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最恐と最強

虚屍(キョンシー)の爪が道士を狙う、

上空から飛んできた銭剣がその間を遮った。

「離れていろ」

センは後方に下がる道士の間に立ち、虚屍キョンシーの胸に木剣を突き立てた。

虚屍(キョンシー)は避ける素振りさえしない。

深く突き刺さった木剣はすぐに朽ち果てた。

「…こいつ、本当に効かないのか?」

間を置くことなく降り立ったタオがその背に突き刺すが、

やはり木剣の方が先に朽ち果てた。

胸と背に剣を受けた虚屍(キョンシー)は全く動じない。

「…そのようですね」

二人は肩を合わせながら前に並んで立つ。

虚屍(キョンシー)はこれだけの道士たちを相手に余裕さえあるように見えた。

他と変わらない、ただの獲物を相手取るかのように。

「上から見た限り…札ももち米も墨壺もほとんど効果なし。 …どうする?」

センは虚屍キョンシーを見据え構えながら隣のタオに訊ねる。

「…どうしましょうね」

タオは応える。

「全然答えになってないぞ」

「タオ道長! 私たちに特殊魂魄を!」

応援の道士たちも集まってくる。

「…今はそれしかない、ですかね」

「そうだな。それにコイツをこのままにはしておけないだろ。加減も何も、ここで始末するしかない。一人は私が担当する」

「ええ、もう連れ戻ることは諦めます。それでは、お願いします」

タオとセンは懐から人形の紙を取り出し、それぞれが道士の背に貼る。

白い煙とともに二人の道士は変化し、特殊魂魄となって虚屍(キョンシー)へと向かう。

縦横無尽に動く道士たちと、その打撃を受けながらも怯まずに張り合う虚屍(キョンシー)

