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月の都

黒姫の目が覚めないまま、それでも月日は流れて行く。

おかみさんは気にせず住み続けて構わないと言ってくれている。お代もいらない、と。

そのかわり、元気になったら、また頼むよ、と。


別れ際に、獣人が言ったことを思い出す。

「まあ、俺たちの方でも何か調べとく。元気になるっつーか、まあ、そう言うモンを。ただまあ、こっちはちょいと望み薄かなぁ、俺たちにとっちゃマイナスエネルギーっぽいからな」

「助かるよ」

「…まあ、な。黒姫がお前の複製とやり合ったから俺は助かった訳だし、俺たち二人で行っていたら、俺がお前のニセモノの相手してたんだろうしな…間接的とはいえ、こっちも助かってんだから、気にすんなよ」

「ありがとう」

「じゃあな、たまに見舞いに来るぜ? 良いか? それと、さ。尻尾の件なんだけどよ。俺たちの一族の間じゃ、相手の尻尾を強く握るのって、求婚なんだよな、まあ、何だ、そういうことだな。それじゃ、な、また来るぜ」

「うん、もちろん来ていいよ。 うん?」

途中何か言ってたような?


白姫たちが交代で黒姫の世話をしながら、ある時、ふとこんな話題が出てきた。

「…私もその、よく、覚えてはいないのですけど、確か、お父様が言っていたんです。私たちのいた城から、確か、さらに北、それから西の果ての、さらに海の先に、珍しい島があるのだと。そこに、不老不死の大きな手がかりがあるって…結局、お父様たちは何も見つけられなかったみたいですけど…」

幽霊の姫はおずおずと語った。

「あそこよりもさらに北西、か」

北西、海の先…西の森のエルフなら、何か知っているかもしれないな。


「やあやあ、しばらくぶりだね、へぇ、良い宿だね。聞いたとおりに、大変なことになってるみたいだね。まあ、急に創世樹と名乗る少女が来た時は驚いたけども」

「急でごめん…急ぐに越した事はないから」

「いやいや、久しぶりに会えて私も嬉しいよ。なんか知らない顔も増えたね。そっちは幽霊かい? そしてその子が…」

「…こんにちは」

初対面のエルフにおずおずと挨拶をする。

「はい、こんにちは。利口そうな良い子だね」

「それで、何かわかったのかな?」

「うん、私もちょっと昔の文献をあさってみてね、なるほど確かにあったよ。随分と古かったけど、伝説の島、と言うか、ちょっと特殊で、月に一度だけ、月が満ちた時にだけ現れる島、そしてそこに現れる都。月の都の話がね」

「月の都」

「うん、どうやらそこには珍しいというか、ちょっと変わった姫がいるらしくて、なんでも黄姫おうひめって言うらしい。珍しい品物をたくさん持っているんだって。そこには不老不死に関わるなんらかのものもあるみたいだよ。ただ、その島には強力な結界が貼ってあって、たとえ偶々見つけたとしても、そう簡単には入れないみたいだね。 …まあ全部、伝聞だけどね」

「あ、それを聞いて私も思い出したことあります! 確か…ホウライのたまですよ!! なんでもとんでもない生命エネルギー溢れる玉だって、今、本体から連絡がきました!! 間違いありません!!」

「…ホウライのたま。探しに行ってみよう。満月は、確かもう少しだったはず。ただ、海の先となると…それと、結界か」

結界はまあ乱暴だけど、壊せばいいかな、泳ぐ、のだとしても距離がわからないな。

「いるじゃないか、私のいる森に、ちょうど良いのが。結界も海もものともしないのがさ」

「…ああ、なるほど」


ーそれで、再びここを訪れたと言うのかー

「頼める? 試練ならなんでもするよ。今すぐにでも」

ーふむ、試練は今はいい。そうだな、貸し、と言うことにしておいてやろうー

「助かる。出発は明後日なんだけど、大丈夫?」

ー問題ない、しかし私は目立つからな、あのエルフの家の外れ、お前たちが訪れた海岸で待つとしようー

「ありがとう」

「…ありがとう」

ーその幼子が例の…ふむ、なるほどな。お前といるなら、これからもまず問題はないだろうよ。お前といるのなら、なー


明後日、海岸にて。


エルフが見送りに来ていた。

自分と少女ひとり、それから大きな竜が一体。

白姫たちには黒姫の世話を頼んでいた。

「これでも私は森を守らないとだからね。月の都、ちょっと見てみたいところだけど」

「それじゃあ、行ってくるね」「いってきます」

ーでは、行くとしようー


月が満ちる。

海の中は真っ暗闇だ。

月の灯りが反射して海面を黄金色に輝かせていた。


ーふむ、私のことは気にせず触れても良いぞ? 私にとっては微々たるものだー

「いいの?」

「大丈夫だって言ってるから、大丈夫だよ」

おずおずと竜の背に触れる。

「わあ、うろこ、かたい」

うろこ、か。そういえばあのうろこ、エルフは何に使ったんだろう。すっかり聞くのを忘れていた。

当時を思い出す、あの頃は、まだ、黒姫、白姫との三人で…


ーあれか、ふむ、なるほどな、結界がある。それなりには強力だ。しかし、この程度であるなら、造作もないー

「できれば壊さないで行ける? 事を荒立てたくないんだけど」

ーむ、まあ、できないことはないが、多少の損壊は許せー

それは、仕方ない、か。自分でもそうした事だろうし。


黄金色に輝く島に降り立つ巨大な竜。

見るものが見れば警戒して当たり前の光景だった。


「り、竜だ…」

「い、一体どうして、結界は? 一部が破られている?」

「姫様に報告を」


あたりがにわかに騒がしくなる。

月の都、ここがそうなのか。

月の民、と呼べば良いのだろうか。みんな、頭の上に長い耳が生えていた。

丸い白い尻尾のようなものも見える。

獣人の一種なのかな?


