覚☆醒勇★者 しゃか
勇者とオキタは商業施設内のフードコートを散策していた。
「普段は部屋で食べることが多かったから、こういう場所は新鮮だよ」
勇者に誘われたオキタはものすごく乗り気で快諾した。
「最近は本当に色々できているから、見てるだけでも楽しくなるよね。あれなんだろ…串に何か刺しているね…」
二人は特に目的もなく、しばらくの間、ただなんとなくぶらぶらと歩いてみてまわっていた。
フードコートの隅に一人、見慣れない女性がいた。
その場に座り、その目の前には空の器が置かれている。
「…あの人、何をしているんだろう? ただの休憩かな?」
「見たことあるよ。 …確か、僕のいたところでは、修験者がああやって食べ物を村や町の人たちから恵んでもらっていたから」
「へぇ…それじゃあここでも。じゃあ、あの中に食べ物を?」
「まあ、ここではそうとも限らないけどね。見たところ僕の知る修験者の格好ではないし。というか、だいぶ薄着だよね。この中なら寒くはないかもしれないけど」
その服装は本当にだいぶ薄着だった。
長い布一枚を器用に体に纏わせているだけかのようで、体の線もよくみてとれた。
しかしだからと言って扇情的な感じは、全くない。
実に不思議な女性だった。
その目の周りを布で覆ってもいた。
…もしかすると、目が見えないのかもしれない。
勇者はオキタと話し、近くのフードコートで食べ物を買ってから近づいた。
穀物を炊いて握ったもの。オキタには馴染みのある食べ物らしい。おにぎり、とも呼ぶそうだ。
「よかったらどうぞ」
「…感謝いたします。優しい人。頂を志す勇士たち。その切なる声は響き、私の元へと届きました。そして私もまた、今は修の業を背負いし身ゆえ。 …遥かなるこの地にて、共に高め合いましょうぞ」
女性は座ったままで頭を下げる。顔の前で、片方の掌を縦にする。優美な仕草だった。
「救いを求めんとするなら、いかようにもその手を取りましょう。 …しかして、今の私もまた彷徨いしものなり」
不思議な雰囲気を纏っているが、彷徨いし者…もしかしたら迷子なのだろうか?
「何かできることはありますか? 僕たちでよければですけど」
オキタを向くと、笑顔で頷いていた。
「どうやら救いを求めたのは私の方だったようですね。かのような地、初めてのことなれば、この地に導かれた今生の私はただの迷い人なり。 …しかしてここでもその業を受け入れましょう」
言っていることはよくわからなかったが、初めて訪れたからまだよくわかっていないということかな…
もしかしたらただ案内して欲しいだけなのかもしれない。
「受付まで案内しますよ? どうぞ」
勇者は手を差し伸べた。
「おおっ! ふ、ふ、ふ。この私に、その手を差し伸べてくださる。ああ、なんとも。その手を払うことはあまりにもったいない。ええ、では。しからば私自ら、その手を取りましょう」
女性は勇者の手を取ってしっかりと握る。
その瞬間、勇者の意識は白く、黒い、光の中へと誘われていき…
「この手は私自らとったもの。その必要はありません」
女性のその言葉で意識を取り戻した。
まるで時が止まって白昼夢を見たかのようだった。
「…今…」
「いえ、いえ。何事も修行なれば。ただ等しく共にあるのみ。許されよ。 …では、共に参りましょう。友よ」
手を取ったまま立ち上がる女性。
その佇まいは実に優雅で、優美だった。
オキタと共に、その女性を受付へと案内することにした。
「なるほど、ここで名を登録、そして…」
受付嬢からさまざまな説明を受けている。
それにしても、最初の登録はどうやったんだろう…それと、ここは最上階だけど、どうやってきたんだろうか…
なんとも不思議な女性だった。
「…二人の友に礼を」
女性は掌を合わせてお辞儀をする。
つられて自分たちも同じようにお辞儀をした。オキタは慣れているようでもあった。
「共に導かれし、友たちの名を聞かせてはもらえませんか?」
きっと名前を聞きたいだけなのだろう。
「僕は白黒勇者、そしてこっちは」
「オキタといいます」
「優しい人たちの名は白黒の君と、オキタ。覚えました。 …私の名はしゃか。親しみを込めてしゃかちゃん、と、お呼び下さい」
「…いや、それは…どちらかといえばむしろしゃかさん、の方があっている気がしますけど」
その佇まいと雰囲気から、ちゃん付けをするのはどうなのか迷った。むしろしゃか様の方が余程適している。
「確かにね。でも、本人がどうしてもそう呼んで欲しいなら、それに応えるべきかもしれないよ。友だちとして」
「それなら…しゃかちゃん」
女性はにこにこと笑って頷いている。そう呼ばれたことが嬉しいのだろうか?
