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陰陽勇者

勇者闘技場の施設は実に充実していた。

しかもあろうことか、各階層ごとに揃っているのだった。

当然、その中には食べ物を扱う店も数多くある。

場所によっては集中してもいて、フードコートとして親しまれてもいた。

勇者は暇をみて施設内を色々と見て回ってもいるのだが、それでもまだその全てを回りきれてはいない。

きっとまだ全体の半分も見ていない事だろう。

どうやら大賢者によって各階層の空間が広げられているらしく、外から見た以上の広さがあるのだった。

お店も昔からあるものもあれば、いまだに新しく出店されてもいたため、

全てを網羅するには腰を据えてここで暮らさなければならないことだろう。

ちなみに、階層ごとにガイドブックなんかも売られている。

それぞれが、各階層のおすすめのお店などを紹介していた。

あの階の何々が美味しい、などなど、情報は多岐にわたる。

そしてそれを白姫と黒姫たちは好んでよく読んでいた。

空いた時間に二人でお店巡りを楽しんでもいるようだった。

彼女たちはここに何をしに来たのだろうか、と、思わなくもない。


勇者は少し前に白姫におすすめされていたソフトなクリームを売っている店にきていた。

確か、地元にもあった。

師匠と食べに行ったこともあり、師匠が気に入って何本もバクバク食べていたな…

そんなことを思いながら店に向かっていると、

店の近くで、じっと店を見つめている小さな女の子がいた。

「…」

そのお店に陳列されているソフトなクリームを凝視している。

人差し指を口にして見ている。

…すごく、ものすごく食べたそうだった。

それにしても、だいぶ幼く見える。

勇者、ではなくその連れとしてきているのかもしれない。

しかし…その周りには誰もいない。

勇者は腰を落として小さく声をかけてみた。

「食べたいの?」

「!!」

女の子は少し驚いたが、もう一度ゆっくりとたずねると、今度は控えめに頷いた。

やはり食べたかったようだ。

まあどうしても断られたら自分で食べればいいとして…

勇者は果実を香料に使った白いスタンダードな味を一つと、潰して炒った豆を糖と混ぜ合わせて黒くなった甘く香り高い味のものを買い、

「どっちが食べたい?」

「っ」

すごく迷っていた。両方を見て往復を繰り返していた。

「両方食べる? じゃあ、まずはこっちのスタンダードな方ね」

白いソフトなクリームを口元に差し出す。

女の子は最初恐る恐る口にする、

「っ!!」

手にとって食べていた。

ものすごく気に入ったようだ。

「ゆっくり食べて良いよ」

二つともペロリと平らげた。

「…ごちそぅさま…ありがとぅ」

小さな女の子は小さな声でお礼を言った。


「あ〜、すみません。この辺りに…ん? ああ、見つけた。こんなところに…一人で勝手に出歩いたらダメだろう? ここがまだ安全かどうかわからないんだからね? まあそうそう危険なことはないだろうけど」

不思議な雰囲気を纏う人物だった。今まで会ったことのない、そういった、どんな型にもはまらない感じがしていた。

「…買ってもらったの」

「この人にかな? いやそれは、迷惑をかけてしまったみたいで、申し訳ない」

「いえいえ、ただ一緒に食べていただけです。ね?」

「ぅん。ぉいしかった」

勇者の裾をつかんでいた。

「…ほう。私以外に…こんなに懐くというのは実に珍しい。ふむ。ああ、失礼しました。なにぶん、ここには今日初めて訪れたもので…まだ何も慣れていないもので。右も左もわからない状態、とでも言えるくらいには」

「そうだったんですか。でも、ここを訪れたということは、あなたも勇者ということですよね」

「ははは、そう言った柄ではないと思うのですがね。どうもそうなるらしいですねぇ…ええ、差し詰め陰陽勇者、ということで最初は登録させてもらいました」

「陰陽…ですか?」

「はい、陰陽道術というものを使うのです。 …ええっと、そうですねぇ…召喚の術、と言えば伝わるでしょうか?」

「ああ、召喚術、それならわかります」

「ええ、まあ、そればかりでもないんですけど。召喚するのはあやかしだったり、鬼だったり、まあ色々と呼び出して使役する、と言ったような、ね。実は目の前のその子もそうなんですよ。私が使役している、妖の一人です。名をザシキワラシと言いまして、まあなんというか、使役しているというよりは…自由な妖ですけどね」

