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始めの皇帝

一つの朽ちかけていた古文書が紐解かれ解読された。

それによるとその記された地には遥か昔に今とは異なる帝都があったという。

前半にはその時代の皇帝の、稀代の名君としての賛美が断片的に記されてもいた。

何でも始まりの皇帝にして完全なる傑物だったとか。

皇帝の他にも賛美されていた人物がいたようだったが、

紙の損傷が酷くその全てを判読することはかなわなかった。

すでに読めなくなったものの中には重要な事も数多く書かれていた事だろう。

現在の皇帝はもうだいぶ前から病に伏せていて、

今のこの世界を、今の帝都から統べていたのは宰相だった。

「皇帝陛下の具合は?」

「…目も覚まさなくなりました。 …おそらくはもう」

「そうか…」

皇帝はもう間も無く命を落とす事だろう、そうなればその子供の誰かが次期皇帝となる。

「…何かあればすぐに知らせよ」

「は、直ちに」

宰相の笑みに気づくものはいない。

本来であればたくさんいた皇帝の子供は、そのほとんどが成長する前に全て命を落としていた。

今はもう、宰相と皇帝の子である皇子と、別の母親を持つ皇女の二人しか残されていない。

王位継承権はその二人に委ねられていた。

当然、宰相は自分の子を次期皇帝にするつもりだった。

そのためにありとあらゆる手段を講じていた。今までも。

母様かあさま父様とうさまの具合は」

「宜しくない。 …覚悟を決めておくといい。直に皇帝になるのだから」

「…はい、母様」

皇子は実の母親でもある宰相には逆らえず、逆らおうともしていない。

皇女の方はというと、歴史や文献に興味を抱きその分野での活動を盛んに行っていた。

「タオ、もう他に文献は無いの?」

古びた古文書を慎重に読み進めていた。

「これ以上はもうありませんね。それで、本当に現地へ行くんですか?」

「当然よ。私の遠い遠い縁者でもあるでしょうし」

「…私は反対ですよ。皇女自ら赴くなんて、今の状況だとなおのこと出歩くのは危険ですし」

「だから一緒にって言っているでしょ? あなたたちが一緒なら心配いらないもの」

「…それは…」

「調査員のリストはもうすでに作ったわ。今まで通りあなたを道長として、道士も数名、それからその弟子たちもね」

「…私たちの事をよくご存知ですね」

「ちょっと、馬鹿にしてる? そんなの当たり前じゃない、どれだけ一緒にいたと思っているの? お兄様の、いえ、あの宰相の指示した直属の護衛なんて当てにならないもの。 …あなたたちの方がよっぽど頼りになるし、信頼しているんだから」

「今までも不自然に命を狙われたりしましたからね。 …その護衛たちのいない隙間に」

「わざとでしょ。 …まあ、ここでは大きな声で言わないけど」

宰相は皇女の動向を常に警戒していた。

少し傲慢なところはあるものの、その気さくで気取らない様子の皇女は帝都の人民たちから慕われていたからだ。

人民たちの支持をより強固なものにするには皇女の存在は邪魔だった。

宰相は皇女が帝都を離れると知り、その理由を探った。

今までも地方に遠征することはあり、その度にけしかけたものだったがその悉く失敗していた。

今度はだいぶ遠方、何でも古の帝都の発掘に向かうとのこと。

…好機。

そろそろ、いや、もう十分長く生きただろう。

他の兄弟姉妹たちと比べても。

宰相は反対しなかった。

それどころか協力を惜しまない姿勢をとった。

作業をするための人員を惜しみなく貸し出した。

皇帝直属の兵士たちもその護衛として配備した。


「…いらないんだけど。粉のかかった護衛なんて。刺客の間違いじゃないかしら」

「そうは言っても、勅命ですから。いくら皇女であっても、受ける他ないかと」

「私の護衛はタオたちに任せるわ。今まで通り」

「はい、当然用心しますよ。まあみんな知っていますが」

「なら安心ね。 …それにしても、かつて英華を極めたという帝都の発掘調査、何が出るか今から楽しみね」

「よく無いものが出なければいいですけど」

「あら意外、臆病なことを言うのね。そんな大層な化け物がいるかしら。あなたたち道士が恐れるようなものなんてそうそうないでしょう? あなたも含めてみんな虚屍(キョンシー)退治ならお手のものじゃない」

