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迷い猫

まだ陽が昇る前、勇者は剣を手に、静かに表に出る。

草木も、鳥たちもまだ目覚めてはおらず、時折吹く風が冷たく心地いい。

「早いね、君の日課かな?」

素振りをはじめて間もなく、ジウさんが姿を見せた。

「はい、ジウさんもこれから日課ですか?」

「私は素振りではないけどね」

ジウさんは少し離れた場所にたち、構えると、

何かの体術だろう、動きの一つ一つは速くはないが、無駄がなく、その動作の全てが流れて行くように繋がって見えた。

「綺麗な動きですね」

「はは、昔からずっとやっているから、慣れたものだ。この型、今でこそ緩やかに動いているけど、動作を速くすればそのまま立派な武術にもなる」

「洗練されているのが見てとれます」

しばらく二人は静かに淡々とそれぞれの日課をこなしていった。

「ふぅ。しかし君の素振りも見事なものだ。その力強さがこちらまで伝わってくるよ」

「ジウさんのその動きも、一つ一つ見応えがあります」

「君は武術はしないのかな?」

「武術は、あまりですね。武闘家としてのスキルも無いことは無いですけど、実際ほとんどが剣か魔法ですね。教わったのは剣ですし」

「ふむ…しかしそのかなり完成された肉体の質を見ると、それだけでは惜しい気もするね。武闘家としても、武術家としても大成することだろう」

「そう言ってもらえるのは嬉しいですね」

「お世辞じゃないよ。実際、私の弟子たちにも見習わせたいものだ。あいつら…もうすぐ陽が昇るというのに全然起きてきやしない」

「昨日は遅くまでだいぶ飲んでいたからじゃないですか? ジウさんもですけど」

「私は爺さんの晩酌に付き合っただけさ、普段も酒はそこまで飲まないからね。ヘイはともかく、シャオは好んでよく飲んでいるよ。あまり飲み過ぎないようにしてもらいたいところだ、噂をすれば、ようやく起きてきたか」

「…おはようございます…ふぁあ…」

「…飲み過ぎた…あれ、先生早いですね。昨日遅くまで一緒に飲んでたのに」

二人が顔を見せる。

昨日顔合わせと軽い挨拶をした時、もうすでにどちらも気安い感じで、天天たちの客人というよりは、まるで友達かのような…二人からはそんな距離感を感じた。

二人とも、自分たちのことはシャオとヘイで呼んでくれて良いとも言ってくれた。

ジウさんは結構年輩だったが、二人はそこまで離れていなかったので、そう呼ぶことにした。

二人に気軽に接すると、酔いがまわっていたジウさんも同じでいいと言ってきたが…

まあ、酔っていたからだろう。

すっかり陽も昇っていた。

騒がしい鳥たちの声がそこかしこから聞こえてくる。

まだ眠り足りない様子の二人だったが、それでもジウさんと同じように緩やかに日課をこなしていく。

シャオは慣れたように、動きは綺麗だった。ヘイはどことなく動きにぎこちなさがあった。

どうやら運動自体あまり得意ではないようだった。それでも真剣にやっている様は見てとれた。

「さて、そろそろ朝食もできる頃だろう。中へ戻るか」

戻った頃には、すでに朝食が整えられていた。

水が多く入れられて柔らかくなった穀物のスープが主食で、少し濃い味付けの肉や木の実、野菜などなど、朝食はあっさりとしていて食べやすいものだった。

三人はまだ例の苦い薬だけだったが…。

いつ頃から食べられるようになるのだろう。

黒姫たち三人は治療のためにまだしばらくは外出禁止が言い渡された。

何かの拍子でお札が剥がれると面倒事になりかねない、とのことでもあった。

今は三人ともお風呂に入っている。

昨日と同じであればその後にはしばらく眠ることだろう。


特にこれと言ってやることが無い。手持ち無沙汰になってしまった。

せっかくなので、町の様子を見に行くことに決めた。

その際、服装が今のままだと少々目立つということなので、ジウさんから服を見繕ってもらった。

「持ってきた。何、今は使い道のない服だ。自由に着てくれて構わない。あとで場所も教える」

「ありがとうございます」

ジウさんたちが着ている服装に似ている、上下ともに緩やかで動きやすい。

武術家の身軽な服装としてこの辺りでは大衆的なものらしい。

これを着ていればすぐ馴染めるだろう。

「おお、似合ってる似合ってる。先生の新しい弟子みたいだね」

「本当だ〜。じゃあ、天天に続いて、私たちの弟弟子だ」

「だがすでにお前たちよりもだいぶ強いがな」

「え?! ほんと?」

「わからなかったのか? まあ、ヘイはそういうの疎いからね」

「え?! シャオは知ってたの?」

「知ってるも何も…動き見てればわかるよ。日課見てただろ? 見てない? ああ、自分の動きで精一杯だったのか…常人の動きじゃないし…どっちかって言うと私たちよりはもう先生に近いからね」

