等身大のありったけ
勇者はセイメイの小刀の舞を防ぎながら思考する。
…あの時の雷(雷霆)を使えば…あるいは結界があったとしても…
しかし、まだ思うように制御できてはいない…危険がつきまとう。
「…何かをしたそうな顔だね…今度は私に何を見せてくれるのかな?」
セイメイはにこやかに穏やかに小刀で舞う。
勇者は黙って防御に徹しながらも逡巡していた。
セイメイ自身を危険に晒すかもしれない…
勇者がそう考えていると、唐突にセイメイは攻撃の舞を止めた。
「…ああ、そうか。それは遠慮か。私は遠慮などされたことがないから、気づくことが遅れてしまった。誰も彼も…こと戦に関しては、みな私に対しては全力で向かってきたものだからね。 …私自身が手加減をすることは多少あっても。 …手加減をされたことは、なかったよ。 …うん。君は…そうか。私に手加減を、手心を加えようとしている…していたのか。 それは…なんとも実に。 …そうかこれが…」
セイメイは目を閉じ、思慮深く押し黙る。
まるで隙だらけ…と言っても、多重に張られた結果がその身を守っていたのだが。
「…不愉快、と呼ぶ感情なんだね」
セイメイから力が迸った。
それは黒く輝く、ひどく歪な呪いの力。セイメイの内にある、あった、本来の道力。
「…この小刀がそう変わったように、私本来の力の色は…そうだね。実に私にあっていると言える。私は光を伴って生まれたらしいが、私の本質は、決してそうではない。 …これが」
勇者は自身に向け、
ー 雷魔法 極大 ー
同時にもう一度。
二つの極太の落雷は勇者に落ちる直前に重なる。
勇者の纏う雷光はより細かな線となって内部から炸裂した。
…内側であるなら、
対象が自身であるならば、制御は外の時ほど考えなくてもいい。
体の中へ、抑え込めばいい。
勇者は雷霆を身の内に宿した。
「…ああ、その稲光。実に…美しい。見ているだけで…」
セイメイはその様を感嘆しながら、ただただ見ていた。
それはまだ不完全ではあったが、それでも今までの雷とは明らかに質そのものが異なっていた。
雷霆を纏う勇者は消え、
セイメイの結界を斬る。
初撃、結界に弾かれ、
しかしまた再び斬る。
まるで勇者自らが剣線となって、何十何百という剣の線を描く。
一枚、二枚…セイメイの強靭な多重結界の膜を切り裂いていく。
ただ、ただ斬るという動作を繰り返す。
そこに思考は必要なく、ただひたすらに動き、飛び、斬り続けた。
加速する剣線が重なっていく。
勇者の斬撃には音がすでにない。
後から無数の重奏となって舞台上を揺らし、振動を伴って響き渡った。
勇者は自らの残像に自らが追いつかんとしていた。
そして、
攻撃をやめ、勇者は間合いをとった。
肩で息をするたびに全身に激痛と、血に染まる汗が吹き出す。
呼吸を整え、傷と体力を少しでも早く回復させていく。
対するセイメイは、
「…実に」
セイメイの裾が落ちた。
小刀を持ったその腕には、一筋の薄い線…
「…私の結界を、破ったんだね」
薄く長い線から、赤い液体が小さな玉となって現れた。
流れるほどではないが、それは確かに、セイメイ自身の血。
「生まれて初めて、自分の血を見たよ。 …他の者たちと変わらない。 …赤」
笑っていた。
自身の血を見たセイメイは、静かに、目を細め、音を立てることなく笑っていた。
「今の力。 …確かにそれだと、ここを覆う結界は破られてしまうだろうね。観衆たちが危険に晒される、君はそれも危惧していたのか。 …私と戦いながら、私ばかりでなく、周りにも気を遣っているなんてね。これは私の君に対する見込み違い、それ自体を改めなくてはならない」
勇者は未だ乱れている呼吸を整えている。
目を閉じ、集中力を高める。
全身の痛み、その不自然な呼吸をできる限り平常へ…
