生命のリング
「ねえ、覚えてる? ボクと初めて会った時のこと」
悪戯な笑顔で、黒姫は聞いてきた。
「…もちろん、覚えてるよ。でも、急にどうしたの?」
少し戸惑い、そう答える。
「ボクは君をはじめて見た時のこと、絶対に忘れないよ。だって、本当に衝撃だったんだからね。本当に本当に。す〜っごく、ね」
満面な笑顔で、そう言った。
「…そんなに?」
少し笑いながら、答える。
「うん、そんなに、だよ? きっとああいうのを、運命の出会いって、言うんだよね!」
運命の、出会い、か…
何故だろうか。
今、宿に帰る道中を歩いている中、そんないつかした黒姫との会話を思い出していた。
「…ナニ?」
「ああ、いや、何でもないよ。そろそろみんないる宿に着くから、まずはみんなに挨拶をしようか」
「…アイサツ?」
「そうそう、挨拶、これからは、そうだね。ただいま、ってね」
「…タダイマ…」
そう、挨拶。ただいまと、おかえり。大切な挨拶。
もうすっかりお馴染みとなった扉を開ける。
「ただいま〜」「…タダイマ〜」
「おかえりなさい!!」
そんなとびっきりの元気で出迎えてくれた子に見覚えはなかった。
「…君は? お客さん?」
「いいえ! 私はですね、何と!」
緑に染まる少女は元気いっぱいだった。
「あ、おかえり〜、君にお客さんが来ていたんだよ、出迎えに出るのはやいな …って、その子は?」
「ああ、うん、ちょっと事情があってね。しばらく一緒に住むことになるんだ」
「ふぅん、まあ、余計な詮索はしないけどね? ボクは理解あるほうだから」
「一日に二人の少女を連れ込むとか、何ですの? わたくしたちだけでは満足できないとおっしゃるのでしょうか? 何ですの? 姫ハラですか? お手手をつないで、随分と仲が良いことですのね」
「まあ、その辺りも含めて話があるんだ」
何だろう? 姫ハラって…
「羨ましいです! 私も空いている方の手を握っちゃいます!!」
元気いっぱいな少女がまとわりついてきた。
「モテモテだね。あ、そうそう、その子、あの創世樹なんだって」
「わたくしの持っている杖を光らせましたし、間違いはないかと。この通りですわ」
枝が光っている。
「へぇ、創世樹が少女に…でもどうして?」
「あなたに会いたくて、どうしても会いたくなって、そう気づいたらいてもたってもいられなくなったので、会いにきちゃいました!!」
ガッチリと力強く腕を抱きしめてくる。
「…それは何と言うか、すごいね、人間になれるなんて」
「なれちゃいました!!」
そしてとびっきりの笑顔で言う。
「…まるで両手に花、ですね」
そんな様子を見て幽霊の姫はぽつりと呟いた。
「…こちらにもとびっきりの花があるのですけれど? 愛でてくださっても構わないんですけれど?」
少し不機嫌そうに呟いく白姫と、
「お前、子供に嫉妬とか、いや、気持ちはわからなくもないけど、お前見てたら、逆に冷静になれたぞ」
呆れている黒姫。
「そうだね、とりあえずは休もう。みんなのことも紹介したいし、さっきも言ったように少し話もあるから」
少女を幽霊姫に頼み、お風呂へ入れてもらう。
ひとまずさっぱりしてもらおう。その際軽く幽霊姫には先に事情を説明しておいた。
「はい、お任せください。大丈夫です。私、幽霊ですので」
幽霊姫は快く受けてくれた。
「頼むね」
「それで、事情って言うのは?」
「ああ、うん。あの子のことなんだけど、まず出会ったのは…」
今までの起こりを説明する。
少女の不思議な力、生命力を吸い取る力のことも。それを何とかするために魔王へ頼み事をしたことも。
「うわぁ、大変ですね! あなたは大丈夫なんですか?」
心配そうに覗き込んでくる。
「うん、言ったようにそれは心配ないよ。ただ、日常生活でもずっと手を握り続けるのは大変だから」
今のように僅かな時間ならまだしも。
「確かにそうですね! 私はずっと握っていても何も問題ないですけど!!」
「…そろそろ腕から離れなさいな、何だかそういうマスコットみたいでしてよ? というか、あなたが創世樹だというのがまた疑わしくなってきましたわ」
