、それで良いか。

魔族も、いろいろいるんだなぁ。

そう思いながら帰路についた。

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