護衛の兵士たちはその戦いを驚きながら見ていた。

「どっちも化け物だなありゃあ」

「…相手できるもんじゃ無い。 …俺たちは今のうちに」

「ああ、道士たち全員が気を取られている今しかねぇな。 …皇女の元へ急ごう」

戦う道士たちを背に、静かに、こっそりと皇女のテントへと向かっていく兵士たち。

テント周囲で警戒していた弟子の一人は近づく兵士を見てさらに警戒を高めた。

「…あいつら、こんな時に。 …いや、こんな時だから、ですかね」

「どうします? 私たちでも、やれなくはないですが…苦戦するのも事実です。 …今は特に、皇女の身を案じなければなりませんし」

「ええ、そうです。逃げも選択肢の一つ」

弟子たちは集まり、互いに囁き合う。兵士が到着する前に決めなくては。

「…では、二人は皇女と」

「はい、一度離れます。 …皇女も、それでいいですね?」

「今はあなたたちに従います。それと、あなたたちも無理はしないで」

「当然です。 …今は何より師匠たちの方が心配ですからね」

「…タオ、大丈夫かしら…」

「セン道士もいますし。今はご自身の身を案じてください」

「…ええ、そうします」

皇女は裏から二人の弟子を連れて離れていった。

そのことに兵士たちはまだ気づいていない。

「皇女は無事か?」

「無事です。私たちがいますので、お引き取りください」

「おいおい、そう邪険にすることはないだろ。俺たちだって、いやむしろ、俺たちが専属の護衛だぞ。今こそ必要だろう?」

「…どうでしょうか」

「んん? …何か妙だな。 …お前たち、何か企んでいるな?」

「いえ、何も。 …企んでいるのはむしろそちらのほうでは無いでしょうか?」

「ほう…言うじゃねぇか。 …道士たちがいないからって、随分と無礼な言い方だなぁ」

「そちらこそ、師匠たちがいないと遠慮がなくなるんですね。 ここは皇女のテント、それに今は夜。淑女たちの寝所に…呼ばれてもいないのに訪れるものではないですよ」

「…どけ。 怪我をしたくなかったらな」

「いいえ、退きません。師匠たちが戻るまでは」

入り口を塞いで立つ弟子たちに苛立ちを募らせていく。

「話のわからねぇ奴らだなぁ。 こっちだってやることがあるんだ。せっかくその機会が巡ってきたんだからよぉ。下々の奴らに邪魔されたくねぇんだよなぁ」

とうとう兵士たちは武器を構えた。

「直属の兵士とは思えない無礼さですね。それでも、あの宰相の代理、と考えればわからなくもありませんけれど」

「はっはっは、おいおい、本当に言うじゃねぇか。 …まあいい、それならちっと可愛がって、」

「うぎゃぁっ!!」

兵士の叫びに遮られた。

「何だ! いきな」

振り返ると虚屍(キョンシー)が兵士の喉元に喰らいついていた。

「あ、あ…」

その兵士はぐったりと動かなくなる。

虚屍(キョンシー)の手にはもう一人の兵士、

「……あ…ぁ…」

その胸には爪が深く突き刺さっていた。

屈強な兵士を片手で無造作に、難なくぶら下げながら、虚屍キョンシーは血を啜っていた。

「こ、この! ぐぇッ」

食事を終え放り投げられた兵士がぶつかり、情けない声を上げながらたじろぐ。

あっという間に目の間に立っていた。

「ひ、ヒィ…、 く、来るんじゃねぇ、く、来るなぁ」

震えた手で斧を振りかぶる。

斧は脳天に当たるも、

肉体から発せられたとは思えないほどの金属音が響き、弾かれた。

「ばけ、化け物…た、たしゅ」

言い終わる前に爪が喉元に突き刺さった。

兵士たちは蹂躙され、ただのしょくじとなった。


「…虚屍がここにきた、と言うことは」

「師匠たちは?」

食事を続けている虚屍(キョンシー)を注意深く見つめ警戒しながらも、

弟子たちは自分たちではなくその師匠の身を案じていた。

「…それでも、ここから皇女を逃したのは正解でしたね」

「ええ。私たちでは、多分時間稼ぎにもなりませんね。 …今のうちに逃げたほうが良いですかね」

「できないでしょうね、兵士たちと同じく、私たちも狙っていますよ」

動くことなく、目を向けることなく見ている。

二人はそう感じていた。

「兵士と私たち。後か先か、変わるくらいですかね。 まあそれでも…抵抗ぐらいはするとしましょうか」

「…そうしましょう」

覚悟を決めながら構える二人の弟子。

食事を終えた虚屍(キョンシー)は弟子たちに狙いを定めた。

たとえ師でさえ敵わぬ相手だったとしても。

その爪が、木剣を構えた弟子の一人を狙う、

「ふせろ!!」

タオの声に反応し、身を伏せる。

場に伏せた弟子の上を吹き飛ばされた虚屍(キョンシー)が通過していった。

声に少しでも遅れたら巻き添えになるところだっただろう。

吹き飛ばされていく虚屍(キョンシー)を追うかのように猛スピードの影が通過していく。

「タオ道長、無事だったんですか!」

「当たり前だ! 全員無事だ。手負だが。 …皇女は?」

「少し離れた場所に避難させています。兵士たちが見えたので」

倒れている兵士たちに目をやる。

「そうか…この状態では彼らはもう…。 …一人は木剣で彼らの弔いを。もう一人は戻って道士たちの治療に向かってくれ、彼らほどじゃないが、それでも重症だ」

「わかりました、すぐに」

「治療を終えたら結界を張って皇女と共に身を潜めているんだ、あの虚屍キョンシーに通用するかわからないが…私はセン道士とあの虚屍キョンシーを追う」

「セン道士の姿が見えませんが?」

「もう追撃に向かったよ。私も急いで追わないと。後は頼む」

「お気をつけて」

物言わぬ兵士たちの胸に木剣を刺し、弔っていく。

途中で合流した皇女と共に、怪我をして動けなくなった師匠、道士たちの元へ。

「師匠、大丈夫ですか」

「…ああ、お前たちか」

「今すぐに治療を」

「私は比較的軽度…脚の骨折くらいか。他を優先してやってくれ。特に最初にやられた…急いでまたもち米で消毒しないと、今ならまだ間に合う」

「わかりました」

特殊魂魄によって強化されていた肉体であっても、その怪我は浅いものではなかった。

治療を終え、テントを張り直す。

テントの周囲には今できる限りの強力な結界を張った。

道士たちはみんな手負い。

弟子じぶんたちだけでは、あまりに心許ない。

少し前に、道士の一人は術で知らせを送りはしていたのだが…

それが届いて、それからここに応援が来るまでは今しばらくかかることだろう。

果たしてそれまで全員が無事でいられるか…。

…あの虚屍(キョンシー)を相手に。

…いや、それでもタオ道長と、セン道士の二人なら。

二人の力は負けた自分たちよりもずっと強いのだから。

…なんとかなるかもしれない。

願望にも近い希望を持ちながら、

皇女と道士、弟子たちは待っていた。



赤く光る鳥が高速で飛んでいく。

赤鳥セキチョウは町の霊廟を訪れる。

自ら壁に打ち当たり消えると、血痕が残った。

「…これは」

ジウは救難の赤鳥の訪れを知る。

急いで地図を手に、ヘイの元へ。

「…そうですね、あの速度でここから…町までの道順は…それで、赤鳥の時間は…だとすると、多分、この辺りだと思います。休憩や速度の前後で、多少の差異はあるでしょうけど」

「…よし、この辺りか」

「先生、私たちは」

「いや、私一人で行く、ヘイは今ここを任されているだろう、それに二人がいなくなっては色々と回らなくなる、気にすることはない。シャオにもそう言っておいてくれ。後のことは私に任せておけ」

