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闘技場の現在

悪魔(イヴ)による襲撃の件も落ち着きをみせ、闘技場はかつての賑わいを取り戻そうとしていた。

ある者は己の力試しのため、またある者は終わることのない果て無き道を求め、

訪れる勇者の数は日毎に増えていった。


そして現在、その最上階に部屋をあてがわれていた白黒勇者の姿はここにはない。

と言っても無人ではなく、部屋の管理、主に掃除をするために交代で誰かしらが訪れている。

ある時はメイドの姿をした悪魔、またある時はメイドのコスプレをした夢魔…そしてまたある時は様々な姫たち。

彼女たちがおおよそ日替わりの間隔で訪れていた。

もしかしたら今日は早く戻ってくるかもしれない、と、

そんな期待を抱きながら部屋の掃除に勤しんでいた。

これまで丸一日以上勇者が部屋に戻らなかった時はなく、

担当者になれば勇者に会える、と。

本日の担当はエルフ。

要領よく掃除を手早く済ませ、勇者の帰りを待つかたわら、白姫が蒐集していたと思われる書物に手をのばす、

「…これも興味深いな」

広い部屋で一人、静かに優雅な読書の時間を楽しんでいた。

興味のある本を探しにこの階層にある本屋か、あるいはもっと大きな図書館に行ってもいい。

何冊かの本を読み終えたエルフは、前々から話には聞いていた施設の見学に出かけてみることにした。

とても、ただの一階層とは思えないほどの空間が広がっている。

ここを管理している大賢者の力だろうか? それとも最初からこういうものだったのだろうか。

何不自由なく暮らせるだけの設備と施設がある、

もちろんその為にはお金が必要になるのだったが。

「……気づけばもうこんな時間、か」

エルフはひとしきり見回り、部屋へと戻る。

勇者の部屋の前に、誰かいる。

「こんにちは。 …まだ戻ってきてないみたいですね」

穏やかな声と、性別を感じさせない中庸な顔立ち…

その少し幼く見える容姿ながら、整った顔立ちは見るものを惹きつける魅力がある。

有り体に言って美男美女の類だ。

「うん、そのようだね。 …ええっと、確か君は…勇者の友達の、オキタ君、で良かったかな?」

「オキタでいいですよ。それにしても…今回は、随分と遅いんだなぁ」

「今までは日に何度か、少なくとも一度は顔を見せていたみたいだけどねぇ。確かに今回は少し、長いみたいだ。 …もしかしたら今日は丸一日、戻ってこれないかもしれないね」

そんな日に担当とは、私もついていない。

エルフは自虐的に苦笑した。

「…幽玄界で、何か…天天やおじいさんも一緒だから、そう心配しなくてもいいと思っていたんですけど」

「う〜ん、情報はまだ何もないけど…とは言え、勇者本人に何かあったのなら、連絡自体難しいのかもしれない。手を離せないような状況だとか…まあ、目的である彼女たちの治療がうまくいっていればいいんだけどね。 …勇者に何か、用事でも?」

