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ジウ道士

センと話し合いに行ったジウは出かけてから間も無くして戻ってきた。

「これから影山に私一人で行く。すぐに向かう、お前たちにも準備を手伝ってもらうぞ」

矢継ぎ早に言いながら道具を準備していく。

「え、先生一人でですか? 私たちも一緒に、」

シャオとヘイはその準備を手伝いながら声を上げるも、

「お前たちでは私についてこれないだろ。その間の事はセン道士に頼んでおいた。だから天天と爺さんのおこなっている治療の手伝いはセンとともに、お前たちに一時任せる」

手早く用意を整え、手提げ袋を肩にかける。

「わかりました。シャオと待ってます。 …先生も、お気をつけて」

「ああ、当然だ。 …家族に手を出した奴らに慈悲はない」

その表情は未だかつてないほどに険しいものだった。

表に出たジウはあっという間に走り去っていく。

入れ替わりのようにセンが入ってきた。

「アイツの足は相変わらず速いな、あれならそんなにかからないで影山に着くだろう」

「そうですね…」

シャオはその速さを知っている。本気を出した先生の速さは馬に乗っていても追いつけないということも。

「何だ、シャオ、アイツのことが心配なのか?」

「…それは、そうですよ。だってもしかしたらその相手、妖術師たちはマオ先生以上かもしれないんでしょう?」

「…そうかもな。まあ、マオ以上のヤツなんてそうそういないと思うが」

「ですよね…」

「それを言ったらそれこそアイツ以上のヤツなんて…まして、本気を出した動きについていけるヤツなんて、」

センはジウが走り去って行った方向を見ながら言う。

「ここには誰もいないだろうよ」



影山の麓、そこから少し外れて離れた場所にある小さな村はすでに妖術師たちによって蹂躙されていた。

何人もの村人が倒れている。子どもたちは家の中で小さく震えていた。

あねさん、そろそろ俺らの家に戻りますかい?」

「ええ、そうね。食料もこのくらいあれば良いかしら、お前たち、もう戻るよ」

「へい、わかりました。おい、行くぞ」

「へへへ、つまらねぇ村でしたね。どいつもこいつも弱い奴ばっかりで。だったら大人しく渡していりゃいいものを」

「道士でも出てくりゃもっと楽しめたんだがな。これぐらいじゃもうものたりねぇよ。なぁ」

「グヒヒ、お前だって楽しんでいたくせによく言うぜ、ん?」

馬に乗り戻ろうとしていた妖術師の一人は、

いつの間にか道の先に見慣れない人物が立っていることに気づいた。

「あんなやついたか? 出てきた反抗的なやつは全員ぶっ倒したと思ってたが」

訝しみながらも馬に乗って近づいていく。

「…ひどい有り様だ。 …これをやったのはお前たちか? それで、お前たちが噂の妖術師、でいいな?」

「へっへっへ、だとしたら?」

「そうか」

ジウは消えた。

「っ?!」

馬上の妖術師の頭を掴んで引き摺り下ろす。

「ぎひっ」

地上に叩きつけると同時に妖術師の頭部を破壊した。

「頭を潰されて無事な奴はそういない」

両腕と両脚も破壊した。

「なっ?!」

「て、テメェ、い、一体何をしやがった」

「見てわかるだろ? 殴っただけだ」

血に染まる拳を見せた。

その様子を見ていた周りの妖術師たちは即座に警戒を高め、ジウの元へと集まってくる。

後方では彼らからあねさんと言われ慕われている妖術師たちのかしらがその様子を注意深く観察していた。

「…」

…この村の道士か?

