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断章 悪魔 イヴ

その世界では、神は生命と、そして勇者アダムたちを創った。

そしていつの間にか存在していたその悪魔は、神が創ったその中から、自らに合う、自分に相応しい、自分だけの勇者アダムを探した。

その悪魔の名はイヴ。

しかし、自分にとっての、悪魔イヴにとっての勇者アダムは…ついに見つかることはなかった。

世界の全てを喰らい尽くした後、悪魔イヴは、ひどくつまらなそうにその星を後にした。

それからさまざまな地を渡り歩き、勇者アダムを探した。

さまざまな世界を、星々を見て歩いた。

勇者アダムの候補を見つけては、期待し、落胆を繰り返し、そして喰らった。

ある世界では自分のモノにならない候補を憎み取り殺したこともあった。

より強い、より自分に相応しい勇者アダムを探して、悪魔イヴはさまざまなモノを利用した。

…それでも、どこにも見つからなかった。

自分で造ることも試した。思うようにはいかなかったが…それも次第に上達していった。

そして、闘技場を見つけた時彼女は狂喜乱舞した。

それは彼女にとって、なんと魅力に満ちた場所であったことだろう。

このような場所ほしがまさかあったなんて。

見渡す限りの勇者(アダム)たち。

見渡す限りの勇者(アダム)のための、素晴らしい質の素材…

彼女は時にその観戦者として、勇者アダムを探し求めている。

その地で、今もまだ探し続けている…



道半ばで挫折した勇者たちの行方の先を誰も知らない。

中にはそのまま、身をくらませてしまうものもいた…

そしてその中には、必ずしもそれが本人の意思によってなされたわけではない者たちもいた。

意図しない結末を、迎えるものたちがいたのである。

勇者とは世界を照らす星の光であったが、その全てが光り輝いていたわけではない。

そしてそれは永遠に光り輝き続けるわけでも、無いのだった。



長い夜。

聞きなれた虫の声が耳障りに心に響く。

頭にも響く。五月蝿い。

ああ、ダメだ。

悪いのは虫たちではない。

こんなにも耳障りに聞こえる、俺の心が問題なんだ。

腐った日には、稀にあることだった。

…こんな時は、森の中。

ああ、故郷に近い、森の中にいって、心を少しでも落ち着かせたい気分だ…

獣の勇者は度重なる敗北と、勝利の遠さから、少し精神を病んだ。

…挫折も、苦しみもかつて通り過ぎたものだった、乗り越えてもきた。

ただ、対峙した相手の遥か上にある力量差に、打ちのめされても、まあ仕方のないことだった。

気分転換だ。

そう考えた獣の勇者は一度、闘技場から外に出た。

外には森が広がっている。

深い森だ。

正直、この星がどうなっているのかとか、この星の他の場所はどうなっているか、など。

今までは考えたこともなかった。

闘技場内で全て完結していたから。

少しずつ勝ち上がり、強者を屠り、強者に屠られ、それを繰り返しながら、上へ、

上へと登り詰めた。

頂上は、たどり着いて終わりではなかった。

頂上に、たどり着いてからが本番だった。

化け物、

そう、化け物揃いだったのだから。

地元では散々化け物と呼ばれた俺が、全くそう言われることのないくらいには…

…たまには、森の空気、音、風を感じるのも悪くないだろう。

獣の勇者は一人、森の中へと入っていった。


夜の森には、化け物が出る。

幼い頃に聞かされたことがある。

ただの寓話、大人たちが、子どもたちを守るためにつく、作り話。

でも実際、魔獣や獣たちの多くは、夜に行動していた。

…身を守る術としては的を射ている。

弱い者であれば、なおのこと。

強者、勇者となった自分であれば、関係のない話だったが。


「…こんな場所に、一人で来るか」

いつの間に?

…他の勇者…いや、人間か?