しかし、
ー 無礼極まりない 気安いにも程があるぞ人間 ー
しゃかちゃんの方から不思議な声が響いた。
「これは失礼を。ええ、同じ道を志す者たちよ。私がいいと言ったのです。それにこの者たちはもはや私の友なれば。ええ、気やすくもなりましょう。それが自然…」
「…今の声」
「うん、僕にも聞こえたよ」
「ふふ、では呼び方は二人の好きに。ええ、ざっくばらんな、関係となりましょう。ああ、そしておにぎり、実に美味でした。二人の幸先に幸多からん事を」
しゃかはそう言って立ち去っていく。 …さっきの様子から、無事部屋に辿りつけるのか心配になる。
「ふむ、ふむ、正しからん道もまた修験の道なれば…」
多分違う方向へと向かっている。
部屋を聞いて二人でその部屋まで案内することにした。
しゃかを部屋まで見送り、その後再びフードコートへ。
途中、菓子店の前に、見知った顔がいた。
「クロノ、こんなところで会うなんて奇遇だね」
「あぁ? なんだ白黒か、それと…あぁ、オキタ。珍しいな」
「こんにちは」
「二人は知り合い?」
「少しね。まあ試合をしたことはないんだけど」
「ただのお前の不戦敗だったじゃねぇか。 …俺は結構楽しみにしてたのによ」
「はは、ごめんね。でも、君に時を止められたら僕にはどうしようもないよ」
「チッ、それでも実際に戦って勝つのと、不戦勝の勝ちじゃあ気分が違ぇだろうが」
「それでクロノはどうしてここに? 君もソフトなクリーム好きなの?」
「はぁ? よく見ろよ、俺はこれを飲みにきたんだよ」
クロノは手に黒い色の飲み物を持っていた。
豆を炒って擦り潰したものを濾した飲み物。その香ばしい匂いは鼻腔を喜ばせる。
「でも、それだと苦くない?」
オキタは指をさして言う。
「それが良いんだろうが。俺の舌はお前たちみたいなお子様舌じゃねぇんだよ」
「そうかなぁ、動物の乳を入れたものの方が僕は好きだけど」
勇者は言う。
「あ、いいね。それなら僕も好きだよ。甘くなくても美味しい」
「せっかくの香りが飛ぶだろうが」
二人の意見に苦虫を噛み潰したような表情をするクロノ。
「ほらやっぱり苦いからそんな顔になるんだよ」
オキタは指摘する。
「ちげぇよ!」
「あ、そうだ、連勝おめでとう。また随分と勝利を伸ばしたんだね」
「今言う時じゃなかっただろ、間が悪ぃな」
「本当にね、随分と勝利を積み重ねているよね。僕も頑張らないと」
「お前は自分の体の心配をしろよ。それ、治ったりはしねぇの?」
「う〜ん、無理だと思うなぁ。よくあるバットステータスだって言われた時もあるから」
「よくはねぇだろ。あってたまるか。しかしお前たち、随分物好きだな」
「?」
「さっき、よくわかんねぇやつ相手してただろ? お前が手を引いてたヤツ」
「ああ、しゃかちゃんのこと?」
「しゃかちゃん? まあ多分そいつだろうけどな。ずっと隅っこに座ってやがるし、話しかけても、笑ってるだけだし。時の訪れを待っている、とか。時は時でも今は違う、だの。意味のわかんねぇことばっかり言いやがって。話しかけて損したぜ」
「優しいんだね、クロノは」
「何でだよ! お前らと違って何もしてねぇよ!」
「そう言いながらクロノも気にかけてたんだから、見た目と違って良い人なのかな」
「オキタ、テメェはなんか俺に対してあんのか? さっきから当たりがきつくねぇ?」
「友達同士、遠慮はいらないよ。ねえ?」
「そうそう」
「お前らとは別に友達じゃねぇよ。それにお前が言うんじゃねぇよ」
「はは」
「笑うとこじゃねぇよ!」
私的な状態のクロノに会うのは新鮮だった。
でも、考えてみればほとんどの人たちはここの施設を利用しているのだから、今後もこうやって会うこともあるだろう。
簡単に別れの挨拶を言い、その場を離れた。
今度はクロノも誘ってみよう。
そんな話をオキタとしながら、商店巡りを再開することにした。
その後日、一つの試合が決定した。
覚☆醒勇★者 しゃか 対 時の勇者 クロノ
しゃかにとっては初めての試合。
しかし新人の試合申し込みをどうして受けたのだろう?
