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マオ道士

閉じた瞼の裏にも白い光が届く。

暗く冷たい闇に浮かぶ光の点。

マオは少し目を開く。

霞む視界と朧げになっていた記憶、少しずつ、意識と共に還ってくる。

体の感覚が戻ってくる。

ここは…私は…? …私は確か…

手のひらに温もりを感じる…

誰か、誰かが私の手を…握っている。

「…ジウ…?」

胸元にかけられている衣服から懐かしい匂いがした。

まだ少しぼやける視界。

「ああ、目が覚めたんですね。良かった」

視界に入ったのは全く知らない男性ひと

「無理にあまり動かない方がいいです。さっきまで酷いひびが体に入っていたんです。痛みはないですか?」

「…大丈、夫…」

体に痛みはない。痛みどころかこの白い光に包まれていると、すごく安心する…

この力は…ああ、流れ込んできている。

その力の先を確認する。

握りしめた手から今も暖かく優しい力が流れ込んできていた。

「…あなた…は?」

見覚えはない。忘れているわけでもないだろう。

「自分はジウさんの、知り合いです。今はお世話になってます。白黒勇者と言います」

「…そうだったのね…それなら」

安心できるというか納得できるというか…何しろあの状態の私を止めたのだろうから…

ん? でも私の術を解いたの? どうやって? もう間に合わないものだと…

「…私の術を、どうやって?」

「衣服ごと燃やしました。ごめんなさい。服は今、借り物しかなくて…ジウさんから借りた服です、羽織らさせてもらいました」

「…いえ、それは全然いいけど…」

通りで、懐かしい匂いがすると思った。ジウの私物だったのね。

確かにその下は丸裸だった。

そう思うと、少し体が火照る。

…何でだろう? 今までは別に、異性をどうこう思ったりはしなかったけど…

これぐらいで…

「それで、体は何ともないですか? ひび割れみたいなものは消えたんですけど、回復を止めると少しずつ進行してしまうみたいで…今は手から流し続けています」

「ああ、それで…この力はあなたの力なのね…」

回復魔法…魔法? 法術みたいなものかしら。

優しい力。暖かい、それに…とっても力強い。

「でも、使い続けても大丈夫なの、かしら?」

…これだけの力だと、負担も相当あると思うけど…。

「いえ大丈夫です。落ち着くまではこのままで何も問題ないですから」

「…そう、それならいいんだけど…」

…それでも、負担が無いとも思えない。

それだけの力を感じる。

体を起こそうと少し動いてみる。

「自分で起き上がれそうですか?」

その様子を見た勇者は静かに訊ねる。

「…どう、かしら…」

指を動かす、そして腕を動かしてみる。

動かすだけなら問題なく動かせそうだ。

これなら、多分一人で…

…でも、なぜだろう…

自分でも意外だった。

なぜか甘えたくなった…どうしてか甘えたくなっていた。

…こんなの…初めての気持ちだった。

「ちょっと…まだ少し無理みたい。 …手伝ってもらえる?」

「それならまだ、無理に起き上がることはないですよ」

「ううん、お願い。少し起き上がりたくて…」

「わかりました」

優しく支えてくれた。

偏って密接すると、少し胸が跳ねた。

胸の奥が熱くなった。

まるで少女に戻ったかのような…そんな気分。

いや、少女の頃も…果たしてあっただろうか?

「…大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫。でも、もう少しだけ…支えてくれる? 立ち上がれそう」

「いいですよ」

支えられて立ち上がる。

手をしっかりと握りながら。

今もその手からは優しい力が自分の中へと流れ込んできていた。

「…うん。 …だいぶ回復してきたみたい」

「良かった」

近くに屈託のない笑顔。

ああ…なんて…。……なんて…

握った手に力が入る。


「心配して急いできてみたら、こんなひどい惨状の中で何をしているんだ? いや、それよりもまず、なんで先に来ている? まずは今のこの状況を説明してくれ」

声に気づくと馬の上に仁王立ちしたジウが見下すように見ていた。

その前にいるのは妖術師だろうか?