「…誰だ?」

匂いが人間のものではない。

鼻をつく死臭と、独特の…

「…悪魔か?」

「そんなことは、今はどちらでもいいと思わないか?」

闇夜を星の明かりが照らす。

顔が見える。

「…」

ツギハギだらけの顔が。

「その跡、お前もここの勇者か? ここでついた傷か?」

「それもあるし、それ以外もある」

「…そうか、お前も大変だな。ここでの戦いは、楽じゃねぇからな」

獣の勇者は相手に少し同情した。

自分と同じ、負けた者だと思ったからだ。

「…その同情。当たっていて、当たっていない。なぜならばまだ、諦めてはいないからな」

「…何だと? そいつぁつまり、俺はもう諦めているって言いたいのか?」

獣の勇者は怒りを見せる。

「…それもまた、半分正解。 諦めていても、いなくても…お前はここで、終わるのだから」

ローブの隙間からは、ツギハギだらけの全身が見えた。

腕、肩、足、胴体、身体中がツギハギだらけ。

「その体…どうなってやがる? そいつは全部、別人か?」

匂いが、違う。

腕も、手も、足も、それぞれの匂いが、違う。

まるで別人の体を継ぎ足していっているかのように。

「お前がこの一部になれるかどうかは、まだ…わからない。じっくりと、試して、聞いてみなければな」

「聞く? 誰に、」

獣の勇者は金縛りにあったかのように止まる。全身が粟立つ。

後ろ。

すぐ。

「私」

声に振り返ろうとした時、脇腹と肩に激痛。

肩の肉がごっそりと、食いちぎられる。

その脇腹には黒く長い爪が深々と突き刺さっていた。

「ぁあああっ!!」

「ん〜、美味しい。 …鍛えられた肉」

歪んだ表情で笑う。

滴り落ちる血と、動かない姿。

愛おしそうに、その体と、顔を撫でる。

「素材の前の…味見」

悪魔のような、美しい笑顔だった。


弱者は強者に食われる。

そしてその強者でさえ、さらなる強者によって食われる。

いつの世も、どの世界においても、それは変わらないことだった。

獣の勇者は姿を消した。

体の一部となったか、あるいはただ食われたか、

そのどちらにしても、利用されることに変わりはない。

今はまだ、彼のその結末を知るものはいない…



勇者闘技場 外の森林の中。

「最後にあった腕輪の反応は…この辺りじゃな? …ああ、あったぞ。これじゃな」

…位置をさとらせないためかのう。

「…これって」

「うむ、ちと待て。 …ふむ、獣の勇者じゃったか? 前に戦ったことがあったのう」

「うん…でも、それがここにあるなら」

「…おそらく、もう間に合わんじゃろ」

「…そうだよね」

天天は悔しそうに顔を歪める。

「こうなると、かつてワシらの世界で止めをさせずに逃してしまったことが悔やまれるわい。 …次見つけた時は、必ず…しかし、建物の内部ではなく、外部ともなると、ちと厄介じゃな」

「闘技場の関係者にもそう知らせてみたら?」

「ふむ。しかし、内部にいるものたちはともかく、これから訪れるものたちまではわからんじゃろうよ。いかに外出を禁じたところでな…それでも、やれることはやっておくとするか。できるだけ早く見つけるに越した事はないからのう」

遅くなれば遅くなるほど…厄介なことにもなりそうじゃし。

「そうだね。 …でもおじいちゃん」

「ん? なんじゃ?」

「何かわかっても、絶対一人で行かないでよ?」

「あ〜、まあ、の」

「今回だって最初一人で行こうとしたでしょ? …その時、私はまだお腹の中にいて生まれてなかったって言っても、両親の仇なのは変わらないんだから」

「それは、そうじゃな」

「だから、絶対に勝手に行かないって約束して」

「…うむ。わかった。置いてはいかん。必ず知らせる。確かに、天天ももう立派な一人の勇者、じゃからな」

「わかってくれたのならいいけど」

「うむ、置いてはいかんと約束しよう」

確かに、強くなった。今でもすでに、勇者として申し分ない強さじゃろう。

あの頃の、弟子だった父親と同じように。

しかし、その父親でさえ、あの悪魔には、敵わなかったんじゃよ。

取り殺されて、しまったんじゃよ。

あの時はお腹の中にいた赤子おまえを守り、追い返すだけで、精一杯じゃった。

もし、あの悪魔があの時よりもさらに力を増しているのであれば……

この命を賭するしかあるまい…。

悲しませたくはないのじゃがな、

…まして、肉親と対峙させるようなことにならなければいいがのう…

そればかりは、その時までわからん。

老人は、ただ一人残った大切な孫娘の事を、考えていた。

…娘と、孫娘を、両方失うわけには…いかんからのう。



イヴは真っ暗闇の洞窟の中にいた。

その中に先ほどのツギハギの勇者の姿もある。

さらに奥には、もっと数多くの、かつては勇者だった者たちの姿も…

勇者(つわもの)たちのなれの果てた姿が…そこには数多くあった。

イヴはその蒐集された勇者アダムのコレクションを眺めている。

「…ああ、もっと。もっとたくさん…足りない…まだ足りない」

下唇を舌で濡らす。

まだまだ食べ足りない…それに肝心の、イヴ勇者アダムはまだ、見つかっていないのだから。

候補はたくさん、見つかった。

たくさん、たくさん、見つかった…

後はそれを集めるだけ…

じっくり、慎重に…確実に…一人、一人…

ああ…まずは誰にしようか…

あの優れた目にしようか? それとも…あの類まれなほど強靭で頑丈な肉体…あるいは、その素晴らしいさまざまな能力スキルの持ち主たちか…

真っ暗闇の中で、悪魔イヴの瞳だけが、怪しく光輝いていた。

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