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道士

討伐隊一行が影山についたのは夕暮れ時だった。

法術師たちを引き連れて先頭に立っていたのはマオ道士。

事前に満場一致で選ばれていた。

「マオ道士が一緒なら何も心配いらないね」

法術師たちはみんな不気味な山道でも過度に緊張することはなく、適度な緊張と終始リラックスした雰囲気が場を制していた。

「油断はできませんよ〜。ここに妖術師たちがいる可能性が高いんですからね」

それはおっとりした口調とその有り様で注意をただしているマオ道士のおかげもあったことだろう。

影山は実際に不気味と言えるほど静かだった。

マオはその違和感にいち早く気づいていた。

…動物の気配がまるでない。

どの時間でも、虫一匹、鳴いていないのだった。

草も木も、まるで死んでいるかのようですらある。

「…この山は、静かすぎますね」

マオが警戒を高めると、周りの法術師たちもまた眉間に皺を寄せながら周囲を警戒する。

虚屍キョンシーを見たという場所に、そろそろ着きます」

森の深さも相まって、すでにあたりは暗く、陽が落ちた夜のように変わっていく。

「…いますね」

一体ではなかった。

「一、二、三…もっといます」

軽く見ただけでも二桁は超える。

「お札をたくさん用意して正解でした。 …皆さんも、各自ちゃんと持ってますよね?」

「はい、もちろんです」

各々がそれぞれ手にお札と、白い穀物の粒が並々と入れられた木の器を手に持った。

「では、準備ができた人たちから。行きましょう」

マオ道士を先頭に、法術師たちが後に続く。

気づいた虚屍(キョンシー)たちが我先にと襲いかかってくる。

その爪と牙を巧みにかわしながら、おでこに札を貼る。札を貼られた虚屍キョンシーは動きを止めた。

援護の法術師が白い穀物の粒を振り撒くと、受けた虚屍キョンシーは火花と共に後ずさる。

連携を重ねながら目の前の虚屍(キョンシー)たちに対応していく。

マオはもとより、法術師たちの動きもまた慣れたものだった。

「後もう少しですよ〜」

その慣れた動きで虚屍キョンシーたちからの攻撃をかわしながらお札を貼る、

大勢いた虚屍キョンシーたちはあっという間に無力化されていった。

「…これで最後ですね」

最後の一体のおでこにも札が貼られた。

全ての虚屍(キョンシー)たちが動きを止めた。

「それにしても異常な数でした。 …この辺りに妖術師の隠れ家がありそうです」

法術師の一人は息を切らせながら高ぶる気持ちを抑えていた。

「そうでしょうね。 …洞穴か、木のうろか、少しみんなで探してみましょうか〜」

一人一人が互いに警戒しつつ、妖術師の隠れ家を探す。

しかし、怪しいと思える場所は思うようには見つからなかった。

「ううん、ハズレとは思えないんですけどね。 …何かの術で隠している可能性はありますね〜」

マオは動きを止めていた虚屍キョンシーたちに向かって手に持った取手付きの呼び鈴を鳴らす。

虚屍キョンシーたちはその鈴の音に従って整列し始めた。

「さて、それじゃあ聞いてみましょうか〜」

葉のついたライチの枝を神酒につけ、整列している一体の虚屍キョンシーにかける。

「あなたの先ほどまでの主人はどこですか〜?」

再び手にした鈴を鳴らすと、

虚屍キョンシーは一度小さく身震いをしてからどこかへ向けて小さく跳躍しながら進み始めた。

「それじゃあみなさんも…彼についていきましょうね〜」

虚屍キョンシーを先頭に、マオと法術師たちは再び歩き始めた。

けもの道ですらない鬱蒼と茂る林の中へと入っていく。

そのまましばらく先に進むと、急に視界が開けた。

先導していた虚屍キョンシーははたと動きを止めた。それ以上進もうとしない。

…進めないのかもしれない。

「…結界ですね」

立ち止まって手をかざすと、何か見えない壁に触れる。

「…と言う事は…当たり、でしょうか」

法術師は緊張した面持ちで訊ねる。

「そうでしょうね。この結界を壊したら気づかれると思いますけど。みなさんどうしますか〜?」

「…行きましょう。そのために集まったんですから」

法術師たちはみな神妙な面持ちで頷いている。

「それでは、」

マオは手提げ袋から竹筒を取り出すと、中に入っている液体を結界へ振り撒いた。

アンモニア臭が鼻をつくも、一行を阻んでいた結界は消え去っていった。

結界の中に入ると、そこには広々とした空間が広がっていた。

見渡す限りでも、何頭か馬の姿も確認できた。

「あれは盗まれた馬たちでしょうね〜」

元々この地には簡素な集落があったのだろう、廃村を再利用したと思われる母屋が少し離れた場所に見える。

その母屋の中から一人、姿を現す人物がいた。

一行は警戒して待ち構える。

「…あれが妖術師の一人でしょうか?」

「…いえ、どこかで見たことがあるような…ああ、思い出しました」

それは馬を盗まれた町を担当していた道士の姿だった。

「でも、どこか様子がおかしいですね。歩き方も不自然ですし。表情もウツロと言うか…」

「何かの妖術で操られているかもしれませんね〜。 …まず私が行きましょう。みなさんはここに待機していてください。注意と警戒は怠らずに」

マオは道士の元へ慎重に歩みを進めていく、

「…」

その道士の肌は白く、その爪は黒く長く、そして鋭い。

マオはそれを見て、もうすでに手遅れだと理解した。

道士は妖術師によって虚屍キョンシーにされたのだ。

マオは木剣を取り出し、構える。せめてこれ以上苦しむことのないように。