「おっと、はい! そうしますね! とっても居心地が良かったです! またお願いしますね!!」
「それで、これからどうするんだ?」
「さっきも話したけど、ひとまずはここに住んでもらうよ。連絡が来るまでは待っているつもりだし、まあこっちでも少しは調べたりもするけどね。ただ、あの子をひとりにはできないし、したくないんだよ。読み聞かせとか、本を買ってこようと思っている。みんなにも色々と協力をしてもらうことも多くなりそうだけど…」
「それは全く構わないよ。 …お世話は慣れてるし」
「ええ、そうですわね」
「お前のことなんだけどな」
「私も! 全然気にしません!! それにわたしもお世話は得意ですので。何と言っても私、あらゆる生命の母ですからね!! みんなのお母さんですよ!!!」
「…ありがとう、助かるよ」
「当たり前のようにあなたもここに住むおつもりなんですわね、森に帰らなくても大丈夫なのですか?」
「大丈夫です! 森にはわたしの本体がちゃんといますので!!」
「分体にしては元気良すぎだよな…まあ、良いけど」
「お風呂終わりました〜」
「…ン!」
少女は自ら手を繋ぐ。
そのあたたかい手を、再びその温もりを感じながら…心の安らぎを感じていた。
少女は漠然と感じていた、その手を握っていると、どこか満たされていくことに。
そしてお腹が、あまり空かないことに。
新たに二人の少女が加わり、宿は賑やかさをさらに増していく。
これ以上騒がしくするとおかみさんに怒られそうだな…そんなことを気にするくらいに。
うとうとと、少女はいつしか眠りについていった。
真っ暗な夢を見る。
何もない。何もなかった。何もかもがなくなっていく。
全てが、深い、穴の中へと消えてゆく。
深い、深い、底なしの穴へと、真っ暗な闇の中へと消えていく。
何もかもを、何もかもを…それはたぶんきっと、自分自身ですら…
「…ア…」
少女は目を覚ます。辺りを探す。
誰もいない。少女は空いた手をひとり握る。誰もいない。
「大丈夫? 少しうなされていたのかな?」
扉をあけて入ってくる姿を見て少女は安堵する。
「…ン」
その差し出された手を握る。あたたかい。とても。とてもとてもあたたかい。
…いたい、一緒にいたい…ずっと、もっと…一緒にいたい…
「今日からはしばらく一緒に、ここで寝ようね。おやすみ」
「…オヤスミ」
少女は安心して再び目を瞑る。
その日はそれから真っ暗な夢を見ることはなかった。
そしてさらに何日か過ぎた頃。
小竜を三体連れながら獣人がやってくる。
「連絡が遅くなって悪かったな。つっても、わかったのは場所だけだ。俺だけでもいいんだけど、どうする? 一応、後二人くらいなら行けるぜ? 一人はお前だろうけど、そのちっこいのセットだとしても、もう一人行けるぜ」
「そうだね、どうしようか、自分たちだけでも」
少女の手を取りながらそう言おうとした、
「ボクが行く!! いいでしょ? 今の時期はしばらくは宿も暇で時間空くし」
「危険があるかもしれないよ?」
「それなら尚更だよ。ボクだって結構戦えるのは君も知っているよね? 邪魔にはならない、危なくなったらちゃんと逃げるし。そう約束するから。ね?」
「…そこまで言うなら、でも、どうしてそんなに?」
「久しぶりの冒険だもん! それも君と一緒の、ね! それは楽しみに決まってるよ!!」
「ザコはここでおとなしくしていますわ。全員の無事をお待ちしております」
「それ自分で言うんだ…まあ、良いけど」
黒姫は夢を見た。
「行かないで…待って…行かないで…」
深い暗闇の中にいた。
「待って…ボクを、ボクを、ひとりにしないでよ…」
暗闇の中へ手を伸ばす。
その手を掴むものは、誰もいない。
暗闇に飲み込まれて行く…暗く、深い、闇の中へ…
「…変な夢」
最近彼と一緒にいない時が増えたからかなぁ。
間違いを装って寝室に入りにくくなっちゃったし。今はちっこいの二人もいるし。
片方は理由があるから仕方ないけど、もう片方は、
「お母さんなので!」
と言う理由が理由になっていない気もするぞ。むしろそれなら一人で寝たら良いんじゃないか?