「いえ、用事は特に無いんですけどね。 …ここ最近ようやくまた活気付いてきましたけど、少し暇でしたから。単に様子を見にきただけです」

「君は勇者の友達だものね。勇者にとって、それこそ同年代の友達は貴重だから、これからも仲良くしてほしい。きっとそれが彼の為になるから」

まるで保護者のような優しい口調でエルフはそう口にしていた。

「もちろんです。 …それに、それは僕にとっても同じですから」


二人のやりとりを遠くで見ている影がある。

目当ての勇者の部屋へ入ったとはいえ、エルフのことはよく知らない、

彼女は顔を見知っていたオキタの跡を追うことにした。

「まだ戻ってきてないんだな、白黒」

「?」

「うちがせっかくわざわざ、暇つぶしに来たのに…無駄足だったか」

不満気な口ぶりで乱暴に頭を掻いているその姿には見覚えがあった。

「…君は確か、しゃかちゃんのところの、」

「おしゃか様、な。白黒といいお前といい、まあ言っても無駄か…今更」

両手をあげ、諦めたような仕草をする。

「うちはウーコン。今はおしゃか様の替わりにここにいる」

「しゃかちゃん出かけてるの?」

「…ああ、そうだ。別の世界に出張中、忙しい身の上だからな、本当に」

「へぇ〜、大変なんだね」

「当の本人は全然、微塵も大変だとは思ってないだろうけど。 …ちょくちょく振り回される身としては、まあ、なんだ。うん。大変な時もあるな」

「君も大変なんだね」

「いやまあ、うちのことはいい。それで、ええっと、確かお前は…オキタ…だったか? まあいいや、あの白黒の仲間(ツレだよな?」

「うん、彼の友達ツレだね」

「それであいつはいつ戻ってくるんだ? ここに気配が無いってことは、どっか別の世界にでも行ってるんだろ?」

「うん、今は幽玄界ってところに行っているよ。それと残念だけど、いつ戻ってくるかはわからないなぁ……何か約束でもしてたの?」

「いや、別に何もしてない。ただ、いっぺんってみたかっただけだ。正直、ここにいてもやることなくて暇なんだよ」

「はは、君も暇なんだ」

「ああ、良い暇つぶしになりそうだったんだけどなぁ…あの白黒、面白い力使うだろ? 前に見た雷…あれに興味があったんだが…やっぱ今回は諦めて他の勇者と喧嘩するしかねぇかなぁ…あっ!」

ウーコンはいい案を閃いたかのように、ていの良い替わりを見つけたかのように、目を輝かせた。

オキタは少しだけ嫌な予感がした。

「かわりにうちとろうぜ? なあ!」

その予感は当たった。

「僕と? …そうだねぇ」

別にそれがどうしても嫌、と言う訳ではない、が…

「なあなあ、いいだろ? それにお前も暇してたんだよな? なら暇人同士、何の気兼ねもなく戦おうぜ!」

一度そう決めたウーコンはもう全く引く気がないようだ。

「でも、試合はできないんじゃない? そもそも君はしゃかちゃんと違ってここで登録してもいないだろうし」

「そんなもん、やるなら外でいい、外で。何もここで試合する必要は無い。うちが広い場所に連れてってやるよ、今すぐにでも」

「えぇ…」

半ば無理やり強引に、闘技場の外へ。

ウーコンが宙返りをするとその足元には雲が現れ…いつの間にかその上に立って浮かんでいる。

「しっかりつかまってろよ。 それじゃあ、行くぜ」

手をひかれ、空高く、そしてあっという間に闘技場は小さくなっていく。

囲んでいた広大な森を抜け、さらにさらに猛スピードで突き進んでいく。

あっという間に見知らぬ広野に辿り着いた。

「ここなら邪魔は入らないだろ」

あたりを見回すウーコン。

誰もいない、何もいないことを確認している。

「…ここ、どこ?」

闘技場からはかなり離れ、全く見知らぬ大地に立っていた。

生き物はいるのかもしれないが…少なくともあたりには見えない。

見渡す限りただの広い平原が広がっている。

「さあ? 何か広いしここでいいだろ、な?」

「…まあ、」

…どうやらもう、試合をする選択肢しか選べないようだ。

断って置いていかれたらそれはそれで困るし…まあそんなことはしないと思うけど。

「うん、いいよ」

オキタの快諾に、ウーコンは今更ながらに喜んで声を上げてはしゃぐ。

「よ〜し、よし。じゃあ始めようぜ! あ〜楽しみだ!! …だってお前、強いだろ? それに白黒と同じで、お前も勇者だしな!!」

ウーコンは実に楽しそうに笑う。もう戦いたくてたまらないようだ。

「まあ確かに、僕も勇者だね。 …それを言ったらあそこにいる人たちは大体勇者だけど」

オキタはそう言いながらも戦う覚悟を決める。

そして、やるからには真剣に。

勝ちを狙う。

「くくく…いい、いい! いいぜその表情…ああ、うちを楽しまさせろよ。 …そしたら良いモンやる。褒美をくれてやる」

オキタの変化した表情を見てウーコンの胸は昂る。

戦闘狂いくさぐるいの笑顔を見せながら声高らかに笑っていた。

笑い方と立ち振る舞いがちょっと悪党っぽいな…と、オキタは思った。


ウーコンは耳から極小の棒を取り出し身の丈ほどの棍へと変化させる。

「…これがうちの獲物。長さ太さ大きさも自由自在だ。 …せいぜい間合いを見誤るなよ?」

ウーコンは地に刺した棍に器用に立ち、構えている。

その口元には抑えきれない笑み。

「わざわざ教えてくれるんだね。 …僕の方は」

オキタはゆっくりと鞘から刀を取り出し、正眼に構える。

「伸びたり縮んだりはしないけど…すごく良く切れるから、気をつけてね」

そう言って少し笑う。

戦い前の笑顔の二人、しかしその間には何も寄せ付けないほどの張り詰めた空気が満ちていく…

二人の間の、音が消えた。

先に動いたのはウーコン、

自身の膂力であれば、仮に防がれても力で強引にオキタの手にした細い武器を折る自信があった。

(そんな細っちょろい獲物じゃうちの一撃は防げねぇ)