「…だといいですが」

虚屍(キョンシー)と一口に言っても、実のところその力は未だ解明されてはいない。

お札をおでこに貼ることによってある程度操作可能だったり、木剣をその胸に刺せば大抵は静まり、動かなくなる。

また六面鏡に照らされると怯むことや、もち米を嫌う。

そして息を止めれば勘付かれない、などなど。

確かに対処自体は可能だったし、自分たち道士はその扱いにも当然慣れてはいた。


遥か以前の帝都とは一体どのようなものだったのか。

そしてその始まりの皇帝とはどのような人物だったのか。

皇女はその知的好奇心を抑えられないでいた。

宮廷に仕えている優秀な道士たちを集めて調査団を結成し、その真意をあきらかにするべく向かった。

調査団の訪れた地は、今はもう荒廃していてかつての英華などは微塵も感じられない有様だった。

帝都の名残も何もない、ただの跡地。

「随分と寂れているというか…何もないわね」

「そのようです。でも、跡地の形跡は…確かに散見されますね。とりあえずは、地道に掘り進めていきましょう。そのための人員も数多く借りられましたからね」

「ええ、そうしましょうか」

作業の指揮者に開始の指示を出す。

直接作業には関わらない護衛の兵士は皇女から少し離れて周りを警戒していた。

「…ふぅ」

…正直言って邪魔ね。

それに、あまり近づいてもらいたくは無い。

護衛なら、タオ道士たちとその弟子たちで十分。十分というか、その方がよほど安心できるのだから。

「それじゃあ始めさせてもらいますぜ」

作業員たちは半ば疑いながらも示された土地を掘り進めていく。

しばらくは何も見つからない時間が続いたが…

ついに古の墳墓が発見された。

興奮しながらも慎重に発掘作業をすすめていった。

天候にも恵まれ、作業は順調に進んでいく。

金銀宝石などのあらゆる財が発見され、そしてまた人骨なども数多く発掘された。

発掘作業も半ば落ち着いた頃、かなり深部と思われる場所の、その扉は厳重に閉じられていた。

苦心の末固く閉ざされた扉を開けると…部屋の中には棺があった。

黄金の棺。

扉以上に、それは厳重な封印を施されていた。

雇われた労働者は急いで道士たちを呼び、指示を待った。

黄金の棺のまわりは、黒く変色した縄によって幾重にも縛られていた。

縄の所々には何枚ものお札が貼られている。

相当厳重な、それもかなり高位な封印が施されているようだった。

道士たちはみな棺の中を警戒した。

「…このままにしておくべきです。地中深くに沈めたままに」

代表でもあったタオ道長はそう提案した。

他の道士たちも全員賛成だった。

「…確かにすごく、ものすごく気にはなるけど、この様子だとそれが良いのかもしれないわね」

皇女も賛成した。ひどく残念そうではあったが。

厳重な封印を施されていたその棺があまりも異質で異様な気配を醸し出していたからだった。

…しかし、知らせを聞いた宰相は違った。

「…遥か以前の、失われていた血族である。手厚く葬りたい。如何様にしても連れて参れ。そのための労は惜しまない。帝都あげての国葬の準備をしておこう」

そして独自の指示を出す。

この状況をうまく利用しろ。 …何ならソレを利用しても構わない。

…それは一部のものにしか聞かされない極秘指令だった。


墓を暴き、棺を出した時。

今までずっと、あれほど晴れていた空が瞬く間に黒い雲に覆われ、雷雨となった。

道士たちは警戒しながらも棺を用意した荷車にのせ、弟子たちと共に運搬を開始した。

「…一体この中には何がいるのかしら」

荷車をひき、あるいは押しながらゆっくりと歩を進めていく。

虚屍キョンシーでしょうね。 …これだけ厳重な術を、それも札を何枚も重ねなくてはならないほどの…。この縄に幾重にも施されている術が、今こうしておもてに晒したことで解けなければいいのですが…」

雨が降り続いていた。

「皇女、長く雨にうたれるとお体に障ります、雨よけの中へ」

「わかっているわ、でも大丈夫。雨にあたるのも、私は慣れているから」

皇女は護衛の言うことは聞かず、道士と弟子たちと並んで歩いた。

雨によって縄から染み出した黒い液体が、黄金の棺に垂れ流れ出ている。

「…この封印術、途中でもう一度やり直さなければならないですね。幸い帝都までの道中に町があります。あそこには優れた道士もいます、寄りましょう。 …できるだけ急いで」

全員でひく力と推す力を強め、交代しながら夜に休む間も惜しんで町へと急ぎ向かった。

皇女もまた護衛の兵士たちの反対を押し切ってそれを手伝った。

「町の市場が開くにはまだ早い、ひとまずはここで休憩に」

町に着いた頃には雨もすっかり止んでいた。

…これなら日中は雨の代わりに明るい日差しが棺に降り注ぐことだろう。

「陽の光で少しでも邪気が抜ければ良いのですが…私は先に挨拶に行ってきます。 …くれぐれも皇女から目を離さないように」

「ええ、もちろんわかっています」

今警戒すべきは棺の中と、そして遣わされた護衛の兵士たち。

タオ道長は道士たちへそう進言し、顔馴染みの道士の元へと急いだ。

「それでは市場が開き次第、鶏の血、墨壺と縄の予備を、それからもち米もできるだけ用意しておこう、頼んだぞ」

残った道士たちはその弟子を市場へと向かわせた。

皇女は大人しく疲れた体を休めていた。

「…ああ、本当は私も一緒に行きたかったけど、体の節々が痛くて今はあんまり動けないわ」

「止めたのに無理をなさるからですよ。肉体労働など、下々の仕事でしょうに」

皇女は兵士の嫌味は気にせず離れ、着いてきた道士へ訊ねる。

「タオが挨拶に行った優秀な道士って、どんな人なのかしら、あなたたちは知っているの?」

「道士で知らない者はいないですよ。ジウ道士のことは。誰しも一度はぜひ会いたいと思うほどの人です。それにこの町は勇者として名が知られている天天とそのおじいさんが生まれた地でもありますしね。そういった意味では伝説の町ですねここは。拝んでおきます」

「天天…確か、おじいさんと一緒に帝都を訪れたことがあったわね。 …まああの時はお父様が皇帝として元気に手腕を振るっていた時でしたから。ええっと…そうそう、確か世界を旅するって言ってて、羨ましかったのを覚えてる。あとは仇を探しているとかね。 …あの時はお互いにまだ、あどけない少女だったわねぇ」

「皇女は今でも十分お若いでしょうに」

「まあそうね。 …あどけなくは無いけれども」

今まで嫌なものもそれなりに見てきましたし、知らされましたしね。

皇女は肉体労働で痛んだ腕をさする。

少し離れたところから警護の兵士たちは皇女を眺めていた。

「…今はダメだな。邪魔が多い」

「ああ、相変わらず警戒心が高い。 …まだその時期ではないな」

「…何、移動中にいくらでも機会はある。 …焦らないことだ。失敗しなければ何でもいい」

「…そうだな」

静かに、他の誰にも聞こえない小さな声で。

その後、護衛の兵士たちは黄金の棺に目を向けていた。

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