はぁ、ただでさえ最近は忙しかったし…ああ、なんだろう、やっぱり、寂しいな。
もっと、もっと一緒にいたいんだけどな。本当は、もっと、一緒に…
小竜にまたがって現地へ向かう。
「試練の洞窟って言ってな、その中にある生命のリングってやつが使えそうなんだ」
「生命のリングか」
「ああ、本来は互いの体力を補い合ったりするやつらしいけどよ。お前たちが使えば、一方的にそっちの方へお前の生命力が流れるんじゃねぇかな?」
「確かに、それならうまくいきそうだね。ありがとう。感謝するよ。もちろん魔王たちにも」
「まあそれはいつか直接魔王様本人に言ってやってくれよな? 随分とお前に会いたがっていたからな」
それはあのもう一人の側近もだったが、それはまあいい。「なんでですかぁ〜」
「わかった、いつかお礼を言いに行くよ」
「ただ、簡単にはいかねぇと思うぜ? 結構な手練れが挑戦して、それでも帰ってきたやつは今までいねぇってんだから」
「試練の洞窟、試練、か」
あのドラゴンのような者がいるのだろうか。
「まあそれでも、お前がいりゃ戦力的には何がいても大丈夫だろうよ」
「ボクたちもいるしね!」
「…うん!」
少女は元気に返事をした。
空いた時間に読み聞かせをみんなでやってくれたりしていた効果が出ていた。
「無理はしないように、後、絶対に手を話さないようにね」
「…うん! 離さない!」
ぎゅっと掴む。大きくて、強くて、あったかい、大好きなその手を。
「はは、相変わらず仲良いなぁ」
そんな様子を微笑ましく見つめる黒姫。
しかし、その胸中には嫉妬とは違う、漠然とした不安のようなものがあった。
あんな夢を見たからだろうか?
だから心配で無理言ってでもついて来たんだけど…
「黒姫?」
「あ、うん、何でもないよ? 何でも」
まあきっと、ただの気のせい。何事も、ないよね。
試練の洞窟
「さぁて、それじゃあいっちょ行くとするか!」
「どのくらいの深さなんだ?」
「規模的にはそこまでだと思うぜ。あっても三層くらいじゃねーかな。広さはまあ、それなりにあるか」
「迷ったら面倒だね」
少女を握る手にわずかに力が入る。
「ま、あんまり離れないようにするこった。俺は匂いで探せるけど、お前たちには無理だろ?」
「そうだね、確かに離れすぎたら探すのに手間取りそうだね」
「うん、それならボクも手を繋ごうかな! 片手、空いてるもんね! 戦闘になったら離れるからいいよね?」
「…好きにしていいよ」
「はい、これでボクもお揃いだね」
「お揃いだね!」
ニコッと笑い会う二人。微笑ましいやりとりだった。
「はぁ、随分と余裕があるこった、まあいい、行こうぜ」
一層
特に、何事もない。
魔物も決して弱いわけではない、が、今のこのメンバーならどうということはない。
ただ、広さはそれなりにあった。
なるほど、離れでもしたら探すのが大変そうだ。
全てがこの広さだったら、だけども。
二層
広い。
一層より広くなっている。
それと、魔力が濃くなっている。
いくつかの罠なんかもあった。
ただ、これくらいならやはり問題ないだろう。
三層
「ここまでは順調だったな。しかし驚いたぜ、ある程度はわかっていたけど、そっちの黒姫さんだっけ? 随分と強ぇのな」
「当たり前だよ、ボクだって武闘派なんだから。これでも彼とだって戦ったくらいなんだよ?」
「まあ、それは確かに」
「へぇ、それでよく無事だったな、え? おいおい、それで一緒になったってのか? まあ強いやつに惹かれるって気持ちは俺も良くわかるぜ」
「それだけじゃないよ、ボクたちはね…」
昔話に花が咲く。
「…二人とも」
「ああ、妙な気配がしやがるな」
「罠?」
「行ってみるしかないが、気をつけよう、それぞれ、警戒を怠らないように…」
大きな広間に出る。
魔力が漂っている。何か、ある。
「なんだ…何もねぇじゃ…いや!」
ぼんやりとそれぞれの前に鏡が現れる。
「こいつ、写し身の鏡か!! 気をつけろ、写ったやつを複製するやつだ!」
「!!」
それぞれの姿が鏡から現れようとする。
とっさに、剣を放つ。
鏡はひび割れ、消滅する。
ただ、それでも複製を免れたわけではない。
薄ぼんやりとした光が不完全ながらも形を生み出して行く。