…いや、こんな小さな村の道士がこれほどの力を? どう見てもあの町にいた道士以上…

「姐さん、あの力、あいつは道士ですぜ。ここでやりますか?」

「…そうね」

その並々ならぬ気配は離れた場所から見るだけでもよくわかった。

…前の町で対峙した道士どころか、今まで相対した道士たちとは比べ物にならない圧。

「おしゃべりの時間はないぞ」

「えっ、」

消えたジウはまた別の妖術師の馬上に立っていた。

妖術師が振り向く前に拳で頭部を潰した。

頭を失って残された手が震えながらも手綱を握っている。

「…」

今の一連の動き、いや…動きが何一つ見えない。

「…撤退よ」

「わかりやした、今すぐに煙幕を、」

煙玉を投げようとするも、

「逃がす訳がないだろ」

大地を片足で勢いよく踏みつけた瞬間、ジウを中心に球状の結界が貼られた。

その大きさはあっという間に村全体を覆う。

中心でジウは静かに構える。

「ここから出たけりゃ私を殺せよ。私はお前らをまとめて殺す」

残る妖術師はその頭をのぞいて五人ほどいた。

「…やるしかないみたいね」

五人は馬を降り、頭を守る形で前に立つ。

妖術師たちの肉体は妖術によって大きく強化されていた。

その力は大木を折り、鉄ですら難なく曲げる程だ。

そしてその肉体の硬度も、ただの刃であれば傷一つつけられない。

しかし、それらは何の意味もなさなかった。

「それで、後はお前か」

物言わぬ頭のない骸が五つ出来上がった。

「ひっ」

妖術師の頭は恐怖のあまり動けない。

「で、マオはどこにいる?」

「え? あ”っ」

右腕の肘から先が吹き飛んだ。

「隠すのか? いつまで体が残るかは知らん」

「ち、違う。本当! う、嘘じゃない」

汗をダラダラとかきながら懸命に弁明する。

「そんな名前の道士は知らない。本当よ。今まで、会ったこともない」

その姿は嘘をついているようには見えない。

「…お前たちの隠れ家に案内しろ」

「わ、わかったわ」

「…行け」

馬に乗り、片手で手綱を掴む。

ジウはその後ろに立っていた。

「妙な動きをしたら潰すぞ」

「ひっ」

その時、白い光の柱が空へと昇っていくのが見えた。

「…おい、あれは何だ?」

「し、知らない。ほ、本当よ。でも…これから向かう隠れ家の場所に近い、ような…」

「さっさと行くぞ」

「は、はい」

圧倒的な圧を背に感じながら、震える体と手で隠れ家へと向かう。



ジウがセンに、自分が影山に向かう間の代わりを依頼しに行っていた時、

勇者はシャオたちにマオ道士について訊ねていた。

ゆるい人、ふわ〜っとしている人、

その見た目もまた、肩まである髪がふわっとしていて、

ゆるさを体現しているかのような見た目、などなど。

知らせを聞いてから傷心して沈み込んでいるシャオたちを見て、勇者は一足先に影山へと向かうことにした。

雷を纏い、目的地へ飛ぶように駆けていく。

正規の道ではないだろうが、影山には難なくたどり着いた。

異様な気配だった。

静かすぎる。

生き物の気配がまるでない。

…何者かが手を入れたのだろうか…その例の妖術師たちの仕業だろうか。

高く太く伸びる木を見つけ、その先端へ立つ。

自らの内部から雷の粒子(てん)を発生させ、無作為にばら撒いていく。

できるだけ広く、細かく、多く…

できた雷の籠で山の周囲を散策する。

…何もいない…

生きている反応、生き物と思える反応が何もない…

…この山には本当に生き物がいないのかもしれない。

勇者は違和感に気づく。

ある場所だけ、ぽっかりと穴が空いたように、感知から抜け落ちる。

それなりに広い空間。

雷の粒子が届かない、それとも何か特別な…

もしかしたら、結界のようなものがあるのかもしれない。

すぐにその場所へと向かった。

「…」

やはり結界が貼られていた。

ただ、触れてみると入ることはできそうだ。

…内側から出られるかはわからないが。

そう思い、中にはいる、

結界内部は、死屍累々としていた。

ひどい惨状…いたる所に頭のないむくろ。バラバラになったどこかの部位。

骸の中には、その服装からおそらく法術師と思われるものもあった。

山に入った討伐隊は全滅…その通りだった。

ただ、見たところ法術師だけではない、とてもそうとは思えないものたちもいる。

妖術師だろうか?

