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虚屍の皇

門が閉まる。

同時にあたりの空気が変化した。

「…結界?」

「ええ、その通り。今この瞬間に、この寺の周りには強力な結界が張られました。 …そう簡単には壊せないことでしょう」

…どうやら閉じ込められてしまったようだ。

「時間の流れも外とは異なっとるよ。まあその影響で空腹の心配はほとんどないから安心せい。せっかくじゃ、ぬくぬくしたらいいぞ」

「う〜ん…でも正直困りました。もちろん、そう簡単に出してはくれないんですよね?」

「そうじゃのう…それに、わしの力ではまあ無理じゃな。それこそ天仙様自身でもなければこの結界は破れん」

その肝心の天仙様はというと、穏やかな笑顔で佇んでいる。

「天仙様は」

娘娘にゃんにゃんとお呼びください。口調も、できたらもっと親しみを込めて、馴れ合う感じでもよろしいかと…」

少し頬を染めながら言う。

「…天仙様はどうあってもここから出してはくれないんですか?」

「…」

天仙娘娘は目を閉じて押し黙っている。どうやら全く聞こえていないようだ。

「娘娘はどうあっても出してはくれないのかな?」

「…そうですね。このようにあなたと夫婦にはなれましたが、で、あるのならば尚のこと、今まで多く見てきた家族のように、私たちも一緒に暮らすべきでしょうし」

「まず夫婦にはなってはいないけど…そう。少し表に出てもいい?」

「ええ、門から先へはいけませんけど、この寺の内であれば、もうあなたの庭同然ですので、ご自由にどうぞ。私は部屋を整えておきますので」

寺の外にある庭に出る。

確かにこの寺を覆うように、ここ全体に結界が張られているようだ。

外は見える。でも、その様子は少し…色が不確かだった。

この結界、壊せ…ないこともないかもしれないが…。

それ相応に…それもかなり強力な力が必要に思えた。

仮にそれを行ったらこの地、この山がどうなるかわからない。

この山は古くからある、道士たちにとっても聖地のようなところだと聞いていたし…

…今は手段の一つとしての考えにとどめておこう。

寺の周辺、広い庭にはさまざまな木々が植えられていた。

栗や胡桃、柿、あれは桃の木だろうか。

「何か口にしたくなったら好きにとって良いぞ。特にここになる桃は絶品じゃよ。甘さも香りも一級品じゃぞ」

桃の木に近づくとほのかに甘い香りが漂ってきた。

実もいくつかなっている。

離れた先に一際大きな桃の木があった。

「あの木に実はなっていないようですけど?」

「ほっほっほ。あれに実はそうなるもんじゃないのう。何しろこの山の、この地の御神木じゃからな。実が成るには相当な歳月、そしてそれ相応な栄養ちからが必要なんじゃ」

「時間はわかりますけど、その必要なちからというのは?」

「そうじゃな、お主でいえば、魔力、か? わしらで言うところの霊力、霊気、あるいは神気じゃな」

「魔力で実が成るんですか…ちょっと面白いですね」

と言うことは、大地から魔力を吸っているのだろうか?

「簡単に思えるやもしれんが、そのじつ、かなりの量が必要じゃぞ? まあ小さな実くらいは成るかもしれないがのう。完全と呼べるほどの仙桃は、ここしばらく、わしももうだいぶ見ていないのう」

「完全な桃…仙桃ですか。 …そう聞くとすごそうですね」

「死者すら蘇生させると言われとるな、不老不死の塊、ともな。興味深いじゃろう?」

「それを聞いたら…尚のこと興味が湧いてきました」

それだけの力があると言うのなら…。

勇者は桃の御神木の元へ歩き、手を触れる。

「木に直接、魔力を流せばいいんですか?」

「そうじゃよ。ただ、御神木にも好みがあっての。さっきも言ったが…ただでかけりゃ良いというものでもない。 …質、大事なのは質じゃ」

「…質ですか」

魔力の質、か…属性の話だろうか?

それに、木に好みの属性がある?

…となると水?

