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天才少女 天天(てんてん)

獣の勇者の攻撃はまるで当たらない。

当たらない、は正確ではない。

当たっても意味がない。

纏った黒い炎を超えられないからだ。

獣の拳は決して届かない。

対する天天は両手を腰に、時間を数えていた。

「…そろそろ終わりかな」

その両の拳に黒い炎が集中していく。

黒く輝く拳。

その波動が観客席まで揺らす。

ビリビリと、肌にまで響いていた。


「二発、これからあなたを殴るね」

構える。

見据えられた獣の勇者は動かない。

いや、動けない。

「」

恐怖、恐れ、畏れ、怖い、こわい、コワイ…

それは獣となった本能からくる畏怖。

「…やっぱり一発にしておくね」

消えた。

その足元に不自然なほどに抉られた舞台跡を残して。

獣の眼前に、そして、

「…手加減はするから」

獣は飛んだ。

腹部に衝撃を受けたと同時に背中にも衝撃を受ける。

あっという間に場外の壁へ到達し、めり込んでいた。

獣の勇者の意識はすでに飛んでいた。

「…やりすぎちゃったかな」

今の見た目には反する幼い表情と声で、

申し訳なさそうにそう呟いていた。


「な、なんという速さとパワー!! あっという間に、あっという間に場外の壁、そして壁にめり込んでいるぅ〜〜〜!! 医療班急いで急いで。生きてる? 生きてる? ああ、はい。 …さぁ、それじゃあ、んんっ。勝者はぁあああ〜〜〜可憐な天才少女、幽玄勇者のぉ〜、天天選手ぅ〜〜〜!!!!」

割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。

すごいものを見た、そういった声が観衆たちから沸き起こっていた。


天天は獣の勇者の容体を確認してから立ち去っていった。

その怪我は決して軽くはないものだったが、命に別状は無いようだ。


出てくる時にちょうど鉢合わせる形になった。

すっかり元の姿に戻っていた。

「あら、また会ったね。もしかして、試合、見にきてくれてたの?」

「見てたよ。さっきの法術、すごい技だね」

「まあ、その分、あとがちょっときついんだけどね」

ぷらぷらと腕を振る。

「やっぱり代償もあるんだ。それはそうか、あれだけの技だもんね」

「筋肉痛とか、明日ひどいだろうな〜。ま、疲労と痛みはそれだけじゃないけど。どっちにしても、負担は小さくないかな」

「無理してる、というわけじゃないんだよね?」

「これが私の戦闘スタイルの一つだし、痛みにも慣れてるから平気平気」

「スタイルって言えば、随分成長してたね」

「ああいう大人の方が好きなの?」

「いや、そういうのじゃないけど、あれって実際の成長した姿だったりするの?」

「う〜ん。半分半分、かな。それもあるし、転神に選んだ存在にも引っ張られたりするから」

「へぇ…」

「あなたも試してみる?」

「え? できるの?」

「ふふ、冗談っ」

片目をつぶって舌をだす、それは年相応の女の子らしい仕草に見えた。

「いや、普通に驚いた」

「ふふふ、可愛っ」

そう言ってイタズラっぽく勇者の頬をつつく。

「可愛いって、僕の方が年上だと思うよ」

「そんなの全然関係ないから。私のこと、応援してくれてたのよね?」

「まあ、それはそうだけど」

「じゃあ今度は私があなたの試合を応援しに行ってあげるね。おじいちゃんが待っているから。あ、また今度豚足作ったらあげるね。それじゃあ、ばいば〜い」

天天は笑顔で立ち去っていった。

大人びているというか、大人ぶっているというか。

さっきの成長した状態にまだ引っ張られてでもいるのだろうか…

勇者はつつかれた頬をさすりながら、部屋へと戻っていく。



「…ギリッ」「…ギリリッ」

その様子を物陰から二人の悪魔が悔しそうに眺めていた。



部屋の扉を開けると、

「「お帰りなさい」ですぅ」

傾国の悪魔と、夢魔の姿があった。

「…あれ? 二人ともどうしてここに?」

「やあやあ、せっかくだから私が連れてきたんだ。二人とも、どうしても君のことを応援したいみたいでね。あまりにもしつこく頼まれるもんだからさ〜、お菓子の恩もあったし、断りづらくてね。 …ま、適当になったら帰すから、何も心配はいらないよ。悪さしたらすぐに強制退去させるからさ、ね?」

「「き、気をつけます」ぅ」

「まあ構いませんけど。でも、学び舎は?」

「今日はお休みをもらってますから。一日、夜から朝まで大丈夫です。おーるないとで大丈夫ですから」

「そうなんだ」

「私はぁ、二十七時間いつでも大丈夫ですぅ」

「一日超えてるね」

「まあたまにはこういうのも良いだろう? あんまりやるとお姉ちゃんにキツく言われるかもしれないけど。悪いことをしなければ、大丈夫大丈夫。関係者のデータを提出すれば問題ないよ」

そして師匠はさっきからタオル一枚。

「まず服を着ましょうね」

「え〜、ちゃんと約束通り着けたじゃないか〜」

「あ、あの、私も同じようにタオル一枚の方がよろしいでしょうか?」

「全然、全然そんなことないから。夢魔きみの方も、脱ぎ始めなくて良いから。それで、二人とも、さっき途中に見ていなかった? 思い返してみると、視線は間違いなく二人のものだよね」