「ああ、そうだったんですか。幼すぎると思いましたけど、必ずしもそうでもないんですね」

「ふふ、ええ、そうなりますね。 …どの妖であっても、人よりはだいぶ、長く生きている者が多い。さ、今日は満足しただろう? もう戻りなさい」

女の子は陰陽勇者の元へ。何やら印を結ぶと静かに消えた。

「たまにこんなふうに、勝手に出てきたりする子もいるんですよ。縛っているわけではなく、基本自由ですから。一応は私が彼ら彼女らの主人としてありますけどね。まあ基本、自由なものです」

「はは、それだと大変そうですね」

「ええ、本当に。ああ、そうでした、優しい人。よろしければあなたのことをもっとお聞かせ願えませんか? あの子が気に入る、私も実に、興味深いので。差し支えなければ」

「ええっと、そうですね。ここでは白黒勇者と名乗っています。剣と…それから魔法も、いくつか使います」

「魔法ですか、良いですね。これもまた差し支えなければどのようなものを?」

「火や氷、雷、でしょうか」

「それは素晴らしい。しかし、ふふ」

「何でしょう?」

「ああ、いえ、失礼しました。あまりにも明け透けに話して下さるので。 自分から聞いておいて笑うのは実に失礼なことなのですが…でも、あなたにとっては、私は全く得体のしれない相手でもあるでしょう?」

目を細めて笑う。その表情は言い尽くせない魅力があった。

「確かに…そうですね。ここの勇者同士、試合をすることもあるかもしれません。でもまあ…少し調べればわかることですし…それに、あの子の主人であるなら、悪い人ではないかな、と。まあ実際、お互いに勇者でもありますしね」

「あっはっは。なるほど。うん、うん。気に入った理由もわかります。ふふ…確かに。私もあなたのことをもうすでに気に入りました。面白い人ですね、あなたは…。でも。勇者だからと言って信に値するかは、必ずしも言い切れないものがあると、私は思いますよ。 っと、そういえばこの階層での登録を任せたきりでした。様子を見に戻らないと」

「案内しましょうか?」

「いえいえ、お気持ちは嬉しいですが、そこまで甘えるわけにも。それくらいは一人で出来ましょう。とは言っても、ふふ、それも実際には任せているのですけどね。あなたもこの階層の勇者…いずれ、またお会いしましょう。近いうちに、会える気がしています」

「わかりました。では、また」

「…ああ、そうでした。今度会った時、私のことは親しみを込めて名前でお呼びください。今のように畏まった口調か砕けた口調かはどちらでも、お任せしますが」

「わかりました。そうします」

「では、次出会った時は私のことをセイメイとお呼びください。優しく面白いあなたにそう呼ばれるのは私も嬉しい。 …それでは」

立ち去る姿を見送った後、勇者はまだもう少し見て回ることにした。

…そう言えば自分はまだ何も食べてなかった。



「セイメイ様、言われた通り、受付は終えました」

長身の女性が受付作業を終える。

「ご苦労様。それじゃあ用意された部屋へ向かおうか」

「…随分と、楽しそうですね? 何かありましたか?」

「うん? ふふ、そうだね。面白い人に会えた。うん。実に興味深い人だったね」

「…セイメイ様がそのように興味を持たれるとは…私、少々嫉妬して、しまいますね」

女性の表情が少し歪む。

「勝手なことはしないでいいよ。他の者にもそう伝えておいて」

セイメイの声は穏やかで静かではあったが、重い。

「…はい。出過ぎた真似を…申し訳ございません」

「いや、構わない。悪い人ではない、が…その身のうちにお前たちにも近い何かが在るね…ふふ、ああ、実に愉快な人だ。 …確か、ここは勇者同士が試合をするところ、だったね?」

「はい、セイメイ様はまだ一試合もしておりませんが…まあ、到着してまだ間もないですし」

「うん、ここまで何も言わずに通してくれたからね。この地に来て、最初の試合、それは特別な試合にしたいね…どうせなら、特別な相手との」

セイメイはそう言って、笑みを浮かべた。

誰も推し量ることのできない静かな笑みを…



勇者の腕輪に通知が入った。

対戦の申し込みがあります。

登録 陰陽勇者 名前 セイメイとの試合を許可しますか?