「嘘?! …全然わかんなかった…」

軽く落ち込むヘイを軽い感じで励ましていた。


町へ向かうと、朝の市場が開かれていた。

魚や肉、野菜、なんでも揃っている。服飾品も数多くある。

…そういえば、お金が無い。

勇者は自分が一文無しであることに今更ながらに気づいた。

それも言えば貸してはくれるだろうが…

せっかく新しいところにきたのだから、まずは自分の手で資金を確保しよう。

どのくらい滞在することになるのかはわからないが、まああって損はしないだろう。

勇者はとりあえず何か無いものかと町の中を散策してみることにした。

それにしても、結構広い町だ。

人々の数も決して少なくはない。

そこかしこから賑やかな喧騒が聞こえてくる。

村ではなく、確かに町だった。

軽く見回っただけでも、さまざまな店がいくつも目に入ってきた。

武器、防具、道具、おそらくは法術用の道具類…

どう使うのか全くわからない見たことのない種類のものもある。

しばらく歩き回ると、しっかりとした造りの建物の掲示板に、紙が何枚か貼られていた。

大体こう言うのは…

そう、思った通りだった。

迷い人、探し物、〜募集、と言ったような依頼が貼られていた。

どうやらここが他で言うところのギルド。仕事の斡旋所。

木造りの扉を開けて中へと入る。

建物の中は広く、すでに何人かが集まっている。

受付で会話をしている者たちや大きな掲示板から依頼を探す者たち。

その何人かは独特な衣装…確か天天たちが治療をする際に着ていたもの。

それを身につけた人の姿も何人か確認できた。彼らも法術師だろうか?

人々を通り抜け、受付と思われる場所へ並ぶ。

「おはようございます。ご用件は」

「そうですね。何か仕事って…ありますか?」

「お仕事の依頼ですか、法術師の方ですか?」

「いえ、法術師ではないですね」

「では、その服装から察するに武術家の方でしょうか?」

「武術家でもないです、でも剣は使えます」

「法術師でも武術家でもない、となると旅の方ですね」

「はい、少し遠くから来ました。なので、今はお金があまり無くて」

「なるほど。 …そうですね、法術師以外の依頼は…今ですと、」

受付からいくつかの依頼を渡された。

表にも貼ってあった迷い人探し、迷い猫探し、特殊な薬の作成、賞金を掛けられている人物なんかもいた。

「この賞金を掛けられているのは誰なんですか?」

「ああ、はい、最近になって聞くようになった悪辣な法術師たちですね。ただ、お渡しはしましたが、この件は腕に自信がないとかなり危険かと思いますよ。相手は複数いると思われますし」

「このあたりにいるんですか?」

「いえ、実はここ最近手配されまして。少し前に離れた町で馬が何頭も盗まれたんです。馬泥棒ですね。しかも、その際に防ごうとした町人たちを何人も随分と傷つけもしたようで…重要危険人物として指名手配されたんですよ。もしかしたら、いずれこの町にも来るかもしれませんしね。今、各地の町長は頭を悩ましていまして。場所によっては独自にここよりも高い懸賞金をかけることで有力な法術師を集めようともしているみたいですから。まあ、この町にはジウさんがいるので、そこまで心配はしてないのですけどね。町長もつい最近相談したみたいですし」

「なるほど…」

それでジウさんは出かけていたのか。弟子の二人が出かけてた理由はわからないけど。

「腕に自信があればその討伐隊に参加してみるのも良いかもしれませんね、ただ、肝心の悪い法術師たちを見つけられるかどうかまではわかりませんけど。潜んでいる場所もまだわかっていませんから」

「その討伐隊はどこに集まっているんですか?」

「その被害を受けた町で募っていたはずです。ただ、ここからその町まで行くとなると、人の足ではそれだけで結構かかりますよ」

「…そうですね、今はまずここでできることをしようと思います」

「では、この迷い猫探しはどうでしょう? 飼い猫ですし、まだ町のどこかにはいると思います。流石に町の囲いからは出ていないと思いますし。それと、依頼人はかなり裕福な方ですから、その謝礼金もかなり多いですよ。猫を見つけるだけで破格の金額ですから」

「迷い猫…そうですね、町を散策する傍ら、少し探してみようと思います。詳細はありますか?」

「こちらですね。と言っても絵だけです。その依頼人によると、他とは違う毛並み、動き、その姿から一目見れば他とは違う猫であるとわかる、とのことですが」

「ずいぶんと大雑把ですね」

「ふふ、本当にそうですね。まあこの町ではちょっと有名なお金持ちです。変わり者、と言ったら悪いですけど。変わり者ですね。あ、これは言わないでくださいね? では、もし見つけられましたら、また訪れてください」