そして…
目を開き、呼吸を止めた。
今度は、自身の魔力を全て一つにするために。
「…また何か、する気でいるみたいだね。 …いいよ。待とう。君を思い違いしてしまった謝罪も兼ねて」
勇者は長く、薄く、深呼吸を繰り返した。
自身の内にある、
赤、黄、青、緑、紫、橙、藍…
精霊たちに、神々の力……悪魔の力…
全てを集結させていく。
その全てを、融合させていく…
その身は、より鮮やかに彩られた極彩色の魔力を纏っていた。
「それは…ああ。そうか。 …星の光…それも一つではない。私は一つの星しか知らなかったが。 …君はどうやら、そうではないらしい」
勇者は片手を向けて構えた。
「これから…あなたに向けて、放ちます」
セイメイは再び自身へ結界を張った。より強固に、より厚く。
「いいよ。私の準備は。 …いつでも」
勇者は極彩色の魔力を放った。
それはセイメイの結界を貫通し、さらに後ろの外壁を、結界もろとも突き破っていった。
「…お見事。私の結界は、君のそれに対して全くの無力だった」
セイメイは無傷だった。
勇者は射程を少しズラしていた。
「今回は間違いなく私に対しての加減。 …しかし不快感は全くない。君は確かにそのありったけを見せた。今の全力を私に見せてくれた。 …うん。全く…君は本当に面白い人だ」
「…セイメイだって、まだ本気じゃない」
「ふふふ…それはどうだろうね? でも、今回はもう満足した。君と戦えて私はもう満足した。ああ、本当に。ここに来てよかった。訪れた意味もあった。 …悪いけれど、私はこれで失礼するよ」
セイメイは一礼すると、手で印を結ぶ。
目の前に、木枠で形どられた紙の扉が現れた。
その開いた先へと、セイメイは瞬く間に扉と共に消えてしまった。
舞台上にただ一人、勇者を残して。
「…お、おっと〜。セイメイ選手。か、帰ってしまったぁ〜。これはどうなるんです? 引き分け? 不戦敗? …はい、審議する? ええ? 今から? はい、はい。 …わかりました。勢いで? 誤魔化せ? は、はい。と、とりあえず今日の試合は、これで終了だぁ〜〜〜! 両選手にィ、あ、片方しかいない、まあいい、盛大な拍手を頼むぜぇ〜〜〜!!」
最初は戸惑いにまばらな拍手から、次第に少しずつ大きくなっていく拍手と歓声。
勇者はその拍手と歓声の中、試合を後にした。
「お疲れ様だったね」
「お疲れ様でした!」
師匠と妖精の勇者が出待ちをしていた。
「二人とも、もしかして最上階に?」
「いやいや、それはまだ、だいぶ先になりそうかな。観戦のチケットが買えたから、二人で見にきたというわけ。もちろん君の、応援をかねてね」
「ああ、そうだったんですか」
「体、大丈夫かい? 今回は結構、というか、かなり無理をしただろう?」
「まあ、痛いことは痛いですけど、大丈夫です」
「相手が相手だからね、この階ともなると、その誰もがみな世界を救った英雄とも言える。面構えも実力も、全く違う。そしてその中でも、上になればなるほど、その強さにも果てがない」
「ですね。みんな思っていた以上です」
「ははは、まあそれはきっと、君に対しても同じことだろうけどね。私たちはまた、下の階に戻って修行を再開するとするよ。それじゃあね、また」
「失礼します!」
二人は戻っていった。 …何か少し、妖精の勇者の元気が無いことが気になった…また後で、様子を見に行ってみよう。
「お疲れ様」
師匠たちと別れたすぐ後に天天と会う。
「ああ、観戦に来てくれたんだ」
「ええ、約束したし」
「なんだか有耶無耶な試合になっちゃったけどね」
「疲れてるよね? 私もすぐ戻るわ。 …体、大丈夫?」
「師匠にも言われた。まあ、多分大丈夫だよ」
「…何かあったら、相談して。私のおじいちゃん、結構すごいから。なんでもいいから話してね」