「確か…さっきの…」

はい を選択。

対戦が決まりました。

日程は…

「…明日、か」


白黒勇者とセイメイの試合が決定した。



「断りでもしたら何をしてやりましょうぞ」

屈強な鬼の野太い声が部屋に響いている。広い部屋であってもその巨体が目立つ。

「大丈夫、受けてくれたよ。 …ふふ、まあそうでなくてはね」

「セイメイ様をそのような表情にさせるほどの相手なので?」

「うん、きっとね。 …う〜ん、誰を出そうか? これもまた実に心地良い迷いだ」

「その際はぜひ儂を。その者の味見をしてやりましょうぞ」

「くれぐれも食べないように。まあ、それも少しくらいなら構わない、か」

「では、骨の髄までしゃぶってやりましょう」

「それはダメだ。 …でも、今からとても楽しみだよ、どのような戦を見せてくれるのか…ふふ、ふふふ」

「…セイメイ様、本当に楽しそうでございますなぁ。そのようなお顔、久方ぶりに見ましたぞ」

セイメイ様の気が他に移る事を快く思わない者も多そうですが…



試合当日。



「さぁさぁさぁ! 今日は実にフレッシュな試合をお届けするぜェ! なんとその片方は今日が初試合だ! そして一足飛びでこの階層へ来たっつーからな、まあそれはつい最近にもいたが。 そしてその名はぁ〜〜〜、陰陽勇者、セイメイぃ〜〜〜っ!!」


「初めまして…いい、日和だね。ああ、満ちる夜になりそうだ」

静かに歩いて現れる、形容し難い妖艶な空気を纏っていた。

その姿を見た観客の何人かはもうすでに虜になっていた。

「あ、あ〜…なんて…なんていう艶かしい魅力を持ったかたなの…」

「私を従えて…欲しい…私を…私に命令して」

「男なのか? 女なのか? わからねぇ…でも、どっちでもいいか…」


「そしてもう一人はぁ…期待のルーキー、実はこっちも一足飛びでこの階に来たんだぜぇ〜〜〜…そして、前回はあのトップランカー、時の勇者クロノと凄まじい試合を見せた、あの男の登場ダァ〜〜〜!! 悪魔の子 白黒勇者ぁ〜〜〜〜!!!」

会場が沸く。

「また私を痺れさせてぇええ!!」

「負けんじゃねぇぞぉ!」

「悪魔の子ってなんだ? 悪魔から生まれたのか? 勇者なのに?」


「両者並んで」


「ふふ、受けてくれて嬉しいよ。すごく楽しみにしていたんだ」

「セイメイがどういった技を見せてくれるか、僕も楽しみだった」

「うんうん、いいよ。たくさん、見せてあげるからね」


「試合〜開始ぃ〜〜〜〜!!」


「陰陽道術、鬼の段」

ー イバラギ ー


セイメイの前には鬼が立っていた。

「ふむ…儂の相手はこの若造…なるほど、悪くない」

その手には巨大な金棒。

「…果たしてセイメイ様が言うような相手かどうか…儂が味見をしてやるとするか」

鬼が大地を蹴ると同時に、舞台が揺れた。


「まずは一撃」

速い。

勇者は受けの構えをとる。

「これで潰れてくれるなよ」

巨漢の鬼の、野太い一撃が振り下ろされる。

剣と金棒のぶつかり合う金属音と轟音が響く。

受けた勇者が地面と共に沈む。

「…天晴れ」

勇者は鬼のその一撃を受け止めていた。


イバラギの一撃を受け止める…膂力は鬼並、か」

後ろで見るセイメイは冷静に分析している。


「しかし二撃目は、ぬ!」

剣を逆手に、金棒を弾き返し、勇者はすぐに上空へ飛ぶ。

「今度はこっちの番」

重く…更に重く…勇者は剣と繋がる。

重さを増す剣と勇者自身の力が重なる。

体を捻り、回転しながら鬼へと振り下ろした。

「ぬぅッ!!」

受け止めた鬼は地面に沈む。

更に沈む、

「グォっ!」

あまりの重さに、片膝をつく、そして、

「グォぉぉ!!」

鬼の金棒が弾かれた。


「…ん〜、お見事。今のイバラキ、以上の膂力だったね」

セイメイは静かに拍手をしていた。

…まあ、あくまでも今の、だけどね。

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