しかしその考えはあたらない。

力を込めた一撃はオキタによって上手く捌かれる、

いや、刀の腹に沿って逸らされる。

放たれた棍の持つ大きな力は大地に向き、地面が割れた。

オキタはまた向き直って構える。

最初の姿勢と、何も変わらないままに。

「…へえ」

力のゴリ押しでは通用しない、か。

「なら次だ!」

大地を割ったその姿勢のまま、ウーコンは逆手に持ち替え下からオキタの胴体を狙う。

しかしそれもまた器用に捌き、逸らされた。

ウーコンの力の点を、オキタはうまく刀の線に乗せて逸らしている。

衝撃の波動が空へ伸び、何も無いところへ消えた。

「…」

立ち位置すら変えずに捌いたのか?

うちの放つ最も大きな力の点を…先読みして逸らしている?

ウーコンの目つきが変化した。

棍を左右に持ち替えながら、自身も高速で動く。

砂埃が巻き上がり、周囲の視界を塞いでいく。

「…」

オキタは少し、目を細めた。

「…これをさっきと同じように捉えられるか?」

さらには棍を回転させ、大地を抉りながら進む。

その一撃は当たりさえすれば、それだけで致命傷になりうるほどの威力。

加えて砂埃が舞い、いかに優れた眼を持っていようと視認は困難を極めている。

無造作で乱暴なウーコンのその攻撃でも、オキタを捉えることはできない。

それら全てを無傷で捌ききった。

…その身もその武器にも、傷ひとつないままに。

そしてまた、再び構える。

揺らぎなき正眼の構え。

「…」

ウーコンは間合いをとって改めて観察に徹する。

…確かに隙は無い。

隙がないなら作りゃいいと思ったが…

ただ目で見て、捌いている…だけじゃねぇ。

「うちの攻撃を、流石に全部捌ききるとは思わなかった。その細腕と、その細い武器で。 …まずは一つ、褒めてやるよ」

「それはどうも」

オキタの構えに全くブレはない。

それは完成されていた。

一つの型として、すでにもう極まっていた。

どんなものであるにせよ、極みに至ったすべを破ることは至難。

…だからこそ、面白い。楽しい。だからこそ…冥利に尽きるってもんだ。

「くく…ああ、そう、そうなんだよな」

ウーコンは首筋に手を回し、何本かの毛を無造作に毟りとると息を吹きかけた。

吹かれた毛の一本一本がみるみる間に姿を形作っていく。

オキタはウーコンの姿形をしたその一つ一つの気配に注意を向ける。

「…分身、でも…全部本物に見えるね」

「ああその通り。全部本物。だから充分、気をつけろよ。それにそう簡単には消えねぇからな」

分身ウーコンは散らばり、オキタの四方を取り囲む。

「四方八方からの連続攻撃、今度も防げるか?」

「…それはやってみるまでなんとも言えないかな」

オキタは正眼の構えをとく。

両手を下ろし、自然体に。

視線は前…呼吸を浅く、長くとる。

無行の形。

「…」

諦めたわけではない。

一見しただけではまるで降参する一歩手前かのように、見えなくもない。

…しかしオキタの表情に諦めの色は微塵も見えない。

それどころか、その視線は…まるで全てを見通そうとでもしているかのような…

その先にどこを見て、何を見て…いや、違う。

…何を視ようとしているのか。

その視線の先に観ようとしているモノ。

そして今、目の前にいるこの人間オキタが醸し出す気配、身に覚えがある。

この身に沁みて、いる。

それは他でもないこの自分を導いてくれた、今もまた導いてくれている存在に、近い。

…限りなく近いものだった。

向かう方向とその先も違うだろう。

出発点も到達点も異なっているはずだ。

しかしそれであっても…これほどまで近づき、迫るのか。

「…面白いな」

手加減は、無作法。

「…行くぞ」

その一声を合図に、

場を取り巻く全ての分身ウーコンたちが同時に飛びかかった。

右上から、左下から、左右の横、下、上空から。

その攻撃はほぼ同時、

あらゆる角度、あらゆる速度。

左を受ければ、右を受ける事は不可。

下を受ければ、上は不可能。

前を向けば、後ろの死角を狙う。

これで決着が着く、と、ウーコンは感じていた。

いくら境地の一つに至ったとはいっても。