クロノにとっては、少し話しただけでほとんど何も知らない相手のはずだ。
勇者は試合の前にクロノに訊ねてみた。
「…お前がそれを言うかよ? お前だってど新人で俺に挑戦してきただろうが! ご丁寧に挑発まで添えてなぁ!」
「いやまあ、自分の場合は不可抗力というか」
そもそも申し込んだのは自分ではない、と言っても、今更仕方ないのだが。
「同じだ。このしゃかってやつも、ご丁寧に挑発してきやがったんだよ。っつーか名前の前の星は何なんだよ、舐めてんだろ絶対。 …これ見ろ」
ー 迷いある若者よ、その道半ばにて戸惑う者よ。救いの手を差し伸べよ。
ー しからば私がその手を取ろう。その道の先は果て無き道。友と共にあれ。
ー 差し出されたその友の手を取るのは己自身なれば…その選択、誤ることなかれ…
「長いね…これ、挑発?」
「だろうが! 色々訳わかんねぇこと言いやがって。俺だっていちいち無謀な新人どもを相手になんてしねぇがな、コイツは別だ。 …お前と同じでな!」
「でもこの後半の文章、クロノと友達になりたいだけじゃない? 僕たちみたいに」
「なんでだよ! お前もこいつも…どう言うつもりだってんだ」
「どうも何も、だからただ友達になりたいだけなんだよ。でも流石にもう友達か」
「だからなんで…いや、まあいい。試合前にこれ以上疲れたくねぇ」
「…そう。まあ、試合、頑張ってね」
「お前に言われるまでもねぇよ」
「しゃかちゃんを応援しているから」
「そっちかよ! …ぐ、まあ、もういい。もう行きやがれ」
「クロノも頑張って」
試合が始まる。
「ヒュ〜〜〜、今日はみんなお待ちかねのぉ、クロノタイムだぜぇ!」
会場はすでに盛り上がっていた。
「そしてそしてぇ〜、相手は期待の新人。その全てが実に謎めいている。言っていることは不思議系なのにその魅力は果てしない。動物に好かれる体質なんだとさ、登場するのはぁ…覚☆醒勇★者、しゃ〜〜かぁ〜〜〜!」
「世の全てが業なれば…しからば今生もまたそれを自らの意思で背負うのみ…親しみを込め、しゃかちゃん、とお呼び下さい…」
片方の掌を立て、目の前に上げる。
そのゆっくりとした佇まいには無駄がない。
まるで幾星霜と繰り返された所作であるかのように。
そしてただ、歩いているだけだと言うのにその全てが調和していた。
「お待ちかねぇノォ!! 止まった連勝記録を順調に再び積み重ねてきている、そして未だに全勝は守っているゼェ、時の勇者ぁ、クロノォ〜〜〜!!」
「…すぐには終わらせねぇ。まずはその舐めた態度を叩き直してやる」
「ではではぁ〜〜〜、試合、開始ぃッ!!」
クロノは時を止めずに先制する。
己の時間を早め、開始の合図と同時にしゃかのすぐ横へ。
「くらいやがれ」
しゃかはクロノの拳を華麗にいなす。
「速きことなれば。その心の急かしようも見え隠れいたしますね。その迷いは心の迷い」
「チッ、やるじゃねぇか。それと別に迷ってねぇよ。迷子になんのはテメェだろ」
クロノは間合いをとった。
「そう言うお前からは何もしねぇのか? それとも、特に何も出来ねぇのか? そんだけ言ってんだ、お前自身には迷いなんてねぇんだろ?」
クロノはしゃかを言葉で挑発する。
「ふふ、売り言葉なればこそ。私もまだまだ修験の身。この手の内を、みせましょう」
しゃかは片方の指を丸め、目の前に掌で円をつくる。
その人差し指が静かに立った。
修験道 壱の型