…いや、植物だからと言って、それはそれで安易すぎる気も…

…それならいっそのこと。全部入れてみるのはどうだろう。

勇者は魔力を高める。

自身の内部にある魔力を高めていく。

さまざまな色、属性、その全てを融合しながら、限りなく高めていく。

極彩色の魔力が勇者から放たれた。

「…なんとも、強大な…しかし、それでいてなんとも…ふぉっほっほ、なんとも実に美しい力じゃなぁ」

勇者は御神木に触れ極彩の魔力を流し込んだ。

木は呼応するかのように輝き、喜ぶかのように枝には緑が芽吹いた。

「おお! 成る、成るぞこれは」

和尚は少し興奮気味に叫んだ。

極彩の魔力が一つの枝に実を結ぶ。

そして大きな桃が一つ、その枝にぶら下がった。

「なんとも見事な仙桃…これだけの仙桃、久方ぶりに拝めたわい。いや、むむ、ちとデカすぎんか?」

仙桃はたわわに実った。

それはことのほかずっしりと重そうで、立派な枝が重みに耐えかねて大きくしなっている。

「いやはや、それにしても驚いたわい。まあここに来るだけあって只者ではないと思っとったが…想像以上じゃったな。通りで、天仙様があれほど気に入るわけじゃな」

「あれが仙桃なんですか…普通の桃と比べても、随分と大きいですね」

「いや、わしもあのサイズは見たことないのう」

「? じゃああれは何なんです?」

「さあ? わしにもわからん。見た目で桃なのは確かじゃな」

「えぇ…」

「まあ、何と素晴らしい、大きな桃がなっているのでしょうか。これは私もお力添えしなくては無作法というもの。 …ええ、これが私たち夫婦にとっての初めての共同作業ですね。ああ、私たちの子とでも言えましょうか…もちろん大切に育みますとも」

娘娘が桃に手を当てると、さらに桃は輝きを増した。

さらに大きく、たわわに育っていった。

「それで、これは仙桃?」

「さあ? どうでしょうか? これだけ立派なものは私も見たことがございませんので。ですが、当然ながら、ただの桃ではございませんね」

「…娘娘でもわからないんだ…でも」

これを持ち帰って黒姫たちに食べさせれば…。 …もしかしたら。

「ふふ、それにしても、やはり素晴らしいお力をお持ちなのですね。私の見立て通りです。ああ、本当に。ええ。ですので、これから一生涯、ここでともに暮らしましょう。暮らしていきましょうね? …あなた」

少し恥じらいを見せながら口にしていた。

娘娘に帰す気は毛頭無いようだ。

「あまり外へ出ていると体も冷えます。この桃の管理は私にお任せください。ささ、どうぞ中へ入って。部屋は整えておきました。これから二人で仲良く、ここで永遠の時を、過ごしましょう?」

「…わしもおるんじゃがのう」

…やはり自分でどうにかして戻らなければならない。

手を引かれながらも勇者は考えをめぐらせていた。



黄金の棺を運んでいた一行は広い野原で野営の簡易テントをはっていた。

空模様がだいぶ怪しくなってきた為だ。

「…この様子だと、すぐにでも一雨きそうだな」

テントはりを手伝う傍ら、センはタオに言う。

「ええ。 …それに加えて、風まで出てきました。テントも、しっかりとはらないと吹き飛ばされかねませんね」

「雨ざらしは勘弁してほしいな。まだ道中長いんだ。 …私たちも、それにあの棺にとってもな」

「そうですね」

黄金の棺を見る。

棺には雨よけとして頑丈な傘がつけられていた。

多少の雨風であれば問題はないだろうが、

しかしそれも度が過ぎればどうしようもない。

周りには雨風を凌ぐための隠れるような場所もなければ村も町もまだまだ先。

本来の予定であればもう少し先まで進めていたはずだったが…

どう言う訳か護衛の兵士たちが次々に体を壊して遅れることになった。

それも本当かどうか少々怪しかったが…。

「それで、もう体は大丈夫なのですか?」

皇女は兵士の一人を気遣いながら声をかけている。

「はい、心配をかけて申し訳ございませんでした。流行病か、何か悪いものでも食べてしまったようで…もう大丈夫です。この先は何も問題ないでしょう。 …ええ、何も」

「それなら一安心ですね。今日はもう大人しく休むことにしましょう」

いくつかはられたテントの中にそれぞれが入る。

あたりにはあかりと呼べるものは無く、もうすっかり暗くなっていた。


「…雨足が強くなってきましたね」

そう言う皇女の声はともするとテントを叩く雨音によってかき消されてしまう。

タオは皇女に近づき、声をひろう。

時折揺れるテントを気にしながら。

「雨もそうですが…風も強いですね。これ以上強くなると、この簡易テントでは持たないかもしれません…野晒しで野宿、それも雨の中で。 …そのようなことになりでもしたら…私たちの準備足らずです。申し訳ございません」