道士は立ち止まる。

二人の間に少しだけ静かな時間が流れた。

合図は無い、

道士は飛び、マオもまた同時に飛ぶ。

爪を木剣で弾き、わずかに空いた腹部を狙う、

「!」

腹部を捉えた蹴りの反動は逆にマオを後ろへ跳ね返すように飛ばした。

…想像以上に、硬い。これは…

マオはその一撃で目の前の道士の力量を推し量る。

…後ろの法術師たちでは相手にならない。

無駄に被害が増えるだけ。

自分が今ここで止めなくては。

マオは一人静かに決意を固める。

弾かれ少し開いた間合いのまま、

首に下げた袋から古銭で綴られた小剣を取り出す。

柄から刀身を指でなぞると、小剣は黄金色に輝き手を離れて宙に浮いた。

立てた二本指で相手を指すと小剣は加速しながら飛んでいく。

道士は高く飛ぶ、

小剣の動きに追随し、その動きを狙っていたマオは大地をけり、回転しながらさらに上空から蹴りを放つ。

遥かに威力を増した渾身の蹴りを腹に叩き込む。

道士は体をくの字に曲げて地面に激突した。

「今度は効きましたね」

横たわる道士の胸を狙い上から木剣を突き立てようとするも、

飛び起きた道士は地上から木剣の横に掌底。

折れた破片を掴んでマオを狙う。

「…やりますね」

防いだマオの右手からは少し血が流れていた。

…この動き、反応。 …彼は虚屍キョンシーにされただけではない。

特殊魂魄(とくしゅこんぱく)か、それに近い何かの術を施されているに違いない。

だとすると、術者も近くにいるはず…

でも、今は探している余裕はない、か。

う〜ん、少し困りましたね。

…ここは一時撤退、も考えないと。

マオがそう考えていた時、

「ああああぁああ〜〜〜!!」

法術師の中の一人が悲鳴をあげた。

無造作に後ろ手に掴んだその首筋を虚屍キョンシーが噛み付いていた。

潜んでいた虚屍キョンシーたちが次々と姿を現す。

その中には妖術師と思われる姿もいる。

「ひひひ、馬鹿な奴らだ。わざわざ殺されにくるなんてなぁ」

「本当だぜ。俺らがただ黙って隠れているとでも思ってたのかねぇ、飛んで火にいるなんとやらだ」

「うわぁあ!!」

「こいつ、この!! だ、だめだ!」

「外にいる虚屍キョンシーとは違うんだ、お前らにゃ無理無理」

ドス黒い爪が法術師たちを乱暴に掴み、喉元を鋭い牙が狙う。

「!!」

早く治療しないと、間に合わなくなる。

ほんの僅かにマオは気が迫った。

油断ではない、しかしその僅かな隙を、

道士はその一瞬の目線の外れを逃さなかった。

「っ!!」

隠し持っていた先ほどの古銭の小剣が投げられ、マオの脇腹に刺さる。

よろめいたマオに容赦ない追撃、

傷を抑え出血を止めながら応戦。

マオは次第に押されていく。

その後ろでは、法術師たちの悲鳴が響いていた。

「あっちもそろそろカタがつきそうだなぁ。よくもったと思うぜ。ひひひ。あねさんが戻ってきたら喜びそうだぜ、なぁ?」

「ああ、また強力な駒が手に入りそうだしな」

妖術師たちは余裕の笑みを見せていた。


…今のこの状況、もう逃げることさえ叶わない。

救援を出そうにも、その隙はないわね…

…せめて…ここにいる虚屍キョンシーと、妖術師だけでも…

…このままだと私を含めて…みんなまた利用されてしまう…それなら、

「…まずは…」

マオは道士に押されながらも術の準備を整えていく。

結界術。

範囲は…できればこの辺り一帯全部包みたいけど…その時間も余力ももうない。

あの建物までは包めない、か…

最低限目の前の道士と、妖術師、虚屍キョンシー虚屍キョンシーになってしまう法術師たちを出さなければ、それでいい。

「このごに及んで、何かするつもりかぁ、させねぇよ。 なっ?!」

妨害しようとする妖術師に向けて古銭の小剣を飛ばす。

「こいつ、器用に! くそ!!」

小剣を操作しつつ道士の攻撃もいなしながら、着々と準備を整える。

「…今」

印を結ぶとマオを中心に半球の結界が生み出され広がっていく。

「…こいつは…チッ、結界か。 …めんどくせぇことをしてくれる」

「まずいな。 …こりゃ俺らにゃどうしようもねぇぞ」

…これで、この結界なか、からは誰も出れない、

…私を殺さない限り。

「…次は…」

マオは人型の紙を取り出し、自身の胸に貼る。

「あいつ、まずい、止めろ!」

「クソが!」

妖術師たちは焦り道士をけしかけるも間に合わない。

ー 特殊魂魄とくしゅこんぱく 自戒 ー

マオを白い煙が包み込んだ。

特殊魂魄の術は自分で自分に使うことは禁止されている。特に一人の時はなおのこと。

術者がいないということはその制御ができなくなる、そして術の解除もできなくなる。

次第に魂魄は混じり同化し…元には戻れなくなる。

…それはある意味では死と変わらない。

……それでも…このまま放ってはおけない…ジウたちなら……止められる、……よね…………ごめん…最後まで……自分勝手で……ごめんね………

薄れゆく意識の中、マオの頭の中にはジウとセンの姿があった。

腹部の血は止まり、体の傷もまた次第に癒えていく。


「…やりやがったな。 …クソッ、 …おい、どうだ!」

「ダメだ、出れねぇッ!」

焦りの色が見えはじめた妖術師と、

「…」

特殊な化粧と衣服を纏ったマオが対峙する。

マオと、妖術師と道士と虚屍キョンシー

果てるまで終わらない戦いが始まる。


そして、誰一人山から戻ることはなかった。

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