ー 子 ー
しゃかはその場から消えた。
あっという間に、クロノの右へ。
「素早きことは鼠の如く」
「舐めんじゃねぇッ!」
クロノはしゃかの右の手刀を遅らせてかわす。
しかしそれと同時に再びしゃかは消え、反対側へ。
左の手刀がかわした時の隙間を捉える。
「クソがッ!」
一つ一つの動きが速い、そして細かい。
小刻みに消え、まるで分身ができているかのようにすら見える。
左右上下、しゃかの手刀がクロノを襲う。
「まだまだ遅っせぇんだよ!」
クロノもまた自身を加速し、その動きに対応する。
二人の動きは陽炎のように霞んで見えた。
しゃかは再び円を、そして三本の指が立った。
修験道 三の型
ー 寅 ー
しゃかの型が変わり、身に纏う気が変化する。
まるで猛獣と見紛うかのような猛々しさを放っていた。
「時に力尽くなれば」
「ゴリ押しってかぁ!! やってみろっ!!」
しゃかの攻撃はクロノには通らない。
しかし、その力強さが時間と共に増していく。
打撃一つ一つの激しさもまた増していった。
ー 五黄の寅 ー
しゃかの放つ手刀が輝く。
「なん、」
それでもクロノはかわした、
はずだった。
手刀がクロノの脇腹を捉えた。
それに気づいた時、疑念と疑問が頭を巡る、
鈍く重い痛みが遅れて体を襲った。
すぐさま体勢を戻し、次の攻撃に備える、
追撃する手刀、
それを遅延、
そして自らを加速、
…しかしまた、かわしきれない。
鈍い衝撃、そして二撃目を受けたクロノはその衝撃によって大きく弾き飛ばされていた。
「押し通す力強さも、時には必要なり」
「…ってぇな」
クロノは脇腹を抑え、口の中に溜まった血を吐き出す。
…まともに攻撃を受けた。
「…道半ばの身、なれば、加減の必要なし。 …驕り高ぶる心、成長することなかれ」
「…ああ、そうかもな」
クロノはその言葉の意味を理解した。
「最初から全力で、俺もやるべきだったよなぁ。出し惜しみなんて、ほんと。 …らしくねぇ真似しちまったぜ」
「…」
しゃかは黙ってただ佇んでいる。
「その目隠しはとらねぇのか? …それにも何か理由があんのか?」
「…時に心弱きものを惑わすゆえ」
「ここにはそんな弱いやつはいねぇよ。そっちだって俺のこと、舐めてんだろ? 俺はこれから、全力でお前を倒す、だったらお前も、それに応えろよ」
「…ふむ。なれば」
目隠しをとる。
目を閉じていた。
しかし、ゆっくりと、その瞼をあげた。
虹色の瞳。
角度によってさまざまに色を変え、同じ色は一つとしてない。
不遍在の瞳。
しゃかは微笑をたたえていた。
「…チッ」
思わず黙って見惚れた。言った側から、情けねぇ。
なるほど確かに、耐性がなければ飲み込まれてしまいかねない魅力があった。
普通の人ではとても抗えないだろう。
いや、抗おうとすら、しないだろう。
「…だがな、これで、もう終わりだ」
クロノは魔力を解放する。
そして舞台上の時が止まる。
「…」
その虹の瞳は一点を見つめたまま、口元には微笑をたたえたままで、
しゃかの時は止まっていた。
クロノは近づく。
全力を出せ、と言ったのはお前だ…悪く思うなよ。
魔力を拳に集中させる。
「…じゃあな」
クロノの拳が腹部を捉え、
その瞬間、
見えた。
ただ一点を見つめ、止まっているはずの虹色の瞳が動いた。
そして…
目が合った。
しゃかの虹色の瞳は輝いていた。
修験道 始の型
ー 空亡 ー