「これはまあ、随分と、不躾な訪問者ですわぁ」

一際華やかな服装をした、妙齢の女性が現れる。

その手には扇を持っていた。

その体は魔力に満ちている。

目つきも口調も穏やかではあるが、警戒を怠るそぶりは全く無い。

「こんな辺鄙なところへ何用でしょうかえ? まさか侵略でもしに来た、とかですかえ?」

その目つきが変わる。

扇に纏う魔力がさらに濃くなる。


「それは誤解だよ。話を、それと、頼みがあって来たんだ。頼みというより、お願いに近い、かな」

「…おねがい、ある…」

そう言って頭を下げる。自分につられて少女も小さい頭を下げる。

「…ふむ、なにやら事情があるご様子、ふむふむ。んぅ?」

まじまじと見定められる。

「珍しい、珍しいですわなぁ。どちらも、まあそちらの竜もですけれどね。ふぅむ、ま、どうぞこちらに、結界を張りなおして、それからお話しましょうかえ?」

慣れたように舞を踊る。綺麗な舞だ。思わず見惚れてしまうほどに。

欠けた結界はみるみる修復されていった。

「ひとまずはこれでよろしいかと、さて、では参りましょうかえ」


月の都 姫の間


「ふむ、なるほど、そういう事情があったのですねぇ」

「できれば、ホウライのたまを譲って欲しい。できることなら、何でもするよ」

「ふむ、うん。うんうん」

目を細めてじっとこちらを見つめている。

「良いでしょう。差し上げましょう。持っていって下さいな」

拍子抜けするほどあっさりと、簡単に言い放った。


「ありがとう」「…ありがとう」

「何、それから条件ですが。後日、今度はぬし様お一人でまたこちらにいらしてくださいますかえ?」

「自分一人で?」

「ええ、そのホウライのたまを使って、その黒姫というものが元気になったら、その幼子のことも落ち着きますのでしょう? それからで構いません。どの道次は一月後ですし。ただ、必ず、来ると約束してくださいますかえ? ああ、移動は先ほどの竜で構いません、結界は、まあ、また張りなおせばよろしいので気にする事はないかと」

「…わかった。約束する。必ず、戻って来るよ」

「それでは、どうぞ、よしなに」

ホウライのたまを手に、都を、島を後にする。


その竜の背を、月の民たちとともに、黄姫は見送っていた。

「姫様、よろしいのですか? あれほどの宝はここにもそうそうありませんけど」

兎耳の側近はおずおずと尋ねる。

「構いやせん。それよりも比べ物にならない宝を見つけましたので。それはもう、わらわの手の内にあるも同然…ふふ、ふふふ。あぁ、ひと月後が、待ち遠しい。こんなにも待ち遠しいのは、久しぶりですわぁ」

黄姫は扇を口元に、上品に、妖しく笑っていた。


ホウライのたまを黒姫の元へ置くと、それは輝きを放ち、消えていった。

黒姫はその眩い灯りで目を覚ました。

「あれ、ボク…」

「おはよう、良かった。本当に、良かった」

黒姫の手を握る。

「あ、うん、そっか…ボク…うん。おはよう」

「遅くなって、ごめん」

握る手に力が入る。

「ううん、良いんだよ。ありがとう。それに、助けてくれたんだね」

その手を、力強く、握り返しながら黒姫は笑う。


「…だいじょうぶ?」

「ああ、うん。もう大丈夫だよ? 大丈夫」

「…よかった」


「ほぅ、これでようやく面倒な世話からも解放されるわけですわね。全く、もうこういうのはこりごりですわよ、もう、本当に…」

逸らすその目には涙が浮かんでいる。

「元気になって良かった〜! でもすごいね、ホウライのたまの効果。あれだったら本当に死者でも蘇っちゃうんじゃ無いかな!」

「…どうでしょうね、お父様は手に入れられなかったですけど。でも、あって、本当に良かったです」

それぞれが目には涙を浮かべて喜んでいた。


「はい、ありがとう。指輪。本当はずっとつけていたいんだけど、そうもいかないからね! 違う指輪でもいいよ!! ボクはいつでも待ってるからね? はい、どうぞ」

受け取って少女にはめる。

「…ゆびわ、きれい」

少女に光が流れていく。

試しに手を離す。

「どう? お腹、空いてこない?」

「うん、だいじょうぶ」

少女は元気に答える。どうやら上手くいったようだ。

「…うん」

ただ、少女は手持ち無沙汰に立った小さい手を小さく握ったり開いたりを繰り返していた。

「はい、手」

少女の手を握る。

「あ、」

「これからも、一緒の時は、出来るだけ手を繋いでいこうか」

自由に、のびのびと。自然に。

「うん…うん!!」

少女の心に空いた穴は、いつの間にかふさがっていた。

「あ、私も!! 片手、空いてますからねっ!!」

もう一人の少女が勢いよく腕に絡みつく。

いつもの光景が、戻ってきた。


…さて、次の満月には、このお礼も兼ねて約束通りあの都へ行かないといけないな。

竜にはもう頼んであるし、それも快く引き受けてくれたから何も問題はない。

しばらくは何も、何の心配も無い。

ありふれた日常が、戻ろうとしていた。

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