すっかり存在感を消して縮こまっている。

「…私たちの隠れ家が…それに全員…何もかも…やられている…一体誰が…」

一人で震えていた。


「来た時にはもうあらかた片付いていました。マオさんが手負いだったので、治療していたんです。 …今もですが。かなり危険な状態でした」

「ああ、そのようだな。 …見たところ、特殊魂魄とくしゅこんぱくを自分自身に使ったんだろう? それも長時間」

「…ええ、あの時はそれしかないと思ったから。 …それは今でも間違っていないと思っているわ」

「だからと言って。死んだら、何にもならんだろう」

「いいえ、きっと利用されてたわ。そうなったら状況は間違いなく、今よりも悪くなっていたと思うの」

「…それは、」

「討伐隊に参加した法術師は全滅。ここには多くの虚屍キョンシー、妖術師、それからあの行方不明の道士もいたの」

「ああ、それはもう確認したよ。 …もう動かないがな」

バラバラになっていたが、間違いなくあの町の道士だろう。

…だいぶ変えられていたようだが。

「だから下手をすれば、私たち全員、操られていたわ。 …それが無くなっただけでも良しとしないと」

「それでマオ姉は大丈夫なのか?」

「…大丈夫ではないみたい。今は彼の回復魔法で何とか保てているみたいだけど」

繋いだ手に目をうつす。

「はい、力を止めたらまた崩壊し始めると思います。少しずつですけど。そのヒビが広がると回復が間に合わなくなるかもしれません」

「…無理をしすぎた代償か」

ジウの表情が曇る。

「…私はもう構わないわ。元々そのつもりだったしね」

「それこそいい訳ないだろうが! 何のために、いや、私はいい、治療法はあるはずだ」

「…あるのかしらね。体が崩壊したら、きっと後は、」

「言わなくてもいい。まだどうにもなってないんだ。その先なんて無い」

「少なくとも今のままで、状況はこれ以上悪くはならないです。体に触れるか、手を繋いでないといけませんけどね」

「でもそれだと…あなたの負担だけが大きいわ。その魔法をずっと使い続けるのは…それなら私は、」

「構いません。一日中ずっと使ったとしても、このくらいなら自然回復で賄えますし」

「でも…」

「…おい、さっきから黙っているがお前」

「ひっ、はい、な、何かしら」

「根本はお前だ。何もかもお前ら妖術師どもの。と言うより、もうお前の役割は無いな。…後は」

「ま、待って! わ、私なら、私の力なら二人の力になれる! だ、だから殺さないで」

妖術師は怯え切っている。よほど怖いものでも見たのだろう。

「…本当か? 嘘だったら」

突き出すつもりだったが、この様子だと自分の処遇を勘違いしているな? まあいい。

「ほ、本当よ! 嘘じゃない。私の使う妖術の中に、命を繋ぎ止めるものがあるの。 …外法だけど、それならきっと使えるわ」

「言ってみろ」

「従属契約。主従を結ぶの。それで従属は主の力と連結する。本来は主の命の肩代わりをするためのものだけど」

「となると、僕が従になればいいのかな」

「ええ、そうなるわね」

「そんなの、余計に悪いわ」

しかしマオは自分が勇者の主になれると思うと少し胸が高鳴っていた。

「それでいいのか?」

「いいです。やってみましょう」

「だそうだが?」

「…本当にいいの?」

「助かる方法があるなら、試すべきです」

「…わかったわ。あなたがそれでいいのなら」

「話はついた。やってみろ。失敗したり余計なことをしたら…その時はわかるな?」

「も、もちろんよ」

妖術師は母屋に戻り、道具を揃えてくる。

さまざまな動物の一部や、あらゆる種類の薬草。

どう見ても毒草のようなものもあるが、そういうものなのだろう。

それらを石鉢ですり潰しながら混ぜ合わせていく。

ドロドロの液体に変わっていった。

それを二つの器に分ける。

「互いの血を相手の器に、そして同時に飲んで」

マオと勇者は指先の血を互いの器にいれ、飲み干す。

「後はそのまま、近くに座って」

妖術師は二人の背に手を置き、呪文を唱えた。

淡く伸びた黒い線が二人を繋ぎ、消えた。

「…成功よ。これで、互いの命が繋がった。主である道士と、従であるあなた。道士の命が削られた時、その代わりに従であるあなたの命が流れていくはず。期間は一ヶ月ぐらいだけど…」