それは己も同じだったのだから。

この波状攻撃を無傷で防ぎきることなど、人の身では到底叶わない。

一斉に飛びかかった分身にあえて少し遅れ、自身は慎重に、丁寧に、確実に死角をつく。

…それで終わり。

迫る攻撃をいなしていくオキタ、

その中にあって、ウーコンは背後の隙を狙い、完璧なタイミングで棍を振り下ろした。

「ふっ!」

その完全な一撃を捌かれる。

死角と隙をついた一撃を。

それどころか、オキタは分身ウーコンたちの攻撃、その全てに対応していく、

上空からの一撃、左右同時の一撃、斜め、後方、左、右、下、上…

オキタの振るう剣の数はその数を決して超えてはいない。

その一振りが、その複数をまとめて捌いている。

オキタの一線が、ウーコンの無数の攻撃の点をまとめて捌いている。

そして全てを捌き切ったオキタは息一つ乱す事なく立っていた。

驚嘆と感嘆を抱きながら、ウーコンは率直に疑問を口にした。

「…お前、後ろに目でもあるのか?」

「いや、流石に後ろに目は無いよ」

「それなら、なんでうちの一撃を受けられたんだ?」

「えーっと、何で、と言われても。 …見えた、としか」

「…いや、間違いなく死角だった。何も今のうちの一撃だけの話じゃ無いが」

取り囲まれた四方八方の攻撃を全ていなしきるなど、とても人間にできることじゃない。

「本当に人間か? 何で死角の攻撃が見える? やっぱり背中か頭の後ろに目でもついているんだろ? 見せてみろ」

ウーコンは乱暴にオキタの後ろ髪を調べるも、当然目などは無い。

「攻撃が見えるというか…その視線が見えるから」

「視線が…見える?」

「攻撃しようとしたら、まずその先を見るよね? それが見えるから、わかるんだよ」

「いや、見えないだろ?」

「肩を狙ってるとか、背中とか、肘を狙うとか」

「そりゃ当然どこかしら狙うに決まってる。だからって一つ一つわからねぇだろ?」

「僕たちの世界では、それを視線が刺さるって言うんだよ」

「…言葉の意味そのままじゃ無いだろ絶対」

「まあ、確かに本当に刺さったりはしないんだけど。気配と視線が先に刺さるから、わかるんだよね」

「…なんだそれ。見えないものが見える、って訳でも無さそうだが…それでも随分と鋭敏な…いや、鋭敏すぎるだろ。 …お前…オキタ、だったよな?」

「うん」

「覚えたぜ。あの白黒といい…面白い奴が多いな、勇者ってのは…俄然興味が湧いてきた。 …もっと他の奴らともりたくなってきたじゃねぇか」

「しゃかちゃんも勇者だよね?」

「…そういえば、ここではそう名乗ってたか…まあ、おしゃか様は別としても」

「戦わないの?」

「…もう充分戦った。 …と言うか、もう、だいぶ、かなり…わからされたからな」

ウーコンにしては珍しく少し遠い目をしていた。

「…」

…何があったんだろう。

「ま、まあいい。今日はもう満足したぜ。あ、そうだ…ほらよ」

ウーコンが懐から投げたモノ。

それは甘い香りのする、熟した桃。

「これは…桃?」

「ああ、そうだぜ。仙桃、って言ってな。うちがあとで食べようと思ってたモンだ」

「貰っていいの?」

「褒美をやるっつっただろ? それがその褒美。 食べると元気になんぞ」

「もしかして病気とかも治ったりする?」

「あ? まあ普通の風邪とかだったらすぐに治るな。ちょっと体調が悪いぐらいなら一発で元気になるぜ」

「それはいいね」

「でもあんま期待すんなよ。それ、完全な仙桃って訳じゃ無ぇから。あくまでうちの今日のオヤツだし。使い切りの回復アイテムぐらいに思っとけよな」

「そうなんだ。 …わかった、ありがとう」

桃を懐にしまい、礼を言う。

「…あ〜、それにしても、あの白黒も早く戻ってこねぇかな。 …戦いの意欲が湧いて昂ってきた」

「早く戻ってくるといいけどね」



一方その頃の勇者はというと。

「立った、まあ、なんて可愛らしい」

「ほんと、めんこい子じゃのう」

「きゃっきゃっ」

「…いくら何でも成長が早すぎない?」

桃から生まれた桃姫(むすめ)を育てていた。

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