だとすると、相打ちになったのかもしれない。

勇者は注意深く警戒しながら物言わぬ骸を調べていく。

…少し先に、後ろ背に立っている人物がいた。

この惨状の中で、唯一、今もまだ立っている。

「…」

その髪は肩まであって、ゆるくふわっとしている。

血に塗れた体と、今もまだ血が滴り落ちている両の拳。

元は白かったと思えるその服装は、今は朱に染まっている。

全く動かない。

不思議と生の気配もない。

「…マオ道士?」

警戒しながら声をかける。

ピクリ、と反応した。

消えた。

「!!」

勇者の横に立ち、右拳を放つ。

腕を上げ腱で防ぐ、防いだ腕がギシギシと音を立てた。

立て続けに左、

後方に飛び、間合いを広げる。

すぐに詰められ、姿勢を落とすと回転しながらの蹴り、

両腕で防ぐも、あまりの威力に後ろへそのまま大きく吹き飛ばされる。

「…」

無表情から容赦のない連撃。

加減も何もない、ただただひたすらの攻撃。

それはまるで戦うためだけの機械(マシーン)のようだった。

雷を纏い左右に折れ曲がりながら動きを撹乱する、

しかしその動きにもついてくる。強引とも思える動きだった。

肉体のことをまるで考えていない動き。

追随しながら間合いを詰めてくる、

…これだけの速さで動いても、全く離れない。

剣を抜き、胸元に見えた人型の紙を狙う。

おそらくあれを切れば、

勇者は隙を狙うも、マオの動きは不規則に縦横無尽、そして疾かった。

戦いの中でその動きを捉え、隙をつくのは容易なことではない。

勇者の剣を巧みにかわし、拳、脚と、不規則に、不完全な体制でも重く鋭い一撃を放ってくる。

二人の動きは止まらない。

疲れを知らない様子のマオ。

勇者も持久力はまだまだ余裕があるが、どうやってマオを止めるか、それが難題だった。

「マオ道士ですよね!」

何度かの語りかけにも反応を示さない。

「みんな帰りを待ってます」

「…」

「ジウさんやシャオ、ヘイ。天天やおじいさん。セン道士だって」

「…」

ピクリと、わずかに、ほんのわずかに反応を示す。

マオは突然立ち止まる。返り血によって目の縁に付いていた血が一筋流れた。

「あなたの帰りを待ってます。一緒に帰りましょう」

その隙に勇者の剣がマオの胸の紙を衣服の上から切る。

紙と服は横一線に切れる。その合間から白い肌と胸が見えた。

「…」

マオは攻撃を再開した。

ほんのわずか、表情が変化したようにも見えた。

苦しそうな、悲しそうな…そんな表情(かお)

紙を切っても、戻らない。

あれが術の元ではない?

自分が見た時は紙をつけたり貼ったりして術を発動させていた。

…剥がさないとダメ?

でも、

マオの攻撃を防ぎながら紙に手を伸ばすも、剥がれない。

服に完全にくっついている。

合図か何か、剥がすためには必要?

…わからない。

攻撃の動きを止めないマオ。

その重い打撃を防ぎ、勇者は思案しながら攻めあぐねていた。

…。剥がせなくても、消せれば…

燃やせば、あるいは。

生半可な炎ではダメかもしれない…

…でも、マオ道士も無事ではない。

だったら、

勇者は雷を落とした。

わずかに動きを止めたマオに抱きつき、まず身動きを止める。

自身を中心に、内部から全体に向けて火の魔法を発動。

獄炎が両者を飲み込み包んでいく。

炎の中勇者は回復魔法をマオにかけ続けた。

胸に貼られた人型の紙は衣服とともに獄炎によって消滅した。

「…あ…う…」

わずかに目に意識の色が戻る。

しかしすぐに閉じてしまった。

体力が減っている。

生命力が減っていく。

それも、尋常じゃない速度で。

「……う…」

このままでは体の方が…

そしてその崩壊はすでに始まっていた。

マオの身体はひび割れていった。

小さなひびが次第に広がり大きくなっていく…

「!!」

勇者は限りなく魔力を高めた。

回復魔法を…自分の魔力を、もっと、もっと回復魔法に!

かつての学び舎での、反転の授業。変換の授業。

自分の体力、魔力を生命エネルギーに変換して、それをマオへ流し込んでいく。

何も考えずに、ただがむしゃらに。

自身の力を流し込んでいく。

勇者の魔力は白い光となって二人を包み込む。

空高く、はるか雲の上まで、光は白い柱となって伸びていった。

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