「…わかりました。先生も、気をつけて」

「それじゃあ爺さん、ここの留守は任せた。救援の要請は出しておいたが……勇者は、まだ戻っていない、か。私は先に向かう」

「ふむ、戻ってきたら伝えておくぞ」

「それにしても、どこまで行ったんだろうね?」

「私も一緒に行こうか?」

「いや、マオはまだ無理しないほうがいいだろう。では、行ってくる」

ジウはあっという間に駆け出していく。



「時間が…これ以上は」

タオはセンの身を案じる。

未だ虚屍(キョンシー)を倒しきれてはいない。

二人は接戦しているようには見える、

しかし、虚屍キョンシーの動きは全く衰えることはない。

…いや、それどころか、前よりも。

センの攻撃でも吹き飛ばされるようなことは無くなった。

同じ攻撃であっても。

同じ威力であっても、今はもう耐えている。

怒涛の連撃と連打にも耐えている。

多くの血を吸ったことで、さらに力を増したのかもしれない。

…それなら尚の事、ここで止めなくてはならない。

タオは二人の隙をついて援護するも、その術のことごとくを弾かれてしまう。

墨壺、もち米、お札、木剣はもうすでに効果が無い。

怯むどころか、わずかに足を止めることもない。

いや、仮に動きを止められたとしても…どうやって止めをさす?

…やはり完全に、燃やすしか…そのためにはもっと、弱らせないと。

今の状態ではとても…

タオは迷っていた。

虚屍(キョンシー)は弱るどころか次第にセンの動きを捉え始めた。

高速の動きに追いつき、あるいは打撃をあえて受け、そのわずかにできた隙を狙う。

次第にセンの体にも傷が増えていく、治る速さを上回るほどに傷が増えていく。

そしてついに、虚屍(キョンシー)の打撃がセンの身を捉えた。

大きく飛ばされたセンの口の端からは血が滲んでいる。

動きの鈍るセンに追い打ちをかける、

急いでセンの援護を、

タオは銭剣を飛ばすが、それを難なく掴み、下に叩きつけ破壊する。

「…それなら」

今持っているありったけの札を飛ばす。

小さな爆発が無数に巻き起こった。

虚屍(キョンシー)は足を止めた。

これ以上は……それにもう、時間も。

センの元へ近づき、術を解く。

「…解くのが…早すぎる、ぞ。まだ…」

「いくらなんでも、これ以上は危険すぎます」

「…見ろ、アイツはまだ」

煙の中に虚屍(キョンシー)が立っている。

センは咽せ、血の塊を吐き出した。

「…くそっ。ただの虚屍キョンシーじゃない、それどころか、信じられないバケモンだ」

「…これ以上の、打つ手が無いですね」

逃げる、にしても。

それなら自分に術を施して、それで…

「マオの二の舞はやめておけ。たとえなってもさっきまでの私と、そう対して変わらないだろ。それならもうあまり意味はない」

「ですが、」

「ゴホッ、ふぅ。 …それに、間に合ったみたいだ」

センの視線の先に、

「ジウ道士!」

「間に合ったか…ふぅ」

「知らせが届いたのはほんの少し前だろう? …相変わらずよくわからないほど脚が速いな」

「で、アレが棺の中身なのか?」

「ええ、そうです。虚屍キョンシーには違いないでしょうけど。 …手に負えません」

「…そうか。それなら後は私が引き受けた。二人は手負の道士たちの手当てに戻るといい。まあセンも手負のようだが、動けるか?」

「…ふん、このくらい。 …あとで別料金を特別請求することにしよう」

「その元気があるなら大丈夫そうだな。 …急いだほうがいい、アイツもそう長く止まったままじゃないだろうし」

虚屍(キョンシー)を見据える。

虚屍(キョンシー)はまだ動かない。様子を窺っているのか、それとも休んでいるのか。

…新たに訪れた道士えものを見定めているのか。

「…わかりました。後はお任せします」

タオはセンを連れて戻っていく。

場を離れる背を見た虚屍(キョンシー)は反応し、わずかに追う仕草を見せるが、

「こちらはこちらで始めるか」

ジウがその前に立ち塞がって構えると、虚屍(キョンシー)はまた動きを止めた。

「?…動かないなら、こちらから行くぞ」

「…」

虚屍(キョンシー)は打撃の耐性をすでに得て、

先ほどの戦闘でそれをより強固なものへと変えていた。

…故に余裕を持って休んでいた。

打撃などもはや恐るるに足らず。

…少し休んだ後に、食事を再開する。

先ほどの兵士の血も、悪くはなかった。

久方振りの血は実に美味いものだった。

であるのなら、道士の血は、強者の血は、さぞ美味いことだろう。

目の前の道士を屠った後に、 …食べ残しを平らげるとしよう。

そう余裕を持って、休んでいたのだった。

「…ああなるほど」

ジウは虚屍(キョンシー)のその余裕さに気がついた。

虚屍(キョンシー)の、その傲慢で尊大な態度に気がついた。

「…つまり私を、舐めてるのか」

ジウが蹴った大地は衝撃と共に割れた。

「ッ!!」

虚屍(キョンシー)は未だかつて受けたことのない衝撃を腹部に受けた。

同時に、未だかつてないほどの疾さで吹き飛んだ。

その背に遮るものは何もない。

虚屍(キョンシー)は遥か彼方後方へ猛スピードで吹き飛ばされていく。

止まることなく、無造作に回転しながら。


そしてあろうことか虚屍(キョンシー)は初めて、痛み、というものを知った。

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