「魔法を止めてみるよ」

勇者は繋いでいた手を離す。

「……うん。大丈夫みたいね」

マオの体の崩壊は始まらないようだった。

「でも、あなたは大丈夫なの?」

「…確かに、少し体力が削られているかも。 …でも、自然回復よりは下みたいだから。 …今のところ問題は無いかな」

「そう? …それならいいんだけど」

おそらくはこの私に流れてきている力がその、彼の生命力なのだろう…

今、私と彼は繋がっているのね…

「終わったな。良し、じゃあ戻るか、いや…その前に、この辺りを綺麗にして弔うとするか。 当然、手伝えよ」

「わ、わかったわ」

「…そうですね、そうしましょう」

「私もやるわね、きっと、ほとんど私が」

「いい、マオ姉はまだまともに動けないだろ、休んでいていい」

「いいえ、ありがとうジウ、気遣ってくれて。でも大丈夫、ちゃんと私もやるわね」

バラバラになった骸を集めて、できる限り弔うことにした。

馬を借り、町に戻る。

馬を使うと来た時よりは遅くなるが、

この馬たちもいずれは元のところへ戻さないといけないので、連れていくことにした。

町へ戻る道中…

外法と言っていたこの妖術、黒姫たちにも使えないだろうか?

そうすれば少なくとも、今以上に悪くなることはないだろう。

…ああ、でも…血液が必要となると。

確か今は凝固していると言っていた…それだと、まだ無理かもしれない。

そう考えながら、並んで走る隣の馬を見ると、

馬の背の上に仁王立ちで立っているジウさんの姿があった。

それだけでもその体幹の強さがよくわかる。

腕を組んだまま微動だにしない。どうなっているんだろう? 

バランス感覚というか足腰というか、まあとにかく尋常じゃないな。

しかしあの圧、だいぶ弱まったとはいえ、前にいる妖術師は気が気じゃないだろうな。

馬は早足で駆けていく。

マオは勇者の背を見ていた。

すっかり諦めていた自分を助けてくれた恩人の背を。

当たり前のようにその身を削ってまで、そしてそれは今もだった。

…きっと年齢は自分より一回りは下だろう。

それでも、自分が今抱いているこの気持ちは…

初めて異性に抱くこの感情は…

勇者の背に回した手に力が入った。

「? 大丈夫ですか? 休憩にします?」

「ああ、うん。大丈夫。 …大丈夫〜」

誤魔化すように、いつもの自分のペースになろうとするも、

どこかぎこちなくなってしまう。

あれ、私、もしかして緊張している?

「…でも、本当に、ごめんね〜。このままだと、ずっと迷惑かけちゃうみたいだし、できるだけ早く治療するようにするから〜」

年上の私が、もっとしっかりとしないと。

「全然焦らなくてもいいです。今のままでも自分の体が大丈夫なのは本当なので。確か一ヶ月くらいでこの術の効果が切れるって言ってましたけど、その時間に合わなかったらもう一度やりましょう。完全に治るまでは、無理しなくていいです。 …一人でなんでもしようとするのは、ちょっと気持ちわかりますから。 …頼れる時は、頼った方がいいことも。 …失って、戻らなくなってしまわないようにも。ちょっと長めに休んだら良いですよ。ゆっくり」

「…」

事も無げに言う。

「…そうね。じゃあ、そのお言葉に甘えちゃおうかしら」

頭を背につける。

こんな風に…誰かに甘えられる時が来るなんて。

…思わなかった。

「…ありがとう」

その様子を横目で見ていたジウ。

…マオ姉の表情…何だあれは?

…まるで乙女じゃないか?

…私が着くまでに何があったんだ一体…と言うより、白黒勇者はマオに何をしたんだ?

上半身が裸のようだったが…いや、まさか…しかし何にしろ…

「…信じられん」

「ひっ、な、なに?」

ジウの様子に敏感に反応する妖術師。

「…いや、何でもない」

張り詰めた緊張の空気漂う一頭と、ピンク色のハートに包まれた一頭。

対照的な二頭の馬は並んで駆けていった。

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