「ありがとうございます。それではまた」

勇者は迷い猫を探すことに決めた。


まず町の中で、高いところを探す。

駆け上って町の全貌を一度見渡してみた。

天天たちの家も小さく確認できる。

そしてこの町が全て石造りの高い壁によって囲われている様を確認できた。

…大人三人分は超える高さがある。ちょっと飛び越えて外へ、とはいかない。

確かに普通の猫ならばとても飛び越えられないだろう。

よじのぼるか他から飛び移れば可能かもしれないが…いや、それでも難しいだろう。

町の外には山々も確認できる。

一際大きな山も見えた。他と比べても、かなり大きい。

しかし、迷い猫がいそうな場所はどこだろう…

勇者はとりあえずひたすらに探して回ることにした。

建物と建物の間、隙間、屋根、軒下…広い庭、水場、少し開けた緑のあるところ、などなど。

片っ端からみて回った。

迷い猫を探しているんですと、声をかけて情報を集めるも、目ぼしい情報は集まらない。

猫は時折見かけたものの、そのどれもが別の飼い猫だった。

確かにどの猫も渡された絵とは違う気がするが…しかしそこまでの違いはわからない。

毛並みや立ち振る舞いの差と言われてもわからないな…飼い主ならばわかるのだろうか。

散策していくうちにこの町の有り様が多少なりとも理解できるので、収穫はあると前向きに探し続けた。

町人たちの会話から様々な噂話、

その中でも耳についたのは、あの大きな山には遥か昔から仙人がいるらしい、

他の山には化け物がいる、などなど…

町の人たちの元気な声、子供たちの騒ぎ声、そのどれも活気がある、良い町に思えた。

当て所なく彷徨い歩いていると、また猫を見つけた。

「…」

どこか落ち着いていて、静かな佇まい。

…今まで見た猫とはどこか、何かが違う。

そんな猫に見えた。

「あの猫、この辺りの飼い猫ですか?」

「ん? あ〜、あの猫? どうかねぇ…偶に見るけど、このあたりの飼い猫ではないねぇ。飼っている人は誰だか知らないよ」

子供たちの戯れを静かに眺めているように見える。

大人しく、どこか気品さえ感じる。

それは優しく慈しんでいる目にすら思えた。

勇者は絵を取り出して確認してみる。うん、わからない。

でも、もしかしたら当たりではないだろうか。

猫の元へ近寄ると、

「!」

勇者に気づいた猫はその場から離れた。

急いで後を追う。

…速い。

まあ動物の足は速いものだが。

それでも、速い。

猫は風のように駈けていく。

いや、速い、間違いなく速い。

普通に流していたら追いつけないくらい速い。

それでも見失わないように着いて行く。

猫は一足早く道の先を折れ曲がる。

…この先は確か行き止まりだった。

両脇には家が、そして高い壁に阻まれてもいたはず。

ここにきて、彷徨い歩いて学んだ地理が役立った。

となれば、ここで捕まえることが可能。

勇者も一息遅れて折れ曲がる。

猫の姿はなかった。

微かにその後ろ姿が遥か上空に見えた気もしたが…

壁の突き当たりまで歩く。

両脇には家、壁と密接していて通れる隙間はない。

この高さ、爪を立てればよじ登れるか?

いや、無理だろう。

普通の猫であればそれはとても無理に思えた。

普通の猫であれば…他とは違うって、そう言う意味ではないだろう。

それからしばらくその消えた猫を探してみたが、結局見つからなかった。

…もうそろそろお昼になる。

食事の準備を手伝いに戻ろう。

昼食を終え、また探しに出るも結局迷い猫は見つからなかった。

今日一日は町を散策して終わった。

夕飯時、

「ここにいる猫って、町の外壁をこえるくらい高く飛べるの?」

この町の事情に詳しいであろうシャオとヘイにそう訊ねるも、

「いや、そんなの無理無理。それにそれはもう猫じゃないよ」

「だね〜。いないよそんな猫。今まで見たこと無い」

「いや今日いたんだけど。まあ飛んだところは見れなかったけど。それに凄く足が速かった。風みたいで」

「うっそだ〜、昼間からお酒でも飲んだ? それとも昨日のお酒がまだ残ってたとか?」

「いやそもそも僕は全然飲んでないよ」

「でもどうして今日は猫と戯れてたの? 午前と午後いっぱいも使って」

天天も会話に加わる。

「戯れてたって…まあ良いけど。迷い猫を探してたんだ」

「迷い猫? あ〜! あの、太っちょのとこの飼い猫だ」

「そういえば逃げたって言ってたね。依頼出したとかも言ってたし。自分で探せば良いのに。どうせ暇なんだから」

「でも何でそんな依頼を? ああ、お金? それなら言ってくれれば必要なぶん渡すのに」

「え、なにそれ羨ましい、天天、私にもお金頂戴」

「シャオ姉はだめ。無駄遣いするに決まってるから」

「そうそう、そうだよシャオにお金を渡したらダメ。碌なことにならないから」

「うう、妹弟子が厳しい…」

高く飛んで消えた猫の話は言っても信じてもらえなかった。

でもあの猫、何か少し気になる。

またいるかわからないけど…明日、もう一度探してみよう。

賑やかな食卓の傍で、勇者は一人その猫に思いを馳せていた。

「おえええっ、回数を増すごとに不味くなってますわぁあああ!! おっええぇええええッ」

「良くなっている証拠だ、頑張れ」

転がり回る白姫をジウさんがなだめていた。

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