急いで剣を手に取る。
さらに、
三人の足元に魔法陣が展開する。
「これは転送か?! どこかに飛ばされるぞ、気をつけろよ!!」
「黒姫!」
互いに手を伸ばすもわずかに届かない距離だった。
お互いの手は虚空を掴み、その姿は消えて行った。
「…なるほど、相手はあの獣人の複製か」
目の前には獣人。
ただし、敵意しかない。操られているわけではない。時折その輪郭がゆがむ。
「…時間をかけている暇はないね」
ここに獣人がいる、ということは、どちらかが、自分の複製と戦うことになっている。
とっさに壊したとはいえ、たとえ不完全であったとしても、
自分で言うのもなんだけれど、それでも、二人にはきつい相手だろう。
剣を構える。
「少しだけ、待っていて、すぐ終わらせる」
「…うん」
少女は静かに佇んだ。
「くっは、イッテェ」
「…」
「強ぇ強ぇとは思ってたが、まさかここまでやるとはな! ん〜、やっぱり本物ともちょっと戦ってみたくなってきたぜ」
「…」
黒姫(複製)はなんら迷うことなく攻撃を続ける。
手にハンマーを持っているが、それは完全なコピーではなく、ただのハンマーだった。
戦力で言えば、やはりそれだけでも本物には劣る。
「動きを止める!!」
雷魔法 中
稲妻が黒姫(複製)を襲い、動きが鈍る。
「よっしゃ!! 任せろ!!!」
獣人は隙をついてその爪を深く突き刺す。
黒姫(複製)は霧散してった。
「随分はえぇな、相手は? 俺だったか…瞬殺じゃねぇかよ。怖ぇ」
「黒姫の場所は、わかる?」
「ああ、ちょっと待て、今探知してる…っと、いた! こっちだ」
「急ごう」
少女を抱えて向かう。
胸騒ぎがしていた。嫌な、最近は感じたことのない嫌な気配。不安。焦り。
「うわぁ、ボクの相手は君かぁ…」
せめて本物だったら、ね。
「…」
勇者(複製)は静かに剣を構える。
「…君とこんな風に戦うのは本当、あの時以来になるね。修行とか手合わせじゃないもんね。ああ、それでも懐かしいなぁ」
「…」
「って言っても、君は全然わかんないよね」
迫り来る気配、殺気。並々ならない気配を漂わせている。
その力が不完全な複製であったとしても、相手はあの、ほかでもない、彼だったのだから。
「…時間稼ぎくらいは、できるかなぁ」
ハンマーを構える。彼から逃げられるとはとても思えない。
で、あれば、攻めるしかない。
たとえ、それが勝てないとわかっていても。
「…待ってるからね」
目の前の相手ではない、もう一人に向かって想いを向ける。ただ、静かに。
「…」
目の前から勇者(偽物)の姿が消えた。
「速っ」
かろうじてその初撃を捌く、捌いた片手が痺れる。
「たったた」
何度攻撃を防げただろう。
流石にまともに捌けなくなって来た。
気づけば片腕が上がらなくなっていた。
気づけば脇腹から血が流れていた。
気づけば…
あの時の彼も、どれだけ手加減してくれてたんだろう。そうでなければきっと、今ボクはここにいなかったんだろうな…
ああ、どうしてこんなに一緒に来たかったんだろう。
今思えば、どうしてそんなに一緒にいきたかったのか、
でもそれは、いつだってそう。いつものことだもん。
いつだって、一緒にいたかったから。
ボクは、いつだって…一緒に…いたかった…から…
勇者(偽物)の一撃が黒姫を捉える。
その剣先が緩やかに見える。遅く見えた。
「…せめて」
せめて、最後にもう一度、会いたかったな…
薄れゆく意識の中で、待ち望んだ頼もしい声が聞こえた…気がした。
「足元、頼む!」
「わかったぜ!!」
そう頼みながら全力で剣を投げる。
勇者(偽物)は投擲された剣を弾こうとするもそのあまりの威力にわずかに後方へたじろぐ。
弾かれた剣をすぐさま掴み。上空へ飛ぶ。
「いただきだぜ!!」
獣人はがら空きの足元を爪で狙う。
「…」
勇者(偽物)は剣を下に、それを捌く。
「その体勢でこれを防げるのかよ?!」
「充分だよ!!」
ただ、その隙を決して逃さない。
重く、限りなく重く、何よりも重く! 剣はそれに応える。
「これで!!」
その重さと速さ、そして力を兼ね添えた一撃は勇者(偽物)の剣を粉砕し、その姿自身をも粉砕する。
消える刹那に、再び魔法陣が展開した。
二重トラップ?!