「き、気づいてましたか。はい、その…いてもたってもいられず…でも、でもそうしたら…」

「知らない女の子といちゃついてましたぁ。だから涙を流して戻ってきたんですぅ」

「いや、普通に会話をしていただけだし、別にその時に声をかけてくれて良かったのに」

「頬をつつき合いながらそれは無いですぅ」

「つつきあってはいない。つつかれてただけなんだよね。まあいいか」

「め、めんどくさくなってますぅ。面倒臭い女扱いも…まあ悪くは無いですね」

「ごめんなさい。本当にその、迷惑をかけるつもりは全くなくて…ただ、久しぶりに勇者さんにお会いしたくて」

「うん、元気そうで何より。先生たちの様子もまた見に行こうかな」

今までも、何気に何回かは普通に往来していた。

「また、四人で一緒に寝たいですね…あの日が最後の、夜でしたし…特別な…」

頬を染める。

「何もない普通の夜だったし、最後でもなんでもなかったけどね。今はもう普通に戻ってこれるから」

「私も一緒に寝たいですぅ。今から? 今からですか?」

「黙っていようね」

なんだかとても…とても懐かしいやりとりな気がする…

「ふふ、モテる者は大変だねぇ」

「…連れてきた本人がそれを言わないでください。それともっとちゃんと着てくださいよ」

「ひゅ〜、流石の君も発情しちゃう?」

「いえ、そういうのは良いです」

「…冷たい視線。冷たい子に育ってしまったねぇ〜。小さい頃は、あんなに可愛く素直だったのに。落とし穴にだって、素直に落ちてさ…ぷぷっ」

「邪悪ですね。それといつの話をしているんですか。 …そういえば、白姫と黒姫は? 姿が見えないですけど」

「あの二人なら一緒に娯楽施設に行ったよ。今頃は何か観てるか食べているんじゃない? ガイドブックを片手にね」

「やっぱり普通に仲良いですねあの二人」

「私もぉ、お腹空きましたぁ。ねぇ、私、夢魔ですよぉ。私が食べたいもの、勇者様なら当然わかりますよねぇ?」

夢魔が勇者にしなだれる。

「前にもらった豚足が少しあるから食べていいよ。すごく美味しいから」

「…いけずぅ。でも。それってもしかして私を豚扱いするという隠語ですかぁ?」

ゾクゾクしますぅ。

「歪んでます…すごく、感情が歪んでます」

傾国の悪魔はそんな夢魔の感情ようすをみて戦慄した。

悪魔同士だと思っていた夢魔は想像以上にヤバいやつだったのである。


遠く離れたこの地で唐突に、かつての懐かしくも騒がしい日常が訪れた。

勇者は夢魔たちを相手にしながら、今後のことを考える。

…もしかしたらそのうちみんなここに来るんじゃ無いだろうか…

勇者は頭を軽く振ってその先を考えないことにした。



施設内。

「ふぅむ…どこにもおらんのう…ただの思い違いじゃったか? …それならそれで良いがのう…」

今日もまた老人が商業施設内を自由に徘徊している。

「あ、こんなところにいた。もう、おじいちゃん! ちゃんと行き先を言ってって言ったよね? ここ本当に広いんだから。それと今後黙って出ていくの禁止! 心配するじゃない」

「ほっほっほ。すまんの。あれじゃよ、一勝のプレゼントをじゃな? 考えとったんじゃ」

「いいよそんなの。そんなことよりも勝手にいなくならないで」

「ほいほい、じゃあ戻るとするかの。ああそうじゃ、あの若者に何か買ってやらんとのう。何が欲しいんじゃろ」

「私に聞いてもわからないよ。本人に聞いたら?」

「そうかの? 結構親しげにしとらんかったか? てっきり随分仲良くなったのかと思っとったわい」

「おじいちゃん見てたの?」

「見とらんよ。孫娘と白黒勇者の戯れあいなどのう」

「…見てるじゃない」

「あの若者としか言っておらんかったのに、想像したということはやはりのう…ほっほっほ。ひ孫が見れるかの? ああ、そうじゃ、おふだでも書いてやろうかの」

「私が一枚あげたけど」

「まあ何枚あっても構わんじゃろ。随分と、闇の匂いの濃い若者じゃったしな。人は見かけによらんもんじゃわ」

「…だからって全然悪い人じゃないけどね」

「だから珍しくてのう、それに嫌いじゃったろ? そういうのは」

…悪魔とか、特にの。まあそれも…仕方のないことじゃが。

「ちゃんと今も嫌いだから。 …悪魔なんて。それに、おじいちゃんだってそうじゃない」

「ほっほっほ、まあの。さぁて、それじゃあ帰って豚足で一杯やるとしようかのう」

「あんまり飲みすぎないでよね、おじいちゃん。今度また飲みすぎたら禁酒にするから」

「年寄りの楽しみを奪わんでくれ〜」

仲の良い二人一緒に部屋へと戻って行った。

「…」

悪魔なんて、嫌いに決まっている。

私の両親の仇、だったんだから。

おじいちゃんだって、自分の子供の仇だったじゃない。

…良い悪魔なんていない。

そんなの、私の世界にはいなかった。見たこともない。

だから、悪魔なんて嫌い。

…大っ嫌い。

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