「いいえ、ついてくると言ったのは私です。それに野宿ぐらいは平気です」

「ですが、」

「その代わり、ちゃんとあなたたちがそばにいてくださいね? それだけで十分です」

「…わかりました」

一際強い、風が吹いた。

吹き飛ばされないようそれぞれのテントでは全員が必死に各所をおさえていたが、

その中の一つのテントは呆気なく吹き飛ばされた。

それはセン道士と護衛の兵士たち、そして黄金の棺が入れられていたテントだった。

「お前ら…わざと力を抜いていたな。そのせいでこの有様だ!」

降りしきる雨の中、センは兵士たちを怒鳴りつけた。

ギリギリまで縄を抑えていた手が痛み、上空では雷が鳴っている。

「そんなとんでもない、突然あまりにも強い風が吹いたもんだから」

「そうだそうだ、あれじゃあ仕方ねぇよ、俺たち病み上がりなんだぜ」

「っ、まあ、今はとやかく言っても仕方ない。すぐに棺に覆いを」

縄から黒い液体が再び溶け出していた。

「それだけではダメだな。 …急げ、無事なテントまで運ぶぞ」

他から応援を呼び、兵士たちと棺を無事なテントへと運んでいく。

「ぬかるんでて…これじゃあ」

強い雨によってぬかるんだ地面が足をとって棺は思うように動かない。

できる限りの応援を呼んで運ぼうと試みるも…その動きは遅い。

「…まずいな。 …このままだと」

センは縄を手で触れ、確認する。

もうかなり溶け出している。

…このままだと、時間の問題だ。

雷が鳴った。

「…近づいている。 …一度離れろ、近くに…この棺に落ちるかもしれない」

センは棺に覆いを被せ、一度全員を非難させた。

再び大きな雷の音、

そして間を置かずに黄金の棺に雷が落ちた。

棺から閃光と火花。

縄の一部が焼けて弾け飛んだ。


「あ、危なかった。近くにいたら感電してたぜ」

「ああ、死んでたな…」

兵士たちは息を呑んでいた。

「…今の雷」

棺を見る。

…雷を受けても何事もないかのように、静かだった。

雨足と風は弱まり、雷の音も遠のいていく。

それでもセンは胸騒ぎが止まらない。

「急いで縄を締め直そう」

「はい」

センとタオ、道士たちは縄を手に急いで棺に向かう。

棺の蓋が少し浮く。

かろうじて残されていた縄が赤く光り、そして切れていった。

「!!」

センとタオは飛び上がり棺の上へ乗り、強引に蓋を閉める。

「縄を!! 弟子たちは皇女の元へ! 絶対に外に出るな!!」

タオは急いで指示を出す。

一際太い縄を手にした道士たちが棺を囲む。

セン、タオを経由しながら棺を縛る。

二人を乗せた棺の蓋がまた浮き始める。

「これだけでは足りない! もっと縄を!!」

その瞬間、蓋が弾けた。

センとタオを遥か上空に弾き飛ばしながら。

「!! タオ!」

センは上空で体勢を立て直し、背に掛けた木剣を手に構える。

タオも同じく。

二人は同時に構えながら木剣を指でなぞる。

二つの木剣は光輝いた。

…地上に落ちるまでまだ少し時間がかかる…。


道士たちは吹き飛ばされた蓋の衝撃で伏せていたが、

黄金の棺からあらわれる虚屍キョンシーの姿を見た。

静かに浮き上がって、棺の縁に静かに立ち上がる。

その服装から皇であることが伺えた。

今まで見てきた虚屍とは何か違う…どこか違う。

それは何も見た目だけの問題ではない。

虚屍(キョンシー)自体がとりまく大気、空気…その異様な気配。

そのあまりに黒い眼と黒い爪、悍ましいほどの妖気。

静かに佇む姿を前にしただけでも、動けなくなる。

それでも道士の一人は木剣をなぞり、まだ動かない虚屍の胸を狙う、

木剣は動かない虚屍の胸深くに突き刺さった。

「やったか?!」

突き刺さった木剣の刀身は崩れ朽ちた。

その手には柄だけが残る。

「な!!」

狼狽えた隙に虚屍の爪が道士の腕を掴む。

「ぁ!」

爪が両腕に深く食い込んだ。

援護の道士はすぐさま墨壺の糸を虚屍の腕に絡め、火花が弾けた。

怯むどころか虚屍は微動だにしない。

「これならどうだ!」

もう一人の道士が手にしたもち米を放つ。

同じく火花とともに弾けるが、やはり全く微動だにしない。

爪が深く深く突き刺さる。

「ぐ、ぐぅ…く…」

もがく道士は次第にぐったりと、動かなくなる。

その様子を見て焦る援護の道士たちだったが、懐にしまっていた物に気づいた。

そうだ、これが、お札があるじゃないか。

焦りすぎていた、肝心な物を忘れるなんて。

急いでお札を虚屍のおでこに貼る。

虚屍は動きを止めた。

「今のうちに」

急いで爪から道士を解放し、傷ついた腕にもち米をあてる、

「う、ぐっ」

もち米と肉の焼ける音が響く。

気を失っていた道士は消毒の激痛で目を覚ました。

「ひどい傷だ、後でちゃんと治療しないと」

「…ああ、すまない」

すぐそばで、小さな破裂音。

虚屍の札が弾け飛んでいた。

「!」

驚愕しながらも急いで二枚目の札を手に取って貼るが、

すぐさま破裂音と火花が散る。

「?!」

札の効果はもう無い。

「…そんな」

虚屍は怯む道士の一人に狙いを定めていた。

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