「…ありがとう」
「部屋、教えとくね」
腕輪に場所を登録してくれた。
なるほど、こういう使い方もあるんだ…
天天を見送った後、勇者もまた、部屋に戻って行く。
闘技場の外、その屋上には時の魔導師と妖精の勇者の姿があった。
「だいぶこたえたみたいだね? 実際にその実力差を目の当たりにして」
「…はい…そう、ですね」
「おぉう…これは重症だね。 …まあ、それも致し方ないかなぁ。比べるのがあの子だと」
「…私、全然、全然強くないです。わかってはいましたけど、まさかこんなにも差があるなんて…」
「それはまあ、第一、君は世界を一つも救ってはいない。それぐらいの実力なんだから。背伸びだって限界があるよ。 …君の記憶の中には、あの子と一緒に魔王を撃ち倒した記憶があるだろうけど、それは決して、君自身じゃないんだからね」
「…はい。 …そうなんですよね…」
「ここにきている勇者たち…その中には、諦めて帰る子もいるんだ。 …それも結構な数、ね」
「…」
「実力差に打ちのめされるか、伸び悩む自分自身に望みを失うか、理由はまあ、他にもあるだろうけど。 …腕輪を置いて、静かに去っていく。 …誰にも知られることもなく、ね。それは今でもそう」
「…そうなんですね。勇者、でも、そうなんですよね」
「まあとりあえずは。下を向くのをやめて、せっかく頂上の、しかも外に出たんだから。前を見てみるといいよ」
魔導師は上空から見える景色を指さしている。
「景色、ですか? ここは森がだいぶ、ありますね」
「うん、そうだね。そして、すごく、すごく広い」
「はい」
「でも、これだけ広くても、この星全体からしたら、まだ全然その一部でしかない」
「…そうですね」
「あの子は一つの星だけじゃなく、多くの星を巡って、戦ってきた」
「…私とは、全然、違いますね」
「その歴然たる差は埋めようがない。彼との差は広がっていく一方かもしれない。でも、君だって、これからがあるんだ」
「…はい」
「まあ、そのあまりにも開いた差と、今の君自身、体とその記憶が生み出す差に焦りを感じてもいるのだろうけど」
「そういうものなんでしょうか?」
「なまじ記憶をリンクさせちゃったからね。まあそれは私たちのせい、だから少しだけズルをしてしまおう」
「ずる?」
「連れてきたよ〜」
空間の魔導師の隣には、幾分か成長した妖精の勇者がいた。
「ここ、ですか? それと…ああ、本当に私ですね。 …若いですけど」
「私? でも…」
私よりも歳は上…今の勇者さんと同じくらいだろうか。
「彼女は勇者(あの子)と冒険をした妖精の勇者その人だよ」
「え? 本当に今ここにいるんですか? わぁ、懐かしい。本当に懐かしいなぁ。これから会いに行っても?」
「まあもう少しだけ、待ってもらうよ。すぐに終わるから」
「お師匠、でも成長した私を連れてきて何をするつもりなんですか?」
「二人はこれから一つになってもらう。まあ簡単簡単。私たちに任せて任せて」
「「えっ?」」
「大丈夫大丈夫。痛くも痒くも、な〜んともないから。まあ、どっちがメインになるかとか、そういうのも無い。だって君たちはどちらも妖精の勇者、その人なんだから。どちらも自分自身なんだからね。あ〜、でも、年は…そうだなぁ。今の二人の、ちょうど間くらい、になるかな? …多分ね」
魔導師たちはにこやかに、そして二人が何かを言う前にリングを発動させた。
…そして二人の妖精の勇者は一つになったのである。
「まああれだよ。楽して成長できてラッキーくらいに思った方がいいよ」
最初は戸惑いを見せた妖精の勇者だったが、それも程なくして慣れ、すぐ勇者に会いに行った。
さっき会ったばかりの妖精の勇者が成長していて、戸惑ったのは言うまでもない。