「黒姫!」
だめだ、ここからは間に合わない、それなら。
「キャン!!」
とっさに獣人の尻尾を掴んだ。
それぞれは再び魔法陣によって飛ばされた。
「…おいいきなり尻尾掴むなよ! 声出ちゃっただろ!!」
「ごめん、それより、黒姫の場所、わかる?」
「ったく、ちょっと待て、ええっと、ん? 魔力の匂いが随分と薄いな…少し離れてるか? いや…」
「…」
魔力が薄い、それはきっと。考えたくない。それ以上は。
「見つけた、早速向かうぜ。っと、こいつはお前が貰っとけ」
指輪を二つ渡される。
「これは、これが、生命のリング」
「ああ、そこに置いてあったぜ、ぶっ倒した報酬なんだろうよ。まあ本来の目的はそれだからな」
「急いで行こう」
「おう、付いてきな」
急いで向かう、胸騒ぎが止まらない。なんでこんなに…こんな…
「…う…ん…」
「…大丈夫?」
少女は黒姫のそばに心配そうに立っている。
「…」
黒姫の下に血だまりが広がっていく。
せめて、傷口を塞がないと。
「…くろひめ」
少女が傷口を触る。
血が止まることはない。
それどころか…
「あ、ああ…」
生命が、減っていく。
限られた生命が、減っていく。
「…どうして? どうして…」
少女はその手を離す。
血は再び勢いを増す。
「…」
黒姫の表情からは次第に生気が失われていった。
「ああ、あああ…」
少女はそれを、見ていることしかできない。
見ることだけしか、許されていない。
「わたし、わたし…」
少女は知った。
自らが生命を吸い取ることを。
触れた相手の生命を吸い取っていくことを。
「…あ…ああ…」
気づいた。
今まで自分が何をしていたのか。
自分が大好きだった相手に何をしていたのかを。
「…ごめんなさい…ごめん、なさい…」
少女はその手で顔を覆い、涙を零した。
「…」
目の前で失われていく生命を見て、少女の心には、ぽっかりと、小さな穴が空いた。
深い悲しみと、絶望とともに…
「黒姫っ!」
すぐに抱きとめ、回復魔法をかける。と、同時に指輪をその手にはめる。
自身の体から相当な力が黒姫に流れるの感じた。
体温が低すぎる、血の量も多い。
間に合うのか? 間に合ったのか?!
指輪は際限なく力を移していく。
その本来の使い方を発揮するかのように。
「…ん」
真っ青だった黒姫の顔色がわずかに良くなる。
間に合った、間に合ったんだ。
「よかった…ああ、本当に…」
腕の中で黒姫にぬくもりが戻っていくのを感じた。
「間に合った見てぇだな、つっても、その様子だとすぐ良くなる訳でもなさそうだな。俺が運ぶ、急いで戻ったほうがいいだろ?」
「うん、そうだね、頼む」
あとは…
「…ごめんなさい、わたし…わたし…」
手を伸ばすと反射的に後ろに下がっていた。
「わたし、ごめんなさい。今まで、わたし、あなたの…生命をずっと…」
少女は泣いていた。
「いいんだよ。いいんだ」
そんな少女を優しく抱きしめる。
「…だめ、わたし」
「いいんだ。誰だってみんな、生命を貰って生きているんだから。それは、きっとあまり変わらないことなんだよ。だから、良いんだよ? だから泣かないで」
優しく頭を撫でる。
「わたし…わたし…」
少女は腕の中で泣き続けた。
泣き疲れた少女と、まだ目覚めない黒姫を連れて宿に帰る。
試練の戦いは、終わった。
黒姫のリングは、自身のそれと共鳴しながら輝いている。
生命はつながっている、だからきっと。目を覚ますはずだ。
今はそれを、ただ、信じて。